処刑10 お祭り騒ぎ
キャンプが終わり、東西美遊はだらけきった夏休みを過ごしていた、今もやる事がなく窓から外を眺めている
「そろそろ宿題やら無いとなぁ」
毎日そう呟いてはいる物のテーブルに広げられた宿題は1ページ足りとも進んでいない
やらなければならない事をやらないで暇を持て余していると考える、これは学生なら誰もが陥る現象
今日も起きて、朝食を作り、部屋の片付けの真似事をして気づけばもう午後だ
その時携帯が鳴り響き、画面を見ると溜息が出た
「あんたか」
「なんで残念そうにする! お前の大好きな茜会長様からの直々の電話だろう!」
無言で通話を切ると、今度はインターホンが鳴り響く、しかも連続ピンポンだ、かなりの速度でインターホンが連打されている
「はいはーい」
(今度は誰よ)
ドアを開くとそこには茜がいた、何やら大きめな鞄を持っている
「来ちゃった」
「来ちゃったじゃねぇよ! 何で電話かけたのよぉ!」
「いやぁ、来るならアポ取った方がいいだろ?」
「取れてないわよ!? 一切アポ取れてないわよ!? それにアポ取るの遅すぎよ! 何玄関でまで来てアポ取ろうとしてんの!?」
「ははは! 今日もキレがいいな、お邪魔する」
「勝手に入るなぁぁぁ!」
「どうせ暇してるのだろう?」
この言葉に美遊は反論できず居間に通す
「で? 何しに来たのよ」
テーブルの上を片付け冷たいお茶を出して茜の向かいに座る
「ご丁寧に茶まで出しながらそんな嫌そうな顔するなよ」
「いいから、何しに来たのよ」
「つれないなお前は」
美遊はこの時素朴な疑問を持った、今日の茜には違和感がある、どうせろくな事にならないが質問してみる
「今日は一人なのね、なんか珍しいわ」
「私は私の仕事で来たんだ」
茜がごそごそと荷物を漁る
「仕事?....」
美遊は茜から目をそらした、それは直視するのが嫌だったから、この後茜が言い出す事は目に見えている、茜が手に持っていたのは浴衣、しかも薄ピンクの生地に桜の柄が入った可愛らしいデザイン、これを着ろと言うに決まっている
「似合うと思うぞ?」
「着る前提かよ!」
「いい出来だろ? お前の為に夏休み中の手芸部に作らせたのさ」
「まずは手芸部に謝りなさい!」
「最近私に厳しくないか?」
「原因は自分の胸に聞きなさいよ」
(やっぱり自覚無いのね)
「嫌味か貴様ぁ!」
「何の話よぉ!」
「とにかくこれを着ろ、今日は全員浴衣だ」
「嫌だと言ったら?」
「今この場で私の全力を持って脱がして着せる」
「あんたの目が本気で怖いんだけど」
茜は表情から本気の様だ、今日二度目の溜息が溢れる
「大体今日何するのよ」
「祭りに行こう!」
茜が携帯を取り出し画面を見せてくる、どうやら今日ここの地域で夏祭りがあるらしい、正直夏祭りなどあまり行ったこのない美遊は参加してみたい気持ちはあった
「よし決まりだ、夕方に学校の近くの公園で待ち合わせな」
「ちょっと待ちなさいよぉ!」
「なんだ? 着方解らないのか?」
「そうじゃなくて……」
「きっと楽しいぞ? 一人でも退屈だろう?」
「あんた……」
これには美遊は反論できなかった、茜は出ていき部屋に残された浴衣を見つめる
今まで浴衣など着たことがない上にこのデザインだ、さすがに抵抗がある
そもそも着方が茜の言うとおり解らない
「どうしよ……」
携帯を取り出し救援を求めた結果
「ほらー! 美遊ちゃん似合うよー!」
楓に着付けを教えてもらいながら手伝ってもらい、浴衣に着替えが完了した
当然楓も浴衣姿だった、白地に向日葵柄が目立つ、話ではこれも作ってもらったらしい、手芸部の皆さん本当にごめんなさい
「動きづらいし恥ずかしいわ」
「髪はどうするのー?」
「このままでいいわ、面倒だし」
「だめだよー! せっかく長くて綺麗なんだからさー!」
「私はこれでいいのよ……楓先輩?」
楓が勝手に美遊の髪をとかし始めた、美遊の表情が引きつる
「美遊ちゃんはもっと女の子らしくすること覚えたほうがいいよー?」
「あらあら、普段鉄球振り回してるあなたに言われたくないわね」
