96.ウルティマ
目の前に立つ少女。
ウルティマ・スーリ・トゥーレ。
彼女は私の師匠である【奈落】が転生した姿だったのです。
あの師匠があっさり死ぬわけないと思っていましたが、まさか……。
「このような少女に転生しているとは思いませんでしたよ、師匠」
「もはや今の私は師匠ではない。ウルティマと呼ぶが良い。ワシもおぬしのことはユリィシアと呼ぼう」
「はっ、分かりましたわ、ししょ……もとい、ウルティマ」
久しぶりの師匠……およそ30年ぶりくらいでしょうか。
その身から発される魔力は以前と変わらず悍しい威厳を放っているというのに、目の前にいるのは幼い少女──なんだか違和感を感じまくりです。
「しかし女の身というのは色々と新鮮じゃな。これまでわしのことをバケモノとしてしか見ていなかった人間たちが、好意丸出しで近づいてくるようになったぞ」
「それは……なんとなく分かりますわ」
以前は嫌われものだった私にも親友ができましたからね。
アナスタシアはお元気でしょうか。
「くっくっく、この気持ちを共有できるのは世界広しといえどおぬしぐらいじゃからな、フランケルよ。いや、いまはユリィシアであったな」
「え、ええ。そうですね」
それにしても師匠はこんなに饒舌でしたでしょうか。
以前はもっと寡黙なイメージがあったんですが。
「ふぉふぉふぉ、それは【奈落】としての身体に限界がきていたせいで無口になっておっただけじゃよ。さすがに同じ素体で数百年も存在していたらガタもくるわい」
「なるほど……って、心を読んだ!?」
「いや、おぬしの顔に出ておったよ」
顔色を読まれないことでは自信があったんですが……さすがは師匠。
「そ、それで──ウルティマはなぜ転生……というか少女になっているのですか?」
「理由を聞きたいか?」
「ええ」
もしや、世界を制するため?
師匠ほどの魔術を極めたものなら、それも容易いでしょう。
ですが今更世界など……もしその気になれば、前世時代に余裕で死者の王国が築けたでしょうから。
だとすると、師匠が転生した理由はいったい……。
「それはな──飽きたんじゃ」
……飽きた?
「うむ。わしはな……アンデッドとしての生に、完全に飽きてしまったんじゃ」
それから師匠が口にしたのは──これまで誰も聞いたことがない究極のアンデッドの誕生と、そして終わりに関する秘話でした。
◇
「わしは今から数百年……いや、おそらくは1000年ほど前であろうか。遠い昔すぎてはっきりとは覚えておらんが、当時存在していた大きな国に生きておった。その名も【魔法王国アイラ=デルトラ】。そこは今とは比べものにならないほど魔法が発展した国でのぅ。そこでわしは優秀な魔導師として様々な研究に精を出しておった」
師匠によると、そもそも昔は今よりも遥かに魔術が発展していたそうです。それこそ日常生活に普通に魔法道具が使われるほど高度な魔法文明だったのだそうな。
「ゲートやダンジョンも今より身近な存在じゃった。魔法道具すら自分たちで作りおったからな」
「魔法道具を自分で? それはすごいですね」
現在、人力で作られる魔法道具などはたかが知れています。写映機や魔導光などの簡易なものばかりです。
ところが師匠が生きていた時代には、魔力で動く車や数百人を移動させる魔導鉄道、さらには空を飛ぶ飛行魔導機なる魔法道具すら開発されていたのだそうです。
「到底信じられませんね……まるで別の世界の話のようです」
「じゃがそれだけの力を持っていてもな──滅ぶときはあっさりなんじゃよ」
きっかけは、一人の魔導師の実験の失敗にあった。師匠は寂しげな表情を浮かべながらそう言いました。
「そいつはな、世界の根源に在りゲートやダンジョンを創り出していた正体不明の魔力の塊──わしらは【根源の魔塊】と呼んでおったが、その根源の魔塊を自由自在に操ろうとした。じゃが失敗し──暴走した」
「ゲートやダンジョンを作るほどの魔力の暴走、ですか?」
想像するだけで恐ろしいですね。
そんな事態が起こってしまっては、国など簡単に……。
「うむ。滅びたんじゃ。この地──今ではウラニールと呼ばれている山脈が、実はこのときの【魔塊暴走】の結果として産まれた山塊である」
広大な山脈を創り上げるほどの膨大な魔力の暴走──いくら発展していた文明でも、地形を変えるほどの魔導災害を受けては全滅は免れないでしょう。
「【魔塊暴走】によって魔法王国のものたちは一人残らず死んだ。じゃがわしはそのとき、ギリギリで究極の魔術を完成させていた。それが──」
「死霊術奥義・禁呪《 不死の王転生 》ですね?」
「うむ」
禁呪に成功した師匠は、究極のアンデッドとなって魔法王国死滅の危機から生き残ったそうです。いいえ、アンデッドになっているので生き残ったと言えるのかは微妙ですが……。
「魔法王国はわし一人を残して完全に滅びた。後に何も残すこともなく……いや、ときどきダンジョンから排出される魔法道具に当時の遺物も含まれておるから、若干は残っているのかもしれんな」
「えっ? ダンジョンの宝物って魔法王国の遺物だったんですか!?」
「全部とは言わんがな。そのうちやっかいなもの──使い方によっては人類を滅ぼしかねないものはわしが預かっておる」
あぁ、それが師匠の管理していた戦略級魔法道具だったんですね。
「なるほど、師匠は……魔法王国の生き残りとして、人の手に余る遺物を管理していらっしゃったのですね」
「別にただの気まぐれじゃよ。残されたものの責務……ともいうかもしれんがな。ゆえに、以前愚かにも魔法王国の再現をしようとしたものたちに罰を与えたこともある」
知っています、ヤニ王国のことですね。かの国は師匠によって滅ぼされてしまった国なのですが、なるほど……魔法王国を再興しようとして師匠の逆鱗に触れてしまったようです。師匠を敵に回すとは……いつの時代にも愚か者は存在しているのですね。
ちなみにヤニ王国の跡地はいまだにアンデッドがうじゃうじゃしていて、最初の頃に死霊術のトレーニングでずいぶん滞在したものです。まさかそんな曰くがあるとは知りませんでした。
「その後もわしは希少なアンデッドを集めたり、魔術の奥義を極めようとしてみたりした。そうしてわしは──数百年を過ごしてきた。じゃがな──とうとうしまいにはやることがなくなってしまった。わしは完全に飽きてしまったんじゃよ」
私のような俗物には到底理解できませんが、師匠ほどの存在になるとそのような心境に至るのでしょうか。
「晩年には、暇つぶしに弟子をとってみたりもした。なにを隠そうおぬしもその一人じゃな」
「なんと、私は暇つぶしだったのですか!」
「そうじゃ。何か文句あるか?」
「……ありません」
たとえ暇つぶしであろうと、私が救われたのは事実ですから文句はありませんが……せめてもうちょっとましな言い方はないものですかね?
