処刑26 学園名物部対抗体育祭 午前
先日の騒ぎも落ち着き、学園に平和が戻った頃
生徒会処刑執行部ギルド内では緊急集会が開かれていた
「さて諸君、今日集まって貰ったのは他でもない」
茜の言葉に真剣に皆頷いている、美遊だけは頬杖をつきながら呆けている
「またこの季節が来たでござるな……」
「腕がなるねー!」
二年生二人はこれから何が起こるか解っているようだ
「目指すは二連覇ですね」
「その通り、我々は負ける訳にはいかないのだ! 全員一丸となり勝利するまで闘う事を此処に誓え!」
「「「おー!」」」
四人の熱意がギルド内に響くが、一人だけついていけない者が一人
「で?」
「は?」
美遊の疑問に茜も疑問を持つ
「いやだから、で?」
「ん?」
「ん? じゃないわよ! 何やるつもりよ!」
美遊の発言に皆どよめく、顔面蒼白で信じられないと表情で語る
「うそ……美遊ちゃん理解してない?」
「本気でござるか?」
「おいおい、それは無いだろう美遊」
「いや知らないからね? 何でもあんた達の常識が通じると思ったら大間違いだからね?」
全員意気消沈、士気がガタ下がりで肩を落とし美遊に近づき
「馬鹿者!! その様な事では勝てない!」
「情緒不安定!?」
痛烈な平手が飛んだ
「この時期と言ったらやる事は体育祭だろうが!」
「あ? 体育祭?」
ぶたれた左頬を抑えながら美遊は涙目で茜を見上げる、そう彼女達は体育祭へへの情熱が桁外れだったのである
「そうだ! いいか、敗北は死を意味する!」
「「「イエッサー!」」」
「私は諸君らの健闘に期待する!」
「「「サー! イエッサー!」」」
「そもそもさ、体育祭ってクラス単位でやるんじゃないの?」
美遊の発言に茜は肩をすくめるとそろそろ苛立ちを覚える
「解ってないなぁ、本当に知らないとは……甘いな、コーヒー牛乳より甘い」
「帰っていい?」
「いいか美遊! この先控えているのは学園名物部対抗体育祭だ!」
「何その頭悪そうな企画……部対抗?」
「そうだ!」
それはそれは深い溜息美遊はついたそうな
「部によって人数に差があるじゃないの」
「競技によって最大人数が決められています、それ以外には特にルールはありません」
「無いの!?」
「えぇ、点数を取るのに手段は問われませんから、死人を出さない程度に頑張りましょう」
岡部の説明が終わり、がっくりと肩を落とす美遊
「なんか物凄くしょうもないイベントな気がする……それに危険すぎるわ、胃が痛い……」
「関係ない、蹴散らすだけだ! それにチャンスはある」
「チャンス?」
岡部が眼鏡を中指で上げまた話し始める
「美遊さんが今年はいます、即ち帰宅部から勧誘がしやすいのです」
「そう! 帰宅部は所謂フリー枠、第一競技に今年は全力を費やす!」
美遊の表情が引きつる
「第一競技って何よ」
「帰宅部争奪戦だ! いいなお前等、安堂千夏を生徒会のメンバーとして全力で奪い取るぞ! じゃあ今日は解散!!」
「成る程ね、千夏がいれば勝機はあるか」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
体育祭前日、美遊がギルドの扉に開こうと手をかけると、中から茜の叫びが聞こえてきた、恐る恐る中を覗くと紙を握り締めながら会長席に突っ伏している
「そんな馬鹿なぁ……無理だ、絶望的だぁぁ!」
「意外な行動に出ましたね」
「何何、どうしたのよ」
美遊が中に入ると茜はゆっくり顔を上げる
「美遊か……帰宅部が独立宣言しやがった!」
「そう、別にいいんじゃない?」
「別にいいだと? 千夏は我々の戦力として計算していたのだ!」
「なんでそこまで必死なのよ」
皆黙り茜が口を尖らせ渋々話す
「だって風紀委員に負けたくない」
「それだけ!? え? それだけ!?」
「それだけとはなんだ! 我々にとっては死活問題だろう! いいか奴等は必ず上位に上がってくる! 平凡な成績ではダメなのだ」
「続いて悪い情報です」
岡部の言葉に茜は頭を抱える
「なんだよ、言ってみろよ」
「ミリタリー同好会も風紀委員会への加担が決定しました」
「予想はしていたが大きいな、仕方あるまい別部を拷問し強制加勢させるか」
