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階層世界の階層したで  作者: かんろ
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1.第零階

1.第零階


 僕らの世界はドーナツを縦に伸ばしたみたいなものだ。

 僕らの立っている場所の中心には円形の穴がある。

 穴の縁に沿って螺旋階段がある。

 螺旋階段の周りに階層と呼ばれる僕らの立っている地面がある。

 ぽっかり空いた空洞の斜め上を見上げれば、誰かが動いているのが見えた。上の階層に居る誰かだろう。

 見上げる空洞からは淡く光が見える。

 僕らのかなり上の方には、空や雲に見せかけた天井がある。

 それでもここは暗くないし、風も吹く。もちろん空洞の遙か上の太陽光や風では足りない。

 この広場のあちこちに植えられた木々は赤く、細く針のような葉をしていて幹も細い。そういえばこの前、一人のおじさんが『俺の手首と同じ太さだ』ってよく分からない自慢をしていた。

 木の足下には一見するとライトアップ用の電球が一つの木につき一台置いてある。ちょうど時間だったらしく、電球が自動的に起動し、灯りを照射、幹の根本の方から幹の上、枝、葉、と照らしてはまた幹の側へと戻っていく。

 風で髪が揺れる。吹いてくる方を見れば大きな風車のような送風装置が回っていた。

 人工の光、人工の風。

 それで生活している僕らに空洞からほんの少し『本物』の太陽や風の気配が降り注ぐ。


 ーーー本物の光とはどういうものだろう。本物の風とはどういうものだろう。


 誰もが思い、太陽の注ぐ最上階層”天”に思いを馳せる。 

 でも、それは。

 

 不意に人工光で育てられた木に誰かがぶつかる。

 ぶつかったおばあさんに白い制服の監視員が指を指す。

 監視員の後ろでは、首から血を流して動かない子供を大人が抱き上げている。子供はまだ生きているけど、助からなさそうだ。首からあふれる血の流れさえ弱々しい。心臓が上手く働かないのだ。それとも送り出せる血がもうほぼ無いのか。

 死んでいく子供と老婆。老婆の手には血の付いたナイフがあった。

 監視員が淡々と命じる。

 「お前はこの第零階から地下一階へ降りろ!」

 広場を見ていると僕の横の方、露天商店の立ち並ぶ方から優しく言う声がする。

 「あなたは隣人を本心から助けました。よって、第零階から一階へと上がることを赦します」

 それぞれ言葉を受けた二人。老婆は監視員に腕を掴まれ、周りの人たちからは『人でなし』などと言われながら歩かされる。自分で歩く、一階に上がって良いとされたのは若い男の人だ。その人には祝福する声がかけられている。

 広場を抜けて、その向こうの空洞の縁に二人が着く。階段はいつも金属柵で覆われて、その前には監視員が二人立っている。

 たぶん監視員たちは連絡を取り合っていて、どこの階層の誰が上下移動か知っている。二人が行った時点で特に確認はせず門を開けている。

 「いいよねぇ、”天”の方にいけて」

 僕の横に立った女の子が軽く腕を叩いてきた。このくらいのじゃれる程度なら監視員もただの『交流』として許可している。これが殴り合いでも憎しみを元にしたものや、今回のように凶器を使ったとなると一階層落とされる。

 「”地”の方ってどうなっちゃうんだろうね」

 「さぁ……僕も知らないけど、おばあさんは嬉しそうじゃなかったね」

 僕が感想を述べれば、その子は呆れた顔をした。

 「そりゃそうでしょうよ」

 ”天”があるなら”地”もある。

 地下は何階まであるか分からない。”天”は百階が最上階だと監視員たちが答えてくれるが、”地”に関しては教えてもらえない。

 「でも、危なすぎる場所なのは分かるよ」

 僕の断言にその子は首を傾げる。

 「ずいぶん自信あるのね」

 「凶器のナイフを持ったまま、おばあさんは地下に降りた。そういう人たちが何人も下にはいる」

 殺人に武器を使ったからといって、武器が取り上げられることはない。武器を自ら手放すことが、改心の一種だからだという。取り上げたって意味はない、らしい。

 下に落とされるのは悪いことをした人たちで、その人たちが武器を持ってて、何もしないなんてあり得るだろうか。

 「……まぁ、そうよね。そういう人たちがたくさん居るものね」

 商店の方から『朝どれの野菜安くしとくよ~』なんて声が聞こえる。

 先ほどの階層移動も一区切りついたからいつも通りに戻りつつある階層。客はきちんとお金を払って野菜を買っていく。

 一人二人と広場を離れ、日常に戻る中、広場の立て看板が目に入った。

 

 善行を積めば”天”へ

 悪行を重ねれば”地”へ


 この世界の絶対唯一の掟が書かれている。

 だからこそ。

 「あれ、まだ何かあるのかな?」

 その子の声に空洞縁の階段を見る。また監視員が動いて柵を開けている。

 空洞を見ていれば、上から誰かが降りてくるようだった。

 「……降りてくるね」

 分かり切ったことを言った僕らの上から、誰かが降りてくる。

 この階層で初めて見た黒髪。長さは背中にかかるくらい。

 でも背が高くて、細いけど折れそうな感じじゃなく、鍛えてあって細い。左手には長い棒のような筒のようなもの。

 「ーーー……あれ、確かカタナって武器の一つじゃない?」

 言われて納得した。確か武器について学んだときに紹介された。

 「じゃあ、あの人ーーー」

 堂々と柵の前に来たその人は男の人で、男の人と分かるのに、女の人のようにも見えるきれいな顔をしていた。僕らはなぜか声を聞き取ろうとじっと黙った。

 その人は近くの監視員に向かって口を開いた。

 「しばらくここで厄介になる。レイル・アスタロクサだ」

 監視員は頷いてその人を階層の中へ入れた。

 

 ”天”側から零階へ、武器を持ったまま、降りてきた。

 そう、悪行を犯してきた人が、この零階にやってきたのだ。 

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