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処刑25.7 米国生まれの侍

 薄暗い街中で1人彷徨う男、路頭に迷ったかの様に足取りは覚束なく力無く歩く、刀を腰に下げた男は時折深い溜息をついた、男の名は桜花源蔵、元桜花流師範であり、狂人と化した男である


 突如源蔵は背後から斬りつけられるがそれを鞘で受け止めると次の瞬間斬りかかった男は赤い血を流しながら倒れた


 息を漏らし刀を鞘に収めると源蔵は動揺し汗と涙を流し、逃げる様にその場を去った


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 平和そのものを醸し出す暖かな陽気、学園の一室に1組の男女がいた


 会長の立て札のある机で資料を見つめている長い黒髪の女生徒、その目は真剣で鋭く、彼女こそ生徒会会長桐谷茜、現在二年生である


「岡部ぇ!!」


「あ、はい」


 慌てて返事をする眼鏡をかけた男子生徒は生徒会副会長の岡部、生徒会と言っても有るのは名前だけの様な物で、実質人数もこの2名のみだ


「知っているか? この街に辻斬りがいるらしい」


「辻斬り……? まさか」


「実際目撃者もいるのだぞ?」


「唯の噂ですよ」


 茜が口端を釣り上げる、岡部は冷や汗を流した、理解したのだ、この方は次に碌でもない事を言うに違いない


「我々で解決しようではないか!」


「ダメです、危険ですよ」


「おいおい、唯の噂、所詮噂の検証だ、何故危険なんだ?」


 茜は待っていた、岡部が噂と認める発言を


「所詮噂、されど噂ですよ、実在したらどうするのですか? 少なくともこの件には関わらない方が良いではし」


 岡部は知っていた、この噂の事を、不可解な点が多すぎて危険と判断し、茜に悟られない様にしていた、そしてこの噂を知ったら必ず興味を持ってしまうと


「ほぅ? 優秀な副会長は何やら知っていそうだな?」


「ゔ……さて、何の事でしょう」


「さて、報告して貰おうか」


「ダメです危険です」


 茜は立ち上がり笑顔で岡部を見上げる、岡部の心拍数が上がるが決してこれはときめきでは無い、純粋な恐怖だ


「んふふ、おーかべ!」


 笑顔で小首を傾げ岡部を見上げる


「会ちょ……んにぃ!?」


 茜の右手が岡部の顎を握り両頬を指で押し込む、まるで蛸の様な口をパクパクしながら岡部が苦痛を訴える


「吐け」


「ん……!? ふんふん!」


 岡部は必死に頷くと茜は手を離した、左手に苦悩の梨をちらつかせられたら簡単に意見も変わる


「よろしい」


「脅迫はずるいですよ」


「それが私のやり方だ」


 ニッと笑い白い歯を見せる茜に岡部は頭を掻きながら資料を手渡しする


「へぇ、中々に調べているではないか」


「本来なら会長に隠蔽するつもりで調査していたのですがね」


「良いではないか、解決するに越した事は無いだろう……?」


 資料を持って茜は会長席に戻った、資料の内容を見て茜は眉をひそめる


「私にも解りませんよ」


 茜が問う前に岡部は首を横に振る、資料には岡部の纏めたレポートと地図が記されている


 レポートの内容は意味不明な物ばかりだ、目撃者の発言を纏めたらしいが、内容は既に正気では無い


 犯人は見た目は和服を着込んだ男としか書かれていない、何せ男は姿を見せても一瞬で消えてしまうらしい


「なんだ? オカルトか?」


「ですから噂と言って居るでは無いですか」


