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処刑5.5 孤独な私の救世主達

 金は人を狂わせる私はそれを悉く実感している、私は裕福な家庭に生まれた、幼少時代は何も不自由の無い生活を送っていた、私は自慢では無いが勉強はできたし、我ながら生真面目すぎる性格で友達すらできなかった


 そして最悪な異変が起きた、六年生の時だ、忘れもしない雨の強い嵐の夜、夜中に両親に呼び出された


「美遊はもう中学生になるんだ、もう一人で大丈夫だよね?」


「私達の娘だもの、当たり前でしょう?」


 両親は笑顔で話す、私はついていけなかった何を話しているのか、これから何が起こるか


「美遊、パパ達は遠くに行く事になったんだよ」


「遠く?」


 前から出張とかで家にいない日はよくあったから、私は家でも一人で生活する事が多かった

 今回もそういう話だと思った


「そう、とても遠く」


「海外?」


「そう、海外よ場所はーー」


 母が話た国、聞いた事も無い場所だった

 これはしばらく帰ってこないと思ったが、いつもの事、また一人で頑張ろうと思っていたが、父が驚きの言葉を呟いた


「この家を売る」


「え!?」


 父の意見はこうだった

 私に一人暮らしをしろと、日本に戻ったら新居を構えると


「でも、私は……」


「ごめんね、これも幸せになる為なのよ」


「うん」


 母は申し訳なさそうに話す、父に通帳とカードを手渡された、私は両親の為一人暮らし暮らしを余儀なくされたのだ、両親の話では叔父さんが週に一回様子を見に来てくれるらしい


 住んだのはアパート、お金は両親が毎月振り込んでくれた、住むところも生活費も何も問題がなかった、ただ何も無い部屋に一人で生活、子供ながら夜一人で眠るのが怖かった事もあった、しかし頼れる者がいない


 ただ寂しかった


 どこの時代に卒業式を一人で迎える子供がいる、私は寂しかったが海外で頑張っている両親の為に我慢していた


 中学校の入学の手続き等は全て叔父さんがやってくれた、学校はつまらなかった、友達もおらず、放課後はすぐ家に帰り家事に追われた


 叔父さんは優しかった、お話し相手にもなってくれた、一緒に遊んでくれたし勉強も教えてくれた、毎週叔父さんが来る日を楽しみにしていた程だ

 

