５５―２騎士団副長鍵軒燈佳とリーフの戦い
三つ子の三連作の第二話です。
ここはラード王国。
五つの街道がなだらかな平野で交わる貿易立国である。
騎士団のいつもの討伐の出立一時間前。
騎士団長リーフと副長の鍵軒燈佳とその妹の朱音が話し合っている。
「もう一度だけ言いますよ。前回のように王家から貸与される鎧を着ましょう」
それだけは嫌!!
「そうだよ。お姉ちゃんが揃えたとは言っても、ミスリルとオリハルコンが中心の装備じゃあ。何かあったときに危ないよ」
確かにそうなの。
わかってるの。
「わかっています。でも…去年の私を思い出したら、どうしても無理なんです。わかって頂戴。燈佳、朱音」
「まぁ、お嬢様も女の子ですものね。致し方ありませんか。女性用の鎧を着るために両の乳房を差し出す位ですものね」
えぇ。
「確かにね。痛い思いをしたのにね。着られない日があるのは辛いよね」
ホントにね。
「仕方ないですね。でも、絶対に死んでは駄目ですよ。お嬢様は騎士団長。一番大事な決定をしなければならないんですから」
ありがとう。
でも…
「私に万が一があれば、貴女が判断するのよ？わかってるわよね…燈佳」
「勿論!!でも、それがわかってるからこそ、死なないでと言ってるのです。私は生きたお嬢様と騎士団を率いていきたいのですから。お嬢様と一緒にです!!」
「ありがとう。死なない様に頑張るわ」
「お姉ちゃんたちずるい。私には、わからない話をして…でも、そんなに生き残らなきゃならないなら、ドラゴンメイルを着た方が良いと思うけどね」
耳の痛い話だわ。
「そうなのですけれど、ごめんなさい」
「これ位にしましょう。お嬢様も極力気を付けるでしょうし、私が、絶対に死なせないわ。絶対よ!!それに朱音、三席になれば今の話がわかるようになるわ」
燈佳…
「お姉ちゃんも死なないでよ!?万が一の時、私が途方に暮れちゃうじゃない」
その通りね。
心配だわ。
「そうね。でも、私が万が一死んだら、今度は朱音がお嬢様をお守りして、絶対に死なせないで頂戴。お願いよ」
あなたが死ぬわけないのだけどね。
私の剣が届く限り。
きっと守って見せる。
「特異体も最近いないから、大丈夫だと思うわ」
「そういう時が一番危ないですよ。せめて、フォーメーションを再チェックです」
そうね。
「そうしましょう。ありがとう」
「では、出発しましょう」
そうね、燈佳。
三人は出掛けていく、いつもの牧場とは、まるで違う戦場に…
「鍵軒副長、アーゲート三席、現在の討伐数を報告して!!そろそろ帰還の準備が必要だろう」
「はいっ現在Ａ隊は二百五十体を狩り終わりました」
さすがね、燈佳。
「Ｂ隊は現在、二百三十体を狩りました。散開はせずに、十名でグループを作り、索敵をしつつしらみ潰しの途中です」
うん、伝統的な手法ね。
時間はかかるけど手堅い方法だわ。
「わかった。副長率いるＡ隊は、副長と半数でＢ隊のフォローを、残り半数は私及び、防衛のＣ隊と共に撤収の準備に入る。各自、気を抜かずに職務に励め」
「「ははっ承知しました」」
撤収のための準備が終わった頃に、伝令が到着した。
「特異体が現れました。数は２です。種族はコボルトとオークの模様」
来たのね、間が悪いけど仕方ない。
「全軍で迎え撃つ、伝令メルー、案内しなさい。まずはコボルトから倒滅するわ。みんな行くわよ!!」
「「「「おぅ!!」」」」
メルーの案内でコボルトの特異体コボルトヘビーにＡ隊の皆が速度を上げて突進していく。
次々に繰り出される人馬一体の攻撃に、コボルトヘビーは朱に染まっていく。
リーフが駆け抜けた時、首がすっ飛んで転がった。
歓声があがる。
「気を抜くな!!特異体はまだ居るぞ!!引き続き救援に移る。メルー!!案内を!!春臣!!ここに残って、怪我人の治療と後始末だ。早めに合流してくれよ」
