処刑23 兄弟
倉庫内に濃い霧が立ち込め視界が白く覆われた、動物達の呻き声が響く中岩吼目掛け鋭利な舌が伸びた、舌が岩吼の左胸を突き刺さる寸前に両手で止められてしまう
霧が晴れて大蝦蟇の姿が露わになる、その巨大な蛙を見ても岩吼は怯む事がない、舌を振り払うと口の中へ戻っていった
「妖使いか? 気味が悪い」
塚原はやれやれと両手を広げるが、塚原へは茜が怒涛の追撃が襲う
「麗羽! 悪いがそのデカブツは頼む! 私はこいつを!」
「小賢しい……ハリネズミィ!?」
塚原の右頬に高速回転しながらトゲ太郎が突っ込む、マイケルの時とは桁外れの速度で飛び交い次は岩吼目掛け飛び込む
麗羽は目を閉じながら念を唱え続けると、ワン助とミャー子の様子がおかしい、皮膚の内側で何かが蠢いているように移動しながら骨格を変えていく、麗羽は涙ぐみながら念を唱える
「ごめんね……ごめんね、痛いよね」
「お猫様に何をしている……っ!?」
「これで終い!」
茜の握っていた刀が塚原に弾かれ地面に落ちる、茜の首を狙い塚原の素早い横斬り
「「……!?」」
塚原も茜も驚愕する、塚原の刀を止めた者がいる、真剣白刃取りの要領で両手で止めたが手は鋭利な爪が伸び、肉球がある
茜が恐る恐る見上げると2メートル程の猫がいた、いや猫らしき物がいた
首から上はコミカルな可愛らしい猫なのだが首から下が筋肉質な人間の姿をしている、ムキムキマッチョマンが猫の被り物をしながら猫手袋と猫靴を装備しながら付け尻尾を付けている姿にしか見えない
「お猫様ぁぁぁぁ!? いやぁぁぁぁ!!」
茜が混乱してしまったがミャー子は塚原の刀を受け流し顎を蹴り飛ばし岩吼の方へ向かい腕を組みながら岩吼を見上げると背を合わせるように似たような姿のワン助が並ぶ
「これがあたいの最終忍術、超獣GIGA! あの大男はあたい達がやる!」
超獣GIGAとは、大蝦蟇とトゲ太郎の身体能力を極限まで上昇させながらワン助とミャー子を戦闘向きの肉体へと一時的に進化させる荒技で動物達は勿論、麗羽自身への負担も大きい
「あぁあ……お猫様が、お猫様がなんと言う姿に……」
茜の精神へも大きな負担をあたえたようだ、岩吼の拳がワン助へ飛ぶがワン助は両手でそれを受け止める、力と力がぶつかり合う
ワン助は牙を剥き出しにして唸りながら岩吼の力を抑えているがトゲ太郎の追撃が着実に体力を削る、ミャー子がワン助の肩を踏み台にして華麗に宙を舞い岩吼の顎をサマーソルトで蹴り上げると、足にも伸びた長い爪がラインを刻む、岩吼も怯み始めた所に大蝦蟇上空から岩吼を押し潰す
遂に岩吼が声を上げる、低く掠れた声で唸りを上げると大蝦蟇の身体が浮き始め、両手で持ち上げる岩吼の姿が徐々に見え始める、なんと言う馬鹿力
「岩吼が押されているだと?」
「貴様の相手は私だ」
茜が小さな木箱を取り出し、中身をそっと取り出した、その異形の鞭は人体を痛めつける為だけに作られた道具、持ち手から九本の鞭が伸び先端に鉤爪がついている残虐な拷問器具、茜は九尾の猫鞭を左手に取り出したのだ
「それが爪か! 化け猫ぉ!」
「遅い!」
斬りかかる塚原に猫鞭を一振りすると脇腹に痛烈な痛みが走る、痛みに目を送ると塚原の脇腹に痛々しく皮膚が抉られた跡が残っていた
視線を茜に戻した時は遅すぎた、茜の右ストレートが塚原の顔面を捉え数メートル殴り飛ばしながら大き目のウェストポーチに手を伸ばし中身を取り出す、茜が取り出したのは金属製の熊手の様なオブジェ、それを流れる様に腰から抜いた用途不明だった棒に装着して右手に握りしめ吹き飛んだ塚原へ向ける
「さぁ、処刑執行だ」
♦︎♢♦︎♢