 ある日叔父さんの携帯に電話が入った、携帯画面を見ながら首を傾げている


「叔父さん、どうしたの?」


「非通知だ、仕事関係かな」


 叔父さんは携帯に耳を当てる


「もしもし……は!? 兄さん!?」


「!?」


 叔父さんは父の弟だ、父からの電話だ


「何を言ってるんだ! 自分が何を言っているか解ってるのか!」


 叔父さんが怒鳴り散らしている、こんな姿を見るのは初めてだ


「ダメにきまっているだろう! 悪いけどこれは僕からは言えない、変わるよ、今ちょうど美遊ちゃんの家にいるから、はい美遊ちゃん兄さん、いやお父さんからだよ」


 叔父さんは私に携帯を手渡す


「パパ......?」


 私は恐る恐る電話に耳を当てる、久しぶりに両親と話ができる、それだけで嬉しかった


「美遊、元気かい?」


「うん....叔父さんも来てくれているし、あ! いつもお金ありがとう」


「良かった、来月から振り込みを増やすよ」


「え? いいよ今のままで大丈夫だよ? それといつ帰って来るの?」


 叔父さんに目をやるととても暗い表情を浮かべている


「日本には帰らない」


「え?」


 どうやら両親の立ち上げた仕事がうまくいったらしく日本には帰れないとの事だ、そんな事を長々と説明された


「今まで通りお金は……」


「待ってよ!!」


 納得がいくわけがない、話が違う、何のために頑張って我慢してきたのか解らない


「解ってくれとは言わないよ、ただ日本にはもう」


「もういいわ!」


 私は電話を切った


「兄さんは....」


「叔父さん....私、私は......ふあぁぁぁん!」


「美遊ちゃん....」


 私は泣いた、叔父さんに優しく抱きしめられながら、叔父さんの腕の中で泣き続けた


 その日叔父さんは家に泊まってくれた、次の日そのまま出勤していった、この日私は学校を休んだ


「それじゃあ行ってくるね、しっかり食べるんだよ、来週また来るから」


「ありがとう、叔父さん」


 叔父さんが家を出ると、いつもの静かな私以外存在しない空間


「寂しい….」


 お金には不自由しなかった、好きなものを買えた、それでも心は埋まらない


 ミュージックプレイヤーにお気に入りの音楽を入れて耳を塞ぐ、これが私の過ごし方だった、いつもはこれで少しは気が晴れるのに、今日は全く効果がない


 常に憂鬱だった、約一週間叔父さんは仕事でこれない、それまでずっと1人


 そう考えるとまた悲しくなってきた、ボリュームを上げて現実逃避に全力を尽くした、最近買った携帯電話を開いても連絡先は叔父さんだけ、すぐに携帯を閉じる


 それからどれくらいたったのだろう。イヤホンを外すと耳鳴りがする


 私は買い出しをする為に商店街に向うことにした、途中サイレンを鳴らした救急車とすれ違った


「うるさいわね….」


 私はそう呟いてしまった、この時の事を未だに後悔している


 商店街についたが様子がおかしい

 見る人見る人慌ただしい、どこかに電話しているようだ


 八百屋さん、いつも元気で気前のいい店主が泣いていた


「ちくしょう....ちくしょう!」


「あの....」


「あぁ、いらっしゃい」


 店主は私に気づき力なく対応した


「何かあったの?」


「電車が横転事故をおこしたらしい、お嬢ちゃんは身内無事かい?」


 店主の重い言葉で私は察してしまった、さっきの救急車はそれで動いていた、そして店主の身内が…


「こっちにおいで」


 店主に連れられ店の奥、居間に通された

 居間ではテレビが事故現場を撮影されていた


 悲惨な事故だ、重軽傷多数


「娘が乗っていたんだ」


 店主はぼそり呟いた


「そう....!?」


 私は目を見開き被害者リストに目を通す、東西の文字が1人


「お嬢ちゃん?」


「ごめんなさい! ありがとう!」


 私は涙を拭き店を飛び出し現場に走る

 必死になるのは当たり前だ、リストには叔父さんの名前があった


 現場に着くと混乱が渦巻いていた


「嘘….何これ」


 マスコミ、救急、レスキュー、野次馬と酷い有様だ


 私は膝から崩れまた泣きそうになる


「手伝ってぇぇぇぇ!!」


 女性の叫び声がした方を見ると、事故現場をを整理している救急隊の中に女の子が紛れている、私と同じ学校の制服、髪を二つに縛った女子中学生だ


 信じられない事が起きた


「うぉぉぉぉりぁぁぁ!!」


 女の子は掛け声と共に次々と車両の破片を素手でどかしていく、いる者全ての注目を浴びている


「何よ、彼の娘」


 私は呆然とその姿を眺めるしかできない


 しばらくして現場整理が落ち着く、私は叔父さんの無事を祈りながら見ている事しかできない


「東西さぁぁん! 東西さんはいらっしゃいませんかぁぁ!」


 さっきの女の子が私の事を探していた


「えと、私だけど」


「東西美遊さん? 良かったいたんだ! あのね、男の人に頼まれてたんだよね」


「叔父さんに? ねぇ! 叔父さんはどこ! 無事なのよね!」


「それは....」


 女の子は俯いてだまってしまった


「嘘....」

 

「ちょっと! ちょっと待ってよ!」


 私はその場から走り逃げ出した、自室に篭りミュージックプレイヤーの音を上げ、全身を震わせた、携帯を開くとまだ叔父さんの名前がある、最近使い方を教えてもらったカメラ機能で撮った写真を眺めて胸が締め付けらるように辛い


