処刑9 キャンプ!! 後編
これは夢なのだろうか、懐かしい風景だ、二人の少女が元気に外を走り回っている、橘はただ呆然とその映像を眺めている、過去の記憶を客観的に見ているようだ
二人の少女は笑顔で花を摘んでいる、この頃は良かった、幸せで、何も気にしないで良かったのだから
「おねーちゃん! 大好き!」
1人の少女が笑顔でもう1人に抱きつく、その映像を見て目頭が熱くなる、今更こんな物見せつけやがって、夢であろうが私にも触れて欲しく無い部分はある
映像の場面が切り替わっていく、思い出の場所、最後の思い出のファミレスで笑いながら食事をする二人は成長していたが、1人はよく咳をしていた、本人は大丈夫と言うが私は不安だったのだ
嫌だ、嫌だ嫌だ、このまま時間が進むと....止めろ、止めてくれ、この残酷な夢を止めてくれよ神様!
時は無情に進む、映像が病室に切り替わってしまった、咳をしていた女性がベットに寝ている、もう力が殆ど無いようだ、見るからに痩せてしまっている
「おねーちゃん....大好き、ありが....と」
残った力で最後の感謝姉に伝えた女性は笑顔だった、それは最後まで
「舞ぃぃぃぃぃ!! いっでぇ!?」
橘が勢いよく起き上がると、ハンモックからバランスを崩し地面に落ちた、周りを見渡すとテントが建てられ、川で少女達が笑いながら遊んでいる、そして頭が痛い
「えーと、キャンプ来てたんだよなぁ」
川で遊ぶ美遊達は非常に楽しそうにはしゃいでいる、それを煙草を吸いながら呆然と眺める
(おうおう、あんな顔で笑うようになっちゃって....本当に笑うと似てるんだよな)
「あ、橘さーん! 起きたんですねー!」
美遊がこちらに気がつき手を振ってきた
「おーう! 楽しそうだなぁ!」
手を振りかえすとこちらに駆け寄ってきた
「具合大丈夫ですか?」
「あぁ、ちょっと頭痛いけどな」
「あれだけ飲めばそうですよ」
「私そんなに飲んでた?」
「結構でしたよ....橘さん?」
橘が惚けた様に川の方を眺めている
「おい、あれ」
橘が指差し先では川の流れの弱そうなところで組体操のタワーを立て始めている、マイケルと岡部が向かい会って肩を掴み土台になり、その上で茜がその上で楓を肩車している
「お前らなにやっとんじゃあ!!」
「はっはー! 見たか美遊! これが生徒会の力だ! 我々は川の流れにも屈しないのだぁ!」
「危ないから今すぐやめなさいよ! 橘さんも何か言ってやってくださいよ....」
「くくっ、ははは! 川で組体操とか訳解らねぇ!! はっはっは! こりゃあ傑作だぜ!」
「橘さん!? 唯一の良心の貴方がおかしくなったらこのメンツ手に負えませんよ!?」
「それもそうだな、おーい! ガキンチョ共ー! 今すぐその遊びやめろぉ! 危ねぇぞー!」
橘が声を上げてタワーを止めさせようとするが茜は首を横に振り声を張る
「否!!」
「なんだと?」
「この塔は我々の力と友情の証! さぁ美遊も加われ!」
「何処によ!?」
やれやれと橘は立ち上がり生徒会タワーに近づくためにジーンズの裾を捲り上げ裸足になり川に入る、茜が見下してくる
