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彼女を傷つけるものは許さない

 夜が明け、朝の景色が浮かび上がり始めた村の中に消えて行くアリアの後ろ姿を呆然と見送ってしまった。

 姿が完全に見えなくなってしまったのに、アリアの鮮やかな赤い髪がまだ瞼に焼き付いている。

 アリアは去り際、僕を拒否したように思えた。

 それがショックで動き出せなかったが……。


「……追いかけよう」


 呆けている場合じゃなかった。

 今すぐ追いかけて抱きしめたい。

 いつものアリアに戻してあげたい。


 僕が力一杯抱きしめたら、アリアは「殺す気か!」と怒って腹に重い一発を入れてくるに違いない。

 そして僕は腹を押さえて蹲りながら謝るのだ。

 そんな慣れたやり取りをしたらアリアの牙も戻ってくるはず。


 頭で計画を立てながらアリアを追いかけようと踏み出したのだが……それは大きな手に阻まれた。


「……。離してくれませんか」


 騎士にまた腕を掴まれ、拘束された。

 表情は出さないように努めているのか真顔だが、僅かに眉間に皺が寄っている。

 顔を顰めたいのは僕の方なのですが?

 睨みつけ、腕を動かして振り払おうとしたが解放して貰えない。

 本気で僕を連れて行くつもりなんだな。

 どちらかが怪我をするくらい本気で戦わないと、ここから離れられないようだ。


「ルーク様、一度ゆっくり話をさせて頂けませんか?」


 睨み合う僕と騎士の間に聖女が立った。

 表情は暗く、どこか申し訳なさそうな気配を漂わせているが……それに腹が立った。

 今はそんなしおらしい顔をしているが、さっきはひどく冷たい表情をアリアに向けていたことを僕は忘れていない。


「話すことなんてない! アリアに何を言った!」


 アリアは震えていた。

 泣くのを必死に我慢していた。

 一人になったら泣いているに違いない。


「ルーク様、わたくしも辛いのです。ですが……多くの命より、一人の少女の恋心を優先するわけにはいかないのです」

「……」


 聖女の言うことも分からないわけではない。

 命を優先することは当然だと思う。


 僕だって自分が勇者をしないことで生まれる犠牲のことは、勇者にはならないと覚悟をしたあともずっと考えている。

 僕が見捨てる命、僕が見捨てたせいで大切な人を失う人達。

 それは僕が生きている限りは増え続ける。

 本物の勇者は世界に『ただ一人』。

 僕が存在している限り、次の『本物の勇者』は生まれないのだから。


 でも、そんな罪を背負ってでも……僕はアリアといると決めた。

 決めたのだ。

 僕の『世界』はアリアなのだと。


「僕はずっとアリアの側にいます」

「……」

「……」


 僕を見つめる聖女と騎士に宣言した。


「僕はアリアの側を離れません」


 無言だが納得をしていない表情の二人に念を押す。

 僕の決意は変わらない。


「……。ルーク様、貴方にも選ぶ権利はないのです」

「どういうことだ?」


 聖女の言葉に思わず顔を顰めた。

 選べない?

 僕『も』?


 ……まさか、アリアにも同じようなことを言ったのか?

 思わず殺気立った僕の腕を、騎士が両手で掴み直した。


「貴方の意思で協力頂けないのであれば、わたくし達は『方法』を考えなければいけません」


 敵意を隠さなくなった僕に負けないような強い瞳を聖女は向けてくる。

 完全に空気となってしまったトラヴィスやきのこ君、おじさんは僕が放つ冷たい視線に怯えているというのに、こちらを真っ直ぐに見据えるその姿は流石『聖女』だと感心するが……今の台詞には嫌悪が湧いた。


「僕に罪を着せてそのまま王都に連れて行く気か? 奴隷にでもするのか?」

「……そんなことはいたしません」


 僕の侮蔑を込めた呟きを聞いて聖女と騎士は顔を暗くした。

「そんなことは」と言うが、無理矢理王都まで連れて行かれ、勇者をさせられてしまうのなら、僕は勇者ではなく奴隷だ。


 もうこの人達を構ってはいられない。

 これ以上アリアを一人にしたくない。

 強引な手段を取ってでもこの場を離れよう……そう思った時だった。


「!」

「……え?」

「これは……!」


 ――キャアアアアアア!!!!

 ―――わああああっ!! 逃げろっ!!


 朝の静かな村に、突如悲鳴が響いた。


 僕と騎士、聖女は悲鳴が上がるその少し前に、異様な気配を感じ取っていた。

 それはとても大きなもので、濃い闇を纏っていて――全身を針で刺してくるような殺気を放っていた。

 悲鳴と同時にその殺気は更に鋭くなった。

 まるで針から刃に変わったように。

 血を求めるように執拗に肌を刺す殺気。

 そこから伝わるのは『空腹』だった。

 血を、悲鳴を、命が散るのを、恐怖と悪意を欲する餓え。


「ひっ」


 それを正確に理解してしまった聖女が小さく悲鳴をあげ、自分の腕を抱いた。

 騎士は僕の腕を放し、剣に手をあてた。


「あ……」


 僕は頭が真っ白になっていた。

 今が一番呆けてはいけない瞬間だと分かっているのに。

 だって……そこは……そこには!

 昨日のリッチが赤ん坊……いや、それ以下と思えるような『魔物』の気配が現れたその場所は……!


「……アリアッ!!!!」


 僕は駆け出した。

 やっと足が動いた。

 進み始めたのはアリアが去って行った方向で――その先に、魔物とアリアの気配が……!


