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処刑17 ミルグラム

 始業式前日、生徒会長桐谷茜と副会長岡部は生徒会室の掃除に追われていた


「悪いな、最後の休みの日を奪ってしまって」


 三角巾を頭につけながらはたきで棚の上の埃を落としながら茜が岡部に謝罪した


「いえいえ、私もやる事ありませんでしたし、こうして見ると意外と汚れている物ですね」


「ほったらかしにして夏休みに入ったからな、新学期も彼奴らに気持ちよく生徒会の活動をして欲しいしな......ん、んん?」


 棚の上にはたきを伸ばして背伸びしても届かなくて茜は苦戦し始めた


「高い所は私がやりますよ、会長は休んでいてください」


 積み重なった書類を両手で抱えながら岡部が答えると茜が頬を膨らませ振り返る


「お前は私の背が低いと?」


「滅相もございません!......しまった」


 慌てて敬礼をした岡部の手元から書類が散乱する姿を見て茜はくすりと笑い、膝を曲げ書類を拾い始める


「冗談だ、お前は変わらないな、そこまで忠誠を誓って疲れないか?」


「私は会長に使える身、現在の立ち位置に満足していますよ」


「お前は器用なのか不器用なのか解らないな」


 2人で書類を拾い終わり移動させる、その後も着実に掃除を進め、ギルド内も完璧に整頓され綺麗になった


 会長席に深く座る、開けていた窓から入るそよ風が気持ちいい


「お疲れ様です、今お茶入れますね」


「悪いな」


「おや?」


 棚の中を確認していた岡部が疑問の声を上げる


「どうした」


「いえ、お茶っ葉切らしていたみたいです、ここでお茶飲むの会長とマイケルだけですが、意外と使っていたみたいですね」


「そうか、明日までに用意しておいてくれ」


「かしこまりました、では今から自販機の方に行ってきますので」


「構わん構わん、今日はもう帰れ、帰りにお茶っ葉頼むぞ」


「ですが」


「命令だ」


 茜のこの言葉を受けた岡部は従うしか無い、優しく微笑む茜に対し敬礼する


「かしこまりました」


「気をつけて帰れよー」


 ひらひらと手を振りながら岡部を見送る


「さてさて」


 会長席の引き出しを開け書類を漁る、新学期前から処刑対象を探す


「夏休み中にも特に悪い事した奴等はいない様だな......ん?」


 机の上に小さな蛙が乗っていた、茜は嫌がる素振りを一切見せないで掌に蛙を乗せる


「珍しいお客様だな、こんな所に居たらお前干からびてしまうぞ?」


 蛙は茜を見つめて動かない


「仕方あるまい」


 立ち上がり紙コップに水を入れて蛙を泳がせながら会長席に戻ると


 机に何か刺さっている、先程までは何もなかった筈だが


 近づいて確認すると、現代に似つかわしく無い代物だった


「苦無......?」


 現代の昼下がりの学園の机に苦無が刺さっているのだ、更に何か紙が括られている


 窓の外を確認してもここは三階だ、誰も存在しない


 茜はボールペンを取り出し苦無の隣に角度を合わせて立てる


「結構急だな」


 ボールペンを真っ直ぐ動かし、そのまま外を見るが青空が広がっているだけだ、念のため窓を閉めて無言で立ち上がりギルド内の壁を殴って回るが、どれも無反応、ただの壁だ


「何だ?」


 会長席に戻り仕方なく紙を解き中身を見ると、茜の目付きが変わった


「いい度胸だ、噂にはなっていたがまさか風紀委員に手を貸すとはな」


 紙をバックにしまい、蛙を外に逃がしてやりながら学園を出た


 そして始業式の翌日、既に異変が起きていた


 生徒会のメンバー以外に放課後、ギルドに客が訪れていた


 客は三年生の男子生徒、かなり腹を立てている様だ


「話聞いてんのか!」


 岡部がすぐに立ち上がり対処しようとした、美遊、楓、マイケルの3人は席を立とうとするどころか動く気配がなく、楓に至っては机に顔を突っ伏している


「構わない、手を出すな」


 この茜の発言は今日何度目だろう、入れ替わり立ち替わりで多くの生徒がギルドに入室してきていた、彼が恐らく今日最後の来客


「会長さん、これのことは真実なんだろうよ!」


 彼は会長席に一枚の新聞を叩きつける


 学園新聞! 今日から毎日発行! と書かれている、そこは良いが問題は内容だ


 トップ記事から裏面まで全て生徒会の事が記されている、彼が腹を立てているのは一面の記事に対してだった


 生徒会長桐谷茜、遂に一般生徒に怪我をさせる


 内容は無抵抗な一般生徒女子2名を部下を全員引き連れながら鉄パイプで殴りつけた挙句、罵声をあびせ精神的にも肉体的にも重症を負わせた


 調べて見ると新事実! 女子生徒はなんと生徒会に敵対する風紀委員会に所属する生徒、桐谷茜は腹いせに一般生徒に暴力を振るい傷つけた物だと思われる


 記事を改めて見て、茜は溜息をつきながら対応する


「貴様はこの新聞が事実だと受け止めているのだな」


「あぁ! この内1人はうちの妹だ!」


「随分と良い兄だな、なら帰って妹の面倒でも見てやれ、それとも風紀委員の所に案内してやろうか?」


 会長席に座りながら睨むように彼を見上げる


「くっ......! あんたなんか怖くねぇ!」


「そうか、なら手をここに」


 彼の手を左手で優しく握り、机に設置されたスイッチの上に乗せる


「なんだよ、お得意の拷問かよ」


 彼は今にも泣き出しそうだ、桐谷茜の存在を知らない者はいない、彼も彼女がどんな人物か知っている、本当は怖くて逃げ出したいのだが、妹の為に勇気を振り絞ってここまできた


