55―3朱音の戦いと救世主
三つ子の三連作の最終話です。
最初の部分は第二話そっくりですが。
読み進めると違う部分がちらほら見えます。
楽しんで頂ければ幸いです。
ラード騎士団のいつもの討伐の出立一時間前、騎士団長リーフと副長の鍵軒燈佳とその妹の朱音が話し合っている。
「もう一度だけ言いますよ。前回のように王家から貸与される鎧を着ましょう」
だよねー。
「そうだよ。姉ちゃんが揃えたとは言っても、ミスリルとオリハルコンが中心の装備じゃあ。何かあったときに危ないよ」
「わかっています。でも…去年の私を思い出したら、どうしても無理なんです。わかって頂戴。燈佳、朱音」
無理だよ。
「まぁ、お嬢様も女の子ですものね。致し方ありませんか。女性用の鎧を着るために両の乳房を差し出す位ですものね」
まぁ。
「確かにね。痛い思いをしたのにね。着られない日があるのは辛いよね」
「仕方ないですね。でも、絶対に死んでは駄目ですよ。お嬢様は騎士団長。一番大事な決定をしなければならないんですから」
いいなぁ、お嬢様。
「私に万が一があれば、貴女が判断するのよ?わかってるわよね…燈佳」
何の事?
「勿論!!でも、それがわかってるからこそ、死なないでと言ってるのです。私は生きたお嬢様と騎士団を率いていきたいのですから。お嬢様と一緒にです!!」
うーん?
「ありがとう。死なない様に頑張るわ」?
「お姉ちゃんたちずるい。私には、わからない話をして…でも、そんなに生き残らなきゃならないなら、ドラゴンメイルを着た方が良いと思うけどね」
「そうなのですけれど、ごめんなさい」
そういわれてもな…
「これ位にしましょう。お嬢様も極力気を付けるでしょうし、私が、絶対に死なせないわ。絶対よ!!それに朱音、三席になれば今の話がわかるようになるわ」
姉ちゃん…
「お姉ちゃんも死なないでよ!?万が一の時、私が途方に暮れちゃうじゃない」
「そうね。でも、私が万が一死んだら、今度は朱音がお嬢様をお守りして、絶対に死なせないで頂戴。お願いよ」
…わかったよ。
「特異体も最近いないから、大丈夫だと思うわ」
「そういう時が一番危ないですよ。せめて、フォーメーションを再チェックです」
さすが姉ちゃん。
「そうしましょう。ありがとう」
「では、出発しましょう」
はーい。
三人は出掛けていく、いつもの牧場とは、まるで違う戦場に…
「鍵軒副長、アーゲート三席、現在の討伐数を報告して!!そろそろ帰還の準備が必要だろう」
「はいっ、現在A隊は二百五十体を狩り終わりました」
さすが姉ちゃん。
「B隊は現在、二百三十体を狩りました。散開はせずに、十名でグループを作り、索敵をしつつしらみ潰しの途中です」
こいつ嫌い。
「わかった。副長率いるA隊は、副長と半数でB隊のフォローを、残り半数は私及び、防衛のC隊と共に撤収の準備に入る。各自、気を抜かずに職務に励め」
姉ちゃんと別れちゃったな。
「「ははっ承知しました」」
撤収のための準備が終わった頃に、伝令が到着した。
「特異体が現れました。数は2です。種族はコボルトとオークの模様」
久しぶりだ、腕がなる。
「全軍で迎え撃つ、伝令メルー、案内しなさい。まずはコボルトから倒滅するわ。みんな行くわよ!!」
「「「「おぅ!!」」」」
メルーの案内でコボルトの特異体コボルトヘビーにA隊の皆が速度を上げて突進していく。
次々に繰り出される人馬一体の攻撃に、コボルトヘビーは朱に染まっていく。
リーフが駆け抜けた時、首がすっ飛び転がった。
歓声があがる。
「気を抜くな!!特異体はまだ居るぞ!!引き続き救援に移る。メルー!!案内を!!春臣!!ここに残って、怪我人の治療と後始末だ。早めに合流してくれよ」
「こちらです団長!!」「承知しました。10分で駆け付けます。少々お待ちを!!」
よろしくね春臣。
ここで戦っていた50名のうち40名は無事。
率いてきた101名は無傷だった。
春臣を残し、総勢140名で救援に向かう。
ジャイアントオークメイジは強敵だった。
