〈 プロローグ 〉とある死霊使いの最期
数あるお話の中から見ていただきありがとうございます!
新連載を開始いたしました( ^ω^ )
どれくらい続くかはわかりませんが、どうぞお付き合いよろしくお願いします(≧∀≦)
私は、モテたかった。
女の子に、モテたいだけだった。
いや……そこまでは高望みしなくとも、せめて言葉を交わしてみたかった。
なのに、なぜこうなってしまったのか──。
「邪悪なる死霊使い、フランケル=【 黄泉の王 】=リヒテンバウアーよ! 貴様の悪行もここまでだ!」
「神の御意志の元に、あなたを滅ぼします!」
私に向かってそう声を荒げるのは、室内の明かりを浴びて輝く金髪の男性と、茶色の髪の中に一房の銀色の髪を持つ、神官服を着た美しい女性。
男性の名は、【 剣皇騎士 】カイン・アルベルト
女性の名は、【 神聖乙女 】フローラ・ライト
これまで数々の邪悪を滅ぼし、人々の英雄と呼ばれる彼らと──この私は、何故か一触即発の状態で対峙していた。
私がどんな悪いことをしたというのだろうか。
何故、彼らは私に刃を向けるのだろうか。
思い当たる節は……無いわけではない。
まだ若かりしころ、私を「ぶさいく」だの「モンスター顔」だのと小馬鹿にしたいじめっ子に復讐するためにゾンビをけしかけて街をパニックに陥れたことだろうか。あるいは墓場でスケルトンを召喚して女の子との会話のシミュレーションをしようとしたところ、死霊術を暴走させてしまい、大量のアンデッドを溢れさせたことかもしれない。
あとは──やはりあれか。大聖女と呼ばれた人の棺を盗み出し、アンデッドとして勝手に蘇らせてしまったことか。挙句、アンデッド化に失敗して制御出来なくなり、そのまま野放しにしてしまったこととか……。
さすがにあれには聖母教会もおかんむりだった。平謝りしたもののまったく聞きいれられず、悪魔の権化として長い間追い回される羽目に陥ってしまった。
このうちの、はたしてどれがいけなかったというのだろうか。
とはいえ、いずれも私の過去の失敗ばかりだ。人は若い時に多くの失敗を経験して成長していくものだ。だから、若かりし頃の私の多少の失敗くらいは目を瞑ってくれても良いと思わないかい?
それに、言わせてもらうと私にはなんの悪気も無かった。とてもではないが英雄と呼ばれるような彼らに成敗される謂れはない。【 黄泉の王 】などという大層な名も、他人が勝手に付けたものであるし。
邪な思いは──無かったとは言わない。確かに下心はあった。
でもそれは、女の子にモテたいというささやかなものだ。
たしかに、私はブサイクで女の子に全くモテなかった。そんな私が持っていた唯一の才能……それが死霊術だ。
死霊術を使い、私は女の子にモテるための様々な努力をした。スケルトンを召喚しての女の子との会話トレーニングに始まり、ミイラを活用したデートコースのシミュレーションや、ゴーストを使った夜の森のライトアップなどなど……。
そんな中で、「せっかく死霊術師になったのだから、どうせなら伝説の大聖女を復活させて、あの夢のような”聖なる双丘”を生で触ってみたい」なんていう、どこの少年でも一度は夢見る程度のささやかな夢を抱くことの何がいけないのだろうか。だって、聖像となっている大聖女様の官能的なお姿を拝見したら、若い衝動はなかなか抑えられないと思わないかい?