「ほぅ? 貴様も加わるか?」
「遠慮するぜ、生憎そんな若くないんでね」
「じゃあ我々を止めると? 後30分はこの塔を崩さないぞ?」
「やれやれ、若いねぇ」
「楓達は無敵なんだよー!」
「なんだ、若さが羨ましい歳か?」
茜に悪気は無いが流石に橘もこの発言にはカチンと来たが堪えている、笑顔が引きつっているが堪えている、流石大人だ
「言っとくがな、私はまだ26なんだよ」
「20代でその乳かぁ!」
「なんの話だぁ! よしいいだろう、このタワー崩してやるよ」
「生徒会を舐めているのか?」
「こういうのは土台が弱いんだよ」
橘は岡部に近づき人差し指を立てる
「まさか、貴様! やめろぉ!」
「くっくっく....さぁ眼鏡、耐えてみせろ」
人差し指で岡部の脇腹をなぞる
「くぅっ....何を、するん....ですか」
岡部は必死に耐えている、ここでタワーを崩す訳にはいかない、しかし橘の手つきは的確、早くも無く遅くもない的確なくすぐりが岡部を襲う
「耐えるでござる! 岡部殿! 土台の儂等が支えないとダメでござるぅ!」
肩を掴むマイケルの手に力が入る、頼りになる後輩だ
「私は、片翼の堕天使!! 私は! 会長の情報網で土台! この程度でぇ!」
「おぉ! 岡部殿! 流石我々の副会長でござるぅぅぅ!!」
「よく言った片翼の堕天使! お前のような部下を持って私は幸せ者だ、どうだ! 生徒会を見くびらないことだなぁ!」
茜は満足気に勝ち誇る、美遊だけついていけない
「何よこれ....」
熱い戦いはまだ続き、今度はマイケルの背後に回る
「っち....やるじゃねぇか眼鏡、侍はどうだ?」
「何をする....!?」
「うれっ」
マイケルの膝裏に軽く蹴りを入れるとタワーが一気に傾く、しかし茜はしっかりとバランスを取り崩れない
「まずい! あれは!? あの女狂っていやがる!」
「会長ー! まずいよー!」
上で楓と茜が声を合わせる
「「タワーの弱点、膝カックン!!」」
しかしタワーのバランスが徐々に戻っていく
「ぐぬぅああああ!」
マイケルの脚が伸びていくのだ、何が彼をここまで奮い立たせるのか、それは己の魂と誇り、マイケルは強靭なる脚力で曲がった膝を伸ばしていく
「マイケル! それ以上は無理です!」
「岡部殿、自分だけカッコつけるのはずるいでござるよ、儂も、儂も生徒会の一員でござるからなぁぁぁぁ!」
「「「マイケル....」」」
「馬鹿な!? あの状態から建て直しやがった!!」
「いやだから何なのよこれ」
タワーは元に戻り勝負は振り出しに戻るが、橘も楽しくなってきたようだ
「ふっはは! はははははは! やるなぁ! ガキンチョ共!」
「貴様の負けだ! 我々に隙など無い!!」
「やれやれだぜ、大人を見くびるな」
「なんだと?」
「あまり悪い子してると....夕飯抜きにするぞ」
「「「「なにぃぃぃぃ!?」」」」
「わーい、水切り楽しいなぁ」
美遊は一人で水切りで現実逃避を始める、挫けるな美遊! たとえ放置されたとしても!