「もしかして笑ったー!? 今笑ったねー?」
「さぁ、どうかしらね」
「はい、できたよー!」
いつの間にか結われた髪は左肩から垂れていた
「いつの間にやったのよ」
「あまり凝ると嫌かなーって思って簡単にしたよー! 雰囲気変わるねー!」
「そう?」
姿鏡で自分の姿を確認すると、無性に恥ずかしくなった
今までこんなに派手な格好はしたことがないのもあるが、何よりこの姿を知り合いに晒すと思うと寒気がする
思わず鏡の前で動けなくなってしまうと楓が背中に抱き着いてきた
「ちょっと!?」
「大丈夫だよ美遊ちゃん、大丈夫」
「何がよ」
「皆一緒だから怖くないし楽しい筈だよー」
鏡に映った楓の表情は優しく、また安心感を与えるものがあった
「そう……かもしれないわね」
こんな顔されたら断れる筈がなかった、振り返り楓の手をとる
「美遊ちゃん?」
「やっぱりちょっと楽しみかも、恥ずかしいけどね」
向かい合い美遊がほほ笑むと楓も眩しいほどの笑顔を見せる
「じゃあそろそろ行こうかー! 時間だしねー!」
「切り替えはっや!?」
こうなったら逃げられない、楓は片手で美遊の手を引き、片方でモーニングスターを引きずる、あぁ床に傷が......
部屋を出ると丁度よくお隣さんと出くわした、お隣さんは愛想のいい年上の男だ、恐らく大学生なのだろう
たまにこうやってばったり会うとたわいもない世間話をするのがちょっとした楽しみだったのだ
唯一無害の一般人との会話の時間は美遊にとってかすかに得られる平穏なのだから、しかしお隣さんは春に生徒会によって仕掛けられたC4爆弾により吹き飛ばされ大怪我を負い、ついこないだまで入院していたのだ
「おや? 東西さん、こんにちは」
「あ、あぁ! こんにちは!」
焦って挨拶を返す美遊といぶかしげにお隣さんを見上げていた楓
「誰ー?」
「生徒会が多大なる迷惑を掛けた方よ」
「今日は親戚の子とお祭りですか?」
流れる沈黙、お隣さんは地雷を踏みぬいてしまった、しかし美遊は楓の暴走を知らないのだ、もう止められない
ガチャリと音を立て鈍い接触音と共に姿を主張する棘鉄球、美遊もまずい方向に話が向いている事に気がついた
「親戚の子?」
「ほら! 皆待っているから早く行きましょ! 楓先輩!」
これを聞いたお隣さんは一度驚き非礼を詫びる
「すいません! 東西さんの先輩でしたか、あまりに可愛らしかった物で」
「まぁ......今回は許してあげるよー」
深々と頭を下げるお隣さんに楓は怒りも失せたようだ
「それじゃあ、行きましょ!」
美遊に手を引かれ楓がついていく、お隣さんの横をすれ違うとき楓が呟いた
「次は無いからねー」
「ひっ......!」
お隣さんは恐怖が背筋に走りその場に残された、そして待ち合わせ場所の公園では生徒会全員が既に集合していた
「お待たせー! みんなー!」
楓が手を振りながら駆けて行き、美遊はその後ろをゆっくりついていく
「来たな、おぉやはり似合うじゃないか」
茜が腕を組みながら頷いている、茜も黒地に花火柄の浴衣を身に纏っていた
マイケルはいつもと変わらないが岡部は紺の浴衣を着ている
「あまり見ないで欲しいわ」
「全員集合でござるな、いやはやこうやって見ると雰囲気変わるでござるな」
「では参りましょうか、祭はもう始まっています」
「そうだな、では生徒会処刑執行部出陣!」
「「「「おー!」」」」
「お......おー」
美遊だけ小声だったが生徒会は祭りの会場へ向かった
現地ではまだ夕方なのに出店が立ち並び賑わっている、多くの人が密集していて油断するとはぐれてしまいそうだ、美遊とマイケルが並びその光景を眺めている
「うわ、混んでるわね」
「はっはっは! 祭らしいでござるな!」
「あんたらあまり変な行動しな......いないし!?」
茜達三名の姿が既に消えていたのだ
「やや! いつの間に消えたでござる!?」
「この人混みで探すのは大変よ?」
「とにかく探すでござる!」
「そうね、こんな人混みにあの自由人達を野放しにするのは危険だわ」
「では、この場所に定期的に戻る形で手分けして探すでござるよ!」
