処刑25 源蔵と言う男
血が欲しい、人を斬りたい
真っ先に思い出す負の感情と寂れた道場、そして切り裂かれた人体と全壊した後の道場
「……ふぬぅっ!?」
学園の保健室で1人の侍が目を覚ます、慌てて腰の刀を確認し、何処にも行ってない事を確認すると深呼吸する
窓を見ると既に日が沈み常闇の世界が広がっている、隣のベッドには桜花甚助が眠っている、呼吸はしているが右肩から先は失い包帯で止血されている
離れた机には血の滲んだ真っ赤な包帯で包まれた物が、おそらく甚助の右腕だ、マイケルは額を拭うと酷い脂汗をかいている
「よぉ馬鹿侍」
保健室の入り口で翔が薬草を混ぜ合わせている
「翔殿」
「なんだ?」
「感謝するでござる」
「あ? 礼を言うくらいならぶっ倒れるな」
「すまぬ、そして此奴の事も手当てしてくれた様でござるな」
「殺すのは俺の仕事ではない、後は貴様が決める事だ」
翔は立ち上がりすり潰した薬草を紙に包みマイケルに渡す
「これは?」
「しみるが塗り薬だ、一番効くのは大蝦蟇の油だが、その男を治療するので全て使い切ってしまった」
薬を塗ると刺さる様な激痛が走る
「かたじけない……おぉう!? これはちょっと刺激的でござるな」
突如甚助の目が開き勢い良く上体を起こして叫ぶ
「兄上ぇ!」
「おおう!?」
翔は舌打ちして布を口に当てると甚助は意識が飛んだ様に眠った
「さっきからこの調子だ、薬が切れる度に貴様の事を襲おうとする」
「世話をかけるでござるな……」
「貴様も貴様だ、夢見が悪かったか? かなり物騒な寝言言いながらうなされていたが、不思議と途中から落ち着いたがな」
「そうでござったか」
「なぁ、呪いってなんだ?」
「……」
マイケルは黙ってしまうが翔の目力が圧力をかけてくる
「呪いとはなんだ、克服とは」
「この刀は……桜花流の代々守ってきた刀だ、そしてこの刀は呪われている」
「妖刀って奴か」
「うむ……この天地狂刃は決して人の世に出てはいけない刀、桜花流の師範代だけが握る事が許される」
「そうかもういい、俺は怪談も骨董も興味ないんだ、それにお迎えが来た」
保健室の扉を荒々しく開け岡部と美遊と楓が入室してくる
「マイケル! よくぞ御無事で!」
「岡部殿、それに皆んなも……会長殿は……?」
「会長も無事な様です、先程連絡がつきました」
「頭領は無事なんだろうな」
翔の問いに岡部は頷く
「礼羽さんも豊さんも無事です、紅葉さんはまだ意識を戻していない様ですが、現在病院に居ます」
「そうか、ならここに用は無い」
翔は保健室を足早に去って行った
「うわー、お腹ぱっくりだねー!」
楓はマイケルの傷口を見ながら声を上げるが挙手するのは美遊だ
「ねぇマイケル」
「ん?」
「何でそいつもいるの?」
甚助を指差すのは無理もない、敵が隣で寝ているのだから
「あぁいや、此奴も被害者なのでござる、全ては桜花流の定めでござる」
「ふーん、で? 源蔵って誰?」
美遊の言葉に空気が固まる、マイケルは固唾を飲み、岡部は表情が引きつる、楓は動じていない
「誰でござろうなぁ、人違いでカチコミとはこの男も中々……」
「そうですよ美遊さん! マイケルが無事なら良いではないですか!」
美遊の目線が痛い、これは疑っている目だ
「そう睨まないでほしいでござる!」
「あぁそうだ! マイケル! 喉が渇いたでしょう! 買って来ますね!」
そう言ってから見事なクラウチングスタートで岡部は保健室から消えた
「岡部殿……!? いつにも増して速いでござる!?」
(逃げたでござるなぁ!!)