「貴様は本当にこの記事を真実と受け止め、其れ相応の覚悟でここにいる、違いないな?」


「違いねぇ!」


「そうか、ならばこの記事がデマだとしても貴様に不快感を与えた事に我々は償わなければならない」


「そうだ! 謝れ!」


「ただ口でごめんなさいしても、我々の誠意は伝わらないだろう」


「何だよ......」


 次第に彼も怖くなってきた、これは裏があると


「そのスイッチを押せ、それが我々流の償いだ、どうした? 押せ、我々を許せないのだろう? 安心しろ、貴様に危害は一切加えないと誓おう」


「う.....」


 彼は恐る恐るスイッチを押した瞬間に美遊が奇声を発し始めた、彼は慌てて振り返ると辛そうな表情で苦しんでいる


「あぁん! んく.....! んぁぁ! 辞めて! もう辞めてぇ!!」


 彼は何が起きたか解らない、直ぐに茜の方を向き問いただす


「おい! 何だよ! 何したんだよ!」


「ん? 貴様がうちの一年生に電流を流したのだろう?」


「聞いてねぇ! そんなの聞いてねぇ!」


「手を出せ」


 スイッチに乗せた彼の手に、茜は左手でペンの様な装置を当てる


「いってぇ!?」


「すまんな、身をもって知って頂こうと思ってな、今貴様に与えたのは45ボルトの電流だ、痛かったか?」


 茜が左手で机の下から小さな四角い機材を取り出した、メーターが表記され真ん中につまみがある


「これは?」


「流した電流の強さだ、貴様が今流した電流は120ボルト」


 彼は驚愕した、先程当てられた物の倍以上の電流が流されたのだから


「おい、それって死ぬんじゃ......」


「まだ死なない、私の部下はそんなにやわじゃないさ」


 また左手で彼につまみを掴ませ回させるとボルト数が上がっていく


「おい、止めろ! 止めろよ!」


「我々は償いがしたいのだ、次は体力自慢の2年マイケルだ、140ボルトも耐えるだろう、押せ、それとも逃げ帰るか?」


「くそ!」


 彼は目を瞑り震える手でスイッチを押す


「うぬぅぅぅぅう! あぁぁぁ! ゔぁぁ! ゔぁ!」


 背後からマイケルの呻き苦しむ断末魔が聞こえる、机を叩く音、床を踏みつける音、先程の美遊よりも騒々しい


 彼は恐ろしく、マイケルの姿を見れない、断末魔の後ボルトを同じ工程で上げる更に上げる、彼の手は汗で濡れており、小刻みに震え力が入っていない


「止めろ、許す! 俺が悪かった、もう止めてください会長様!」


 早くこの場を立ち去りたい、彼の願いだ


「おいおい、何を震えている? 貴様が望んだ結果だろう? 我々を拷問する場所を用意してやったと言うのに」


「こ、こんなの望んで何かいない!」


「死にはしない、救護員として岡部がいる、もし手遅れになっても私と岡部が処理をする、貴様は何を恐れる?」


「俺は謝って欲しかっただけだ!」


「だからこうして謝罪しているではないか」


 彼の呼吸が乱れている、今起こっている事が理解できないのだ、脳内はパニックを起こし、思考が恐怖で支配されていく


 茜が左手で彼の手を持ち、スイッチの上に乗せる


「しっかり見てやって欲しい、最後は2年の田原楓だ、頑張って耐えてくれるだろう155ボルトだったとしても」


「2年だと?」


 彼が振り返り楓の姿を見ると楓は机に突っ伏しながら発狂、もう起き上がる力が無いのだろう


「嫌ぁ! 助けてお兄さん! ごめんなさい! もう無理ぃ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ! 痛いのもう嫌ぁ!」