「こちらです団長!!」「承知しました。１０分で駆け付けます。少々お待ちを!!」
素晴らしい手際。
私は良い部下を持ったわ。
ここで戦っていた５０名のうち４０名は無事。
率いてきた１０１名は無傷だった。
春臣を残し、総勢１４０名で救援に向かう。
ジャイアントオークメイジは強敵だった。
驚異の体力と魔法による範囲攻撃、近付けば、腕力にものを言わせたバスタードソードの一撃を繰り出してくる。
副長率いる４９名は、怪我を負いながらも数を減らしていないが、三席率いる５０名は既に１０名が不帰の人となっている。
「救援に来たぞ!!もう一体の特異体は討ち取った!!あとはこいつを残すのみだ!!三席指揮下の４０名は副長の指揮下のに入れ!!アーゲート三席、君は槍を活かして遊撃にまわってくれ、槍が得意な隊員を選出するから、彼らと連携して頼む」
「承知しましたっ」
他にも槍が得意な隊員を遊撃の任にあたらせて、副長とリーフが指揮を発揮しだすと、戦局は大きく傾きだした。
「危ないっ」
朱音の悲痛な叫びが響く。
首を刺し貫かれ、絶命する鍵軒燈佳副長の姿があった。
三席達、槍の遊撃隊をブラインドにして特異体が投げ付けたバスタードソードが副長の首を刺し貫いたのだ。
「怯むなー!!敵は近接の武器を失ったぞ!!近付けば我らの勝利だ、行けー!!」
リーフが悲しみの中で声を振り絞った。
「「「おーっ!!」」」
殺到していく隊員達。
そんな中で、皆とは逆方向に走り去っていく影があった。
アーゲート三席だ。
顔面は蒼白、いつもの自慢気な笑みは消えている。
頬に切られた傷がある。
バスタードソードは副長の命だけでなく、三席の自信をも打ち砕いていた。
「団長!!この数では倒滅は無理だ!!救援を連れてきます!!」
それだけ叫ぶと脱兎の如く街へと走り去った。
「待て三席!!倒滅は可能だ!!戻れ!!」
逆に今抜けられたら押さえがなくなるから厳しいと言うのに!!
状況は、優勢から五分五分まで戻されてしまった。
だが、リーフと朱音が獅子奮迅の活躍をすることで、次第にジャイアントオークメイジの動きが鈍る。
あと少しと言うところで、それは起きた。
犠牲を出しながら、特異体に取りつく隊員達。
分厚い肉の層を貫き通して、槍が心臓を刺し貫く直前のことだった。
リーフが親友の仇をとれたと確信し、笑みを浮かべた時、黒い影がリーフの右脇を通っていく。
「あとは討ち取るだけだ!!副長や皆の仇を討て!!進め!!突撃だ!!」
最後の突撃を指示する。
「あれ？右側に踏ん張りがきかないぞ？しかも、何かくらくらする」
いつもの様に馬を進めようとして、上手くいかずにバランスを崩しそうになった。
左足一本で馬を制御して右足を見ると、そこには血を噴き出す太股が僅かに残るだけだった。
いつの間にか切り取られ、血の噴出にすら気付けなかったらしい。
「うわぁああーっ!!」
絶叫が響き渡った。
そこに近寄る影が３つ。
療を終えて合流した春臣と特異体に致命傷を与えた朱音とゴブリンの特異体だった。
黒いゴブリンの特異体は、リーフの目の前に風のように現れると、切り取ったリーフの右足を掲げて見せ、太股部分からスネまでを一口でかじりとった。
そのままムシャムシャと咀嚼し、凶悪な笑みを浮かべてから、爪先まで口の中に放り込んで消えた。
「私の足がぁああーっ!!」
リーフが叫ぶ。
普段なら絶対に叫ばないように訓練されていた泣き言だった。
「お嬢様。落ち着いて、指揮を手放すわけにはいかないよ!!」
朱音？
燈佳？
「団長、止血は終わりましたよ。もう大丈夫!!」
春臣？
「ありが…とう…でも、もう…意識が…」
出血多量によって、瞼が閉じ始める。
「燈佳…後は…頼むわ」
意識を失った。
「お嬢様!!起きて!!お姉ちゃんは死んだわ!!死んだのよ!?」
朱音の絶叫が空を切り裂いた。
