95.聖女の原型
なぜ……私はスミレの前に飛ばされたのでしょうか。
今の私が最も会いたくないと思う相手。
……もしかしてこれは、師匠の最期の嫌がらせなのでしょうか? 私が苦手とする人物のもとに飛ばす……さすがはSSSランクのアンデッド、やることが極悪ですね。
ですが、対するスミレもかなり驚いた表情を浮かべていました。どうやらスミレにとっても私の出現は予想外だったようです。
「ユリィシア、あんた……なんでここに現れたんだい?」
「それは……私にも分かりません。ダンジョンのトラップに嵌って、気がついたらここに飛ばされてました」
「本当かい!? そんな偶然あるのかねぇ? ……でも、これもまぁウルティマの《予言》通りだということなのかねぇ」
聞き慣れない人物の名前を口にしながらスミレが横を向くと、そこには見たこともない少女が無表情のまま立っていました。
パッと見たところ、10歳くらいの少女に見えますが……。
「この子は連邦の名家トゥーレ家のご令嬢のウルティマ・スーリ・トゥーレだよ。この子のギフトであたしゃここサンナミの宿屋に導かれたんだ」
「初めまして、ユリィシア・アルベルト。私のことはお気軽にウルティマとお呼びください」
「は、はぁ……」
どうやら私はサンナミの街の宿屋に飛ばされていたようです。人工ゲートなのでさほど遠くには飛んでいないと思っていましたが、やはり近場でしたね。
しかしスミレが紹介したこのウルティマという少女は──。
「では私はスミレの用件が終わるまで隣の部屋で待機しています」
「あぁ、ありがとうよウルティマ。あたしゃこの子と少し話が出来ればもうお終いさ。あとは……あんたに渡すよ」
「お気遣いありがとうございます。では──失礼します」
なにやらスミレとウルティマの間で事前に話が出来ていたようです。なんだか気持ち悪いのですが、今はそれよりも──目の前の強敵をどう乗り越えるかが重要です。
スミレ・ライト。
聖母教会の枢機卿であり、前世の私を死に追い込んだ中心人物であり──今の私の祖母。
「……なにそこにボーッと突っ立ってるんだい。椅子に座りなよ」
「はぁ……失礼します」
ですが、スミレはすぐに話題を切り出してきません。まるで真綿で首を締められているようです。
私は落ち着かない気持ちのまま椅子に腰掛けます。
こんなところまで追いかけてきたのですから、スミレはよっぽど怒っているのでしょう。一体なにを怒られるのでしょうか。
治癒魔法を使えないとウソをついたこと? 逃げたこと?
それとも──あぁ、思い当たることがいっぱいです。
あぁ……それに祖母とはいえ、彼女はれっきとした聖母教会の枢機卿です。なんらかの密命を追って追いかけてきている可能性も否定できません。
ですが、スミレが切り出したのは──。
「なんだいユリィシア、あんた髪を金髪に染めてさ」
「魔法で染めました。あの髪は目立つので……」
「そうかい、だけどおかげで見つけるのにずいぶんと苦労したよ。ウルティマがいなかったらいつまでも会えなかっただろうさ。あの子まだ10歳だというのに、大した《予言》の力を持っているもんだよ」
「は、はぁ……」
「そういや連れの獣人やメイドはどうしたのさ? 最近小さな女の子も加わったって聞いたんだけど?」
「はぐれましたわ」
「あぁ、ダンジョンのトラップで一人で飛ばされてきたって言ってたね。そりゃ残された方は心配してるだろうねぇ」
スミレが勝手に誤解してくれていますが、私は笑顔を張り付かせたままとりあえず頷いておきます。
スミレは他人のウソを見破るギフト《 罪悪の神判 》を持っているので、不用意にウソをつく訳にはいきませんからね。
「……ところでユリィシア、あんたいろいろと勘違いしてるみたいだけど、あたしゃ別にあんたが治癒魔法を使えることを隠してたことについては……別に怒っちゃいないからね」
「へ?」
「それにあたしゃ今はもう聖母教会とは無関係だよ。枢機卿は退任した」
「は?」
スミレが──枢機卿を退任した?
あれほどの聖魔法の使い手のスミレが?
