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9.治癒の結果

 目が覚めると、自分の部屋のベッドで寝ていました。


 あれ、私はなぜここで寝ているのでしょうか? たしか……そう、狼君を治療していて意識が飛んでしまったんでした。


 現象に心当たりはあります。

 ──魔力切れです。


 保有魔力が少なかった前世では何度も経験しました。ですが、今世では相当量の魔力を持っていたはずです。

 ……さすがに失われた四肢を復元するほどの魔術は相当量の魔力を消耗するのでしょう。


 ですが、もたらされた結果は素晴らしいものでした。

 なんと私の魔力量が大幅に伸びているのです。感覚的には、以前の倍くらいになっているでしょうか。


 これまで色々な手を尽くしてもほとんど伸びることがなかった魔力が、たった一回の魔術行使でこれほど成長したわけです。この結果に、やはり実際に傷を治すという行為が伴わなければ魔力が伸びないということを、改めて実感しました。


 それに、最後の瞬間に感じた特別な絶頂感。アレは前世では決して味わうことができないものでした。

 あんな経験を一度してしまっては、絶対に忘れられません。思い出すだけで手が震えます。


「はぁ……」


 思わず吐息が漏れます。

 あぁ、もう一度絶頂ちゆしたいですわ……。またどこかに死にかけた怪我人はいないものでしょうか。



 あ、そういえば治癒を施した狼君はどうなったのでしょうか?

 四肢はちゃんと復元できたのでしょうか?

 ……わかりません。魔術はちゃんと発動していたので、あとは復元できているはずなのですが。

 あぁ、私の大切なレッドボーン……。


 コンコンコン。

 音がして部屋の戸が開き、フローラが入ってきました。


「ユリィシア! やっと起きたのね! あなた丸3日も寝込んでたのよ」


 なんと、私は3日も意識を飛ばしていたようです。やはり7歳にも満たぬ身で魔術級の行使は無理があったのかもしれません。


「何ともない? 変なところとかない?」

「はい、大丈夫です。……それでお母様、あのあとどうなったのでしょうか?」

「あのあと? そりゃもう大変だったわよ。とにかくあなたたち・・を抱えて逃げるように帰ってきたわ」


 大変だった、とはどういう意味なのでしょう。

 ですが確認する前に新たな訪問者がやってきました。カインです。


「ユリィ、目を覚ましたんだね。お前にあいさつしたいというものがいるよ」


 あいさつ? 誰でしょう。

 カインに促されて姿を現したのは、濃いグレーの長めの髪に長身のイケメンでした。

 ……はて、見覚えがありません。私にこんなイケメンの知り合いはいたかしら?


 すると、イケメンは私の姿を見たとたん、ぼろぼろと涙をこぼし始めました。そしてすぐに目の前に跪きます。


「お目覚めですか……我が姫マイプリンセス


 いきなり歯の浮くようなセリフです。さすがはイケメン、万死に値します。

 ですが、声に聞き覚えがあります。もしやと思って《 鑑定眼 》を発動しようとしましたが……。


「俺です。あなたに助けていただいた剣闘士奴隷です」

「……あぁ」


 彼の正体は、剣闘士奴隷の狼君でした。

 ぼうぼうに伸びていたひげをさっぱり剃って、髪も切り、身なりも整い、なにより四肢がすべて復元しているから気づかなかったのですが、言われてみれば確かに面影があります。頭髪の中に紛れるように狼の耳まで確認できます。