 不可解な点は他にもある、被害者も全員和服を着ているという、死人こそ出ていない物の重傷者は多数だが病院等で治療を受けた記録も無いらしい


「和服? 益々解らんな」


「被害者もその後行方知れずらしいです」


「何かの撮影だったのでは? なぜメディアは騒がない?」


「こんな信憑性の無い噂、騒ぐのは一部のマニア向けの特番くらいでしょう」


「ふむ……ほぉ?」


 茜が顎に手を当て地図を広げる、目撃情報のあった場所がマークされているが、マークの数は決して多く無いが特徴はある、無言で茜がマークを線で繋ぐ


「まぁ、そうなりますよね」


「いつ学園の生徒が被害に合うか解らない、早急に対処せねば」


 引かれた線は歪んだ円を作り出した、茜は円の中心付近にペンを立てる


「ここに何かがある……行くぞ岡部!」


「本気ですか!?」


「私はいつだって本気さ!」


 茜に手を引かれ岡部も強制的に連れ出された


 まずは学園内での聞き込み、円の中に住所を持つ生徒に当たる、まずは一年生の男子生徒だ


「あぁ妖怪辻斬りの事?」


「やはり知っているか、詳しく聞かせてくれないか?」


「何も知らない、俺は部活あるから」


 男子生徒は足早に去っていく、茜はボールペンを顎に当て首を傾げる


「地元で騒ぎにすらなっていないのか?」


「おかしいですね、何か隠してそうで」


「まぁいい、次はオカルト研究部にいこう」


「はぁ」


 オカルト研究部は学園内でも人気の少ない棟の角にひっそりと佇む、遮光カーテンで塞がれ中を伺う事はできない


「何でも此処の部長も噂のエリア近辺の住みらしい」


「そうですか、ですが人の気配がしませんよ?」


「頼もー!」


 茜が岡部の話を聞かずに扉を開くと中は暗く奥に光る水晶があり、いかにもそれらしい手つきで両手を翳している女生徒がいた、灰色の長い髪に虚ろな瞳だが口は笑っている


「あらあら、お客さんなんて珍しい」


「生徒会長の桐谷茜だ、オカルト研究部部長だな、話を聞かせてもらおう」


「私達は何もしてないわよー? そもそも生徒会なんてうちにあったかしら?」


「最近できたのだ!」


「そうなのー? まぁいいけど扉閉めて? 眩しいから」


「すまない」


 岡部を中に入れて茜は扉を閉めた


「聞きたい事って?」


 真っ暗な部屋の中水晶の光がぼんやりと部長の顔を照らす


「最近辻斬りがいるようだが? 何か知らないか?」


 部長がジッと茜の瞳を見つめる、一時も目を逸らさず部長がこう口を開いた


「呪いよ」


「呪い?」


 この女何か知っている


「自斎様の呪い」


「自斎様とは誰だ?」


 なんとも胡散臭い話が出始めた


「私達の地元じゃ有名な剣豪だった人、そしてその人が亡くなってから呪いが始まったの」


「非科学的な話ですね」


 岡部も頭を抱えるが、部長はクスリと笑う


「非科学的? 霊魂も呪いも祟りも実在するの、試してみる?」


 岡部の背筋に寒気が走る、茜は決して怯みはしない


「詳しい話を聞かせろ、この場所は一体……」


 茜が水晶の光に地図を当てると部長は目を細めて地図を見ようとするが薄暗くてよく見えない


「ちょっと待ってねー……よいしょ」


 部長が立ち上がり壁に手を当てると部室内の電気がつく


「つくんですか!?」


「そりゃあ電気もなければ不便だろう」


 岡部とは正反対に茜は冷静だ、視線を下にずらすと光っている水晶玉から電源コードが伸びているのが解る


「……あ」

(そっとしておきましょう)