なぜ? 彼女ほどの存在を手放すとは、教皇も正気とは思えません。彼女こそが次期教皇に最も近い存在だというのに──。
「驚いたかい?」
「……ええ」
「あたしゃさ、枢機院でずっとあんたのことを聖女候補ではないって言い張ってたんだよ。だというのに帝国で派手にやりやがってさ……。数万人を治癒? 悪魔を撃退? いくらなんでもやりすぎだろうが! おかげでさすがのあたしも立場が悪くなってねぇ」
「……申し訳ございませんでした」
「本当に悪いと思ってるかい?」
「はい」
「無表情でしれっとウソをつくんじゃないよ」
ビシッと断言するスミレ。私の背筋に冷たいものが流れ落ちます。
やはりスミレは苦手ですね。たとえ転生したとしても、彼女に勝てる気がしません。
「でもいいさ、あたしゃもう退任したからさ。妙なしがらみから解放されてずいぶんとすっきりしたよ。おかげで──やりたいことに集中することができる」
「おばあさまのやりたいこと、ですか?」
「あぁ。あたしゃね、人生をかけて探している存在がいるのさ」
「……それは、誰です?」
「──『祝福を受けし癒しの乙女』、さ」
……誰でしょうか? 聞いたことがありませんね。
「知らないかい?」
「ええ、知りません」
「……嘘はついてないみたいだね。じゃああんたにゃ特別に教えてやろうか。『祝福を受けし癒しの乙女』というのはね、聖母教会の上層部にのみ伝わる【原典】に記された、聖母神様の神託の中に出てくる人物のことさ」
続けてスミレは、歌うように朗読します。
「『光と闇が極まりしとき、祝福を受けし癒しの乙女と、魔を極めし夢幻の乙女が相見え、天界への扉を開くだろう』──これが、伝承の一説さ。実は聖母教会が【聖女】を探すのは、この『祝福を受けし癒しの乙女』を探すためでもある」
「へぇ……」
「そしてあたしゃね、あんたがこの『祝福を受けし癒しの乙女』じゃないかと思ってるんだよ」
「……はい?」
スミレは何を言っているのでしょうか?
この私が? 聖母神の予言の人物?
癒しの乙女?
……いやいやいや、さすがにそれは無いでしょう。
だって私、死霊術師ですよ?
「それは……こう言っては何ですが、身内の贔屓目ではありませんか?」
「そう思うだろう? だけどな、あたしゃ実はあんたが生まれるころに聖母神様の【神託】を受けているんだよ」
神託……超高位の聖職者にだけ聞くことができるという神の言葉ですね。ただそんなものは聖職者の妄言か狂言、もしくは信者を募るための詐称だと思ってましたが……。
「……あんた、信じてないね?」
「どきっ?!」
「まぁ別に信じようと信じまいとどうでもいいさ。だがあたしゃ確かに神託を受けた。それはこうさ──『汝、祝福を受けし癒しの乙女と邂逅するであろう』」
……なんとも漠然とした神託ですね。
「この神託を受けたとき、最初は何のことかと思った。だけど生まれたあんたの髪を見て、もしかしてあんたこそが……『祝福を受けし癒しの乙女』なんじゃないかと思ったね」
「はぁ……」
「ところがフローラもあんたも治癒の力は無いという。あたしゃその言葉を信じた。いや、正直どっちでもよかった。もし本当であれば仕方ないし、ウソだった場合は──あんたが『祝福を受けし癒しの乙女』だ。もう枢機院だの聖女だのはどうでもよくなる」
スミレの説明は難解なのですが、要約すると……どうやらスミレが辞めたのは私のせいではない、ということみたいですね。なんだか安心しました。
「ということでユリィシア、あんたに私の真のギフトを使わせておくれ」
「はい?」
真のギフト?
スミレのギフトは《 罪悪の神判 》、人のウソを見抜くギフトではなかったのですかね。
「ははっ、それは《 罪悪の神判 》の能力の一端でしかないね。こいつの真の能力はね──『あたしの投げかけた質問に対しては、たとえどんな問いであろうと必ず【正か否か】で答えてくれる』ってもんなのさ」
それは……凄いですね。
本人が知らないことでも、必ず「はい」か「いいえ」で答えてくれるというのですから。
「とはいえ、目的の当人の前でないと使えないし、自分の心の中に疑義があっても使えない。ついでに言うと、相手に事前に能力の説明をして、受け入れてもらう必要がある。なかなかやっかいなもんだよ」
「なっ!?」
──衝撃の事実。
なんとスミレの《 罪悪の神判 》は、事前に受け入れていなければ、ウソを見破られることはなかったというのです。
「そりゃあたしだって自分の能力の種明かしは簡単にしないさ。普段はあたしのギフトは『嘘を見破るもの』だとわざと広めている。そうすることで、会った時点で相手は私の能力を受け入れていることになるんだよ」
「そ、そんな……」
──完全に騙されていました。
最初からスミレの能力のことを知らなければ、嘘を見破られることはなかったのです。