驚異の体力と魔法による範囲攻撃、近付けば、腕力にものを言わせたバスタードソードの一撃を繰り出してくる。
副長率いる49名は、怪我を負いながらも、数を減らしていないが、三席率いる50名は、既に10名が不帰の人となっている。
「救援に来たぞ!!もう一体の特異体は討ち取った!!あとはこいつを残すのみだ!!三席指揮下の40名は副長の指揮下のに入れ!!アーゲート三席、君は槍を活かして遊撃にまわってくれ、槍が得意な隊員を選出するから、彼らと連携して頼む」
良い案ね。
「承知しましたっ」
他にも槍が得意な隊員を遊撃の任にあたらせて、副長とリーフが、指揮を発揮しだすと戦局は大きく、傾きだした。
「姉ちゃん!!危ないっ!!」
叫びは届かない。
首を刺し貫かれ、絶命する鍵軒燈佳副長の姿があった。
三席達、槍の遊撃隊をブラインドにして特異体が投げ付けたバスタードソードが副長の首を刺し貫いた。
「くそぅ!!よくもお姉ちゃんを!!許さないよ!!」
「怯むなー!!敵は近接の武器を失ったぞ!!近付けば我らの勝利だ、行けー!!」
お嬢様、顔が真っ青だ。
「「「おーっ!!」」」
殺到していく隊員達。
そんな中で、皆とは逆方向に走り去っていく影があった。
アーゲート三席だ。
顔面は蒼白、いつもの自慢気な笑みは消えている。
頬に切られた傷がある。
バスタードソードは副長の命だけでなく、三席の自信をも打ち砕いていた。
「団長!!この数では倒滅は無理だ!!救援を連れてきます!!」
それだけ叫ぶと脱兎の如く街へと走り去った。
「待て三席!!倒滅は可能だ!!戻れ!!」
アイツ、完全に命令違反だ。
状況は、優勢から五分五分まで戻されてしまった。
だが、リーフと朱音が獅子奮迅の活躍をすることで、次第にジャイアントオークメイジの動きが鈍る。
あと少しと言うところで、それは起きた。
「姉ちゃんの仇!!」
朱音の槍が深々と特異体の喉をえぐり、虫の息になった時、黒い影がリーフの右脇を通りすぎた。
「あとは討ち取るだけだ!!副長や皆の仇を討て!!進め!!突撃だ!!」
最後の突撃を指示する。
「あれ?右側に踏ん張りがきかない?しかも、何かくらくらする」
バランスを崩しそうになり、右足から血を噴き出すリーフが見える。
「うわぁああーっ!!」
絶叫が響き渡った。
そこに近寄る影が3つ。
治療を終えて合流した春臣と特異体に致命傷を与えた朱音とゴブリンの特異体だった。
黒いゴブリンの特異体は、リーフの目の前に風のように現れると、切り取ったリーフの右足を掲げて見せ、太股部分からスネまでを一口でかじりとった。
そのままムシャムシャと咀嚼し、凶悪な笑みを浮かべてから、爪先まで口の中に放り込んで消えた。
「私の足がぁああーっ!!」
リーフが叫ぶ。
普段なら絶対に叫ばないように訓練されていた泣き言だった。
「お嬢様。落ち着いて、指揮を手放すわけにはいかないよ!!」
「団長、止血は終わりましたよ。もう大丈夫!!」
「ありが…とう…でも、もう…意識が…燈佳…後は…頼むわ」
私を姉ちゃんと思った?
「お嬢様!!起きて!!お姉ちゃんは死んだわ!!死んだのよ!?」
朱音の絶叫が空を切り裂く。
「討ち取ったぞ!!」
ジャイアントオークメイジを倒したようだ。
「全軍!!撤退だ!!団長を守りながら、最速で退くよ」
朱音は四席、現在の最上位だ。
253名中、222名が途中までは帰還に成功。
しかし、途中で合流したアーゲート三席が事態を最悪な方向に持っていく。
「団長を守りながら撤退だと!?馬鹿を言うな!!」
あぁん!?
「団長が為す術無く斬られたゴブリンは、数を揃えても無意味!!防御を固めて対峙しなければ、被害が出るだけだ」
「黙れ四席。席次は俺が上だ。従え」
馬鹿が!!
「三席殿が逃げ出したオークの特異体より強いって言ってるんだ。私は撤退する。団長を守りながらな。特異体に襲われた時、対抗できる奴が着いてく必要があるからだ。私は攻撃に向かないからね」
「ゴブリンごときで馬鹿なことを!!大軍で押し潰せば問題にならん。そんなに団長が大事なら行くがいい!!ただし、手勢は10名だ」
クズめ!!