 部長はそっと地図を手に取る


「うわー、何この円」


「辻斬りの目撃場所を繋いだ」


「なら呪いは本物かもね」


「何だと?」


 部長が円の中心を指差す


「そうだなー、教えてあげてもいいけど」


「見返りを求めるか?」


「供物を捧げよ〜」


 部長は口だけ笑顔で茜を見つめる


「供物?」


「部費よ部費、うちの部費少なすぎない? 生徒会長さん?」


「くっ……! 岡部、案件に回しとけ、処理は頼む」


「畏まりました」


 満足したように部長は頷いている


「よろしいよろしい、ぶっちゃけ私も良く知らないんだけどね……あまり睨まないで?」


「有益な情報がないなら現地に行くしかないな」


 茜が背を向けると部長は立ち上がり茜の制服をつまむ


「待って待って、今占ってあげるから」


 部長が電気を消すとあからさまに光る水晶にそれっぽい動きで手をかざす、これには岡部も呆れている


「行きましょう会長、ここにいても意味が……」


「見える、見える、貴方はこれから人を殺める未来が見える」


「貴方はいい加減にしてください! 会長が人を殺めるなどありえません!」


「そうか、助言として受け入れよう、邪魔したな」


 2人は部室を出て行くと、薄暗い部室の中で部長がニヤリと笑う


「運命が動き出した、これからが見もの……今も呪われた悪魔は暴れているの」


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 元桜花流道場


 そこは建物は無くなっても、天地狂刃を取り戻す為に残った武士達の集会所になっていた


 瓦礫を退かした中心に胡座をかき目を閉じている男、それを見つめながら煙管を咥える男、奥には鎮座している大男


 桜花四天王の3人だ、突然に甚助が目を見開く


「北北東だ」


「すげぇな、本当に解るのか」


「一回だけだが抜刀した様だ、急げお前ら! 近くにいる奴らに連絡を急げ!」


 甚助の新しく身につけた能力、いや、これに関しては天性と言おうか、天地狂刃が抜かれた時、嫌な気配を微かに感じられるらしい


「しかしもう人数があまりいないぜ? 昨日源蔵にやられたので殆どが全滅した」


 塚原の言葉に甚助は胸の傷を抑えながら叫ぶ


「なら俺達が行くしかねぇだろ! 間違いねぇ! あの時斬られた時に感じた嫌な気配と同じだ!」


 3人は慌ただしく道場を出て行く、外に駆け出した3人はこの場に向かっていた茜達2人とすれ違う


 駆け出した3人はこの場に向かっていた茜達2人とすれ違う


「なんだ?」


 甚助が立ち止まり振り返る、茜に只ならぬ覇気を感じた


「おいおい! 今は娘に気を取られている場合じゃねぇだろ!」


「解ってる! 全力で走れお前等!」


 騒がしい連中に茜は首をかしげる


「騒がしい奴等だな火事でもあったのか?」


「ガラも悪そうでしたし関わらぬが吉ですよ、それに地図だとこの辺です」


「恐らくあれだ」


 茜が指差した先にあったのは瓦礫と木材の山、廃墟と化した建物があった


「なんですか? これ」


「自斎様の何かなのは間違いないだろう、入るぞ」


「勝手に入って良いのですか?」


「構わん構わん、誰かいたら隠れれば良いさ」


「そういう問題では……」


 2人が瓦礫の中を突き進むと、一つ残っている不自然な小屋を見つけた、音を消しながら2人が小屋に近づくと男の声と呻き声が聞こえる


「何かいる……浸入するぞ、この騒動の犯人かもしれん」


「なおさら危険ですよ」


 岡部の忠告を無視して茜は堂々と正面から小屋に入ると、中には数人の男、視線が全て茜に向けられた、男達の人相は悪いが全員負傷している、酷い者では顔を全て包帯で巻かれている者までいた