「私利私欲にまみれ過ぎでしょ!?」
「我々は何とか勝たねばならないのだ」
「お困りのようだね」
「!?」
突如女の声がしたかと思えば壁が剥がれ中から見覚えのある男女が現れた
「驚いたかい? 元気してるかい?」
「麗羽殿!? 翔殿!?」
忍び装束の男女、諜報部部長の霧隠麗羽と副部長の翔だ
「何の用だびっくり人間一号二号」
「つれないねー、会長さんは」
「それより……その、お前がいるなら」
「ミャー子はいないよ」
「帰れ!」
「酷くないかい!? 正式に体育祭であたい達が協力しようってのに」
「何だと? 罠でなければ良いのだがな」
「本気も本気さね、アタイ達は生徒会に恩がある、それには答えなければならないだろう?」
全員唖然である、先日まで敵だった者が協力者を名乗り出ている
「そういう事だバカ侍、頭領の意思なら俺は従う、足引っ張ったら噛み殺す」
「上等でござる! その言葉そのまま返すでござる」
マイケルはニット笑い、翔は呆れたように目を逸らす
「おやおや? 初めましての娘達がいるねぇ! あたいは諜報部部長の霧隠麗羽! よろしく頼むよ!」
麗羽は美遊と楓に親指を立てて頷いている
「えぇ……よろしく」
「よろしくねー!」
((こりゃまた変なのがきたなぁ))
「どうします会長」
「戦力としては申し分無い連中だ、今は縋るしかあるまい、採用だ」
生徒会処刑執行部に諜報部二人が加わる形でチームが完成した、そして明日は体育祭本番
「よっしゃあ! 皆んな張り切ってやるさね!」
「お前が仕切るなぁ!」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
そして迎えた体育祭当日、全校生徒がだだっ広い校庭に集合する、見事に部ごとに整列しスタンドマイクの乗った踏み台を注視している
「どの部も本気なのね」
「当たり前だよー! 一年に一度なんだから!」
美遊と手を繋いでいる楓が笑顔で見上げる
「そろそろ始まるでござるよ」
校庭に放送が響き始めると聞き覚えのある声がした
「皆さんおはようございます! 今回司会進行を務めさせていただきます、新聞部部長の真島豊です、よろしくお願いします」
「おぉ、豊頑張ってるねぇ!」
麗羽も上機嫌だ、翔は無言で佇み豊の放送が続く
「それでは選手宣誓を行います、生徒会会長桐谷茜さん、風紀委員会委員長篠田紅葉さん、前にお願いします」
「うわ……あの2人が選手宣誓するの?」
美遊は既に悪寒が走る、下手すれば早々に乱闘が起きてしまう2人だ、茜がまず右手を上げる
「選手宣誓! 我々!」
続いて紅葉も右手を上げる
「私達は!」
「スポーツマンシップに乗っ取り!」
「正々堂々と!」
「どのような手段を使おうと!」
「死なない程度に!」
「「隣にいる女を再起不能にする事を誓います!」」
一同に喝采が広がるが理解できないのが1人
「いいの!? それでいいの!? 完全に私情じゃねぇか!」
「立派な宣誓でしたね、それでは第一競技に移ります」
「いいのかよ! 誰かまともな奴はいないのかよ!」
放送にまで美遊は叫びを入れるが虚しくも共感する者は誰1人いないまま第一競技が始まる
第一競技、玉入れ
校庭に先端に籠が取り付けられた背の高い棒が6箇所に設置された
「よーし、始まるな」
「さっきの宣誓は何よ」
「私のありのままの決意だ、それより我々は全競技参加するぞ、体力配分には気をつけろ」
「仕方ない……か」
参加チームは生徒会、風紀委員会、サッカー部、バスケ部、科学部、帰宅部、各部から4人参加する、生徒会からは茜と美遊と楓と岡部の筈だが岡部の姿が見えない
「要注意は風紀委員会と帰宅部だな」
笛の音と共に全員校庭に駆け出し、自分のエリアに移動したのはいいが
「離さないっすよ! 東西美遊!」
生徒会の陣地に颯爽と踏み込み背後から抱きついてきたのは風紀委員会一年ルーキー谷川
「谷川さん!?」
「美遊! 離れろ! それは爆弾かもしれん!」
「んなわけないっす!」
黙々と球を投げる一同だが、美遊だけ動けない
「ねぇ、離してもらえない?」
(この状況意味あるの?)