「さぁ、どうする? 今日の夕飯は美味しい美味しいバーベキューだったよなぁ」
橘はニタニタ笑い茜を見上げる! 悪魔の笑み! 悪魔の囁きが生徒会の精神を蝕んでいく、茜もこれには怯む
「くっぬぅ! 肉を人質にとりやがったなぁ!」
「ずるいよー! 大人はずるいよー!」
「肉が遠のくでござる!」
「会長ご指示を! 私は貴方に従います!」
小さなタワーで大きなパニックが起きているが橘の追撃は止まらない
「いいぜ? お前らが食わないなら、私達二人で和牛食べるから」
「「「「和牛!?」」」」
「おねーさん今日のために奮発したんだよなぁ」
いじらしく後ろに手を組み腰を曲げ上目遣いで茜を見上げる、悪魔の戦略は和牛という切り札を持って生徒会を苦しめていく
「おにく....和牛」
「やられた! 土台に伝令! 最上部の楓が肉の魔力に落ちかけている、私が精神安定させる! お前らは土台に徹底しろ!」
「御意!」
「承知でござる!」
「もっとスナップが必要なのかしら....」
美遊だけは水切りの記録を伸ばすために研究を重ねていた
「楓! 聞こえるか! 私だ茜だ! 私の声が聞こえたら返事をしろぉ!」
当然肩車しているだけなので声は聞こえる、楓の目の焦点が定まっていない
「かいちょー、これ無益な戦いだよー」
「さぁどうする? てっぺんの嬢ちゃんはお利口さんなようだぜ?」
(こいつら面白いな)
「よく聞け楓! 和牛は脂の多い非常に美味い肉だ! しかも高価!」
「やっぱり会長もそう思うよねー」
「思い出せ楓! 脂身食べ過ぎると....」
「食べ過ぎると?」
「具合悪くなっちゃうぞ!!」
「そっかー!」
楓が自分の意思を取り戻す
「ぶぷぅっ!!」
(黒い嬢ちゃん意外にかわいい発言するよな)
橘は思わず吹き出した、これは仕方ないだろう生徒会は予想斜め上を行くが、橘は更に追撃を始めるがこれがトドメになった
「はっはっは! 我々の勝利だ、だが肉は食うからな!」
「我儘だな、パリッパリのウインナーもあるけど」
「ちくしょぉぉぉぉお!!」
勝負がついた、生徒会の負けである、やはり大人は強かった
「よしよし手伝うから降りてきな」
(素直にしてりゃいいのに、ウインナー好きなんだな......)
「よーし、塔を崩すぞ」
茜の指示でゆっくりと土台の姿勢が下がる、無事上での女子二人が川に降りた
「冷たっ!?」
「冷たーい!」
「そりゃ川だからな」
「とりゃっ」
「ぬおっ!?」
茜が川の水を蹴り上げ橘に水を浴びせる
「やりやがったなぁ!」
今度は橘が水を浴びせる、2人ともずぶ濡れだ
「ふ、ふはは! 第2ラウンドといこうか!」
「いい度胸してるぜ!」
「ひやぁ!?」
今度の被害者は楓、橘の蹴り上げた水を被るのだった
「よーし! 全員来いよ! が、その前に」
橘が離れた場所に視線を送る、そこでは美遊が水切りで遊んでいる姿があった、橘と茜が目を合わせ頷く
「やった! ついに向こう岸についたわ....てぇぇぇぇ!? 何!? 何よ!?」
橘と茜が美遊を頭上に持ち上げる
「「えっさ! えっさ!」」
「ちょっとちょっとぉ!! 何処に連れてくって!? はぁぁぁぁぁ!?」
「「えいさー!!」」
次の瞬間美遊は一瞬宙に浮いた、二人に川に投げ込まれたのだ、水しぶきを上げ川に落ちる、美遊の投げ込まれたのは腰丈まで水のある深いエリアの様だ
「ぷはぁっ! 何するのよぉ!」
美遊が立ち上がると濡れてTシャツが身体に張り付いていた、体つきが露わになっている
「「......」」
それを見て茜と楓が黙り込む
「何か言いなさいよぉ!」
「お前年下だろぉ!!」
「生まれ持った物が違いすぎるよー!」
「見るなぁ!!」
美遊は両腕で胸部を包むように隠す、その後女性陣は美遊のいる深いエリアに入る
「は、ははは」
(やっぱり嬢ちゃん達、気にしてたんだな)