 楓は必死に泣き叫ぶが茜は聞く耳を持たず、説明を始める


「実はな、貴様の様な連中が今日何人も来ていてな、貴様は5人目、その度ボルト数を上げているのだ」


「じゃあずっとこんな事を、狂っている!」


「そういえば貴様の妹も2年だったな」


「う.....」


「同い年の同性の生徒を拷問にかけるのは躊躇うか? 押せ、我々全員で償わなければならない」


「無理だ! 俺には!」


 楓の泣き声が響き渡る、地獄絵図だ、一般的な脳ならまともに考える事もできずパニックを通り越し発狂する、彼も例外ではない


「止めろ止めろ! 無理だ! 彼女も俺も!」


「押せ、押さなければ我々の誠意は伝わらない」


 彼の手の上に左手を乗せ、無理やりスイッチを押した


「痛いぃぃぃ! いやぁぁぁぁ!! 痛いぃ! 痛い痛いぃ! ぁぁあぅぅうぁ!」


 楓の高い悲鳴が彼の鼓膜を刺激し、彼はその姿を見ている事しかできない、いや、目が離せないのだ、着実に風景が脳に記憶されていく


 程なくして楓は静まり動かなくなった、咄嗟に岡部が楓の脈を図る


「死んではいませんが、後遺症は残るでしょう、そもそも意識を取り戻すかすら解りません」


 岡部の言葉に彼は膝から崩れ落ちた、取り返しのつかない事をしてしまった、涙が溢れ体に自由に力を入れる事ができない、未だに楓の悲鳴が脳内にこびり付き静まらないのだ


 岡部が無言で立ち上がり彼を無理やり立たせ椅子を用意し、茜と向かい合う様に座らせる


「さて、私の部下は再起不能だ」


「あ、うぅ」


 彼は言葉にならない返事を返す


「しかし私の償いが終わっていない、岡部」


「かしこまりました」


 岡部が取り出した装置は鉄組の拘束具、重くとても片手では動かせない


「何だよ、これ」


「悪いな、私の我儘で右手だけを使わせてもらっている」


 そう言って茜は自らの右手を彼に見せつけるように机の上に置いた


「ゔ......!」


 彼は吐き気を催した、茜が今まで左手しか使ってこなかったのは、右手が使えなかったから


 右手の親指から薬指まで爪が剥がされ、肉が見え流血している、グロテスクなその右手を茜は着実に拘束具に装着していく


「将来この様な手に指輪を嵌めたくないのだ、すまないが右手だけにしてくれ、これでも私は女なんだ、解ってくれ」


 装着が完了し、綺麗な左手で引き出しからペンチを取り出し彼に手渡す


「嫌だ.....こんな」


「貴様は良い兄だ、妹の事はすまなかった、私に覚えはないが不快にさせて悪かった」


「許す、俺が悪かったよ!」


「私の気が済まない、覚悟はできているのだろう? 最後の一枚だ、剥がせ、それとも私の部下の犠牲を無駄にするか? 」


 茜の睨みに彼は従うしかない、ペンチで爪を挟む、手は震えているのが目に見えて解る


「くそ......くそぉぉぉ!」

「ぁぁぁあ!」


 彼と茜が同時に叫び、茜は目を固く閉じたがベンチは爪を剥げずに止まっている


「くっ......! ふぅ.....ふぅ、どうしたもっと力を入れろ!」


 息を切らしながら茜が支持する、流石の茜もこれは慣れなく、恐怖を感じている


「ダメだ! できない!」


「岡部ぇ! やれぇ!」


「かしこまりました」


 岡部が彼の手を包む様に握り、しっかりと爪を挟む


「止めろ!」


「3...2...」


 3カウントが始まる


「離せ! 離....!?」


「1!!」


「うぅぁ!......あぁ、あぅぁ」


 勢いよく引かれたペンチは爪を引っこ抜いた