「ダメッ! もうヘマできないっす!」
必死に抑える谷川に美遊の心は揺らいだ、正式には情が移った
「うわー、動けないなー」
(流石に振り払うのは可哀想ね)
「やりました! 委員長! 東西美遊を抑えたっ……はぅあ!?」
「どうしたの?」
震える谷川の視線の先には帰宅部代表安堂千夏の姿が、しかも凄くこちらを見つめている
「違う! 違うっすよ安堂さん! これには深い理由がぁ!!」
ゆっくりゆっくりこちらに歩いてくる千夏
「仲いいんだね、2人とも」
「違うっす! 私は消して東西美遊なんかとっ……!?」
「しまっ……!?」
瞬時に動き出した千夏は2人を通り越し、生徒会の陣地のど真ん中に入る
「やーん! 久しぶりぃ!」
「離して! 離してぇぇ!」
千夏の目標は田原楓ただ1人、抱き上げられ楓はトラウマスポットに収納される
「楓ぇぇぇぇ!」
「会長ぉぉおぉ!」
「すまん!」
「ぇぇえ!?」
茜は玉入れの作業に戻り、耳元に手を当て叫ぶ
「千夏を止められるならこれほどの朗報はない! 岡部妨害開始!」
「承知!」
無線から聞こえる岡部の返事、岡部はと言うとギルドの中にいた、窓の桟にバイポッドを乗せ大型のライフル銃SV98のスコープを構える、銃口にサイレンサーを装着し乾いた短い発砲音と共に風紀委員の空中を舞っている玉を撃ち抜いていく
「やりやがったわね……でもいつまで続くかしら」
破裂していく玉を眺めながら紅葉はニヤリと笑った、静かなギルド内でスコープを覗いて集中している岡部の後頭部に硬い感触が触れる
「派手にやってくれたね」
振り向かなくても解る、今岡部は銃口を当てられている、更にその人物も声で判断できた
「何の用ですか、沙織さん」
「やだなぁ! サニーって呼んでよ」
ヘラヘラ笑っている金髪の女、ミリタリー同好会会長ガンマンのサニーこと、佐藤沙織だ、岡部の後頭部にワルサーを当てプレッシャーを与えている
「邪魔しないでもらえますか」
「この状況でそれ言う?」
岡部は冷静に両手を上げる、この体勢では反撃の余地は無い
「用意周到ですね」
「それ程でも!」
「ですが此処は敵の本拠地ですよ?」
「へぇ? どんな仕掛けがあるか楽しみだね」
「包囲されているのは貴方ですよ?」
突如扉が開き全身迷彩柄の服を着てゴーグルにヘルメットをつけた特殊部隊宛らの人物が3名入室してアサルト銃のF2000をサニーへ向ける、しかし全員体型に特徴がある、太い男と細い男と小さい男
「……っち、根暗組か!」
「サニー、観念するんだな」
太い男がジリジリと詰め寄る
「多勢に無勢かなー?」
サニーは銃を床に置き両手を上げ無抵抗の意思を示した、細い男が岡部に親指を立てる
「さぁ行くのでーす! 岡部君!!」
「感謝します! 皆さんもタイミングを見て退避してください!」
「僕たちにできるのは此処までです! 早く!」
小柄な男が銃口をサニーの顎に当てながら叫び、3人は親指を立て岡部を見送る、ギルドを出て廊下を走りながら茜に通信を繋ぐ
「会長! 一時戦場を離脱します!」
「どうした! 何があった!」
「伏兵です、沙織さんが……!?」
脚に何かが引っかかり、その瞬間廊下内で爆発が起きる
「岡部!? 応答しろ岡部!?」
ちりと瓦礫の散乱する廊下でゆっくりと岡部はゆっくりと体を起こす
「やってくれましたね……」
(クレイモア……この様子では外に出るまでに罠はかなりの量がありそうですね)
「すまない岡部……今は玉入れの方が大事だ」
爆破した廊下に黙祷を捧げてから茜は競技に戻る
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
第一競技終了、勝者サッカー部は胴上げしながら喜んでいる、完全な漁夫の利
第二競技、借り物競争、全ての部から1名代表を選出する、かなりの大所帯だ
「何で私が……」
生徒会処刑執行部からは一年生東西美遊
「仕方ありませんね」
風紀委員からは副委員長の千尋、ルールとしては何でもあり勿論学園外からの持ち込みも可能だが、ゴールは校庭にあるため離れると不利だ
一斉にスタートし各部用意されたボックスを漁る、生徒会と風紀委員会のボックスは隣同士だ、中にお題が入っている、意味不明なお題が多いらしい
「三丁目の田中さーん!」
「五丁目の田中さーん!」
何故か田中さんを探す生徒が多い、美遊がお題を開く
『強くて尊敬できて大好きな先輩』
背後から茜の熱い視線を感じる、いじらしく髪を人差し指で弄る茜を一瞥し、ゴミを見る目でお題を破り捨ててボックスにまた手を突っ込む
「ふふ、お題を破るとは新しいですね……?」
千尋の元に来たお題
『生涯を共にしたい愛すべき大親友』
こちらは紅葉からの熱い視線が送られているが、千尋は可哀想な物を見る目で破り捨てた、2枚目以降も同じ様なお題が続く
(あのバカ細工しやがったな!)