「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘.........」


 現実逃避しても涙が無限に出てくる、叔父さんが亡くなったなんて信じられなかったが現実は変わらない


 叔父さんは助からなかった、葬儀でも私の両親は姿を見せなかった


 私の引取先の話が周りでされているのが解ったが私は全てを拒否して、1人で暮らす事に決めた


 1人アパートで時間をただただ浪費していく、学校なんて何日も行ってない


 ある日気分転換する為に夜に出歩いてみた、これが人生の転機だった


 街中の一角、1人の女子を男数人が囲んでいる姿を見つけた、通行人は関わりたくないと目を背けている、私も関わりたくなかったのが本音だ


「あぁ! 東西さぁん!」


 声をかけられてしまった、姿を見ると事故の日私を探していた娘だった、私は無視して通り過ぎようとしたが


「待ってよー!」


「おいおい、どこ行くつもりだ?」


「ごめんなさいちょっと邪魔です」


 女の子は男1人の胸ぐらを掴みポイ捨てするように投げ飛ばした


「うぐぉぉぉ!?」


「なんだこの女、やべぇ!」


 男達は一目散に逃げ出し、女の子が駆け寄ってくる


「やっほー! 東西さん!」


「やっほーって....貴方は何者よ」


「え? 同じクラスの安堂千夏だよ?」


「同じクラス?」


 安堂千夏、どうやら同じクラスらしいが学校にろくに行ってない私の記憶にはなかった


「とりあえず! ご飯いこ!」


「ちょっ!? えぇ!?」


 千夏に腕を引かれファミレスに連れて行かれた、席に着きドリンクバーと簡単な注文をする、千夏は笑顔でメニューを眺めている


「早く来ないかなぁ、お腹すいちゃって」


「安堂さん」


「なぁに?」


「なんで私に関わるの? いい事ないわよ」


「頼まれたから、貴方の叔父さんに」


「ふざけないで!!」


 私はテーブルを叩き叫び、周りの注目を集めた


「落ち着いてよ、あの事故の日私は貴方の叔父さんとお話したんだよ、駅のホームでね」


「なんで私の話を」


 私は椅子に座り話を聞いた


「制服で私の学校解ったみたいで声をかけられたの、美遊ちゃんを知ってる? ってねそれで私も同じクラスですよーって」


「それで?」


「美遊ちゃんと仲良くして欲しいって、今辛い思いしてるからって」


「ふーん、で?」


「え? それだけだよ?」


「それだけ!?」


「うん! とりあえず学校いこうよー!」


「いやよ」


「なんで!? 楽し....」


「お前! なんで!」


 千夏の言葉を女性の声が掻き消した、姿を見るとガラの悪い金髪の女がいた、私の隣に座り顔を凝視し深いため息をついた


「人違いか、そうだよな」


「お姉さん誰?」


 私は内心ドキドキしていたが千夏が物怖じせず質問する


「あ? 私はただの通りすがり」


「誰か探してるの?」


「ちょっと安堂さん!」


「いいんだよ! 困っているなら協力しなきゃ!」


 それを聞いた金髪女は目を見開いた後ケラケラ笑った


「なんだい嬢ちゃん私が怖くないのかい?」


「全然!」


「はっはっは! 凄いな」


 気さくな笑顔に私も少し安心して質問した


「人違いって?」


「いや、まぁ....なんでもないよ」


 女は席を立ったが千夏が腕を掴んで止めた


「まぁ何かの縁ですし!」


「嬢ちゃんなんて力してるんだよ....」


 振り払おうにも千夏はビクともしない


「えへへー!」


「仕方ねぇな、離してくれなそうだしよ、私は橘」


 橘は観念して席に着く、私達も簡単な自己紹介をした


「橘さんは何を?」


 千夏がオレンジジュースを飲みながら質問する


「あぁ、いや見ず知らずの娘に話すような事じゃないさ」


「なら、私から話しますよー!」


 千夏が元気に挙手する


「は?」

「え?」


「私はですね、良く物を壊しちゃうんです! それが悩み!」


((力強そうだしね....))


