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童話シリーズ

井の中の蛙大海を知り行く

この話をどう捉えるかはあなた次第。

 あるところに村人が使わないほどの古い井戸がありました。井戸には落ちないように蓋をされて、わずかな隙間があるばかりでした。

 その井戸の底の底では、カエルたちがせっせと働いていました。カエルたちは柔らかい泥を掘って巣穴となる横穴をつくり。あるカエルは、他のカエルたちの餌を捕まえる仕事をしていました。

 カエルたちは長を頂点にしてそれぞれ仕事のリーダーの元で働いていました。

 そんなカエルたちのなかに一匹不器用で変わったカエルがいました。そのカエルは、餌を採る仕事をしていましたが、他のカエルたちよりも体が小さいので餌を採るのが苦手でうまくいかず、いつもリーダーや成績の良いカエルに目標を達成できず怒られます。

 そして仕事終わりの後始末やほかの仕事を勝手に押し付けられまでされましたが、根が真面目なのできちんと成し遂げます。

 カエルは、自分の家に帰る最中に井戸の中に漏れている一筋の光を見てつぶやきます。

「ああ、あの光の先には何があるんだろう」

 カエルはいつも仕事の帰りにその光を見上げながらいつもつぶやき、妄想を始めます。きっとあの先には、みんなが仕事をしなくてもいい楽園があるのだろうとか、ドクドキワクワクする冒険の世界が待っているとか想像を膨らませます。

 そんなカエルの姿をよく目にして、おまけによく他の生き物たちと話をするためそのカエルは変なカエルとこっそりと言っています。

 そんなある日、井戸の底へゆっくりとゆっくりと向かっている一匹のカタツムリがカエルたちのもとへやってきました。

 カエルたちは、井戸の外から来た生き物たちがもたらす外の世界の話を楽しみにしていていつも集まっていました。その日も、カタツムリの周りにはカエルたちが集まっていました。変なカエルも話を聞こうと、カエルたちの間をかいくぐって前の方に向かいます。

 だが、カタツムリのほうに近づいていくとなんだか様子がおかしいのです。

「ふん。君たちはずいぶんのんびりとしているようだね。外のカエルたちはもっとキビキビと動き、自由に泳いでいたけどね。これじゃ先が思いやられるね」

 なんと、カタツムリは井戸の中にいるカエルたちを馬鹿にしていたのです。カエルたちは抗議や罵倒をしましたが、カタツムリは知らぬ顔をして言い続けました。

「事実だ。外の情報をただの娯楽だ、おまけに奇怪な目で外からの生き物を見ているではないか。僕からすれば君たちの方が珍しいけどね」

 そう言った後、カエルたちは次々と怒って帰ってしまったのです。そして残ったのはあの変なカエルだけでした。

「ふん。わからない奴だな。君の彼らと同じかね」

 変なカエルは、否定も肯定も言わずにカタツムリに尋ねました。

「外の世界は、いったいどこまで広がっているのですか?」

「どこまでもだ。こんな小さな井戸の水の中で安穏とぬるま水に浸かっているカエルたちに、外に出て海に入ったらどうなんだろうねぇ。きっと考えが変わるよ」

 それを聞いたカエルは、カタツムリに海のことを尋ねながら思い思いに想像を膨らませます。カタツムリによると、海は地面より広く地面にいる生き物よりも多くの生き物がいるとのこと。底がないほど深く、しょっぱい水を泳いでいくと別の地面が見えてくるそうな。

 頭の限界まで想像したカエルは、頭の中に描いた海を見ながらカタツムリに尋ねました。

「海を見たカエルはいるのですか?」

「いたとも、この僕も実際に海を見たことがあるし。君みたいな小さい奴も海に向かっていったさ」

 それを聞いてカエルは大急ぎで自分の家へ帰っていきました。家に帰ると、すぐに身支度を始めました。カエルは、外の世界に海に行こうと決断したのです。小さな体で苦手な餌探しをするよりも、その広い海で自分が思うように生きてみたかったのです。

 幸い、カエルは体が小さいので餌もほかのカエルよりも少なくて済みますし、家族のカエル一匹だけだから後ろ暗さもないから大丈夫だと考えたのです。

 その夜、カエルはリーダーにお別れを言うためにあいさつに行きました。すると、リーダーカエルは、顔を真っ赤にして怒鳴りました。

「お前は馬鹿か! なんでつらいことから逃げようとするんだ!」

 カエルは唖然としました。

「でも僕は、餌を採るのが苦手で皆さんの後ろ足を引っ張っています。僕よりも優秀なカエルを雇えば、きっと全体の成績は上がります。僕より優秀なカエルなんていっぱいいるでしょうし」

「やる気がないだけだ! 俺の時なんか、必死に食いしばってでも成績を上げてきたんだ。お前もそうすればいいんだ」

 リーダーカエルは、全く耳を貸しません。そしてカエルが外の世界に行くことにまで発展します。

「外の世界なんてろくでもないだけだ。あのカタツムリに変なことを吹き込まれたんだろ。だったら、仕事に集中しろ。それがお前にとって成長になるんだ。苦手なことから逃げ出すな!」

