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王太子妃になれなかった婚約者

作者: Ash

「王家からお前とコーネリアス王太子との婚約破棄の連絡があった」


侯爵を務める父の、暗く陰鬱とした書斎に呼び出され、告げられた内容に私は「ああ、やっぱり」と思ってしまいました。


私は王太子妃になるには、それ以前に侯爵令嬢であるにはあまりにも地味すぎたのです。

周りを動かし、コントロールする術などとてもできない性格でした。


あわよくば私の代わりに婚約者に成り代わろうと王太子に群がる令嬢たちを諌めたり、追い払うことのできなかった私。

代わりに追い払ってくれていた、明るく人気者の妹。

王太子が妹に惹かれていくのもわかりました。

でも、私と王太子の婚約は家同士の契約だから、私は見ているしかありませんでした。


「代わりに、オーガスタとの婚約を申し込まれた。我が侯爵家としてはどちらの娘でも構わないが、虚仮にされた礼はせねばならん。それはわかっているだろう、デボラ?」


猫の子を気に入ったか入らなかったで取り替えるように、婚約の相手を姉から妹に取り替える。それだけでも失礼な話ですが、父が言っているのは侯爵家に対してそのようなことを行ったという、侯爵家の面子の問題です。


「はい」


私を守ってくれた妹を私は苛めなければいけない。

私の陰口を潰してくれた妹を罵らなければいけない。

私に向けられた嘲笑を止めさせた妹を嘲笑わなければいけない。

私は妹の恩に仇で返さなければいけない。


「これはオーガスタにも必要なことだ。姉の婚約者を盗るなど、言語道断だ。侯爵家の恥だ」


私に虐められることで罰を受けたのだと免罪符になるのだと知ったのは、ずっと後になってからでした。

それを初めから知っていたとしても、私は父の言葉に従って、妹を虐めたでしょう。

父はどこまでいっても侯爵でしかなく、私は侯爵令嬢でしかありません。


「お嬢様」


父の書斎の外で私を待っていた侍女のサリーが気遣わしげに声をかけてきました。

零れ落ちんばかりの豊かな胸に蜂のような見事な腰のくびれを持つサリーは、男装すれば麗人と言われる美貌の持ち主。

明るく元気な妹に、仕事のできる美貌の侍女。私には勿体無いものばかりです。


「婚約破棄されたわ。オーガスタと結婚したいそうよ」

「そんなっ。あれほど王家に嫁ぐために頑張ってきたというのに・・・」


サリーは俯いて声を曇らせます。


「私はどちらでも構わないわ。王家の人間になって、華やかな場所に出ないで済むのよ? どちらかというと、幸運だったわ。コーネリアス様のことは嫌いではなかったけど、あのままだったら妹と浮気する夫を持つことになったのだから」

「お嬢様・・・。お嬢様はお綺麗です。オーガスタ様とは比べ物にならないくらいお美しいのですから、別の縁談もありますよ」


サリーは熱を込めて私に言う。

根拠もないけど、サリーが言うことが本当のような気がしてきます。


でも、私はもう、縁談は懲りごり。


「王太子に捨てられた元婚約者に? そんな話はないと思うわ」




□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




私は妹を虐めたことで王太子に責められ、実家から絶縁され、王都を追放されました。

やはり父はどこまでいっても侯爵でしかなかったのです。

それでも父は父で、私に王都の外れ(外れなので、王都ではありません)にある小さな家と生活費に充分な額のお金をくれました。

今は侍女のサリーと一緒にそこで暮らしています。


「どうかしたの、サリー? お客様?」


サリーが玄関先で何やらもめているようです。


「大丈夫です、お嬢様。ただの押し売りです。すぐに追い払います」


私は心配でしたが、サリーが大丈夫だというので編み物をします。

この近所に住むご婦人方から、編み物を教えて頂いて以来、私はそればかりしています。

嗜みとしての刺繍も好きですが、編み物は格別です。


妹の結婚式には出られませんでしたが、甥か姪が生まれる時に使える贈り物はできそうです。

でも、今は――この子の物を。


大きさの変わらない自分のお腹を撫でると、自然に笑顔が浮かびます。


やはり愛する人との子供っていいですね。

子供は愛し合う者同士の間に、誕生を待ち望まれて生まれて来るのが一番です。

どこまでこの子に幸せを与えられるかわかりませんが、せめて生まれてくる前くらいは幸せでいさせたいです。




□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




「と、言うことでお引き取り下さい」


豊かな胸に細い腰、そして肉付きの良い臀部。そのどこをとっても女性にしか見えない侍女がコーネリアスの気に障る。

どこがどうして、と明確にわかるものはない。

襟ぐりからチラリと覗く胸の膨らみからしても、相手は女性のはずだ。

涼やかで、どこか少年のようにも見える顔立ちのせいだろうか。


「デボラに会わせてくれ」

「それはできません。お嬢様は今や貴方様の婚約者ではございませんので」


その通り。

デボラは元々王家に入るには繊細すぎた。

大胆不敵でも、冷静沈着でもない内気な彼女では無理だったのだ。


「ああ、お前の主の妹の夫だ」


それはデボラを守るために得た繋がり。


「それなら尚更にございます。お嬢様は既に侯爵家とは縁の切れたお方。天涯孤独の身でございます。素性の知れぬ方と会わせるわけにはいきません」

「私ほど身許が確かな者はいない」

「お嬢様はとても欲張りでそれでいて謙虚な方です。今更、貴方様のお目にかかりたいとは思わないでしょう」

「それはお前が決めることではない」

「嫌いではないとは仰っていましたが、妹と浮気するような男と結婚せずに済んだとお喜びでしたよ」

「!!」

「お帰り下さい」


女にしては長身の侍女は優雅に頭を下げる。

その身のこなしはただの女のものではない。

明らかに騎士と所作が似ている。

しかし、その中にどこかで見た覚えがある。

よくよく顔立ちを見てみると確かに片鱗が窺える。


「お前はローランド卿の――」

「庶出の娘にございます」


優秀な人物が独身のままでいることは少なくない。

特に貴賤結婚すらできぬ相手がいる場合は、結婚していなくても庶出の子供がいる。

両親に死に別れているくらいならまだいい。

親の顔や名前すらわからぬ、貴族以外の相手との結婚を許してくれる貴族社会ではない。


ある意味、自分とデボラもそうだった。

王家に嫁ぐにはふさわしくない性質を持つ女。


「お帰り下さい」


この侍女は自分の両親の例から、わかっているのだろう。


「わかった。帰る」

令嬢の知らないところで、妻にはできないから愛人にと企む王太子の話でした。

サリー、良い仕事した(パーフェクト)

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