「はいじゃあ次!」

 千夏が私を指差した


「私!? 私こそ空気悪くしちゃうわ、初対面の人にとてもじゃないけど話せな…」


「妹が死んだ」


 私の言葉を止めたのは橘さんだった


「「....」」


 私達は何も話せなかった、その時の橘さんの瞳はとても辛そうで


「そんな顔をするなよ、病気だったんだ仕方ない事さ、それで嬢ちゃんが妹に似ていたから驚いてしまってな」


「私が?」


「そうさ、とても似ている、そしてこのファミレスは妹と最後に来た場所なんだ」


「ごめんなさい、私不謹慎でした」


 千夏は頭を下げる


「いいんだよ、誰かに話せてすっきりしたぜ」


「あの....」


 私が話そうとした時にタイミング悪く注文したハンバーグが運ばれてきた


「うわぁ! 美味しそうだよぉ! あぁ橘さんも何か頼んでくださいよ!」


「あぁ、すまないな同席させてもらうよ」


 私達三人は食事する事となった、話すタイミングを逃してしまった、私達は気さくに話し初対面とは思えないくらい仲良くなれた


「そうだ!連絡先交換しましょうよ!」


 食事を終え、千夏が提案した


「あ? あぁ」

「えと」


「どうしたの?」


「いや、恥ずかしながら携帯はあるんだが、連絡先交換のやり方がわからなくてな、普段はやって貰ってるんだよ」


 この時の橘さんは、気恥ずかしそうで可愛らしかった


「私も、やり方わからないわ」


「もぉー! ちょっと貸してください!」


 千夏が携帯を回収して、連絡先交換をやってくれた


 連絡先に千夏と橘さんの名前が並ぶ、私は友達ができたようで嬉しかった、何度も連絡帳を開いてしまう


 その日はそのまま解散


 それから数日たった、二人とは連絡を取り合っていた、千夏からは学校の出来事とか教えてもらっていた、私は未だに学校に行けていない


 部屋にいると静かで一人を実感してしまう、不意に叔父さんの事を思い出し涙が溢れた


「叔父さん、嫌だよ......1人は嫌ぁ!」


 私はまた泣いた、泣いて泣いて、枯れるほど泣いた


 その時携帯が鳴った、橘さんからの着信


「はい....」


「なんだ?泣いてんのか?」


「ちょっと」


「なんだよ、お前家教えろよ! 仲間連れて遊びに行ってやるからよ!」


「ふぇ?」


 橘さんは優しい、そう思っていたからアパートの場所を教えた、私は初めて友人を家に招くとワクワクしていた、暫くしてバイクのエンジン音が聞こえた、どうやら一台じゃない


 そしてインターホンが鳴った


「はーい....え?」


 私は玄関に出ると、橘さんがガラの悪い男を三人連れて来ていた


「よう、遊びに来たぜ」


「え、はい」


 橘さんの笑顔に負け、全員部屋に入れる


「へぇー、姉御の言ってた美遊ちゃんって君?」


「え? はい」

(怖いよこの人達、私酷い事されるのかな....橘さん、信じてたのに)