ギルド内では平穏な時間が流れている
「そろそろ帰ってもいいかしら?」
「ダメだよ美遊ちゃん! ここが一番安全なんだからー!」
「そうでござる! 先輩達を頼るでござる!」
「そう言われてもね……!?」
背伸びをした美遊を押し倒す様にマイケルが倒れこむ
「伏せるでござる!」
扉が横に真っ二つに割かれながら斬撃が飛び美遊を擦り奥の窓ガラスまで綺麗に二等分した
「何!? 何なの!?」
「敵襲ー! 敵襲だよー!」
不意の奇襲に美遊も楓も戸惑いを隠せない、しかし嫌に冷静なマイケルは立ち上がり扉から入ってくる男を見つめていた、目を見開き汗が流れ鼓動が速くなる
(やはり……こいつが)
ゆっくりとギルドに入る男は紫の和服を着たパーマのかかった髪の優男だ、首にヘッドホンを巻き肩に刀をトントンと乗せている、腰にもう一本刀を下げている
「あんたは!」
美遊には見覚えのある男だった、あの夏祭りの日に絡んできた怪しげな男
「お嬢さん知ってるじゃないか、変な男を」
ヘッドホンの男はマイケルに視線を送る
「貴様何者でござる! 此処は我々の聖域! とっとと出て行くでござる!」
「何だよその『ござる』って、何処で何をしているかと思えば……探したよ」
男の細い目はマイケルを捕らえて離さない
「何を言っているのかさっぱりでござるな、儂はお主の様な無礼な輩は知らぬ」
「寂しい事言わないでよ、兄上」
「「兄ぃぃぃぃぃぃぃい!?」」
美遊と楓が声を揃えた、ヘッドホンの男は見るからに年上、更にその兄となればマイケルの年齢に矛盾が生じる
「貴様の様な弟など居らぬ!」
「今日は兄上に頼みがあってさ」
「儂は兄ではない! 人違いでござる!」
「じゃあこう言ったら解る?」
ニヤリと笑う男はマイケルを陥れる策がある、この場に居る2人には聞かれたくない過去の秘密
「……ゃろ」
「辻斬り源蔵、兄上だ」
「やめろぉぉぉ!」
鬼の形相で男の胸ぐらを掴み、そのまま担ぎ上げて窓から男を投げ落とした
「ちょっとマイケル!?」
「御免、説明は後でござる」
行き過ぎた行為に美遊もついていけないがマイケルは窓の桟にしゃがみ込み後を追うように飛び降りた
「マイケルゥゥゥゥ!」
楓の叫び虚しくマイケルは飛び降り緩やかにカーテンが揺れる
マイケルは飛び降り刀を抜き地面に仰向けに倒れて居る男へ突き刺さしたが、意識のあった男はそれを避けながらマイケルを蹴り上げる
「やだなぁ、いきなり何するのさ兄上」
3階から叩き落とされたにも関わらず男はピンピンしている
「許さぬぞ……貴様だけは許さぬぞ!」
マイケルはゆっくりと立ち上がり男を睨む、いつもの大らかさは全く感じられず、別人にも感じられた
「あんた侍でも高校生でもない、辻斬り源蔵! 人を殺め桜花流を滅ぼした張本人の桜花源蔵だ!」
♦︎♢♦︎♢
汗を流しながら細かく手を組み替え念を送る麗羽、超獣GIGAは4匹の使いを同時に強化させる大技、そう易々とできる芸当ではない、精神力を削り脳の神経が破裂しそうになる、それでも麗羽は念を止めない、膝を折ることも無い
獣達は主人の念に応える、岩吼の巨大な刀を避けながら、大蝦蟇の舌が岩吼の腕に絡みつきトゲ太郎が脳天を直撃する、岩吼の肉体はトゲ太郎の猛攻により傷だらけだ、身体のバランスを崩した時、ワン助とミャー子が目を合わせ頷きお互い離れてミャー子は高く跳躍、ワン助は岩吼の体を駆け上がり、岩吼の顔を挟む様に強烈な回し蹴りを食らわせる、これには堪らず岩吼は仰向けに倒れた
「化け猫ぉ……殺す」