「なんだ嬢ちゃん、ここは遊びに来る場所じゃねぇぞ」


「話がある、見た所皆負傷者の様だが」


「会長……戻りましょうよ、話が通じる相手かも解りません」


 落ち着かない岡部の眼前に茜は手を挙げ止め、そして話し始めた


「ここは何だ、如何にも突貫作業で作られた掘っ建て小屋だが、なぜ貴様等負傷者を収容している」


「帰れ、痛い目を見たくなければな、通報するぞ?」


「出来るものならな、辻斬り事件の当事者でありながら通報できていない貴様等にそれができるか?」


 男達の機嫌が悪くなったのは明白、岡部も慌て始める


「逆撫でするのは良くないですよ」


「さぁ教えてもらおうか、事件の真実を」


「この小娘……!」


 立ち上がった1人の腕をもう1人が掴む、右頬に傷がある薄髭の男だ


「まぁ待て、この小娘が言うのももっともだ、確かに俺達は騒ぎを広げたくない一心で通報はしていない」


「騒ぎ? やはり呪いは本当か」


「はっはっは! 呪い? 呪いねぇ! そりゃあ面白い発想だ」


 突然笑い出す男、それ以外は黙り込んだまま口を開かない


「何がおかしい、これは自斎様の呪いなのだろう?」


「確かにそうかもしれないが、呪っているのは自斎様ではない」


「ほう? 詳しく聞かせてもらおうか」


 小屋の中はどよめきが立ち込める


「聞いてどうする?」


「貴様等を救ってやろう」


 すると頬傷の男は手を叩きながら大笑いした


「こりゃあ傑作だ! 俺達を救う? ヒーローごっこなら他所でやりな」


「ごっこかどうか試してみるか?」


「へへっ! 面白え……!?」


 男が話し終わる前に茜の拳が眼前に飛ぶ、男は突如現れた拳に息を漏らすしかできない


「この程度も反応できない連中が、いい気になるな」


「本当に俺達を救えるのか……?」


「さぁな、やれるだけやってやる」


 頬傷の茜に渡し始めた、桜花流の存在から悪魔の誕生までを、自斎様の呪いの全容を知った茜はすっくと立ち上がった


「嬢ちゃん……知ってはいけない事を知ったんだ、もし口外するような事があれば……」


「結末を待て、いくぞ」


 不機嫌そうに茜は岡部を連れ小屋を出ていく茜を頬傷の男が止める


「待ちな、こいつを持ってけ……嬢ちゃんなら扱えるだろう、丸腰で敵う相手じゃないぞ」


 男が座りながら持ち上げた布に包まれた刀を茜は受け取る


「すまぬな」


 刀を受け取り出ていく茜を小屋の男達は見つめる事しかできない


「良かったのかよ、こんな事甚助さんにバレたらタダじゃ済まされないぞ」


 1人を除いて全員が思っていた事を口にした者がいた、それを聞いて他の者も便乗し始めるが、頬傷の男は小さくなっていく茜の背中を見つめ語り出した


「もう、桜花流は終わってるんだ、もし俺達の手を使わずに源蔵を止められるならそっちの方が良いに決まってる」


「しかしあんな小娘達を巻き込み桜花流の情報を流した、もう後には引けないぞ、それにこの事がバレたならお前の首も跳ねられるかも知れんぞ」


「それはないな、甚助さんは俺達負傷者の為に治療用の小屋まで作ってくれた、俺達の事を駒ではなく兵として考えてくれている、兵を自ら手にかける必要はないだろ、それにだ……お前等はあれがただの小娘、増してや救世主なんかに見えたのか?」