「良かった、無事に復元は成功したみたいですね」

「ええ。こうして俺はあなたに救われました。ですので──お約束したとおり、これからの俺の人生、あなたを守るために全てを捧げさせていただきます」


 あ、そういえばそういう約束をしていましたね。

 あのときはレッドボーンスケルトンに夢中で過激な発言をしてしまいましたけど、まさかこのようなことまで言われるとは……。

 救いを求めるようにカインとフローラに視線を向けると、二人は嬉しそうに頷く。


「ユリィの願いを聞いて、彼をうちで買い上げたんだ。そしたら彼は、どうしてもユリィの従者になりたいと言うんだ」

「もちろん奴隷からは解放したわ。そのまま自由になっても良いって言ったんだけど、彼はどうしてもあなたの傍に仕えたいんですって」

「俺にはもう、帰るべき場所も家族もいません。だからこれからは……あなたを守るために生きたいのです」


 別に死んだ時に素体を提供してもらえれば良かったのですが……そんなことを言える雰囲気ではなかったので、口を閉ざします。


「ただ、申し訳ないんだけどあなたの身を守るために、彼の行動に『 神の制約ギアス 』をかけているわ」

「それくらいは当然です、奥様。ですが私はプリンセスを傷つけることなど、万に一つもありません。俺が絶対に守ってみせます」


 どうやら私が知らない間に決まったものとして話が進んでいるようです。

 まったく、イケメンになど用は無いのですが……まぁレッドボーンスケルトンの素体がすぐ近くにあるということで、受け入れるしかないのですかね。


「……ところで、プリンセスという呼び方はやめていただけますか?」

「では──お嬢様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「……もうそれでいいわ。それで、私はあなたのことをなんてお呼びすればいいのかしら?」

「それではガロ……いえ、ウルフェとお呼びください」


 私の問いかけに、狼君──もとい、ウルフェは嬉しそうに尻尾を振りながらそう答えたのでした。





 ◆◆




 その日の夜。

 カインとフローラの二人は寝静まったユリィシアの監視・・をウルフェに任せ、とある重大な課題について話し合っていた。

 フローラの胸には、姉が目を覚ましたことで安堵して泣き疲れてそのまま寝てしまった弟アレクセイの姿があった。


「あー。ユリィが目を覚ましてやっとひと安心だな。あのまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったよ」

「本当よ。なにせあの子はあれだけの奇跡を起こしたのですからね……」


 フローラはユリィシアが起こした〝奇跡″を思い出して身震いする。

 あれこそが──魔法ではない真実の奇跡であると、フローラは理解していた。


「なぁフローラ。ユリィがやったあれは、やっぱりすごいものなのかい?」

「ええ、すごいに決まってるわ。凄すぎて……神に祈りを捧げたくなるくらいよ。なにせ今の私ですら、腕一本の復元が限度なのよ? それをあの子は三本も、しかも喪われてかなり時間の経過した腕までも復元したんだから」

「それは──魔力量が多いという意味なのかい?」

「それもあるけど、それよりも信じられないのは……あの子はまだ『復元レストア』の大奇跡を習得していないってことなの」


 あまり魔法の造詣がないカインにはピンとこなかったが、フローラにはその異常さはよく理解できていた。

 ユリィシアは、まだ習得しない奇跡を行使した。それは、何も知らない子供が一人で家を組み立てたことに似ている。


「よくわからないんだけど……そんなこと有り得るのかい?」

「ありえないわ。だから信じられないのよ」


 単に力があれば実現可能なことではない。本来ならば、そんなことは絶対に有り得ないのだ。

 あるとすると、それは〝本当の奇跡″。


 きっとあの子は本当に聖母神様に愛されているのだわ。そう感慨深げに口にするフローラ。だがすぐに表情が曇る。


「でも……いくらなんでも早すぎるの。あなたも覚えていて? あの時の光景を」

「……ああ」


 二人は思い出していた。ユリィシアが奇跡を起こしたあとの出来事を。




 カインはそのとき、バルバロッサ侯爵に100万エルの支払いを終えたところだった。振り向くと、まさにユリィシアが奇跡を行使しようとしていた。


「っ!? ──『神の衣シャイン・ヴェール』!」


 異変に気付いたフローラが、慌ててユリィシアの周りを光の衣で覆い隠す。その中で──四肢復元の奇跡が行われた。


 魔力切れを起こし、崩れ落ちるユリィシア。同様に、四肢が復元したウルフェも復元の激痛から気を失って倒れる。

フローラが慌てて二人を支えながら、念のため治癒の奇跡を施す。そのとき──『神の衣シャイン・ヴェール』の奇跡が途切れた。


 次の瞬間。

沸き起こったのは──民衆たちの大歓声だった。


「あんな幼い子が、身を挺して守ったぞ!」「なんてけなげな子なんだ……自分が傷つくことも恐れずに!」「しかもあの奴隷、手足が生えてきてないかっ!? いったいどうなってるんだ!?」「まさかあの子が……?」「いや、治癒魔法を使ってたのは母親のほうじゃないか?」「だがこれは奇跡だ! 奇跡が起こったんだ!」「聖女よ! 聖女の誕生よ!」「まさに救いの聖女だ!」「あぁ、俺たちにも慈悲を……!」