「ところで師匠はネビュラちゃん──ネビュロスのことは覚えていますか?」
「ああ、おぬしが男の娘メイドにしたヴァンパイアじゃろう? あれはなかなか良い趣味じゃな。大いにインスピレーションが刺激されたぞ」
な、なぜそのことを師匠が知っているのですかね?
というか、師匠はちゃんとネビュラちゃんに死霊術を仕込んだんでしょうか。出会ったときはずいぶんとレベルの低い死霊術師でしたが……。
「それがな……覚えておらんのじゃ」
「え?」
「あの頃のわしは脳に生えたカビのせいで記憶があいまいでのぅ。末期の頃のことになるとさっぱりじゃ」
じゃあネビュラちゃんを教えていたのは──。
「おそらくは無意識のうちに惰性で教えておったんではないかのぅ? さすがわし、天才じゃ」
なんという無責任な……ネビュラちゃん、よく生き残ることができましたね。まぁあの子もアンデッドではありますが。
「そんなわけでな、わしは人生──いやアンデッド生に飽きておった。しかも頭をカビに侵されて理性すら失われようとしておった」
「だからちゃんと風呂にはいれって言いましたのに。師匠カビ臭かったですよ」
「やかましいわ」
カビ臭い不死の王──実にいけていません。
「……じゃがまぁ、おかげで今世では風呂好きになったぞ」
「そんなの自慢になりませんよ」
みなさん、ちゃんとお風呂は入りましょう。
さもないと脳がカビてしまいますから……。
「オホン、話が逸れたな。それでわしはどうしたものかと考えた。このままじゃとカビに脳を侵されただの狂ったアンデッドとなってしまうじゃろう。それも悪くないが、実につまらん。そんなとき、わしに次に進む道を気づかせてくれたのが──他でもない、おぬしじゃった」
え? 私?
なぜここで私の名が出てくるのでしょうか。
「実はな、わしはおぬしのことをずっと観察しておったんじゃよ」
「は?」
「おぬしの転生後の姿を、暇つぶしがてらずっと魔術で見ておったんじゃ。ほっほっほ!」
……な?
な、な、な、な、な、なんですとおおぉおぉぉおおぉおぉーーーーっ!?
「わしを誰だと思う? 究極のアンデッドにして世界最強の魔術師プロフォンドゥムじゃぞ? わしに不可能などないわ」
「いや、そこ自慢するところじゃないですしっ! そもそもそれ以前に弟子のプライベートなんて覗かないで下さいっ!」
「ふん、おぬしにわしの暇つぶしを断る権利などないわ」
……なんだよこの人、逆切れしてきましたよ。
なんて理不尽な……。
「ひどい……私のやってたことがまさか筒抜けだったなんて……」
「いやー実に面白かったぞ。魔力を増やすために治癒をしまくったり、美男子のイケメンを奴隷にしたり男の娘メイドにしたり、帝国の姫とキャッハウフフしたり……くくく」
「……うぅ…………」
でもこれで、なんで師匠がネビュラちゃんのことを知っていたのかも判明しました。本当に最悪ですわ、この師匠。
それにしても「男の娘メイド」なんて妙な単語、この人はどこで仕入れてきたんですかね?
「まぁいいですよ。師匠が私を覗き見していたのはわかりました」
「ふむ」
「ですが──なぜそのような少女に転生なさったのかの理由にはなっていません」
「む」
「師匠はなぜ転生されたのですか? なんのために、何が目的で──」
不老不死の至高のアンデッドとしての地位や命を捨て、なにゆえ普通の人間──しかも女性なぞに転生をしたのか。
「それはな、フランケル……」
「はい」
「わしに、大いなる野望があったからなんじゃ」
師匠の野望……。
数十万人の王国を滅ぼし、最高最強の魔導師としての地位も得て、しかも不老不死の存在として絶対的な力を持ちこの世界の頂点に君臨する。
その師匠が──SSSランクのアンデッド【奈落】プロフォンドゥムが抱いた野望とは──。
「それにはな、おぬしも関係しておる」
「私も、ですか?」
「うむ、だからわざわざわしの残骸に仕掛けを残してここに飛ばさせたんじゃよ」
やはりあの罠は師匠の仕込みでしたか。
しかし師匠ほどの人が私を呼ぶというのは──どれほどのことを行おうとしているのか。
「ユリィシアよ、わしの野望はな──」
ごくり。
思わずつばを飲み込みます。
そして、師匠の口から出た言葉は──。
「わしはな──
──アイドルになりたいんじゃ」
……──は?