「どういう事だ?」


 周りの者は頬傷の男の発言の意図が読めずどよめく、腕組みをして頬傷の男は首を横に振り口を開いた


「あれは死神だ……なら源蔵を唯一止められるのはあの嬢ちゃんしかいねぇ、賭けてみようぜ」


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「会長……本気ですか? あの話を信じると?」


「……」


 岡部の問いに茜は答えない、無言のまま源蔵が現れそうな場所を探す、見るからに不機嫌そうだ、岡部は黙ってついて行く、2人は夕暮れの河原にたどり着いた


 全く人の気配がしない、ここら辺では自斎様の呪いが最早有名、無闇に出歩く者も居ないだろう


「ここですね、辻斬りの活動範囲内です」


「そうか……ならばここで待とう、何日掛かろうとも」


「何を意地になっているのですか」


「岡部はこの事変、何が正義で何が悪か解るか」


「さて、妖刀などオカルトですし、現行犯は辻斬りですしね」


「そうか」


 一面赤色の夕暮れの河原に遠くから人影がゆっくり近づいてくるのが見える、茜は眉をひそめ立ち上がった


「来た……あれだ」


「本当に辻斬りですね」


 和服に伸びきった髭、全く手入れされて居ない伸びた髪、そして全身汗をかきながらと歩く男、腰には一本の刀を下げて居た、元桜花流師範の源蔵だ、窶れた様に瘦せ細り、足元もふらついているが、茜達に気づいた様だが無視して通り過ぎようとする


「待て、桜花源蔵」


「……!? 何奴!!」


 源蔵は心臓が飛び出るほどに驚き、跳躍で距離を取り姿勢を低くして抜刀できる様に構える


「そう警戒するなよ」


「まさか小娘……桜花流の回し者か!」


「そうだ」


「会長!?」


 茜の発言に岡部は訂正を入れようとするが、右手を上げ岡部を止める


「私はお前を止めに来た者だ、抜けよ源蔵」


 茜が右手を下ろし、刀を包んでいた布を外す


「こんな小娘まで使うのか……甚助め」


「さぁこい辻斬りめ」


「帰れ、儂に女子供を斬る趣味はない」


「逃げるのか? 桜花流元師範、逃げてどこへ行くのだ?」


「小娘に話す筋合いなど無い」


「実の弟を切り捨ててまでが、桜花流とは名ばかりで自斎様の代が終わった途端に今は賞金首の様な扱いだ、桜花流とは傑作も絆も無いのだな」


 両手を広げ茜は呆れた表情を浮かべると源蔵の額に青筋が浮かび上がる


「桜花流を愚弄するか」


「悔しいか? お前が誇ってきた物も今やこの小娘に愚弄される産物になってしまった、事実だろう」


「っの! 小娘が……!」


 鞘に伸びる右手を左手で抑える、衝動を自ら抑えているのだ


「抜けよ源蔵、情けをかけるか? 護るべきものを自分で壊した癖に優しいのだな」


「会長、挑発しすぎですよ!」


「これでいい、手出しはするなよ!」


 源蔵が天地狂刃を抜いた瞬間目にも留まらぬ速さで斬りかかるが茜は刀身で受け止める、この時の源蔵は人にあらず、怒り狂う阿修羅の如く紅い瞳に眉間には皺が集まり口元は笑っている


「殺す……! 斬る……!」


「いいぞ源蔵! 怒れ! 恨め! この私を……!」


「何が狙いだ小娘!」


「私は救済に来た!」


「救済? 儂を亡き者にして桜花流を取り戻すつもりか!」


 岡部がグロックを構えるが二人共動き回る為狙いが定まらない、震える銃口で源蔵を追うのが精一杯だ


 茜は追い詰められていた少しずつ後退し遂に踵が橋脚にに当たり距離が取れなくなった


「手を出すなと言っただろう! 命令には従え! これでいいのだ……!?」


 茜の刀が弾かれ舞い上がり地面に突き刺さり、肩に激痛が走る、天地狂刃が右肩に突き刺さり貫通している


「会長!!」


「どうした源蔵、そのまま振り下ろせよ、造作もないだろう?」


「うぅ……! 嫌だ! 人など斬りたくない!」


 源蔵の自我が戻ったが、茜から流れる血が刀身を滴ると吸い上げる様に乾いて行くと天地狂刃を握る手に力が入って行く


「目が覚める痛みだ……な! スペインの蜘蛛!」


 茜が口端を釣り上げ源蔵の腹部に強烈な膝蹴りをめり込ませる


「なっ……!?」


 距離をとった源蔵を見て茜が懐から奇怪な装置を取り出す


「さぁ、処刑執行だ!」


 一瞬で源蔵の脇を通り過ぎた瞬間に源蔵の両肩にその装置は取り付けられた


「ぬ!?」


 両肩に激痛が走る、動かすにも動かせない、視線を動かすと両肩に鉄製の蜘蛛の足の形をした装置が噛みつき肉体にめり込んでいる、外そうとしても引っ張れば引っ張る程食い込んでくる、激痛を通り越し両肩の感覚が無くなり、腕を上げることのできない源蔵の首に縄をかけ背後で捻る