その後、朱音が引き継いだ部隊は、リーフを守りながら撤退を開始し２５３名中、２２２名が途中までは無事に帰還した。
しかし、途中で合流したアーゲート三席が主張した、数による特異体の倒滅は被害を悪戯に増やした。
参加人数５０３名中生存者２４２名…実に２６１名が帰らぬ人となったのである。
しかも、自己の奴隷化の解けた人材を大量に残して…
「本当に最悪でしたよ。たった一体に翻弄され続けたんですから、結局、悪戯に食われ続けて、特異体がゲップをしたと思ったら姿を消して、出てこなくなったんです」
悪いわね春臣。
「ありがとう春臣。それで、２３０名が追加で亡くなったのですね。あの時、アーゲートの三席着任に異議を唱えていれば、結果が変わったかもしれないですわね」
「あの人事は、物のわからない馬鹿のごり押しだったではありませんか」
そうね。
「結果的には同じだったかもしれませんね。それで、アーゲート三席は？」
「斬首を執行されました。表向きは戦死ですが…」
そうなの、私も同罪ね。
「そう、では短い間だったけど世話になりましたね。燈佳に会いに行くことになると思うわ」
「いえ、お力添え頂いた日々を思うと涙が溢れます」
「お嬢様、アーゲートの馬鹿に怒鳴られながら、お助けした命を、そんなに簡単に諦めないで!!お姉ちゃんだって、早すぎるって怒るわよ!!まだ、王の沙汰は出てないわ。今日目を覚ましたところなんですもの」
朱音…
でも。
「騎士団長が責任をとらないわけにはいかないと思いますよ？」
「それでも、自分から諦めたら駄目よ。私はお姉ちゃんに、お嬢様を守るように言われたんですから、最後の約束を守らせて!!」
「そうね。王の判断次第ですけれどね」
次の日、王との謁見がなされた。
王とリーフの２人だけである
「面をあげよ。リーフ」
「はっ」
「此度は、特異体の討伐天晴れ。副長は残念だったな。ゆくゆくは２人とも団長を勤められるほどの逸材だったのだが…アーゲートの馬鹿については、すまんな。奴と奴を推した馬鹿には死んで貰った」
「勿体ないお言葉です」
「しかし…お前が騎士団長の鎧さえ着けておれば、結果は変わったはずだがな。まぁ、あの気合いを見せられては酷と言うものか」
「申し訳ありません」
「過ぎたことを言っても仕方ない。多くの者が死んだ。騎士団が討伐できなくなるからには、これからもまだまだ死ぬ。せっかく助かった命を、無駄にとるのは無意味だと思うのでな。お前への罰は騎士団長の解任だ。そして、お前個人の家名剥奪だな。これよりは市勢にて出来る事に尽力せよ」
生きろと仰せなのですか…
「あ…ありがたき幸せ」
「下がれ。市勢ならばこそ見つかる幸せもあろうよ」
「ははっ」
リーフの自宅である御厨本家に帰宅した。
「これからは、ここで暮らす事も出来ないわね。幸い、家の断絶は免れ、兄も弟もいるから、家の心配は要らないけど、私が生き残れるかは別問題よね」
「心配は要りませんよ。貴女とは私が共に行きますから!!」
「朱音!?独り言を聞いていたのですか？」
「王も無茶を言うよね。こんな世間知らずを裸で放り出せと言うんだから」
服は着てるわよ。
「服は着ているのですが？」
「明日には身ぐるみ剥がれて、泣くことになるよ」
そうなのかな。
「ずっと戦いしか、してこなかったお嬢様が、馬もなく片足で何か出来るとも思えないわ。私が門扉の外でご飯を狩ってこなけりゃね」
「いいの？今の私は、足手まとい以外の何者でもないわよ？それに貴女の腕なら三席で残れるでしょうに」
「お姉ちゃんとの約束を放り出せと言うんですか？」
「…そうね。わかったわ。よろしくお願いします」
私物の鎧と剣を携え、両親から持たされた現金を懐に入れてリーフは旅立った。
下町の朱音の家へと。
リーフの戦いは終わらない…
楽しんで頂けましたか？
三つ子の三連作の最終話は、いつもの時間の18時に更新です。お会いできれば幸いです。
