処刑27 学園名物部対抗体育祭 午後の部、第一競技
朦朧とする景色の中で思い出す、あの頃の自分、楽しい事は殆ど無く、いつも教室の隅で本を読んでいた
「岡部君、今日も退屈そうな顔をしているねぇ、見てよこれ」
岡部に一冊の雑誌を見せる男子、この太ましい男子は近藤
「近藤君、それは……?」
「見てみろよ! アメリカで新型銃の正式採用が決まったってさ!」
「どれどれでーす、むむっ……これは」
興味ありげに近づいてきた細身の男、伸びた髪を後ろに縛って逆三角形の眼鏡が特徴的だ、この男は仲谷、後ろについてきているのは背の低い男、青木だ
この4人はミリタリー同好会のメンバー……なのだが、同好会の中では孤立している、岡部はこの4人でつるんでいる時が楽しかった
お……か、おか……
遠くから途切れながら声が聞こえる、はっきり聞こえると共に右頬に激痛が走った
「岡部!!」
「うっわ……痛そー」
右手を振り下ろした茜と隣にいるのは楓だ
「会長……?」
「何をしている、さっさと起きぬか!」
「私は……?」
「マイケルが運んできた、間も無くお昼休みも終わる、何でもいいから腹に詰めとけ」
「他の皆さんはどうされました?」
「午後の部に備えて準備中だ」
「午後の部の競技って確か……」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
午後の部第一競技、大玉転がし
各部4人が出場の自由参加、出場部は生徒会、風紀委員、帰宅部の三部のみ
「やけに少ないわね……」
美遊が不審に思うのは無理もない、今まであれだけの人数が参加していたのに、この競技はたったの15人だ
「さーて、ここからが本番さね」
首を鳴らす麗羽はどこか楽しそうだ
「……何あれ」
ここで真島のアナウンスが流れ始める
「ここからは午後の部! 大玉転がしです! 己の力と知恵で勝ち抜いてください!」
「さて、作戦も無しに転がせるでござるか?」
「弱気だなバカ侍、俺達の仕事は大玉を目的地に運ぶだけだ」
美遊は口を開いたまま唖然としている、視線の先には大型のクレーン車が三台移動している、そして各チームの前に止まり、それは地面に落とされた
目の前にそびえ立つのは直径3メートルはあるであろう巨大な鉄球が砂埃を巻き上げながら鎮座している
「それでは大玉転がし始め!」
真島の声に反応し真っ先に動いたのは風紀委員、メンバーは紅葉、千尋、れーちゃん、そして神谷
4人で一気に突撃し動かすようだが、球はビクともしない
「そりゃそうでしょうよ……!?」
異常な行動に出たのは帰宅部の千夏、1人で両手を広げる
「ん……しょ!」
転がした、時間はかかるが確実に鉄球は転がっている
「おぉ! すごいねぇあの子!」
麗羽は嬉しそうに目を見開いている、そして風紀委員は脱落者が出始めていた、地面にのめり込みながら今すぐにでも力尽きそうな息を上げているのは神谷だ、明らかな人選ミス
「紅葉……もう無理」
「もういいわ、貴方が限界なら風紀委員は辞退する」
「ダメです! このままでは風紀委員が負けてしまいます!」
早くも仲間割れが起きそうな雰囲気だ、生徒会も頭を捻る
「で、どうすんのよこれ」
「二人の忍術で何とかならないでござるか?」
「無理さね、この重さでは……」
「うぅぅりゃっ!」
美遊の渾身の蹴りを受けても球はビクともしない
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「おらぁ! 声出してけお前等!」
生徒会の陣地で声を荒げているのは缶ビールを片手にスルメを噛んでいる橘、隣にはコンビニ袋に入った大量の酒とツマミ
「ねぇお姉さん……」
「しっ……! 楓見ちゃいけません!」
話しかける楓の目を茜が両手で覆う
「何だよ連れねぇなぁ」
「お前な、部外者が学園の敷地内で酒盛り始めているのだぞ? これは大問題だ!」
「いいじゃにゃいか、減るもんじゃないし」
「良くない! 大体あのバイクはどうするつもりだ? 飲酒運転は立派な犯罪だ!」