同時に塚原も倒れて息を漏らしている、全身に傷を負い、首から胴体まで引っ掻かれた様に皮膚を割かれている、茜が九尾の猫鞭を箱にしまい右手に持っていた棒の先端を塚原の首へ当てる、棒の先端には巨大なフォークがついている拷問器具
スペインのくすぐり装置、それは九尾の猫鞭と同じく無残に人の肌を切り裂く拷問器具である
桐谷茜を持ってしても塚原は難敵だった、全身傷付き制服もズタボロの布切れとかしている、至る所に血が滲み全身に激痛が走る、息を切らしながらも塚原を見下す
「勝負ありだ、処刑完了……麗羽は紅葉を頼む」
「ちと……休憩させてくれんかね」
麗羽も息を乱しながら腰を付いている、ワン助とミャー子がハイタッチすると元の姿に戻った、紅葉は出血多量で気を失い目覚めない、この場にいる全員が重症だ
「今回の件は無事解決か、安心しろ殺しはしない、肉体と精神に後遺症を残してやろう」
スペインのくすぐり装置が塚原の首に食い込んでいくと塚原は狂った様に笑い出した
「はははっ! くははっ! 解ってねぇ! 解ってねぇな! 化け猫を何故警戒していたかをよぉ!」
「何だと?」
「今頃天地狂刃は彼の方の物になっている! こうも上手くいくとはなぁ! そこの糞餓鬼も知らないだろうが、桜花流は俺が筆頭では無い!」
麗羽の目から光が消える
「嘘だ……あたいが契約を結んだのもあんた、今回の件もあんたが主犯だ」
「くひっくひひっ! 確かにお前は俺としか会ったことが無かった、保険はかけておくもんだなぁ! おい!」
「この私が出し抜かれた……?」
紅葉と麗羽にこれほどの重症を負わせてまで闘い、部下の安全の為に岡部と2人で乗り込んだのが裏目に出た、塚原は主犯では無い、黒幕は他にいる
そして黒幕が他に居て、マイケルの刀が狙いならば黒幕の行き先は一つ、学園だ
「良い顔するじゃねぇか化け猫、お前等”長”って奴らはこれだから扱いやすい、それにお前の性格もあの新聞部が教え……!」
茜が塚原の顔を踏みつける、それも一度では無い、何度も何度も塚原が喋らなくなるまで踏み続けた
「このっ! 私の部下に……私の部下に手を出したな!」
茜はヤケになっている、この男が憎くて仕方ない、スペインのくすぐり装置を高く振り上げ塚原の喉目掛け振り下ろすが麗羽がそれを止めた、棒を握ればすぐに解る力の入り方、茜は塚原を殺そうとしている
「ダメだよ、憎くても殺しは絶対にダメ」
「離せ! こいつは私の部下を!」
「こいつを始末しても何も変わらない、今冷静さを欠いたら其れこそ思う壺だ、頭の良い貴方なら解るだろう」
茜はゆっくりと手を下ろすとその残虐な拷問器具は無機質な音を立てながら地面に落ちる
「私のせいだ、私が作戦を誤った……元々私をマイケルと離す為に、こいつ等の狙いは戦力分散と時間稼ぎ! 私は罠にはまりに来た様なものだ!」
「まずは委員長を連れて病院だ、あたいもだけど連戦できる状態じゃないだろ」
「私は学園に向かう、あいつ等が危険だ……ふぅん」
茜の後頭部に吹き矢が刺さり眠りについた
「さてさて、まずは救急車だけど此処じゃ場所が悪いね」
麗羽は微かに残っている力を振り絞り茜と紅葉を担ぎ倉庫を抜けたのだった
♦︎♢♦︎♢
「「マイケル!!」」
「来るな!」
駆け付けた楓と美遊に喝を入れるマイケル、この様な姿は初めて見る
刀と刀を合わせ睨み合う2人
「兄上? 腕落ちすぎじゃない?」
「儂は兄上ではない! 異国の大和魂マイケルでござる!」
マイケルが刀を振り切ると男は距離を取る
「いつからそんなふざけた名乗り方してるのさ、それに髷まで結ってさ」
マイケルの額に青筋が浮かび上がる、激怒したマイケルは刀の先を男へ向けてから顔の横に構えて膝を曲げる、桜花流の構え