ですがスミレは能力の条件を逆手に取って、己のギフトを「ウソを見破るもの」だと広めた。それを聞いたものは「スミレの能力はウソを見破るものだ」と受け入れてしまうのです。結果、スミレの能力はウソを見破る能力となる──。
なんという……策士。さすがはスミレ・ライトです。
「だからあたしは今こうしてわざわざあんたに自分のギフトの説明をしているのさ。……あんたにあたしのギフトを全力で受けてもらうためにね」
「……」
「今まではあたしも真の能力は隠していた。だからあんたに確認することはできなかった。だけど──今は違う。さぁユリィシア、答えてもらえるかい」
ここまでされてしまっては覚悟を決めるしかありません。
いいでしょう、受け入れましょう。
私は黙って頷きます。これまでに見たことないほど嬉しそうに笑うスミレ。
「じゃあ聞くよ。あんたは──『祝福を受けし癒しの乙女』かい?」
……私は少し沈黙した後、答えました。
「──いいえ」
じっと私の目を見つめるスミレ。
私も真っ直ぐに彼女の目を見返します。
どれだけ──見つめあっていたでしょうか。
「……そうかい」
そう呟いたあと、少し口籠ったスミレは……間を開けてもう一度口を開きます。
「そうかい。やっぱりあんたは……」
ですが──。
スミレはそこまで言ったところで軽く頭を振ります。
しばらく下を見つめたあと、顔を上げたときには──いつものスミレの表情に戻っていました。
「……もう十分わかったよ。あとはあんたの好きにしな」
「え?」
「あとね、あんたはずっと勘違いしているみたいだが……あたしゃ聖母教会の枢機卿である前に、フローラの母であり、あんたのおばあちゃんなんだよ」
「……」
「おばあちゃんが孫のことを大切に思って何が悪い? あんたはあたしの大切な孫なのさ」
気が付くと私はスミレに優しく抱きしめられていました。
……なんでしょうか、この胸の奥に広がる温かいものは。
これまで感じたことのない何か……これが元枢機卿で元聖女であるスミレ・ライトの持つ真の力なのでしょうか?
トントントン……。
どれくらい時が流れたでしょうか。
ほんのわずかのようで、ずっと続いているような不思議な時間を終わらせたのは、優しくノックされる音でした。
「……大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよウルティマ、あんたには世話になったね。あたしゃあんたがもう一人だと思ったんだけどね」
「ご期待に沿えず、申し訳ありません」
もう一人、というのはおそらく『魔を極めし夢幻の乙女』のほうのことでしょう。
どうやらスミレはウルティマのことを高く評価しているようです。それもそのはず、なにせ彼女は──。
「さぁ、あたしの用事はもう済んだよ。あんたも話があるんだろ?」
「ええ、ありがとうございます」
「ユリィシア、じゃあ元気でね。あんたはあんたの信じる道をまっすぐに進むんだよ」
これは……スミレ公認でネクロマンサー道を進んでよいと言われたと解釈して良いのですかね?
やりました、これで後方の憂いが一つ断てたというものです。
スミレのいない聖母教会など、恐るるに足りません。
「それじゃああたしはフローラのところにでも行くとするよ。だけどあんたが困ったときにはいつでも駆けつけるからね」
「ありがとうございます。お元気で、おばあさま」
最後にさわやかな笑顔を残すと、スミレはそのまま部屋を出ていきました。
「ふぅぅぅ……」
強敵がいなくなったことで、思わず大きな息が漏れます。
それほどに……緊張する相手でした。
ですが、まだ全部が終わったわけではありません。
目の前には、ウルティマと名乗る少女が立っています。
スミレは、彼女こそが私と対をなす存在だと思っているようでした。
その気持ちはわかります。なにせウルティマは──。
私の《鑑定眼》が、彼女の恐るべき能力を映し出します。
── ウルティマ・スーリ・トゥーレ ──
10歳 女性
ギフト:鑑定不能
能力値:鑑定不能
素体ランク:SSS
称号:【トゥーレ家令嬢】、【神童】、【前世の記憶保持者】、【限界突破者】、【輪廻を超えしもの】、【観察者】、【◆※の○れ▽■り】、【φΨ∃の□●を♯§しもの】
推定魔力値:鑑定不能
──
……ほとんどが鑑定不能。
そして前代未聞の称号の数々。しかも、判別不能なものまで含まれている始末。
しかもそれが、わずか10歳の少女であるという事実。
ですが、逆にこの信じられないような鑑定結果が、彼女が何者であるかの答えを私に自然と導いてくれます。
もっとも、それ以前に彼女の魔力を感じるだけで──私にはこの少女が何者なのかすぐにわかってしまいましたが。
「久しいのう──フランケルよ」
スミレがいた時とは打って変わって、まるで老人のような口調で語りかけてくるウルティマ。
ですがそのほうが私にとっては自然と受け入れられるというものです。
私はそっと膝を折り、ウルティマの前に跪きます。
「ええ、お久しぶりですね──師匠」