だが彼らは、ほんのちょっと人より陰気でコミュニケーションが苦手で非モテな青少年のささやかな欲望ですら許容しないのであろうか。だとすると、この世はなんと世知辛いことか。
理不尽な思いに突き動かされ、あまり饒舌ではない口から言葉が零れ出る。
「この私が……何をしたというのですか?」
「何をほざくっ! この邪悪な死霊使いめっ!」
「大聖女様をあんなお姿に変えたあなたを……絶対に許しません! 今日ここで滅びなさい、【 黄泉の王 】!」
「うっ……」
大変な美女である【 神聖乙女 】フローラに罵倒され、一瞬恍惚としてしまう。なんだこの心地よさは……新しい何かに目覚めてしまいそうだ。
なんにせよ生身の女性と会話を交わしたことに、私は思わず満足してしまう。
だが、元来女性とのコミュニケーションを苦手としている私には、これ以上の返事を返す語彙力を持たない。
……仕方ない。こうなっては私の可愛いアンデッドたちを使って誤魔化して、さっさと退散するとするかな。
私はいつものように【 死者の軍団 】を呼び出す死霊術の準備をしながら、同時に自らの目に宿る能力を発動させる。
──《 死霊眼 》。
ギフト発動と同時に、カインの体が、淡く輝く光に包み込まれる。
……ほほぅ、さすがは【 剣皇騎士 】カイン、王国一の騎士だけのことはある。燃え盛る赤い炎のような魂に、研ぎ澄まされた剣のような素晴らしい骨格を持っているではないか。きっとスケルトンにしたら極上のスケルトン・ソードマスターになるだろう。いや、それでは勿体無い。もっと格上のアンデッド──たとえばデュラハンにだってなれるに違いない。
私の目に宿る《 死霊眼 》は、対象の持つ力を視覚的に見せてくれる能力だ。この能力により、私は対象物がどのようなアンデッドに向いているのかを判断することができる。
なにせ死霊術は奥が深い。素材を見極めて適切なアンデッドにしないと術が失敗してしまうのだ。弱い素材を強いアンデッドにしようとすると、大体は素材が崩壊してしまう。逆に安全志向で弱いアンデッドにしてしまうと、せっかくの素材を活かしきることができずに勿体ないことになる。
だから素材がどのアンデッドに向いているのかを判断し、自分の力量に合ったアンデッドを創り上げることが、死霊使いにとって最も重要な能力であると、師匠から口酸っぱく教わっていた。
素材を観察する。その習性は骨身に染みていた。
だからだろう、【 剣皇騎士 】と【 神聖乙女 】という素晴らしい素材を前にして、どうしても調べたくなってしまうのだ。
命を狙われるという絶体絶命の状況においてもつい実行してしまう、もはや職業病とも言える自らの習性に、思わず苦笑いが漏れる。
とはいえ、これは私の楽しみなのだ。たとえ命がかかっていても辞められない。
レアリティの高いアンデッドを蒐集することこそが、私のライフワークであり夢であり浪漫なのだから。
さぁ、【 神聖乙女 】はどんなアンデッドに向いているのだろうか。私はわくわくする気持ちを収めることができないまま、フローラに視線を向ける。
……ほほぉ! なんと素晴らしい魂の輝きよ、まるで極上の白銀の輝きを見つめているようだ! これならきっと、吸血鬼や不死の王でさえ……おや、あれは何だ?
フローラを《 死霊眼 》で観察していた私は、ふとある違和感に気づく。
フローラのお腹の部分に、本人のものとは違う光が仄かに灯っていたのだ。
──なんだ、あの……【 神聖乙女 】フローラのお腹に宿る微かな光は。
ま、まさか……あれは!?
「フランケル、覚悟!」
「うぎゃあぁあっ!」
右腕に走る激痛に、思わず声を漏らしてしまう。
フローラの観察に集中しすぎて、油断して右腕をカインに切断されてしまった。
まずい、片腕がなければ強力な死霊術は使えないではないか。
いや、今はそれよりも気になることがある。いやいや、命より大切なことなどないのだが……さりとてさすがにこれは看過できない。
なぜならフローラのお腹に宿る仄かな光は──生命の証。
もちろんフローラのものとは別の、新たな命。
そう、こともあろうかフローラは──なんとお腹に子を宿しているのだ!
「ば、ばかな……」
思わず口から漏れ出たのは、そんな言葉。
なにせ神に身を捧げる未婚の聖職者──しかも【 神聖乙女 】の二つ名で呼ばれる聖女が妊娠しているのだ。これが驚かずにいれるだろうか。
おまけにお腹の中に見える命の光はまだほんの僅か……。これは妊娠の初期──いや超初期であることを意味している。おそらくは、受精して1日ほどしか経っていないだろう。
「なにがバカな、だ! これが現実だ、【 黄泉の王 】!」
カインの勘違いしたセリフなど、もはや私の耳には入ってこない。私の思考はフローラのお腹の胎児に釘付けになっていた。
現実──そう、これは現実なのだ。
私は、ひとつの結論に至る。
ということは……。
も、もしや、こいつら……。
その事実が意味することを理解した瞬間、背筋に──冷たいものが流れ落ちる。
私は気づいてしまったのだ。
とあるとんでもない事実に。
こやつらは──。
【 剣皇騎士 】と【 神聖乙女 】は──。
昨日の夜、子供ができる行為をしてしまったのだ!
