SSレイルクラフト鉱山地帯の主
451話のドラゴンさんの話です。
特に本筋には関わらないので読まなくても、問題ありません。
我は主。
この世界の主だ。
そう…
ついさっきまでは、我はそう思っていた。
我と同じドラゴンですらも、その力など、幼竜の頃の我と比べても弱々しく、貧弱な者たちばかりだった。
我は、この世を統べるドラゴン、そう思っていたのだ。
成竜となり、日々を過ごすうちに、我は住みかを定めた。
主たる我に相応しい、この世界最高峰に穿たれた洞窟に、寝床を作り、集めた財宝を並べて、日々を過ごした。
ここに住みかを構える前とは、全く違う静かな日々だった。
粋がった若い竜が絡んでくることも、我の集めた財宝を掠め取ろうとする竜を八つ裂きにすることも、我の魅力に狂った雌竜にしなだれかかられ、凍り漬けにして、熔岩に投げ入れることもほとんどない。
時折眠り、財宝を愛で、散歩に出かけたついでに、ドワーフや人をこんがり焼いてつまみ食いする穏やかな日々だった。
極たまに、ドラゴンの里に遊びに行って、食事用のドラゴンを数匹確保して帰る時は、少しだけ本気を出したが、それすらも、アクビがでる簡単な作業だ。
いつだったか、出かけている間に、我が住みかに入り込み、生え変わりで剥がれ落ちた鱗を集めて、持ち帰っている奴を見つけたことがあった。
戯れに、見逃すかわりに、素晴らしい宝を次回持ってこいと言ってやったのだ。
そして、ソイツは中々の品を定期的に持って来るようになった。
もう数百年の間、ソイツは代替わりをしながら、我に品を捧げ、代わりに鱗を拾っていく。
我にとっては戯れに過ぎず、痛くも痒くもなく、面白いものを見る機会が増えた。
もちろん、我が楽しめなかった品を捧げた輩は、1度目は右腕を、2度目は左足を、3度目は頭から喰らってやった。
少し容赦が過ぎたかもしれん。
そんな静かな日々を遮る輩は、たまに現れた。
前述のバカなドラゴン位がほぼ全てだが、今日の朝は様子が違った。
空気を引き裂くような甲高い音をたてながら、人間が我の住みかの近くを飛び回り、我の眠りを妨げたのだ。
なんと不遜で下劣で低脳極まる輩だ。
我は怒りの咆哮を、ぶつけてやった。
そう、いつもならドラゴンですら、全身の穴という穴から、血を噴き出して絶命する我が咆哮を、正面からぶつけてやったのだ。
しかし、奴は全く動じることも、ふらつくことすらなく、我の近くに飛んできて、声をかけてきたのだ。
「おはようございます。もしかして、起こしてしまいしたか?もしそうなら、ごめんなさい」
この世界の主たる我に、なんと気安い不遜な態度だろう。
そもそも、我の住みかを把握せずに、生きている事が間違いだ!
我の眠りを妨げたのだから死ね。
我の咆哮に耐えて生きているのも不遜だ。
死んで償え!
「いや。確かに知らずに起こしたのは悪かったですけど、死ねとか言われる筋合いは無いですね。あんまり、無茶なことを言われるなら、僕も対応を考えますよ?」
虫けらが、何を言い出すのか!
お前らは、我の退屈をまぎらわせるためだけに生きているのだ!
我の怒りをかったお前に生きる権利など無い。
今すぐ死ね!
我の怒りを含んだ咆哮は、熱をはらみ、風を呼び寄せ、灼熱の圧縮空気とともに、不遜な輩を飲み込んだ。
一片の塵すら残さない様に放った長い長い咆哮は、周囲の景色が歪んで見えるほどの熱量を、不遜な輩に叩き込んだ。
「1度ならず2度までも、必殺の攻撃を叩き込むなんて…悪いけど、ちょっと傍若無人過ぎるよ。もう少し他人に対して礼儀を持って接する様に、少し痛い思いをしてみようか」
奴は、我の必殺の咆哮を至近距離で浴びた直後に、何の気無しにそう呟いた。
そして、呟いた直後に奴の目が光った気がした。
一瞬のタイムラグの後に、とてつもない殺気が我に突き刺さり、心胆を寒からしめた。
「ほら、痛いだろう」
殺気はそのままに、空気を引き裂くような甲高い音がしたと思うと、身体中を痛みが這い回った。
一瞬の内に、身体中の鱗という鱗が剥ぎとられた事に、辺りに飛び散って落ちていく鱗の姿を見て初めて気がついた。
気がついた一瞬の後に、丸裸になった体表全体から血が滲み出す。
初めての甚大なる痛みだった。
初めての絶大なる恐怖だった。
初めての最大音量の絶叫だった。
そこからは必死だった。
全身を使って抗った。
角で突き刺そうとして奴の体を覆う障壁に折られ、爪で引き裂こうとして、同じ障壁に逆に割り砕かれ、牙で咬み千切ろうとして、障壁を穿てず、全ての牙を失った。
それでも、我は抗いを止めなかった。
咆哮や、魔力を使っての攻撃の手を緩めなかった。
奴には何の効果もなかったが…
「死の恐怖や暴力の痛みを思い知ったかい?わからないなら……今度は全身の骨にわからせるしかないけど?」
それでも抵抗は止められなかった。
この世界の主の矜持として、こんな小さい人間などに負けるわけにはいかなかった。
結果として、奴からの2度目の攻撃が始まった。
「辺りに生きる命も自分と同じく、痛みに怯え、精一杯生きている事を理解しなよ。生きる糧を手に入れる事を否定はしないけど、弄ぶのは相手に対して失礼だよ!」
言葉1つ1つを話しながら、我の身体中の骨を砕く奴は、酷く悲しそうな表情を浮かべていた。
魔力も尽きて、身体中の骨を砕かれて、内蔵に折れた骨が、突き刺さった状態でうずくまる我の目の前に、奴は静止した。
「もう、何も出来ないと思うけど…反省した?」
くっ!