(紅葉……流石に生涯は無いですよ……)
そして一枚のお題を取り遂に美遊が動いた、生徒会の陣地に駆け抜ける、両手を広げる茜の脇を抜け狙うは自分の荷物、転がり込む様に携帯を拾い学園入り口へ走りながら何処かに着信を入れている
「……え?」
「あちゃー、会長ふられたねー」
この頃千尋は引き直しを繰り返している、学園入り口に辿りついた美遊の携帯が相手に繋がった
「助けてください! 今すぐに学園に来てください! そう、 5秒いないで! もう頼れるのは貴方しかいないんです……! 理由……? そんなの私の口から言えませんよ!……え?」
遠くから猛スピードで一台のバイクが向かって来ている
「誰だごらぁ! 私のかわいいかわいい美遊に手を出しやがったのは!」
皆さんご存知、橘である、電話をかけてから校門を突き抜けたタイムはジャスト5秒だった事に誰も気づかないだろう、ニッと八重歯見せた美遊は跳躍して過ぎ去るバイクの後ろに飛び乗り橘の腹部に腕を回す
※危険なので真似しないでください
「来てくれましたね橘さん!」
「美遊!? お前大丈……」
「いいから前進してください! まっすぐ校庭に!」
「お、おう! 捕まってろよ!」
(こいつまたやりやがったな……後で説教してやる)
生徒達は突っ切るバイクから逃げ惑い道を開ける、そして橘と美遊がゴールテープを切った
「嘘だ! ノーカンだノーカン!!」
納得してないのは茜だ、それに対し舌を出しながら美遊はお題を見せる
「私を救った大切な人……橘さんしかいないわ!」
ぎゅっと抱きしめてくる美遊を見て橘は気恥ずかしそうに右頬を人差し指でかきながらそっぽを向いた
「ま……いいか」
(つくづく私も甘いな)
第三競技は棒登り、参加希望部から2名登り役、他が棒の支えだが
「壁登り」
「忍術! 壁登り!!」
諜報部の2人がまるで地面を駆け抜ける如く棒を登って行ったためとてもつまらない試合になったが生徒会の勝利である
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「あはは!まってよ!」
スタンガンをバチバチさせながら岡部を追いかけるサニー
「流石に……! 相手が悪いですね!」
「岡部殿!!」
「マイケル!」
岡部の危機に駆けつけたのは異国の大和魂マイケル
「何事でござるか! お主は……」
「生徒会のへんてこ侍……!」
「へんてことは何でござるかぁ! 間も無くお昼休みでござる! 一時休戦でござる!」
お昼休みは絶対、これがこの体育祭の唯一と言っていいルールの一つだ
「あーあ、しょうがないかぁ」
心底がっかりした様子のサニーは肩を落としてトボトボ去っていった
「……うっ!」
「岡部殿!?」
苦しそうに膝をついた岡部をマイケルが支えた
「生徒……会は、戦況を……」
「勿論勝ち越しているでござる! 安心すると良いでござる!!」
「良かっ……た……」
「岡部殿? 岡部殿ぉぉぉぉお!!」
マイケルの腕の中静かに目を閉じた岡部は微笑んでいた、そしてお昼休みに突入、今日1日の中で一回だけ訪れた休息を迎える、午前の部は生徒会がリード、波乱の体育祭はまだ続く