 ギルドに茜の呻き声が響く、苦痛に歪む表情で拘束具を外そうとしている、その姿を彼は見る事ができない、余りにも恐ろしくて


 ペンチの先に挟まれた爪から目が離せなくなっていた、息苦しく呼吸がしづらい


 ショックな事の連続で正常な思考も取れず呼吸の仕方すらわからなくなっているのだ


 右手を拘束具から外しガーゼで抑えて止血するがガーゼは既に茜の血で赤黒く変色している


「狂ってる! 生徒会は狂ってる!」


 彼は逃げるように生徒会室を飛び出していった、茜の苦しむ声がまだ聞こえる


 暫くして岡部がギルドを出て誰廊下に誰もいない事を確認すると、室内に戻り扉に鍵をかける


 振り返ると酷い状況だ、後輩は全滅し、茜は重症だ


 これ程の惨状は今まで無かった、悲惨な処刑の後のギルドだが、岡部が両手を叩き音を鳴らす


「お疲れ様でした」


 その時全滅した筈の後輩達が動き出す


「あぁ、つっかれたぁ!」


 美遊が気だるそうに背もたれに項垂れる


「はははー! 美遊ちゃんの呻き何だかやらしかったよー!」


 楓も笑顔で起き上がる、マイケルも何事も無かったように復活している、3人の今までの行動は演技だったのだ、電流など一切流れていない、何の変哲もない椅子だ


 楓が机に突っ伏していたのはリハーサル中にどうしても笑顔になってしまうからだ、演技は上手いが表情が笑っていたら余りにもシュールだった


 同時に岡部は余りにも演技が下手だったため、この役割になった、うわーとか、いたーいとか、演技になると棒読みになってしまう


「何言ってんのよ、私はしっかり演技してたでしょ?」


「皆の者ご苦労!」


 茜の右手は元に戻っていつもの綺麗な手だ、机の上には先ほど爪を剥がれた手首から先が転がっている


 義手だったのだ、作り物の手を特殊メイクで加工しグロテスクに、そして生々しく加工した偽物で、茜はこれを袖の中で握る


 勿論茜も怪我一つしていない、ガーゼは事前に血糊で細工をしていた物だ


「しかしよくこの様な作戦を思いついたでござるな、ここに今日来た者は皆トラウマを植え付けられたでござろう、暫く眠れぬ夜が続くでござるよ」


 マイケルはコキコキと首を鳴らす、じっとしているのも意外と疲れるのだ


「過去に実際に行われたミルグラム人体実験を元にしている、岡部が小道具全て一晩で作ってくれたから出来たのだ、しかし彼はよく最後まで耐えたな」


 茜が義手を見つめる、義手のくだりは最後の保険だった、しかしそこまで辿り着いたのは先程の彼1人だけだったが


「うわぁ......それ何回見てもグロいわね、確かに全員マイケルの演技の時点で皆逃げ出したものね、あんたが調子乗って誘導してた様にも聞こえたけど」


「さぁどうだろうな、人間の精神なんて脆い物だ、誰もが人殺しなんかになりたくはない、余程の異常性癖でも無い限りはな」


 茜が悪戯に笑うと美遊が両手を広げて呆れる


「そもそも何? 将来指輪嵌めるとか嵌めないとか、何女の子みたいな事言ってるのよ、似合わなすぎて笑いかけたわ」


「何だとー! 私も女だ! 結婚に憧れがあってもいいだろ!」


「あるの?」


「まぁ......多少は」


「ふふっ! 何それ」


「笑うな! さて、冗談はさておきこれからが本番だ」


 岡部も席に着き耳を傾ける


「新聞部と諜報部の処刑ですね」


「そうだ! ここまで我々をコケにするとはいい度胸だ、目にもの見せてやろう! では次の作戦に移る!」


 諜報部と新聞部、得体の知れない二つの部を処刑する為の作戦会議が始まった

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