その結果、【 神聖乙女 】は胎児を孕んでしまったのだ!
私は目の前が真っ暗に暗転しそうになる。
なんということか。この二人は──私との決戦を前にして熱い夜を過ごしていたのだ!
「邪悪なものよ、神の名の下に滅びなさい! ──《 聖光線 》」
「ぎょえええええっ!」
妊婦である【 神聖乙女 】フローラから放たれた聖なる光線が、私の腹を容赦なく貫く。血反吐を吐きながら、私は必死になって言葉を吐き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あ、あなたたちは……」
「黙れ外道! 問答無用!」
「ぴぎょおおおおっ!」
私の言葉に聞く耳を持たないカインが、今度は私の左腕を切り飛ばす。飛んでいく私の左腕。あぁ、私の左腕……。
「さぁこれまでだ、秩序を乱す不埒者! 最後に言い残すことはあるか?」
言い残すこと? いや聞きたいことは沢山ある。
あなたたちは本当に前日に不埒にも交わったというのか。決戦前に本番とは、これいかに?
私を殺したあと、今夜も熱く燃え上がる気なのか?
聖女様の身体はどんな感想だったか。聖女の持つ”聖なる双丘”は気持ちよかったのか。そもそもお前は聖女を守る騎士なのではなかったのか。それが手を出すとは何事か。責任を取って結婚するつもりなのか……などなど。
しかし、永く他人とコミュニケーションを取ることなくアンデッドばかり相手をしていた私の口はすぐには言葉を発してくれない。
ようやく口から出てきた言葉は──。
「……不埒者は……あなたたちだ」
「ふん、外道に言われる筋合いはないね」
だが私がなんとか紡ぎ出した言葉も、二人の耳には死を前にした悪者の戯言としか聞こえていないようだ。あっさりと鼻で笑われる。
なんということだ。
彼らに私を害する正義はない。たしかに私は大聖女を復活させて、あわよくば筆下ろししようと懸想した。
だが、それを罪だというならば、私との決戦前夜に美しき聖女と交わったこの剣皇騎士も私と同類ではないか?
なぜ私だけが罰されなければいけないのか。そもそも私のほうは未遂で終わっているというのに!
だが、理不尽は──死の形をして容赦なく襲いかかってくる。
「【 黄泉の王 】よ、滅びよ!」
「あの世で大聖女にお詫びなさい!」
剣を構える剣皇騎士、光の槍を召喚する乙女ではなくなった神聖乙女。
あぁ、もうダメだ。もはや今の私にこの難局を乗り切る手立てはない。
こうなっては仕方がない。私は結局一度も検証することはできなかった最後の手段を使う決意をすると、歯をぐっと食いしばって、奥歯に仕込んでいた術を発動させる。
──死霊術奥義・禁呪《 不死の王転生 》。
それは、死霊術の究極の秘法。
自らの魂を不死の王へと輪廻転生させる、禁断の秘術。
かつては私の師匠が試み、多くの死霊術師たちが夢見る究極の最終地点。
だが、この術は準備に長い年月を要する。現時点では圧倒的に時間が足りてない。成功すると断言するには程遠い完成度である。
ゆえに、成功するかは分からない。
失敗すれば、良くて理性の伴わないアンデッド化、最悪の場合は魂が消滅してしまう。
しかし、このまま……彼らに理不尽に殺されるよりはマシである。
ギャンブルは私の得意とするところではないが、もはや私に打てる手は無い。背に腹はかえられないのだ。
くそぅ……なぜ私がこんな目に!
もし不死の王になれたら、絶対に復讐してやるぞ!
あと、生まれるであろう子供に不幸が襲いかかりますように!
あと、離婚してしまえ!
「覚悟っ!」
カインが剣を振りかぶって私に襲いかかってくる。
あぁ、あと、あと……願わくば次の生は──女性に縁のある不死生でありますように。
ずんっ。
耳の奥に、鈍い音が響き渡る。
私が最期に見た光景は、鬼気迫る表情で剣を振り抜くカインの姿と、首のない自身の胴体だった。