「まぁ、どうでもいいんだけどね、ただ私も今回危なかったし少しは教えて……!?」
保健室の扉が蹴やぶられ襟元を握った茜が息を切らしながら入ってくる
「会長殿!?」
「マイケル……無事だったか、良かった」
「あんたよく見たらボロボロじゃない! 何してたのよ!」
「少し戯れて居ただけだ」
美遊に片手を上げて茜は甚助の眠っているベッドへ進む、甚助を睨み見下しながら拳を握り締める
「こいつが……」
「止めるでござる会長殿」
「しかし私達をここまで……!」
「此奴は……桜花源蔵の弟でござる」
「!?」
茜は震えながら拳を納めると甚助の目がゆっくり開く
「化け猫!? 何で化け猫がここに居るんだ!? お前は塚原に……」
「塚原は難敵だったが私に敵わなかった、それだけだ……覚悟はできて居るだろうな」
茜の目は本気だ、マイケルも焦って止める
「止めるでござる!」
「てめぇが兄上を飼い慣らしているのか!」
「あぁ? 貴様の兄など知らぬわ!」
「俺の隣に居るのが兄上以外の誰だと言うんだ? あぁ?」
「貴様……騒ぐのもいい加減にしろよ!」
「この男では無いのなら兄上を! 源蔵は何処にいる!」
「死んだ」
マイケルがゆっくりと話し始める
「教えてやろう、桜花源蔵は死んだのだ、ある方に殺された」
「辞めろマイケル!!」
茜の叱咤にも怯まないマイケルは話を辞めない
「お前が追っている桜花源蔵はもう居ない、この天地狂刃は儂が源蔵から引き継いだ刀でござる」
「なんだと? そんな戯論を誰が信じるものか! あんたは兄上! 間違いなく兄上だ!」
「何度言えば解る! 桜花源蔵はもう居ないのだ!」
ゆっくりと保健室のドアが開く、岡部が飲み物を抱えて戻って来た
「美遊さん、楓さん、少し席を外しましょう」
岡部は冷静さを取り戻していた、茜が岡部の元へ歩み寄り麦茶を取り一口飲む
「そうだな、源蔵に会わせてやらんでもない」
「「!?」」
岡部とマイケルも話についていけない
「しかし美遊と楓は席を外してくれ、頼む」
「何するつもりよ」
「降霊術だ」
「降霊術!? できんの!?」
美遊には信じられない話だが茜ならやりかねない
「それしかあるまい、岡部と大人しく中庭で待ってろ、終わったら報告する」
納得しない美遊の手を楓が引いた
「行こう美遊ちゃん! あと岡部その紅茶は楓に頂戴」
「えぇ、では参りましょうか」
「ちょっとちょっとぉ!?」
楓に手を引かれて美遊は去っていった、岡部もそれに続きドアを閉める
静寂の中茜が甚助を見つめる、甚助は見返すように茜を睨む、マイケルはどうして良いのか解らない様だ
「では、降霊術を執り行う」
(合わせろよマイケル)
マイケルはとぼけた表情を浮かべている、ダメだこいつ解ってない
「ふざけてるのかい? この場で斬り刻んでや やろうか?」
甚助は至って強気だ、茜はそれを無視し掌をマイケルに向ける
「はいぃ!!」
(今だマイケル!)
「「……」」
何も起きない
「ふふ、んふふ、流石は源蔵、一筋縄ではいかないか」
(阿呆! 何かしら反応をみせろ!)
「会長殿?」
(何故か知らないが凄い睨んでるでござるぅ!)