「馬鹿野郎!! ビビらせてんじゃねぇよ!!お前顔怖いんだからよ!!」


「お前が言うなよ!」


「それもそうか!!」


「「がっはっは!!」」


 男達は大笑いしている


「おまえら、美遊泣かせたらぶっとばすからなぁ!」


「「うす!!」」


「橘さん......」

 私は怖くて橘さんに寄り添った、橘さんはニカッと笑う


「そんな震えるなっての、見た目はあれだが皆剽軽な奴らさ、ごめんな、もっといっぱい連れて来たかったが」


「いえ、皆さん私の為に?」


「そうさ、美遊飯はまだか?」


 橘さんの質問は急だった、しかし私より先に腹の虫が答えてしまった、私は慌ててお腹を抑える


「恥ずかしい....」


「よし! お前等あれを用意しろ! パーティーの始まりだぜ!」


「「「うす!!」」」


 男達が何かを取り出し準備を始める


「お鍋??」


 男達は手際良く携帯コンロに鍋を用意している


「くく....ははは!!」


 ガラの悪い男達が鍋を用意している姿を見て私は思わず笑ってしまった、失礼だと思って急いで口を閉ざす


「いいのいいの!笑わなきゃ疲れちゃうよ? あと悪いけど流し使わせてね」


 男の一人が笑顔で話す、見た目は怖いが優しい人だ


 順調に鍋は完成した、未だにあの味は忘れられない、大勢での食事はより美味しく感じた


「ごちそーさん、よし少ししたら外行くぞ!」


 鍋を平らげ、橘さんは煙草を咥え外に出た、男達は後片付けの真っ最中で私はそのて手伝いをしようと立ち上がった


「美遊ちゃんは姉御のところに行ってきな」


 後の二人もウンウンと頷いている、腕とか刺青が入っているが優しい人達だ、私が外に出るとバイクが並べてあり、その一台に橘さんがまたがり煙草を吸っていた


「かっこいい!!」

 私は声をあげた、橘さんは私に気がつき手招きする


「ほれ、つけな」


 橘さんに投げ渡されたのはヘルメット


「え?」


「お出かけしようぜ!」


「姉御! 片付け終わったっす!」


 男達が部屋から出てくる


「おーう! お前ら支度しな!」


「うす!」


 私は橘さんの後ろに座らせてもらい、皆でバイクを走らせた、最初は怖くて橘さんにしっかり抱きついていたが、次第に風を切るのが気持ちよくて、周りに人がいるのが嬉しくて、何より初めて自由を感じた


 この日から橘さん達はよく遊びに来てくれた、私の事を本当の妹のように可愛がってくれた、毎日楽しいと初めて思えた


 ある日橘さんと連絡がつかない日があった、私は内心橘さんに会いたくて夜の街に飛び出した


 そして見てしまったのだ

 ウルフとしての橘さんを


 普段からは想像できない姿だった、怒鳴り散らし相手を片っ端から殴り飛ばす、先日の男達も一緒にいた、その姿は部下を引き連れ月夜に暴れる金狼


 しかし相手の数が多すぎた、橘さんは窮地に立たされていた、三人がかりで殴られている


「姉御!」


 男達も交戦が激しく助けに行けない


「おめぇら! ぜってぇ折れんなよぉ!」


「もちろんっすよぉ!」


 橘さんは終始殴られている、私は腹が立った、あんなに優しい人達になんて酷い事をしてくれているんだと、仲間に....やっと掴んだ家族に!