 これはいけない。そう思ったフローラはすぐにこの場を立ち去ることをカインに提案する。フローラがユリィシアを抱え、カインがウルフェを肩に担ぐと、足早に人をかき分けて逃げるように去ってゆく。


「おいおい、彼は──【 剣皇騎士 】じゃないか?」「ってことは、あの女性は【 神聖乙女 】フローラ様!」「なるほど、元聖女様が癒しの奇跡をおこなわれたんじゃな!」「手足を元に戻すなんてすごーい!」「じゃああの子は──聖女の娘ってことか?」「あんなに幼いのに、もう聖女としての風格を持ってるのね!」「聖女! 聖女!」「聖母神様は、ここにまた新たな使徒を顕現されたんだ!」


 正体がバレてしまったのは仕方がない。ただ奇跡を起こしたのが自分フローラであると誤解してくれたのは都合が良かった。

 さすがに知られるわけにはいかないのだ。この娘ユリィシアが、自分をもはるかに超える癒しの奇跡をなしたことなど……。





 先日の出来事を思い出し、フローラは大きく息を吐き出す。


「……知られるわけには、いかないわ。まだあの子は7歳にもなってないのよ?」

「……隠さないといけないな」

「ええ、そうね。でもどこに?」

「とりあえず領地に戻るとするか。幸いにもウルフェという護衛もできたしな」


 カインの意見に、フローラは同意する。

 なによりユリィシアをこれ以上目立たせるつもりはなかった。娘に、自分と同じ道を歩ませたくなかったから。


「わたしはね、ユリィシアには聖女になんてなってほしくないのよ。普通に素敵な王子様と出会って、普通に幸せな家庭を築いて欲しいわ」

「そ、それはどうだろうか……」


 だがカインの苦し紛れの反論は、残念ながらフローラに届くことはなかった。話題を変えるように、フローラがカインに問いかける。


「ところであなた、大丈夫だったの? あの侯爵の恨みを買ったんではなくて?」

「あぁ、バルバロッサ侯爵か。そっちは大丈夫だよ。どうせ実家絡みだし。一応叔父さん……オットー伯爵には手を回してある」

「それなら安心ね、今度叔父さんにはお礼を言わなきゃね」

「あぁ、それよりも問題なのは……俺が単身赴任になってしまうことだよ。あぁ、愛しいフローラに毎日会えないなんて、苦痛しかない」

「あら、何言ってるの。領地なんて王都から馬車で半日じゃない。それにあなたが本気を出せばその半分くらいで着くでしょう?」

「それはそうだけど、でも──」


 とりとめもなく続く、夫婦の会話。

 だがこのとき二人は気づいていなかった。フローラに抱かれたアレクセイが、既に目を覚ましていることに。


『姉さまが……あぶないめにあってるのかな?』


 まだ5歳にも満たないアレクセイではあったが、二人の会話が姉の話題であることに気付いていた。同時に聡い彼は、姉の身に危険が迫っていることも漠然と察していた。


『ぼくのだいすきな姉さまが、あぶない……』


 アレクセイは、せがんだらいつでも優しくキスをしてくれる優しい姉ユリィシアのことが大好きだった。

 だがもし姉の身に危機が迫っているのであれば……。


『ぼくが……姉さまをまもらなきゃ……』


 幼いアレクセイはこの日、人生を大きく変えることになる決断をする。

 だが──彼の想いが具体化するのは、まだもう少し先の話である。


これにてエピソード1は終了です( ^ω^ )

次からはエピソード2 領地改革編になります!



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オットー(伯爵、アレク)セイ ・・・ちょっと顔洗ってこようかな
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