 こうして、リーダーカエルにしぶしぶ言われるまま、カエルは仕事に向かっていきます。

 この話は、職場のカエルたちにあっという間に広まっていきました。そして一匹の同僚カエルが変なカエルと話しました。

「お前は、前から変だと思っていたけどまさか外の世界に行くなんてな」

「けど、僕はこの仕事が苦手なんだ。好きでもないし憂鬱なんだ。僕のカエル生なんだから自由にしてもいいじゃないか」

 それを聞いて同僚カエルは、大笑いします。

「小さいくせに、たくましいやつだな。でも、みんな辛いんだ。俺も家族を養うためにこうして働いているしな。それにさ、仕事に就いてさえいれば毎日のご飯を心配することなんてないし、きちんと体を休めれるんだ。まあ、お前がそれがいいなら俺は止めないけど」

 同僚カエルが去っていくと、今度は若い優秀カエルがやってきました。変なカエルは、この若い優秀カエルがことあるごとにねちねちと言ってくるので一番苦手です。

「お前、外の世界に行くんだって?」

 カエルは苦手首を縦ふると、優秀カエルが指をさしてこう言います。

「お前みたいな小さくて成績が悪いやつが行けるわけないだろ! 俺みたいに責任感があって、成績もあるやつじゃないと挑戦できないんだ。それを放り出すなんてカエルとしてどうかしているぞ。仕事を舐めるな!」

 さんざん言われたカエルは委縮してしまい、言い返すことができませんでした。ただ、カエルは心の中で威張りくさった口だけ挑戦野郎だと唾を吐きました。実際、優秀カエルは外の世界に挑戦すると何度も言ってはその姿を見たカエルはいなかったのです。

 その次の日、カエルはあのカタツムリの所へ訪れました。カタツムリはのろのろと井戸の壁を這って外へと向かっている最中でした。

「カタツムリさん。僕を外の世界へ連れて行ってください」

 カエルがお願いすると、カタツムリは角のような目を動かし、カエルを見つめました。

「行きたいのか? 後悔はないのか?」

 カタツムリは、昨日とは別人のように生意気な口調は薄れ落ち着いた口調で尋ねました。カエルは微動だにせず首を縦に振りました。もうカエルは決心していたのです。

「では、僕の背中に乗るといい。けど途中でやっぱりやめたなんて言うなよ。出なければ真っ逆さまだ」

 こうしてカエルは、カタツムリの背中の殻に乗って井戸の外の世界へと旅立ちました。

 井戸の蓋の隙間から二匹が昼間の太陽を浴びながら外に出ました。カエルは、初めて直視する太陽の光に眩しさを感じましたが、すぐに別の感覚がカエルを覆いました。潮の匂いです。

 井戸の眼下には、海が見えていたのです。けれども、小さいカエルと同じぐらいの大きさのカタツムリにとってはそれはとてもとても遠くにあるように見えます。

「これが海か。僕の想像以上の広さだ」

 カエルが驚嘆の声を上げていると、反対の方で何か声が聞こえました。二匹が声のするほうに向かうと、人間の子供たちがカエルのおしりに藁を突っ込んで膨らませていたのです。

 よく見ると、大人の女性がカエルが近づいただけで箒で叩き殺されたり、大人の男性がカエルが道の真ん中にいたのに気づかずに踏みつぶされていました。

「小さい変なカエルよ。これが外の世界だ。僕が言ったことも事実だけど、君が目の前に起こっていることもまた事実だ」

 その向こうでは、男の子につかまったカエルがかごに入れられて男の子の家に連れていかれる姿を見かけました。

「あのカエルは、幸運だ。この井戸の底の生活よりも極楽だと思うよ。なにせ、なにもしなくても餌は与えられる。仕事と言えば、あの人間と戯れることぐらいだな。ただ、あのカエルが望んで人間につかまったのかは知らないけどな」

 目の前の光景に、カエルは腰を抜かしてしまいました。そこは天国でも地獄でもカエルが想像した冒険の世界でもない、生きるために必死にならなければならない世界でした。

「どうするカエル。あの穴に戻って帰るか? まあ、カエルなら下が水だし死にはしないだろうが」

 けれど、カエルはすくっと立ち上がり、自分の荷物を肩に下げました。そしてカタツムリにお礼を言うと、こう言いました。

「カタツムリさん僕を運んでくれてありがとうございました。けど、僕はやっぱり海を目指します。この世界で僕が生きていけるか挑戦します。そして、僕が海で泳ぐ姿を見に来てください」

 言い終えたカエルは、井戸を下りて海を目指します。カタツムリは、あのカエルの姿を見つめながら目を閉じてこの世界の音という音を聞きます。

 潮の満ち引く音。人の喧騒。草むらの中に飛び込む音。そして、井戸の中ではうるさいということで発することのなかった美しいカエルの鳴き声が聞こえました。


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