橘の手が茜の頭部を撫で回す
「何? 心配してくれてんの?」
「違う!」
「会長ー? 前が見えないよー?」
「見ちゃいけません!」
「なーに、押して帰るから心配するな! ほら眼鏡も声出してけ!」
不意に振られた岡部は反応できない
「はい?」
「声出せってんだよ! あぁ!?」
「いえ、私は……」
自由な人間がまた1人増えてしまったが、競技の方は硬直状態、茜はゆっくり立ち上がる
「どこ行くんだ?」
「あいつ等は指揮がないと動けないようだ」
「……?」
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その頃風紀委員は最悪な空気を漂わせていた、動けない神谷と辞退したい紅葉に一歩も引かない千尋、今にも2人で喧嘩が始まりそうだ
「もう……やめてください!」
涙声が響く、2人を仲裁したのはれーちゃん、ボロボロと涙を零し両手首で拭っている
「れーちゃん……」
「2人の喧嘩する所なんて見たく……無いです」
その時場外から1人の男子生徒が風紀委員の玉を押し始める
「れーちゃんの泣く所なんて……俺は見たく無い! そうだろう!! おめぇ等!!」
男の声を聞いて1人、また1人と人数が増えていく、この光景を見て4人は口端を一瞬釣り上げた
気づけば何十人と言う人数が玉を押している、熱気と雄叫びが交差する風紀委員チーム、動き出すのも時間の問題だと思われるが、流石に豊が止めに入る
「他部の協力は禁止ですよー! 事前に申請したチームのみで参加してください!」
「安心しな俺達は得点目当てじゃねぇよ! そう……俺達はぁ!」
「「「ボランティアさ!!」」」
「ボランティア……? なら仕方ないですね、許可します」
雄叫びをあげる風紀委員への自称ボランティア団体を尻目に、生徒会には諦めが見え始めた
そこに茜の声が響いた、不機嫌そうに腕組みしたその姿は頼もしくも見える
「頭を使えぇ! お前等に不可能など無い!」
「じゃあどうしろってのよ!」
吠える美遊に茜は両手を広げ呆れる
「簡単な事ではないか、転がせなければ運べるようにすればいいのだ」
「成る程ね、そういうことかい」
麗羽は口端を釣り上げマイケルを見上げる
「本気でござるか?」
「マイケル! 抜刀許可! お前に斬れない物は無い!」
鉄球に近づき深く一呼吸する、脚を開き独特の構えで掲げるは妖刀天地狂人、皆が固唾を飲みマイケルが柄を握るとカチャりと音を弾いた
刀を抜きゆっくりと眼前に刀身を構えた
「桜花流……魑魅闘刃!」
一振りした様に見えたが、無数の斬撃が鉄球を襲い一瞬の間の後形状を維持できずに細切れとなった
「にっしし! 速いねぇ」
麗羽には刀の動きが見えていた様だ
「ようし! 運べ運べぇ!」
茜の喝で一同鉄球だった瓦礫を持てる量持ちゴールとスタートを往復する
現在一位は帰宅部、ゆっくりだが着実に進んでいる、そこを追い上げていくのは風紀委員、むさ苦しくも果敢に鉄球に挑む有志の数は40を超えていた、1人の男が鉄球に登り巨大な旗を振り回して士気を上げている
「お前等声出せ! れーちゃんの為に!」
「「「れーちゃんの為に!!!」」」
「俺等が望みは!」
「「「貴方の笑顔!!!」」」
「貴方の笑顔は!」
「「「俺等の力!!!」」」
「いよっしゃあ!! 気合いで押し切れぇ!!」
「「「うぉぉあああああ!!!」」」
男どもの雄叫びと共に鉄球は動き出す
「キャー! 皆頑張ってー!」
れーちゃんの黄色い声援が男どもの背中を押しているようだ、こっそりとれーちゃんは親指を立てる
「ちょろいわね」
「ちょろいですね」
怪力の帰宅部を物量の風紀委員会が追い越した、生徒会も残量が減っているが終わるのは何時になるか解らない、勝負の行方はどうなるのか
「うっそ……あんなのあり?」
千夏は追い越して行く暑苦しい集団を唖然と見送る、風紀委員会は早く、距離が伸びると不安に駆り立てられた
「諦めるな!」