殺せ!
我を使って、様々な宝具を作り出すが良い!
我のあとをとって主として君臨するのも良かろう。
「いやいや、金にも困ってないし、宝具なんていらないよ。君臨なんて馬鹿馬鹿しいし。僕が求めてたのは全く違う事だったよね?反省したかと聞いているよ」
反省とはなんだ?
それは何を意味している?
そんなことはしたことがないので知らんな!
「本気で言ってるみたいだね。今まで君が傍若無人に生きてきた事だけはわかった…」
ふん!
もういいだろう。
さっさと殺せ!
この世界の主に生き恥を晒させるな。
「君が?主?世界の?あははははっ。面白い冗談だね。僕に良いように翻弄される君が、そんな大それた存在なわけないじゃない。君より強い存在を僕は最低でも7名知ってるよ?」
なんだと?
お前以外にそんなに我より強い奴が!?
あり得ない!!
「君より実際強い僕が言ってることが、信じられないの?」
うっ!
確かに、我は負けた。
ならば、敗者の我に何も言えん。
もう良いだろう!
殺せ!
「だから、君を殺しても僕には何も益がないんだってば!反省して、今後は気安く喧嘩を吹っ掛けたり、他人の話を無視したりしちゃダメだよって言ってるの!君は僕より弱かったんだから、僕の言うこと聞くんでしょう?」
はぁ?
まぁ、良かろう。
もう、我も長くない。
事切れるまでの、数分間だ。
その指示に従ってやろう。
しょせん戯れだ。
話は終わりださっさと去るが良い…
「はい、契約を頂きました。約束したからには、破ろうとしたら激痛を伴うペナルティがあるからね!具体的には、今味わった痛みを感覚のみで再現します」
だから、あと少しでこの世を去る我にそれが何の関係があるのだ…
心底どうでもいいわ!
「ん?ヒーリングブロウ」
何を?
身体から痛みが消えていく。
なっ?
鱗と爪が生え揃った?
角や牙までが?
あぁ…
なんと心地の良い風…
はっ!
我は何を?
「はい、これで死ぬ心配は無くなったよね!当然、さっきの約束もちゃんと生きてるから、忘れないようにしてね?悪意のある契約不履行はさっき言った通り、酷い目にあうから気をつけて」
余計な事を!
後悔させてやる!
死ね!
死…
死ぬ!
死んでしまう!
ぐぁああああああ!
痛いぞ。
痛い痛い!!
「ほら、言った通りになったでしょ?気を付けないと、その痛みはどんどん強くなるからね?幻痛だから強さの際限も無いんだよ?」
くそ!
もう死ぬしかないから、戯れにした約束で、こんな状態に縛られるなど!
こうなれば、自爆だ。
自爆しかない!
「あっ!止めときなよ!それも、契約違反に該当するから、痛い目にあうよ!」
あがっ!
あばばばばばばばばっ!
更なる痛みが?
何をしてくれとるんじゃい!
さっさと契約解除しろ!!
こんな理不尽に耐えられるか!!
「契約の解除なんか僕がすると思う?君さ、全く反省していないじゃない…有り得ないでしょう。まぁ、真面目に普通に生きてく分には、大丈夫だからさ。頑張ってよ。あぁ、鱗とかは放っておくと勿体ないから貰っとくね」
何だってーーっ!
くっそーーぉ!!
もうふて寝してやる!
バーカバーカ!
再生して、綺麗になった我の頬を悔し涙が伝っていく。
しかし、その涙が地に落ちることは無かった。
「そんなに泣かなくても…おっ、そうだ。ドラゴンの涙なんて、凄い素材を捨てたら勿体ないから、それも貰っとくね?」
こいつ嫌いだ!!
もう会いたくない!
この後、滅茶苦茶ふて寝した。
楽しんで頂ければ幸いです。