「茶番に付き合う暇はねぇんだ、やはりこの男が兄上か」
「まぁ待て、もう一度だ、いいかマイケルもう一度やるぞ? いいな?」
(解れよ気づけよ頼むよ)
「う、うむ」
(あぁ、そういう魂胆でござるか)
「はいぃ!!」
「だから茶番に……」
「ござ!? ござざざざざざぁぁ!?」
マイケルが謎の掛け声と共に苦しみ出した、茜はそれを見て微笑を浮かべる
「成功だ……桜花源蔵を呼び出した」
(何だよ”ござざ”って、もういい強行突破だ)
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「何が起きているのよ」
岡部の買って来たブラックコーヒーを飲みながら美遊が溜息をついた
「まーまー! 皆無事だしいいんじゃない?」
楓は笑顔で美遊を見上げる
「副会長も黙りだしさ、理解してないの私だけ?」
「楓も何も解らないよー? 一緒だよー!」
「ねぇ、楓先輩? マイケルは何者なの?」
「うん? 侍でしょ?」
「そうじゃなくて、ここまで被害が出てるのよ? 桜花流と甚助という男、そして桜花源蔵……副会長知っているのでしょう?」
岡部はそっぽを向いて応えてくれない、紅茶の入ったペットボトルの蓋を閉めて楓が背後で手を組み振り返ると保健室の灯りが灯されている
「早く降霊術終わらないかなー」
(マイケルに秘密があるのは解るけど、会長が話さないなら、楓達が知る必要の無いこと……そうだよね? 会長)
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
保健室ではマイケルが穏やかな表情を浮かべている、そしてゆっくりと語り出す
「久しいな、甚助」
「兄上、本当に兄上なのか?」
「桜花流師範源蔵で間違いない、あぁ元師範か」
語る源蔵の事を茜は腕組みしながら見つめているが何も話さない
「なら、俺は兄上を……!」
「殺すか? お前達が儂を恨んでも仕方のない事だが、儂はもう死んでいるのだ」
「それで納得するとでも?」
「甚助よ、強くなったな」
「!?」
「あの頃と比べ物にならない程に強く、逞しくなった」
「兄上……」
茜が腕を組みながら源蔵に問う
「源蔵よ、私からも問いがある」
「なんだ小娘」
茜が質問を投げかけると、源蔵の視線が茜へ移る
「こむっ……!? まぁ良い、塚原と岩吼を知っているな?」
「おぉ、懐かしい名だな、儂と甚助、そして塚原と岩吼、儂等は桜花の四天王と呼ばれていた」
「成る程、手強い訳だ」
「塚原達と手合わせしたのか、その程度の傷……いや、生きている大したものだ」
「あの程度造作も無い」
「がっはっは! そりゃあそうだ! 塚原が小娘に敵うはずはない!」
源蔵が豪快に笑い甚助が逆上する
「なんだと? こんな細身の餓鬼に塚原と岩吼がやられたとでも言うのか? どうせこの化け猫は逃げて来たに決まっている!」
「それはあり得ないのだ甚助よ、この小娘は……」
「おい馬鹿っ!」
茜の制止は遅かった、源蔵は躊躇いなく言葉を続ける
「この儂源蔵を亡き者にした張本人だ」
茜は額に手を当て溜息をつく、避けたかった情報を公開してしまった
「死人があまり語るなよ」
ため息をついて茜が額に手を当てると甚助は茜に吠える
「化け猫が兄上を……貴様!」
「勘違いするな甚助、儂は殺されたのではない、殺していただいたのだ」
「馬鹿馬鹿しい、ふざけるな!」
「ふざけてなどおらぬ! 呪いに犯され罪を重ねた儂を救ってくださったのだから!」
「死が救済だと? 甘ったれるな兄上!」
「お前も既に武士としての生命は終わっているのだぞ甚助、その右腕を失った時お前は死んだのだ」
赤く滲んだ包帯の中身は主人を失った動かない甚助の右腕、もう二刀流は扱う事は出来ない、甚助は先を失った右肩を抑えながら源蔵を睨む
「あえて生殺しにしたと言うのか! 情けなどかけやがって!」
「お前の弟は随分と分からず屋な様だな」
茜の発言に甚助は腹ただしく茜を睨む
「てめぇは黙ってろ!……!?」
茜の握り拳が甚助の顔面を一瞬で捉え殴りつけた
「痛いか? 痛みを感じられるなら貴様は生きている! 武士として死んだとしても人間として生きている内はやり直せる、そんな事も解らないのか!」
「その通り、甚助の言った様に死は甘えだ、無責任にこの世の柵から解放されるのだから、生きる事は贖罪だがその分やり直す事ができる」
「俺に罪滅ぼしの為に生きろと言うのか!」
「そうではない、希望を持てと言っているのだ、残った腕はお前に残された希望なのだから、桜花二刀流の甚助は死んだ、残された腕でお前は何を斬る」
「……くっ」
源蔵は柔らかく言葉を発している、悟りを開いているのだ