「あぁぁぁぁあぁあ!!」


 恐怖に怒りが勝ってしまった、私は雄叫びを上げながら走る


「あれは!? 美遊ちゃん!?」


「美遊!? 馬鹿野郎! 来るなぁ!」


 橘さんの忠告を無視して、空中回し蹴りを放つ、私の蹴りは相手のこめかみを捉え蹴り倒した


 この時私は感じてしまった、今までに無い高揚感、他人を蹴り負傷させた事実、しかし今まで溜めたストレスを解き放った、気持ちいい、素直にそう思ってしまった


 しかし我に帰ると私は睨まれていた、恐怖感は無かった


 殴りたい、殴りたい殴りたい殴りたい


 ただそれだけだった、私が先にしかけ相手の顔面を殴り飛ばした、私の理性は既に死んでいたのかもしれない


 もう一人が殴りかかってきた、避けようという意思すら消え失せていたのだ


「がぁぁぁ!?」


 目の前で男が断末魔を上げた、橘さんが男の右腕を取り首筋に噛み付いていた、犬歯が肉にめり込み血が滲んでいる


 まさに狼の捕食、しかし橘さんは静かに涙を零していた


 大掛かりな喧嘩はやっと幕を閉じた、相手側が撤退したのだ


 橘さんは私を強く抱きしめた、そして初めて怒られた


「馬鹿! 美遊の馬鹿! なんで来たんだよ....」


 橘さんの涙が止まらない


「橘さんに会いたかった...」


「私は会いたく無かった」


「え?」


「こんな危ない場所にいて欲しく無かった、それに」


 橘さんの声がかすれている


「お前にだけは…こんな姿、絶対見せたく無かった....」


「橘さん....」


「悪りぃ....お前ら先に帰ってろ、私は美遊送っていくから」


 橘さん涙声で号令を出すと部下たちは従いその場を去る、橘さんはバイクに私を乗せると無言のまま部屋まで送ってくれた


「あの....」


「なぜ来たんだ」


「街に出たら、橘さんが....その」


「私の為にあんな事を? ふざけんな!!」


「ふざけてません!」


 私はムキになって反論した


「なんでそんな....」


「橘さん達はやっと掴んだ家族、なんです」


「は?」


 私はこの日、橘さんに全てを話した私の過去を成り立ちを、そして叔父さんの死を


「美遊お前......」


「ですから私は貴方を諦めません、姉御と呼ばせてください」


「それを聞かされても美遊をこっちの世界に入れる訳にはいかない」


「そんな....」


 橘さんは泣き出しそうな私を見てため息をついた


「条件がある」


「どんなことでも」


 それを聞いた橘さんはニヤリと笑った


「学校に通え」


「それはちょっと」


「どんなことでもやるんだろ?」


「ですけど....」


 橘さんは頭を撫でてくれた


「不登校になってもいい、友達を作って幸せになれ、そして叔父さんに胸を張れ、今は幸せですってな」


「橘さん....」


 橘さんはそう言い残して帰っていった、正直かなり気が引けたが橘さんに認めてもらいたくて翌日から学校に通った


 教室は騒然としていた、それもそうだ入学してすぐに不登校になったのだから、しかし一人だけ反応が違う生徒がいた


「東西さーん!」


 千夏である、私に飛びつき離そうとしない、肋骨が痛む


「ちょっとちょっと! 痛い痛い!?」


「来てくれたんだね! 待ってたよぉ!」


 千夏は嬉しそうにはしゃいでいる、連絡は取り合っていたのに、夜には良く会っていたのに…


 私の為に......ここまで....