千夏の隣に加わったのは、色黒で背丈の高く、金髪でピアスをつけた人相の悪い男子生徒
「須藤君!?」
「誰だよ!!」
遠くで叫ばれた美遊の言葉は千夏に届かない
「須藤さん……だ! 何度言えば解る!」
彼は帰宅部の二年生、暴力沙汰をよく起こす問題児、不良界のカリスマで現在は帰宅部、学園内では格下だが一部の生徒からはマジリスペクトされているらしい
「須藤さんだ……! 須藤さんがついに動いた!!」
一部生徒がざわついている、マジリスペクトしてる生徒達だろう
「まさか須藤君が加わるとはね」
須藤はため息をついてから無謀にも鉄球を転がそうとしている両腕に力を入れる
「もういい、俺は……体育祭なんて興味がなかった、どうせ姑息な手段で生徒会が勝つんだからな」
「そうなんだ」
「だがな、今年はお前が居る!」
須藤の力が加わり先程よりもスムーズに鉄球は動き出す、腕も額も血管が切れそうな程浮き出ている
「でも帰宅部だよ?」
「帰宅部でも、勝ちたいじゃねぇか……勝利に届きそうなら足掻きてぇじゃねぇか! 今までお前1人に闘わせて来た! 午後からは俺も参加してやるよ!」
「須藤君……」
「ここからお前は1人じゃねぇ! すまなかった……よく頑張ったな」
千夏は鉄球を左手で支え、右拳を須藤の左胸に当てる
「なんだ、熱いハート持ってるじゃん」
「ったりめぇだ!」
須藤の姿を見た帰宅部の生徒が少しづつ集まり出す
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「なぁ嬢ちゃん?」
橘が眉を潜め茜に聞いた
「なんだ?」
「帰宅部ってなんだ?」
「さぁ?」
「そして嬢ちゃんはなぜ震えている?」
茜は小刻みに震えて掌で口元を抑えながら唖然と須藤を見つめている
「いや、何でもない……それより岡部」
(何者だ? あの須藤という男……千夏の拳を受けて平然と立っているだと?)
茜はインカムを付けて視線で指示を送ると岡部は颯爽と校舎の方へ姿を消した
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「行くぜ! 帰宅部!」
「「「おおおおお!!!」」」
士気の高まる帰宅部とは反対に生徒会のペースは落ちていた、正確には美遊と楓だが
無理もない、数キロある鉄屑を持ちながら全力でシャトルランしているのだ、限界が来るのは時間の問題だった
「もう……無理……」
「もうだめー」
遂に美遊と楓が膝をついた、それを見た麗羽は優しく微笑んだ
「仕方ないさね、あとはあたい達に任せときな」
「惰弱な」
毒を吐く翔を睨むように見上げる、麗羽が怒ることなど滅多にない為、翔は驚き目を合わせられなかった
「この娘達は普通の女の子さね! よく頑張った方さ、ほら男子二人! ラストスパートはあたい達でカバーするよ!」
「承知……」
「任せるでござる!」
翔は渋々返事したが、マイケルは汗だくになりながら白い紐を取り出し和服の両袖を捲り、落ちないように縛った
「所謂化け物が後は頑張るからさ、少し休んでなっ!」
「ごめん、ありがと」
「うん! あたいは部下と仲間の為なら何でもするさね!」
3人が必死に鉄屑を運ぶ姿は地味だが、美遊の心は揺らぎ始めた
(仲間……こないだまで敵だったくせに……でももう助かったわ、私は暫く動けなそう)
目を隣にやると、楓が前屈で体をほぐしている
「……いっ!?」
楓が声にならない悲鳴をあげた
「楓先輩? どうしたの?」
「ちょっと脚痛くて……」
今度は仰向けになりながら右膝を抱える
「ちょっと! 怪我してたの? 早く保健室に」
「いいの! ちょっと攣っちゃっただけだからー! それに早く動けるようにならないと!」
「……んでよ……何でそこまで本気なのよ!」
「楽しいから……かな!」
健気に笑う楓を見て美遊は下唇を噛みしめる、自分の弱さを見せてけられている様で悔しかった、何よりここまで頑張っている先輩の努力を無駄にしたくなかった、負けたくない