「承知した」
結局、三席は被害を悪戯に増やした。
参加人数503名中生存者242名…実に261名が帰らぬ人となったのである。
しかも、自己の奴隷化の解けた人材を大量に残して…
「本当に最悪でしたよ。たった一体に翻弄され続けたんですから、結局、悪戯に食われ続けて、特異体がゲップをしたと思ったら姿を消して、出てこなくなったんです」
やっぱりね。
「ありがとう春臣。それで、230名が追加で亡くなったのですね。あの時、アーゲートの三席着任に異議を唱えていれば、結果が変わったかもしれないですわね」
無理よ。
「あの人事は、物のわからない馬鹿のごり押しだったではありませんか」
「結果的には同じだったかもしれませんね。それで、アーゲート三席は?」
「斬首を執行されました。表向きは戦死ですが…」
戦死扱い…
「そう、では短い間だったけど世話になりましたね。燈佳に会いに行くことになると思うわ」
待って!!
「いえ、お力添え頂いた日々を思うと涙が溢れます」
「お嬢様、アーゲートの馬鹿に怒鳴られながら、お助けした命を、そんなに簡単に諦めないで!!お姉ちゃんだって、早すぎるって怒るわよ!!まだ、王の沙汰は出てないわ。今日目を覚ましたところなんですもの」
「騎士団長が責任をとらないわけにはいかないと思いますよ?」
「それでも、自分から諦めたら駄目よ。私はお姉ちゃんに、お嬢様を守るように言われたんですから、最後の約束を守らせて!!」
「そうね。王の判断次第ですけれどね」
わかってる。
次の日、王との謁見がなされた。
王とリーフの2人だけである。
罰は騎士団長の解任と、リーフ個人の家名剥奪と決定し、自宅である御厨本家に帰宅した。
「これからは、ここで暮らす事も出来ないわね。幸い、家の断絶は免れ、兄も弟もいるから、家の心配は要らないけど、私が生き残れるかは別問題よね」
その通りね。
「心配は要りませんよ。貴女とは私が共に行きますから!!」
「朱音!?独り言を聞いていたのですか?」
そうよ。
「王も無茶を言うよね。こんな世間知らずを裸で放り出せと言うんだから」
「服は着ているのですが?」
一般常識の事よ。
「明日には身ぐるみ剥がれて、泣くことになるよ。戦いしかしてこなかったお嬢様が、馬もなく片足で何か出来るとも思えないわ。私が門扉の外でご飯を狩ってこなけりゃね」
「いいの?足手まとい以外の何者でもないわよ?それに貴女の腕なら三席で残れるでしょうに」
呼び戻された旧騎士団長の下でね。
「お姉ちゃんとの約束を放り出せと言うんですか?」
「…そうね。わかったわ。よろしくお願いします」
私物の鎧と剣を携え、両親から持たされた現金を懐に入れてリーフは旅立つ。
下町の朱音の家へと…
その後の生活は困難を極めた。
リーフと朱音だけならば楽だったろう。
しかし、下町の浮浪者達を養い始めてから大変だった。
朱音が狩ってくる魔物達では足りないのだ。
元騎士団がより集まってからは、多少改善したが、自己の奴隷化の解けた者達ばかりである。
獲物が捕れない日が続いた時、朱音とメルーは決断する。
体を売ることを…
その後、狩りには男連中が行くだけで、自らはほとんど行かず。
娼婦の日々が過ぎていく。
娼婦になる元騎士団員も増えていった。
それでもリーフには、そういったことをさせなかった。
意地もあるし、姉との約束に背く事だと思った。
だが、ある時、リーフに気付かれ、もう食事をとらないと言われた時は足元から何かが崩れていった。
リーダーが居なくなったら皆困るから、と強弁し事なきを得た。
しかし、その時自らの力が大幅に減じた事を自覚した。
リーフの強い希望でリーフの鎧も手放して食料に変えて、生活費の足しにする。
それでも、上がりに上がった物価の中では数日の猶予が増えただけだった。
「すがりたい。誰かに…」
そんな独り言を呟くようになった。
朝は広場で座って過ごす。
前日の夜を思い出すから部屋の中は嫌だった。
…朝の光の中で、幻想を見た気がした。
「ご飯を渡しに来たんだ。受け取って」
誰?
「えっ?それ?いいの?」
「勿論さ。はい」
「……」
美味しそうなご飯、どれだけ振りだろ。
もう思い出せない位前の話だ。
「お代わりはあるから、言って、あと余り急いで食べると危ないよ。食べたらでいいから話を聞いてね」
救世主だ!!
ご飯を配った青年は仲間が欲しいと言い、朱音はこの人の仲間になりたいと強く願った。
そして…
朱音の孤独な戦いは終わりを告げた…
いかがでしょうか?
次回はまた明日の18時にお会いできれば幸いです。