「これが……拷問だ」


 捻る程に源蔵の首が絞まって行く、それは手動で窒息死させる拷問器具ガロットと同じ要領だ


「くぬぅ!」


 抵抗できない源蔵はやられるがまま死に向かっていく、天地狂刃を地面に落とし意識が遠のいた時、茜は縄を緩めた、源蔵は咽せ返りながら腰を落とす


「落ち着いたか」


「何者だ小娘ぇ!」


「お前を救済に来た」


「何だと?」


「本来救われるべきはお前だ源蔵、一人で呪いに贖い、定めを受け続けたお前だ!」


 岡部は銃をしまったものの話が理解できない


「会長、何をしているのですか!」


「まだ解らないか! 話を聞いただろう! こいつは一人で全責任を背負い込み、更に仲間から追われる身だ! ここまで真面目で報われない男がいるか!」


「小娘……」


「それにこいつは斬りたくないと言った! 剣先からも迷いしか感じられない!」


「もういい殺せ、それが儂と桜花流にとっての最善の行動だ、小娘なら簡単だろう」


「そうだな」


 茜は源蔵に噛み付いたスペインの蜘蛛を外し、地面に刺さった刀を引き抜き源蔵の髪を掴み上げる、源蔵は悟り安らかな表情を浮かべている、岡部は目を背け、茜は右腕を振り下ろした