橘が岸を見ると、男子達が川から上がろうとしていた
「ガッハッハ! 女性陣は元気でござるなぁ」
「楽しそうで何よりですよ」
「「はっはっはっはっはぁぁぁ!?」」
「お前らも参加だぜぇ!!」
橘に襟を掴まれ背面から川に叩き込まれた、これで全員川の中だ
「よーし! 戦争開始だぁ!」
茜の号令で川でのじゃれ合いが始ろうとしていた、既に全員ずぶ濡れである
「戦争って何するのよ?」
「生徒会とあろう者は何があっても勝者でなければならない! 例えそれが水中でも! 武器が無くても!」
「はぁ?」
「要するに....組手って事だな」
「今ので通じたんですか!?」
(まずいわ、橘さんまであっちサイドになりかけている)
「チーム分けだ、私と楓の汚れなき純粋チーム、マイケルと岡部の男子組とお前ら二人の乳組だな」
「さりげなく何言ってんのよ!?」
「なんか知らんが恨まれてるぜ....」
気にせず茜は続ける
「ルールだが手段は問わない、水面に背中が触れたら負けだ」
「会長殿、意見があるでござる」
「許可しよう」
「楓殿は会長殿がいるから良いとして、美遊殿にはプロレス技があるでござるし、橘殿の強さは儂等も知ってるでござる、儂等は武器無いと一般人でござる! 不利でござるよ!」
「私の部下に一般人などいない!」
「うぐぅっ!」
この一言で両断である
「嬢ちゃんルールの追加だ」
「なんだ?」
「絶対怪我する様な危ない事はしない、だ」
「貴様は過保護だな、よかろう! では始めるぞ!」
まず最初に仕掛けたのは茜、橘目掛け水を掻き分け殴り掛かるが片手でそれを止められた
「おいおい、怪我する様な事はするな、主催者はルールを守れよ」
「貴様はこの程度じゃ怪我しないだろう?」
拳を戻し茜が距離を取ると橘は水面を叩きつけ巨大な水柱を立てる、これにより茜の視界が狭まってしまった、ここまではいい作戦だが
「上等だ! 美遊!!」
「しゃらぁぁぁ!」
橘が作ってくれた隙を利用し、美遊がその隙に体当たりを試みるが水に足を取られ速度がでない
「遅いな」
「このっ!」
一方男子組は行動できずにいた
「くっ....会長が敵だと何もできませんね」
「岡部殿、これはただの遊びでござるよ、本気でやって構わないでござる!」
「楓を忘れないでねー!」
「「!?」」
振り向くと楓が笑顔で立っている
「楓殿....」
「楓さん....」
「なにかなー? 楓だってやれる事を教えてあげるよー!」
「「アウト」」
「え?」
楓の低身長ではこの川は深すぎた、しっかりと脇腹まで使っていたため、背面が水に浸かっている
「ど、どんまいでござる」
「さて、落とすのは美遊さんたちにしますか」
「うわぁぁぁぁぁん!」
「「おごぉぉぉぉぉ!?」」
楓は水面から飛び出し二人の首に腕を掛け勢いのままなぎ倒す
楓、岡部、マイケル脱落
これにより2対1の試合となる、茜は川の中を広範囲で移動しつつ応戦している
「楓が脱落だと!?」
「いやあれは参加すらできてないわね」
「しかし、男共を退場させてくれたのは大きいな」
「さぁ嬢ちゃん一人になったが、まだちょこちょこ動き回るか?」
(野郎共は絶対私達の敵になってたから、小さい嬢ちゃんには感謝だな)
「構わん! 来るがいい!」
茜はいたって強気だ
「いくぜ! 美遊挟むぞ!」
「了解です!」
二人の挟み撃ち作戦が始動したが茜の行動が意表をついた、正面から橘に接近して抱きついた、美遊は慌てて橘達のポイントに向かい始める
「お? 何するつもりだ? 私と力比べでもしようってか?」
「まずは美遊から脱落させる」
「は? おいおい嘘だろ!? 美遊来るなぁ!」
「遅いな」
「ひゅわ!?」
美遊が言葉を発する前に派手に転び水中に姿を消した
「嬢ちゃん、まさか」
(この嬢ちゃん、動き回っていたのはそういう事か? だとしたら化け物だぞ?)