 アリアの近くに大きな力を持った魔物がいる。

 その事実に震えそうになる。


 どうしてこんなに立て続けに強い魔物が?

 昨日のリッチはトラヴィスに向かって「刈り取るほどの芽ではなかった」と言っていた。

 まさか、勇者を狙って魔物が現れるのか?

 今回も?

 僕がここにいるから、アリアは危険な目に遭っている?


 父さんと母さんの姿が脳裏に浮かぶ。

 思い出すと暖かい気持ちになるその姿が、今はとてつもなく不吉なものに思えた。

 ああ、お願いだから……どうかそっち側にアリアを連れていかないでくれ。


 足は動き始めるといつも以上に動いた。

 千切れてもいいから、一秒でも早くと願いながら動かした成果かもしれない。


「……!」


 通常の人としてはあり得ない速度で進んだその先に見えたものに息を呑んだ。

 それは大きな黒い獣だった。

 一見すると犬のようだが、凶悪に盛り上がった筋肉や、光を灯さない赤黒い目の収まった醜悪な顔は魔物だということを物語っている。

 村の民家より一回り大きな巨体、人間など掠っただけで身体が分断されてしまいそうな牙。

 それに獣の頭上には紫の光を放つ魔方陣が回っていた。

 あれは魔法攻撃を防御するものだ。

 これだけでも厄介な魔物であるということが分かる。

 見たことはない、名前の知らないその獣からは先ほど感じた強烈な飢えが溢れていた。


 そして、その飢えを浮かべた目は足下に転がる一人の少女に向けられていた。

 赤い髪を地面に広げ、動かない少女。


「……ア……リア……」


 心臓が止まるかと思った。

 大丈夫、アリアはまだ生きている。

 はっきりと分かる。

 死んではいない。


『でも……あと一瞬で死ぬかもしれない』


 それが分かった。


 黒い獣の目がアリアを映している。

 黒い獣の牙がアリアを狙っている。

 魔法は防御の魔方陣があるため、効くかどうか分からないし、武器も何も手にしていないこの状況では……間に合わない。

 僕はアリアを助けられない。

 それも分かった。


 分かったから――。


 口が勝手に動いた。


 唯一アリアを救うことの出来るものの名を。


「エルメンガルトッ!!!!」


 ああ、覚えていて良かったな、聖剣の名前。

 そう思った時にはすでにそれの感触は手にあった。


 名前を呼ぶだけで瞬時にこの手に収まる、とても便利で世界一強い剣。


 あえて『何が』とは言わないが、手にしたそれが喜んでいるのが分かった。

 本当は頼りたくはなかったけどね。

 でも、今は力をかしてくれ。


 ……と言っても、お前とはすぐにお別れだ。


『!!!?』


 思っていたことが口から零れていたのか、聖剣が動揺しているのが分かった。

 悪いけど、説明している時間なんて無い。


『ま、まさか……』

「行け!!!!」


 聖剣を思い切り振りかぶり、魔物の頭に目がけて投げた。


『なんという扱い!!!!』


 聖剣が何か叫びながら空を切り、飛んで行く――。

 文句を言っていたような気がするがな。


 聖剣が魔物へと向かって行くその光景は綺麗だった。

 白い光を放ちながら矢のように魔物の頭へと真っ直ぐ向かう。


 僕はそれを追いかけるように駆け出し、アリアを目指した。


「グオアアアア!!!!」と鼓膜を破るような咆哮が村に響く。

 聖剣は狙った通りに魔物の頭、額のど真ん中に刺さっているのが見えた。

 聖剣の衝撃によって獣の身体が後方に倒れ、ドシンと大きな振動が周囲に広がった。


 その隙に僕はアリアの元へと駆け寄る。


「アリア! ああ……」


 アリアは気を失っていたが、大きな怪我はなかった。

 良かった……間に合った。

 地面に倒れたその身体を起こし、思わず抱きしめた。

 もう大丈夫だから。


 ここは危険だ。

 アリアを抱き上げて離れた民家の前にあるベンチに寝かせた。

 意識の無いアリアをよく見ると、大きな怪我はないが擦り傷が何カ所かあった。

 恐らく転んで擦りむいたのだろう。


 直接あの魔物に攻撃されたわけではないが、転んだのは魔物のせいだ。

 少しだろうとアリアに怪我をさせたことは許せない。

 それにこの村を害することも許さない。


「ルーク様!」


 聖女と騎士が追いついてきたようだ。

 その後方にトラヴィスときのこ君も見える。

 アリアに回復の魔法をかけ、怪我を完全に治したところで聖女を呼んだ。


「アリアを見ていて欲しい」


 アリアの心を傷つけた聖女に任せるのは嫌だが、安全を考えれば聖女に預けるのが一番だ。


「僕はあれを始末する」


 魔物はまだ生きていて、聖剣が刺さっている頭部の痛みにのたうち回っていた。

 巨体が転がる度に地響きが起こり、民家や木が揺れる。

 非常に鬱陶しいし、アリアに怪我をさせた責任を取って貰わなければいけない。


「聖剣が急に無くなって……あ、ああ!!? 何故あんなところに! 俺がやったのか?」


 息を切らしながら追いついてきたトラヴィスが、魔物の頭に刺さっている聖剣を指差している。

 自分がやったのかと両手を見ているが、残念ながらトラヴィスがやったのではない。

 そういうことにして貰うと助かるが。


「聖剣は借りただけだ。後で返す」

「え?」


 悪いが今はトラヴィスに説明や交渉をしている時間がない。

 終わってからにして貰おう。


「もう少し借りる」


 トラヴィスから返事は聞かないまま魔物の元へと歩き出した。


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