美遊は立ち上がり尻の砂を払う、そしてニッと笑い鉄屑に向かい走る
「楓先輩は休んでて、安静にね」
「美遊ちゃん?」
「休憩終わり! やってやるわよ!」
鉄屑を置いてきたマイケルが慌てて戻ってきた
「美遊殿は休んでるでござる! まだ競技はあるでござるよ!」
「もう大丈夫……じゃないかもだけど、まだやれるのは確か!」
美遊はマイケルの脇を通り抜け鉄屑を両腕に抱え呼吸を乱しながら走る、途中すれ違う翔が呟いた
「大した物だ」
「え?」
美遊が振り返ると翔は既に鉄屑を抱えている、忍の速さは伊達ではなかった
次に擦れ違おうとした麗羽は何も言わずに口を釣り上げニカっと笑った、それに美遊は頷いて答える
鉄屑の量はあと僅かになり復帰を希望した楓はおぼつかない脚で鉄屑を運ぶ
飛ばしていた風紀委員会もペースダウン、残量を見る限り優勢は生徒会、続いてほぼ同着で風紀委員会と帰宅部
そして決着の時、最後に残った一人分の鉄屑を美遊が運びきった
「いぃよっしゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「よく頑張った! えらい! えらいよ!」
「やったー!」
美遊を麗羽が抱きしめ頭を掻き撫で、美遊の背中に楓が抱きつく、男子2人はノンストップで動き続け虫の息だ
そして風紀委員会、次に帰宅部か鉄球を転がし切った、全員息を荒げ、肩で呼吸している
結果が出て豊のアナウンスが流れる
「では結果発表です! その前に……」
(何かしら? 接戦だったから得点倍とか言うのかしら?)
美遊は勝利の余韻に浸っていた、そんな事を考えるくらい調子に乗っちゃっていた、次の言葉で精神が凍るとも知らずに
「生徒会は失格となります」
「は?」
時が止まった、美遊だけではなくチーム全員にとても長い間が生まれた
「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」」」
「おいおいおいおいおいぃぃぃ!」
叫びながら近づいてくるのは茜である、豊の司会席を両手で叩きつける
「あら、残念でしたね」
流石は新聞部部長の真島豊、激昂する茜を見ても怯む気配が無い
「何故失格だ! 生徒会は知恵を絞り1着! これは揺るがない事実だろう!」
「ルール違反です」
「ルールだと? そもそもこの競技でルールなど無いはずだ!」
豊がゆっくりと眼鏡を中指で上げる
「勿論ルールは無いですが、競技は行なってください」
「何だと?」
「生徒会は大玉を……転がしましたか?」
「ぬ……」
形成逆転で茜が怯んだ、やはりこの女は口先は強い
「残念なのはこちらですよ生徒会、去年も大玉転がしに参加して失格になってるじゃないですか」
「それは……」
「去年は大玉引きづりで今年は鉄屑運びですか? 麗羽ちゃんまでいるのに……仕方ありませんね、頑張って貰いましたし努力賞として20点差し上げます」
「いらん、覚えておけ、生徒会は今年も必ず優勝する」
「楽しみにしております」
「我々は次の競技までギルドに戻る」
「畏まりました」
茜は背を向け司会席を去っていった
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生徒会室にて侍の悲痛の叫びが響く
「不覚でござるぅぅぅ!! 思い出したでござる!」
「何で失格なのよ! そもそも去年も失格って何やったのよ!」
納得のいかない美遊はタオルで汗を拭いながら吼える
「それはねー去年は戦車でゴール地点まで引きずったんだよー」
美遊は頭を抱えて項垂れる
「確かにそりゃ失格になるわね」
「確かに今回も球は転がしてないさね……」
「でもよー! 失格はねぇだろ」
缶ビールを机に叩きつける橘へ茜が珍しく正論を話す
「帰れ部外者……」
「申し訳ないでござる! 処刑は堪忍して欲しいでござる!」
茜は口端を釣り上げ会長席に踏ん反り返る
「いや、よくやってくれたよお前達は」
まだまだ午後の部は始まったばかり、体育祭はまだまだ続く