 非常に申し訳ない気持ちが溢れた、そして嬉しかった、私には友達がいたのだと


「美遊でいいわ」

 照れ臭かった、下の呼び名を推奨するのは

 千夏は一瞬固まりいつも以上の笑顔で抱きしめた


「美遊っち! うぉぉぉ! 美遊っちぃぃぃ!」


「何よそれ! 痛い痛いってぇ!」


「ごめんごめん、美遊っち?」


「なによ....ち、千夏」


「あははー!美遊っち顔真っ赤だよー!」


「うっさい!」


 千夏は学校での救いだった、私は他人とろくに話せないが千夏が間に入れば話せた、私は気づけば普通に登校していた、クラスでは普通に生活できた、千夏のおかげだ


 私は幸せを感じた


 そして決心がついた

 橘さんに認めて貰おうと、今の環境を話した


「へぇ、良かったじゃないか」


「はい、橘さん....」


「いいんじゃないか? 今のままで」


 その言葉の意味が私はわからなかった


「それじゃあ話が違いますよ!」


「今で幸せなら、何も危険な道を選ぶことは無いのさ」


「嫌です、姉御と呼ばせていただきます」


 私は橘さんの瞳を見つめて離さなかった、次第に橘さんの顔が緩む


「はっはっは! 負けたよ仕方ねぇな、だが私の指導は厳しいぞ?」


「姉御....!!」


 私はその日から姉御の元に厄介になった


 昼間は学校、夜は街に出かけた


 姉御との決まりは沢山あった

 千夏以外に夜の事を公表しない事、自ら喧嘩を売らない事、1人で突っ走らない事、など


 全ては私の事を思っての決まり事だ、千夏はやりたい事をやればいいと言ってくれた、姉御達とは夜遊びに明け暮れた


 姐御と生活してわかった事がある、それはウルフの存在の大きさ

 姉御は有名すぎたのだ、負け知らずの狼は自分から喧嘩を売る事は無かった

 しかし街をいるだけで大掛かりな喧嘩になる、私はその事に喜んでいた、喧嘩相手がいる事に、ストレスが吹き飛ぶ快楽に溺れていた


 そうして一年がすぎた、学校も不良としても全て順調だった

 気づけば私は姉御と肩を並べて歩いていた、巷では狼姉妹と恐れられていた


 毎日楽しくて嬉しくて、叔父さんに今は幸せだと胸をはれた


 過去に思っていた

 私は不運だと、親に裏切られ叔父さんを失い、頼れる者が何も無くなって、私の未来全てを失った


 しかし今は違う、私は幸運だ

 千夏みたいな優しい友人ができて、姉御という頼りになる人が近くにいるし、もう一人じゃない


 私は叔父さんの墓前手を合わせ、よく前日の出来事を叔父さんに教えるように話した

 叔父さんはもうこの世にいない、私が一番弱かった頃を支えてくれた叔父さんにはいくら感謝してももう届かない、思い返しただけで涙が溢れた


 不意に頭を撫でられた、叔父さんに撫でられたのかと思い驚いたが見上げるとそれは姉御だった、過去に私がこの場所を姉御教えていた、姉御もよく手を合わせ来てくれている


「なんだ、また泣き虫さんに戻ってしまったのか?」


「姉御....」


 姉御は私の隣にしゃがみ、叔父さんの墓石を見つめる、線香にライターで火をつけ供え目を瞑る


「ありがとうございます」


「礼を言いたいのは私だぜ、美遊を支えてくれたのはこの叔父さんなんだろう、おかげで私達は出会えた」


 姉御は喧嘩の時とは別人に見えるくらい優しい顔をしていた


 私は幸せだ、大好きな人に囲まれて毎日笑っている、一生叔父さん事は忘れない


「叔父さん....ありがとう」


「よし! 乗れよ」


 姉御のバイクの後ろは私の特等席だった、この場所は落ち着く風を切る開放感、エンジンの振動、何より姉御がこんなに近くにいる


 何事もなく学校に行くと異変が起きていた

 三年生の時だ、千夏以外の反応がよそよそしい


 噂とは怖い物だ、私が夜に姉御と暴れまわっていると噂が流れていた

 事実なのだから仕方ない


 噂の始まり方は私が原因だった、喧嘩でクラスメイトの兄を殴り飛ばしていたらしい

 くだらなくてため息が出た


 私がクラスでのけ者にされても別に構わなかった、千夏だけはずっと味方でいてくれたし、放課後になれば姉御達に会えた


 考えが甘かった、姉御にまでこの噂は被害を出し始めた、姉御が私を無理やり引き入れたとタチの悪いデマが流れていたのである、いくら否定したところで、実体を持たない噂など止める事が出来ない


 私のせいで姉御には面倒をかけ続けた、もうこれ以上迷惑をかけたくない

 千夏が離れた高校を受験すると聞いた、それを聞いた私もそこを受験する事に決めた


 最低だ、自分で決めた事なのに逃げる形になってしまった、だけどこれ以上姉御の邪魔になりたくない、それだけだった、私は中学卒業と共にこの街から姿を消した、姉御には何も言わなかった、会えば辛くなるから会えばまた甘えてしまうから


 狼姉妹の妹はこの街から消えたのだ、自分そう言い聞かせ、こっそり引越しをした


 橘さんからはよく着信があった、怖かったが私は電話で橘さんと話をした


「もしもし」


「美遊! 今どこにいる!?」


「それは言えません」


 私は橘さんに事情を話した


「そうか高校か、おめでとう」


 橘さんの反応は意外だった


「怒らないんですか」


「めでたいだろうが、何言ってんだよ」


 こんなに優しい人に私はなんて迷惑をかけてしまったのだろう、後悔ばかりが残る

 また落ち着いたら、橘さんの所に戻ろうと思った


「いいか?美遊」


「はい」


「高校ってのは楽しい所だ、全力で楽しんでこい、私はいつでも待ってるから」


「姉御....」


 思わずそう呼んでしまった


 入学後、私は恐れていた

 あの噂を知っているものがいないかと、この事をよく千夏に相談していた


 私の悩みは杞憂だったようだ、皆気さくに話してくれる

 友達も自分から作れるようになった


 橘さんにまた話がしたい、そう思い夜に私から電話を入れた


「おうー! 久しぶりだな」


 橘さんの声が久しぶりに思える、高校での出来事を私は話した


「そうかそうか、それは良かった! けど気をつけろよ? 狼姉妹の話はどこまで流れてるかわからんからな」


「解ってますよ」


「まぁ大丈夫だとは思うけどよ、そうだ! お前部活はどうするんだ?」


「部活ですか」


「楽しいぞ部活、私も昔はバスケ一筋だったからな」


「初耳なんですけど」


「だって言ってないし、恥ずかしい」


 そんなたわいもない会話をして電話を切った


 私は部活動の勧誘に明日から顔を出そうと思いその日は眠った

 これがまた転機だったのだろう、あんな部活に入るなんてこの時はまだ知る由もなかった

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