「マイケル......」
「なんでござるか?」
「意外と常識人よね」
「失礼でござるよぉ!」
こうして2人は自由人3名の捜索を始めた、その頃
「生きていたのか」
「あらあら、久しぶりに会ったら酷い言いようね」
茜に対峙しているのは赤髪の女、風紀委員長の篠田紅葉だ、部下を2人引き連れているが制服である
「会長、ここは私が」
岡部が一歩前に出るが茜がそれを止めた
「貴様等何のために祭りにいる、しかも制服とは日本人の片隅にも置けない連中だな」
「見回りよ、町の人と協力してあなた達みたいな不審者を探すボランティアよ」
「つまらん連中だな」
「会長ー! 焼きそば食べよー!」
楓が風紀委員に興味を持たず茜の手を引き、その場を去ろうとした、岡部の姿は既に無い
「そうだな、祭りで焼きそば食わないと祭りに失礼だよな」
「待ちなさいよ! あなた達はこの祭りから出て行ってもらうわ!」
「ほう? 泣き虫紅葉ちゃんは今日はやけに強気だな」
「泣いてないわ!」
これを聞いた部下たちは動揺しているようだ、ヒソヒソと密会している
「委員長が泣いた?」
「嘘でしょ?」
「でもさ」
「「ありだよね」」
「こらー! 生徒会の言うことを真に受けないで!」
「貴様等やはり阿保の集まりか」
茜の表情が引きつる
「うるさい! 今日という今日こそは逃さないわよ!」
「貴様は阿保だな、せっかくの祭りを楽しまないなんて、滑稽だな」
「夏だけのイベントなのにねー!」
「会長、焼きそばです」
いつの間にか岡部が焼きそばを買いに行っていたのだ、この忠誠心と機転の速さは恐ろしい
「ご苦労」
「楓さんの分もありますから」
「わーい!」
茜は割り箸を噛みながら片手で割り、焼きそばを食べ始める、そっぽを向いて焼きそばを食べてる一同に紅葉は不安が募る
「ねぇ? 聞いてる?」
「うまいな」
「出店の焼きそば高いけど美味しく感じるようねー!」
「聞きなさいよ!」
「あー? 私の食事を邪魔するつもりか?」
「焼きそばすすりながらでは威圧ないわよ?」
「遊んで欲しいなら初めから言えよ」
「今日はやけに強気ね」
茜と紅葉が睨み合う、自然とギャラリーが集まってきた、不本意ながら注目を集めている
「貴様はここで沈めたほうが良さそうだな、泣き虫委員長」
「やれるもんならやってみなさいよ、甘やかされ続けて我儘放題の迷惑会長さん」
「「殺す!!」」
周りのヤジも白熱してきた、人で囲まれたリングの中央に立つ6人
「 張った張った! どっちが勝つか!」
「俺は制服の3人!」
「私は浴衣の3人!」
知らない間に大人たちが6人を見世物にして賭け事が開かれている、酔っ払いが多いため流れで賭け事が成立している
「絶対あそこだわ......」
美遊は異様な賑わいを見せる一角を遠目に眺めている、正直面倒だし近づきたくないが、行かなければ規模が拡大して収集がつかなくなる
深い深いため息と共に歩みを進め一角に近づくと、不意に肩がぶつかる
「あ、ごめんよ」
ぶつかってきた男は身長が美遊より高く、首にヘッドホンを巻いた髪型がパーマの優しい顔のおしゃれさんだが格好が気になる、和服で腰から刀の鞘を二本下げているのだ
「こちらこそ見てなかったわ、ごめんなさい」
(何この人変な格好ね、うちにも同じような格好の奴いるけど)
「楽しい祭りだね」
「え? は、はぁ」
男の顔付きが変わり聞かれた、一般的に言う悪い顔だ
「ところでお嬢さん、ここら辺で変な男見なかったかい?」
「変な男?」
(心当たりありすぎて誰だか解らないわね)
「やっぱいいや、変な男で思いつく人がいないなら、じゃあね」
「え、えぇ、悪いわね」
(なんだったのかしら、あの表情......好きになれないわね、そんな事よりまずはあのバ会長探さないと)
美遊は祭りで騒がしい一角を目指す
「いてまでも睨み合っても仕方ないだろう、来るなら来いよ」
「私はね、野蛮な事が嫌いなのよ、貴方みたいな暴力で全てを解決しようとする人は特にね」
周りのヤジがヒートアップする、同時に風紀委員へのブーイングも飛び交う