「何のつもりだ、お遊びか? 一思いにやれ」


「私は本気だ」


 茜は刀を振り下ろしたが、斬ったのは源蔵の頭髪だけ、何度も何度も刀で髪を斬り、源蔵の頭頂部と前頭部は見事な禿頭が出来上がっていた


「辱めているのか?」


「これで桜花源蔵は死んだ」


 茜の手から頭髪が風に乗って飛んでいく


「くだらぬ! 小娘がやらぬなら!」


 源蔵が天地狂刃を拾い上げた瞬間に茜は源蔵の手を包む様に両手で握る、黒い電流が走り視界が歪む


「くっ……! これは中々……!」


「馬鹿者! 離せ、小娘まで飲み込まれてしまう!」


「馬鹿は何方だ! 何でも一人で背負い込むな! 一人で無理なら二人で受ければいいだろう!!」


 茜の叫びを聞いた天地狂刃の衝動は収まった、源蔵は自我を保ったままだ、二人で呼吸を荒げている


「小娘……何故ここまでする、他人の為にここまで」


「お前を救いたい、それだけだ」


「馬鹿者、自分が何をしたか解っているのか?」


「さてな、桜花源蔵は既に死んでいる」


「ふざけるな! なら儂は何だとい言うのだ!」


「そうだな、侍かな?」


 茜は細い紐を取り出し、源蔵の残った頭髪を結っていく


「侍だと?」


「唯の侍では面白みもない、米国生まれの侍という事にしようか」


「何を言っている?」


 源蔵の頭に見事な髷結いが完成した


「今日からお前はマイケル、米国生まれの侍マイケルだ!」


「抜かせよ小娘! 儂はこれからどうしたらいい……帰る場所もなく、仲間に追われ、最愛の弟まで斬り捨てた! 生かされた所でこれからどうしたらいいのだ!」


 マイケルの悲痛な叫びがを聞くと、茜の感情も僅かに揺らいだ、天地狂刃の呪いの所為か、マイケルの感情が僅かに茜に移ってしまう


「さぁな、それは源蔵の話だろう? 源蔵は死んだ、これからはマイケルとして生きろ、何にも縛られず、何も恨まず、過去とは死別した別の存在、マイケルだ」


「罪は残る! 儂にはもう居座る場所もない!」


 マイケルの肩に茜の手が優しく乗る、見上げると茜は僅かに涙を流しながら笑っていた


「安心しろ、私がお前の居場所になってやる」


「馬鹿な、事を……そんな、」


「お前は報われていいのだ、もう我慢しなくていいのだマイケル」


 マイケルは目を丸くした、呆けた様に口を半開き茜を見上げる、何故だろう、小娘の言葉なのに、見ず知らずの女なのに、茜の言葉にマイケルは安心できた


 何より救われた気がした、自分でも抑えられない涙が溢れ雄叫びを上げながら男泣きした、茜は微笑み続ける、岡部は困惑しながらも肩を竦める


 これが米国生まれの侍、異国の大和魂マイケルの誕生秘話である


 マイケルが落ち着き、呼吸が整い会話ができる事になった時、岡部による二人の応急手当が終わり、三人は並んで川を見つめていた


「小娘……いだぁ!?」


 マイケルの尻に痛烈な茜の蹴りが飛ぶ


「私は小娘では無い! 私は桐谷茜、生徒会処刑執行部会長の桐谷茜だ!」


「会長? 生徒会?……いっでぇ!?」


 また蹴りが飛んだ


「侍と言ったら語尾はござるだろう!!」


「は? お主は……たんまぁ!」


「ござる!」


「解った解った……でござる」


「よろしい!」


 茜は腕組みしながら満足気に笑っている


「しかしこれからどうしたものか、儂には身寄りが無くなってしまった、でござる」


「学園に来い、我々生徒会が迎えよう、明日からお前は高校一年生で私の劔として働いてもらう」


「無理があるだろ! いやあるでござろう! 儂は御主達より倍近く年上なのだぞ!?」


「なーに、あの学園なら編入も自由だ、しかししっかりと未成年として生活してもらうぞ?」


「本気でござるか?」


「私は常に本気だ」


「はっはっは! 面白い! 面白い小娘だ……でこざる」


 茜の笑みは信頼を得るものがある、こうして米国生まれの侍は新たな人生を歩む事となった、生徒会処刑執行部、異国の大和魂マイケル、彼はこの先茜が卒業するその日まで忠誠を尽くす、過去を殺し今を生きる彼に居場所と道は確実にある


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 翌日、元桜花流道場


「……!?」


 目を覚ました甚助が体を起こすと、塚原が声をかけて来た


「起きたか? 昨日も派手にやられたもんな」


「あぁ、兄上はどこにいるのか……」


「さてな、未だに何処かを彷徨っているのだろう……だが暫くは休養だ、お前もその体では動けないだろう」


「だめだ」


 甚助は座り込み精神を集中させるが、気配を読み取れない


「落ち着け、あとこんな物が家の前に落ちていた」


「刀と……書き置き?」


 それは布に包まれた刀と一枚の紙片だった


『世話になった、源蔵は死んだ為もう追わなくていい』


「なんだこれは」


「さぁな」


 甚助は紙片を握りしめ、納得いかないと歯ぎしりを立てる


「兄上が死んだ? 誰が! どうやって!」


 甚助は納得しないが、その後も天地狂刃は見つかることもなく一月が過ぎた、既に辻斬りの噂は消え周りは源蔵は死んだものだと認識したが甚助だけは諦めることが無かった


 そしてまた似た気配を感じた、何と表現して良いのか、気配か薄くなった感覚がするが天地狂刃で間違いない、跳ねる鼓動を抑えニヤリと笑う


「見つけた……! やはりに兄上は生きている!」


 この気配を頼りに執念の鬼は動き出した

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