「さて散歩でもしようか」
茜はそう言うと橘の手を引き歩き出す
「川を散歩とかロマンチックじゃねぇか....!?」
少し歩いて橘が異変に気付く、足場がやたらヌルヌルするのだ、少しでもバランスを崩したら確実に転んでしまう
「どうした? 楽しいお散歩だろう?」
「嬢ちゃん化け物か?」
(間違いねぇ、この組手中に動き回って川の底の地形を足の感覚だけで覚えやがった! 美遊と離れる時を待ってた訳か)
「貴様だけには言われたくないな」
「でも中身が解っちまえば意味ねぇな!」
橘は手を振り払おうとするが、茜は離さない
「どうした? お散歩嫌いか?」
そう言い放ち手を離す、不意に力の抵抗が無くなりバランスを崩してしまう、流れのある水中でしかも足場が最悪の状況
「とどめだ!」
茜が橘の肩をそっと押した、橘は耐えられず背面から倒れた、驚きの表情を隠せなかったがすぐに笑いがこみ上げてきた
「くくっ! くははは! 本当に強いな嬢ちゃんは」
「今度こそ私の勝ちだな」
茜が手を差し伸べ、それを受け立ち上がる
「さて、上がろうぜ」
「そうだな」
川から全員怪我一つ無く無事帰還、橘が車からバスタオルを取り出し全員に配る
「よーし、全員風邪引く前に着替えろ、男子は車の裏に回れ」
「恐れ入る手際と準備の良さだな」
「ありがとよ、さっさと着替えろよ」
橘は服を脱ぎ始めるが、茜の視線が気になる
「何食ったらそうなるんだ?」
「あまり見るな」
そうして何事も無く着替えが終了、橘含め全員ジャージだ
「さて、次は何をしようか」
茜はまだ遊び足りないようだ、橘は椅子に腰掛け溜息をついた
「少しは落ち着けよ嬢ちゃん」
「我々は若いからな、こういう時は遊べるだけ遊ばねばならぬ」
「おうおう、今日はやけにつっかかってくるじゃねぇか」
「やはり気にしているのか?」
「言ったな? 言っちまったな?」
「ちょっと止めなさいよ!」
美遊の心配をよそに2人はじゃれ合いを始める、喧嘩ではなく橘が茜を抱きしめてホールドしているだで2人とも楽しそうにしている
「随分と仲良くなられましたね」
「なんだ眼鏡、妬いてんのか?」
橘の腕の中で茜がわたわたと抵抗している
「いえ、私は別に......問題は美遊さんです」
「私!?」
「なんだ? 美遊ジェラシーか?」
「まさか......橘さんまでからかわないでくださいよ」
「ふっ」
茜が橘の腕の中で美遊目掛け余裕の表情
「やっぱりむかつくわぁ!」
喧嘩が始まりそうになったのを止めたのは楓だった
「会長ー、楓お腹空いちゃったよー」
「それもそうだな、飯にしよう」
生徒会一同はバーベキューセットを広げ、橘が食材を車から出す、賑やかな夕餉が始まった
「うひゅ〜、美味しいよ〜!」
楓が焼けた肉を頬張りながら、至福の笑みを浮かべている
「流石和牛だ」
茜も肉を食べながら納得のした様に頷いている
「おら、ガキンチョ共! 野菜も食えよ、肉ばかり食いすぎだ」
橘が焼き担当しながら割り箸で茜を指す、ビールを飲みながら肉を焼く姿はどこか格好良さもあるが怖いのは中々のペースで酒が進んでいる
「橘さんはあまり飲まないでくださいね? また酔われても大変ですから」
「解ってるぜ、美遊今日は一緒に寝ようぜ?」
「あ、もう手遅れだわ」
「会長、はんぺん焼けてますよ」
「すまない、熱っ」
「あんたは何焼いてるのよ!」
茜が焦げ目のついたはんぺんを頬張る
「この調理法も美味いな」
「何!? 持ってきたの!? キャンプにはんぺんを!? それと副会長は甘やかし過ぎよ!」
そんなやりとりをしている中、ふとマイケルが空を見上げると辺りは日が傾き薄暗くなっていた