「儂が話せるのはここまで、さて時間だ、小娘頼む」
「待てまだ聞かなければならない事が……」
「はいぃ!!」
茜が掌を源蔵に向けて叫ぶと力を失った様に源蔵は崩れ、目を覚ます
「お? 何でござるか? 記憶が無いでござる!」
「ご苦労マイケル、お前の体に源蔵の魂を戻していた」
「やや! 会長殿は何でもできるでござるな!」
「さて甚助と言ったな、感動の再会は終わりだ、次は我々の問いに答えて貰おう、何故その刀を狙った」
「化け猫はこの刀がどんな物か知ってるのかよ」
「天地狂刃、桜花流の師範のみが握る事のできる名刀で扱うものに極限の力を与える、しかし人の殺戮衝動と憎悪を駆り立てる怖〜い呪い付きだがな、貴様の狙いは力か」
「……」
「図星か、持ち主を殺してまで力を求めたか……愚かだな」
「本来天地狂刃は俺が継げば良かったものだ! 先代が病死した後兄上が継いでから桜花流の悪夢は始まった!」
「貴様なら呪いを受けなかったと? 自惚れるな! その刀は誰にも扱えない、取り返しのつかない所まで罪を重ね持ち主を破滅させる刀だ、何者にもその呪いは克服できない」
「なら何故この男は克服できている!」
「そんな物自分で考えるのだな、我々が話せるのはここまでだ、歩けるのなら出て行け! 2度と学園に近寄るな!」
茜が日本の刀を甚助のベットへ投げ捨てるとズシリとした重みが膝の上に乗る、一本の刀を甚助が握るとマイケルが声を荒げた
「馬鹿な考えは止めておけでござる! それとも片腕だけで儂等の相手をするでござるか? 会長殿に刃を向けたならばもう儂は容赦できないでござるよ」
「糞が!」
(何だあの化け猫の目は……)
甚助は震えていた、自分に恐れるものなど無いと思っていたが、茜に目を合わせると背けたくなる、これは武者震いでは無く単純な恐怖、唯の小娘な筈なのに、軽く首を跳ねる事ができる筈なのに、恐れてしまう、甚助は震えて居るのは本能が拒絶反応を起こして居るのだ
「あれが強者というものでござる、幾ら強さを磨いたとしてもそれは真の強さではござらん、解ったら出て行くでござる」
舌打ちをして甚助はベットから降り、決して茜に隙を見せない様に保健室の扉に手をかける
「最後に聞かせろ、何者だ貴様等」
「この学園の生徒会処刑執行部会長、処刑執行鋼鉄淑女、桐谷茜だ!」
「そしてその劔、異国の大和魂マイケル、桜花源蔵の意思を継ぐものでござる」
「馬鹿馬鹿しい」
「忘れ物だ」
茜が甚助の右腕を投げると器用に左手で受け取る
「決して腐らせてはならぬでござるよ」
無言で甚助は保健室を去って行く、最後の言葉の意味を考えながら
腐らせてはならぬ、これは斬り落とされた右腕の事か、それともまだ振れる左腕の事か、もしくは自分自身の事なのかを
茜は一息ついてマイケルの隣のベットに腰掛けた
「処刑完了だな」
「流石のお手並みでござるな」
「さてな、長い一日だった」
「これから奴はどうするのでござろう」
「それは奴が考える事だな、我々が与えたのは希望であり苦痛なのだ、大事なのは受け取り方だ」
「そうでござるな」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
3人の携帯にメールが入る
処刑完了、全員帰って良いぞ
この一行だけが茜から送られてきた
「終わったってー! 帰ろうかー!」
楓が伸びをしながら声を発する
「早かったわね、呆気なさすぎない?」
「会長にかかればこんな物ですよ、さて帰りましょうか」
「そだねー! 美遊ちゃん帰ろー!」
3人は帰路についた、事件は解決し処刑は完了した、多くを巻き込んだ桜花流の侵攻を生徒会処刑執行部が食い止めたのだ
「怪我は大丈夫なのか?」
マイケルはもう立ち歩けるようになっていた、茜の問いにマイケルはニカッと笑う
「大丈夫でござる! お節介な忍が手当してくれたでござるからな」
「はっはっは! そっちにも居たか、お節介な忍が!」
「会長殿?」
「いやいやこっちの話だ、今日はもう遅い、しっかりと休養する様にな、私は失礼する」
「感謝するでござる、夜道は気をつけるでござるよ」
「なんだ私を乙女扱いするか? 嬉しいじゃないか、ではな」
茜は学園を出て帰路を歩く、ふと空を見上げると満点の星空が輝いていた、同じ夜空をマイケルも見上げている
(決着か……思えばまた会長殿に救われた、桜花流の時代は終わったのだ、儂が終わらせてしまった……取り返しのつかない事をしてしまったのは解っている、しかし会長が卒業するその日まで儂はこの学園を去る訳にはいかないのだ)
マイケルは外に出て左手で顎を摩ると大きく息を吸い込み夜空に高らかに天地狂のを掲げる
「だから最期まで見守ってくれよ! 父上!」