「ふざけた……だと? 儂の誇りがふざけているだと?」
「やる気になった?」
「叩き斬る!」
「甘いなぁ」
マイケルの一振りを受け流し勢いを残しながらマイケルの腹部に傷を残した
「ぬっ……!?」
「残念だよ……兄上ぇ!」
甲高い音がして男の刀が止まる、棘鉄球を両手で持ち上げ男の刀を楓が支えている
「ごめんね、見てられなかったよー」
「楓殿!? 馬鹿な真似は止めるでござる! 其奴の狙いは儂! 楓殿は下がっているでござる!」
「何で小学生がいるんだ?」
男の発言に楓の笑顔が曇る、見事地雷を踏み抜いた
「楓は! 楓は高校生だよー! 子供扱いするなぁぁ!」
モーニングスターで無理やり刀を弾き鎖で引き戻しながら方向転換、遠心力の力を利用し男目掛け棘鉄球を振ったが空振り
「面白い動きをするねお嬢ちゃん……?」
男が左掌を顔の横に構えるとそこに美遊の拳が収まる
「嘘!?」
「へぇ……良い拳だ、体重の乗せ方が上手い、君も只者ではないみたいだね」
美遊の拳を男が握りしめ捻る
「このっ! 舐めるな!」
男の手を振り払い美遊の瞬時のスイッチで繰り出す後方回し蹴りを男は何事もなかった様に受け流す、続いて再び飛んできた右ストレートも余裕の表情で受け止めた
「痛っ」
「でも簡単に取られては意味がない」
「「!?」」
美遊の後ろに男が周り片手で美遊の両手を拘束しながら首筋に刃先を向ける
「さて取引しよう兄上、天地狂刃を渡すかこの娘の首を跳ねるか」
「美遊ちゃんを離して……!?」
動揺しながら特攻を仕掛けた楓を男は軽々と蹴り飛ばした、まるで道に落ちていた小石を扱うように、腹に男の足が突き刺さり楓は簡単に蹴り飛ばされてしまった
「楓殿!」
「うぅ……痛い」
「もう許しておけぬ! 桜花甚助!」
「やっと思い出してくれた?」
甚助は嬉しそうに微笑むが美遊の首元の刀は外さない
「今すぐに美遊殿を解放しろ! さもなくば貴様を斬り捨てる!」
「できるものならね、この娘の首が飛ぶよ? 知ってるだろうけど俺に躊躇いなど無い」
「狂っている……」
天秤に掛けなくても取るべき行動は明白だ、天地狂刃を甚助に渡せば全てが終わり皆無事に済む、マイケルはゆっくり膝をつき腰から鞘を外そうとしたが
「何馬鹿なこと考えてるのよ!」
「美遊殿?」
「その刀が無くなったらマイケルは何になるのよ! 刀を持たなければ侍じゃない! 最早何をしたい人物か解らなくなるわ、それに私の為に負けを認めるってのが何より嫌!」
美遊の訴えを聞いた甚助の表情が変わっていく、この男は笑っているのだ
「面白いお嬢さんだ、だけど自らの命を軽視するのは良くないよ」
「あんたもいつまで女子高生を拘束するつもり? 変態?」
美遊もニヤリと笑って甚助を見上げる、マイケルは肝が冷える思いだ、自分の状況を顧みず甚助を挑発している
「さぁ兄上、天地狂刃を渡せ! この女の首と胴体が離れる前に!」
「私なんかの為に渡すんじゃ無いわよ! マイケルがこんな奴に負けるわけないじゃない!」
「煩いお嬢さんだ! さよならだね!」
甚助の眼が見開き刀を振り上げる、やる気だ
「美遊殿ぉぉぉ!!」
美遊は最後まで不敵な笑みを浮かべ続けた、これは完全な強がりだ、自分でも何故か解らないが、生徒会の為に強がってみたくなったのだ
無理矢理入部させられてもう数ヶ月がたった、最初は嫌で仕方なかった生徒会も自然と放課後には生徒会室に足が向く様になった、不思議な物だ、今は生徒会の為にここまで危険な真似ができている
「なんだかんだで楽しかったのかもね」
そう呟き美遊はそっと目を閉じた