「いやはや、楽しい時間は過ぎるのが早いでござるなぁ」
「もうすぐ19時だな、暗くなる前に後片付けするぜ」
「楓はもう食べれないよー」
全員満足するまで楽しみ後片付けが始まった、メインで動いているのは橘と美遊だが
「あんたらも手伝いなさいよ!」
「ははは!! 我々は儀式の準備で忙しいのさ!」
茜の指示でどこから拾ったのか木材が集められる
「嫌な予感しかしないわ」
「おいおい馬鹿ガキ共!」
真っ先に動いたのは橘、儀式を中断するべく走り茜を拘束する
「何をする、キャンプと言ったらこれだろう」
「馬鹿野郎! ここを燃やすつもりか!」
「何故だ? キャンプファイアーは鉄板だろう」
茜は理解していないようだ、これには橘も呆れる
「なぁ美遊、毎日こんな感じなのか?」
「今日は2割り増しですよ、ですから橘さんもそれ以上飲まないでくださいね」
「お、おう」
「では暗くなってしまったが何をするのだ?」
「子供はテントで恋の話でもしてなさい!」
「はーい」
一同は返事をして男女別れてテントに入った
「やれやれだぜ........ん?」
橘が後片付けを再開すると、テントから美遊が手伝いに出てきた
「すいませんね、迷惑ばかりかけて」
「いやいいんだよ、楽しい連中じゃないか」
「橘さん......」
「高校生なんだ、多少の常識外れも楽しめよ、まぁ連中は若干規格外だがな」
橘は煙草に火をつけて美遊の頭を力強く撫でる
「そう、ですね」
「よーしチャチャっと終わらせてテントに行こうぜ、あの二人の恥ずかしい話沢山聞き出してやろう」
「はい!」
片付けが終わり女子テントに入ろうとすると茜の声が聞こえる、二人はテントに灯りは灯っていない入らないで話を聞く事にした
「そうするとそこはかつての病院跡地でな、未だによく見えてはいけない物が......」
「何の話してんのよ!」
美遊が思わずテントを開ける
「あ、美遊ちゃん! おかえりー!」
「おかえりじゃないわよ! 何で怖い話!? おかげで橘さんがこんな事になってしまったじゃないのよ!」
美遊の足元で橘が耳を塞ぎ小さくなっている
「いや、最初は恋の話をしていたんだぞ? ただ2分持たなかっただけで」
美遊達が片付け作業に追われている頃、女子テント内
「会長は、好きな人居ないのー?」
「唐突だな、居ないけどな、楓は?」
「よく解んないよー」
「そうだよな、怖い話でもするか」
「そっだねー!」
という経緯があり、テントの灯りは消していたのだ
「話ぶっ飛び過ぎよ! って橘さんまた飲んでるしぃ!」
「怖いことは飲んで忘れるんだぜぇ、 お前の分もあるからぁ」
涙目で缶ビールを小刻みに震える手で美遊に手渡す
「それでな? その病院跡地何だが」
「聞きたく無い、聞きたく無いぃ! 美遊も一緒に飲もうぜ、頼むぜぇ」
「だから私は未成年ですって! もう全員寝ろぉぉぉ!」
一方男子テントは静かだった、岡部が銃の解体を行いメンテナンスしてるのをマイケルが興味津々で眺めている
「鉄砲の仕組みは複雑でござるなぁ」
「ですからデリケートなんですよ、定期的にこうやってメンテナンスしないといざという時に不具合が出たら皆さんを守れませんからね、マイケルの刀もそうでしょう?」
「そうでござるな....」
マイケルが静かに刀に視線を送る、刀は鞘に納まり静かに鎮座していた
「マイケル?」
「やや! 何でもござらんよ、女性陣は賑やかでござるなぁ」
「それ程今日1日が楽しかったのでしょう、橘さんには感謝しないと」
「そうでござるなぁ」
こうして夜が更けていき、全員寝袋で就寝したが美遊の目が覚めてしまった、隣では茜と楓が寝息を立てている
(散々騒いだからぐっすりね、あれ?)