「今月の生活かかってんだぞ! 自覚しろや!」
「こりゃあ和服チームの勝ちか?」
「やっちゃえー!」
ヤジを飛ばす大人達の中に紛れて知っている顔を見つけた
「お前は!?」
「やっほー! 久しぶり!」
元気に茜達に手を振る女性、あまりの怪力で周りに被害を出し続けている安堂千夏である
「......」
楓が無言で茜の後ろに隠れた、相当トラウマを植え付けられているのだろう
「くっくっく! これは私の豪運に平伏す時が来たな紅葉! 千夏には貴様も手を出せまい!」
「あらかわいい」
紅葉が目を輝かせている
「貴様は見境無いよな、千夏を我々の協力者として要請する! 楓は我慢してくれ! 岡部も意義は......岡部?」
岡部が千夏を見つめて硬直している、大量の汗を流しているが、これは冷や汗だろう
「なるほどねぇ、犬は......そう、確かに可愛らしいものね、でもあの子は我々風紀委員が頂くわ! 主に私がね!」
「いや、恐らく貴様の考えは間違っているぞ? それに主に貴様は何を頂くつもりだ?」
茜の言葉を気にせず、紅葉は千夏にアプローチをかける
「ねぇ貴方、私達に協力して欲しいの、さらに風紀委員に来てくれないかしら、歓迎するわ、そして生徒会を殲滅しましょう」
「えっと、急に言われても困るよ」
千夏は紅葉に迫られ両手の平をわたわたさせて困っている
「貴様! なんたる行動の速さ!? 女が絡むとこれだから貴様は! 千夏、知らない仲でもないのだ、その女には近づくな、そして我々生徒会と風紀委員をぶっ潰そう」
「は?」
「あぁ?」
睨み合う2人を見て、口元に人差し指を当て千夏は考え込んだ、そして思いついたように手を叩く
「そうだなぁ、じゃあ美遊っちのいる方がいいな!」
「解った! 美遊だな!」
「美遊ちゃんね!」
「うん! いってらっしゃい!」
こうして千夏争奪の為の美遊捜索作戦が始動した、第一勝負内容も決まりヤジも賭博も盛り上がっている、一同賭けを有利にするため、美遊を探し始める
「美遊さーん!」
「美遊ちゃーん!」
「どこじゃーい!」
「はぁ?」
美遊は踏み止まった、前方から見知らぬ大人達が美遊の名を叫びながら前進してくるのだ、恐怖以外の何物でもない
(こわ!? 何これ何これ! あいつら今度は何しやがった!)
今の美遊にできる事、それは無関係を装い茜に接近する事だ
美遊はちょうど近くにあったたこ焼きやの行列に並ぶと背後を大量の人が流れていった
一息ついて行列を見るとかなり人気店のようだ、やはり味が気になる、しかし茜を放置する訳にはいかない
美遊は悩んだ、天使と悪魔が頭で闘うとはこの事か
茜を止めるか、茜を無視するか
茜を止めなければ被害は広がり、無視すれば人気たこ焼きを買える
「ちょっと、前詰めてよ」
「ひゃい!?」
後ろの女客に言われ我に返って前を見ると、あったはずの行列が無くなっている
いや、正確にはあるのだが男女関係なく並んでいた列だった物が殆ど女性だけが残っているのだ
(これはラッキー! たこ焼き買ってからでも間に合うわ!)
「よぉ! よく来たな! 」
「えぇ!?」
美遊に声をかけて来たのは橘、左胸に狼の文字がプリントされた黒いTシャツに白タオルを頭に巻いている
「今日は随分とかわいい格好じゃないか! 最初誰だか解らなかったぞ?」
「なな、なんで橘さんがここに!?」
(恥ずかしいからあまり見ないでくださいぃ!)
「いいぞ列離れて、ほれ」
「ありがとうございます! えっと」
橘がたこ焼きを持って来てくれたのだ
「あぁこれ? 私達の店だぜ、たこ焼きー狼ー かっこいいだろ?」
「随分と繁盛してますね」
(成る程、行列の野郎共は橘さん目当てか、まぁ解らなくは無いわね)
「おぉ! うちは味と元気と男前が売りだからな!」
「それで女性客が今溢れているわけですか」
「それより食ったら行こうぜ?」
「はい?」
「あの騒ぎで美遊が居るなら、元凶はガキンチョ共だろ?」
「えぇ、恐らくは」
美遊は強い味方を手に入れた、橘の心強さは偉大だこれで怖いものは無い
こっそり橘の手を握ると、優しく握り返してくれた