隣を見ると橘の姿がない、2人を起こさないようにそっとテントから出ると橘が川を眺めながら一服していた
「橘さん」
「おう、寝れないのか?」
「隣いいですか?」
「あぁ、寝起きで体冷やすなよ?」
「大丈夫ですよ、今日はありがとうございました」
「楽しかったか?」
「ええ、久しぶりにはしゃいじゃいました」
「そっか....」
「えと」
静かな時間が流れる、川にせせらぎが聞こえ風で木々がなびく
「なぁ美遊、私が言ってはいけない事何だろうけどさ、もっと笑ってもっと楽しんで生きてくれ」
「はい?」
あいつの分も、そう橘は最後に呟いた、それは小さな小さな声で美遊には聞き取る事は出来なかった
「くくく...! 美遊はかわいいなぁ、もし男が出来ても私より強い奴じゃないと認めないからな?」
「また飲んでるんですか? オヤジ臭いですよ?」
「おっと、ばれたか」
それを聞いた美遊はクスリと笑う
「でも、ま、橘さんみたいな、厳しくて強すぎるおねーちゃんいるから私は結婚できなそうですね」
「おねーちゃん......か、悪くない響きだな」
「橘さん?」
「よし、あんまり夜更かしして明日起きれなかったら何言われるか解ったもんじゃねぇ」
「そうですね、寝ましょうか」
「くっついてもいいか?」
「どんだけ飲んだんですか.......今日だけですよ」
そして迎えた朝
「ラジオ体操ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
茜の叫びで橘と美遊は目を覚ました、テントの中でも解る、もう陽は昇り暗かった景色が緑一色になっていた
「うぉっ!?」
「どうしました? ってぇ!? たた、橘さん!?」
橘はジャージの上着を脱がされ、寝巻き用に下に着ていたタンクトップ姿になっていた
「なぁ美遊、私寝てる間何かされたのかな」
「さぁ......」
「まぁ、いいか減るもんじゃ無いし、やるとしても嬢ちゃん二人だろ」
「いいんですか!?」
「それより外が騒がしい」
二人がテントから出ると生徒会一同が軽快な音楽に合わせてラジオ体操中だ
「朝から何やってんのよ......」
「いいんじゃねぇか? 私等も行こうぜ」
「まず上着てくださいね」
「そうだな」
こうして2人もラジオ体操に参加し、その後テント等を片付けていると、昨日の車が入ってきた、中からは昨日の男が出てくる
「姉御! お疲れ様っす!」
「おーう、ありがとよ、そこの荷物積んでくれ」
「はいっす! なんか眠そうですね」
「ちと寝不足でな、安全運転するから安心しろ」
橘は煙草を咥えながら、ぼうっと美遊を見つめている、生徒会は離れた場所でテントを畳むのに悪戦苦闘している姿が見えた
「一段と似てきましたね」
「お前もそう思うか?」
「えぇ、俺は姉御について来て長いですから、昔の事もよく覚えていますよ」
「そうか、お前は正直にそういう事を言ってくれるよな」
「すいません」
「いいんだぜ、下手に気を使われるより楽でいい、さてもう少しで片付け終わりだからまた輸送頼むぜ」
「姉御......」
「よーし! ガキンチョ共ー! そろそろ帰るぞー! ペース上げろー!」
片付けを終え生徒会一同を車に乗せ帰路を走る、隣を見ると美遊が寝息を立てて寝ている
「おねーちゃん、か」
思わず表情が緩んでしまうが、美遊は舞では無い別人である、当たり前だが性格は違えど所々重なって見えてしまう、後部座席を見ると生徒会一同が乗車している、随分と大勢の妹と弟ができたものだ、我ながら笑えてしまう
舞はもう戻らない、帰ってこない、死んでしまったから、だけど今はこいつ等がいる、一緒に遊ぶと年甲斐もなく時を忘れてしまう、楽しいとはこういう事か、美遊がこんなに笑うようになったのも生徒会のおかげなのだ、いつかは私の元を離れるのは遠く無い未来だろう、だからもう少しだけ、お前が満足するまででいい、おねーちゃんでいさせてくれ、美遊
一同を乗せた車は段々と山を下り街に入っていく、彼女達の夏休みはまだ続く




