SSある少女の死
瑞木がレストに来る約2ヶ月前、ある夫婦の死を切っ掛けに物語は始まる…
「何?とうとう民に自殺者が出たと言うのか?」
「はい、道具屋の夫婦です。死の届けを申し出た夫婦の妹によると店の経営が苦しく、食糧の備蓄が潤沢でないため、迫る食糧の枯渇に全員では耐えられない。私達は命を断つので、どうか娘の命を繋いでやって欲しい。と手紙で頼まれたそうです」
「娘はどうしている?」
「幸い、娘には両親の死を知られる前に発見できたそうで、発見を申し出をした叔母が保護する。と申しております」
「そうか…不幸中の幸いといったところか」
「では、両親の亡骸は…わかっているな?」
「はい、手筈通りに致します」
「くれぐれも丁重にだ。もし…守らない奴には死をくれてやれ。永遠のな」
「はっ!!勿論でございます」
「諜報長官飯田忠継よ。忙しいところすまないが、1つ頼まれてくれないか?」
「勿体ないお言葉です…ご命令頂ければ、いかようにも致しますものを」
「我は王だ。このラード王国の統治者であり最高権力者。だが、だからこそ民に対しては公平であらねばならない。そう考えるのだ」
「素晴らしいお心遣い、感服致します」
「だが、我も人の子。そして人の親だ。この遺された娘の力に少しでもなってやりたい。だから…これは王としてではない。可愛い愛娘の玲奈の親としての願いだ」
「この品物を売り払い。国庫に納めて欲しい。そしてその金で、国の食糧を買い上げ、遺された娘に届けてやって欲しい」
「それは…先王より誕生の際に贈られた品ではございませんか!!」
「我の私物は思ったほど多くなくてな。値打ちものは伝家の宝物だから流石に売れん。価値があって処分可能なものは…そうだな。妻や娘に贈ってやった、祝いの品位なのだ。しかし、あれらは既に妻や娘にやったもの。だから勝手に処分出来んしな。子どもの為に処分するのだ。父母も許してくれよう。まぁダメだとしても、我が死後に叱責を受ける程度の事。大した事はない」
「お心は変わらぬという事ですね」
「頼まれてくれるか?」
「この命に変えましても成し遂げましょう!!しかし、1つだけ具申をお許し頂けますか?」
「申してみよ」
「道具屋は普通の店舗ですので、全量では食糧が入りきらず溢れてしまいます。適正な量を渡すに留め、他に同じような遺児が生まれた際に使える基金の様なものとして管理してはどうかと愚考致します」
「そうか。我では物の価値を測れぬからな。では、その様に手配してくれ。管理は任せる。第2、第3の場合、そちの判断で渡して構わん。そんな例が出ない方が良いのだがな」
「はっ!!承知しました」
品物を受け取り、飯田は消えた。
「もうすぐ餓死者もでるな。でる前になんとか手を打ちたいが…勇者か。マトモな話が出来ると良いが…」
呟き仕事へ赴く王だった…
そして…道具屋の娘への食糧は、店へは届いても、娘である鈴華の口に入ることはなかった。
「さっさとやりなさい。ご飯ばっかり食べてて働かない子ね!!」
「きゃあ」
「きゃあ、ってなぁに。私がいじめてるみたいじゃない。あなたの食事を誰が用意してると思ってるの?」
「父さんと母さんが遺してくれた食糧がまだまだあるよね」
「あれはあなたの面倒をみるってことで、私に渡されたの。もう私のよ」
「面倒見てなんて頼んでないわ。その食糧を返してよ。私は店に帰って一人で暮らすわ」
「さっきも言ったでしょ?あの食糧は既に私のよ。もし出ていきたいなら身一つで行くのね」
「わかったわ。こんな処に来たのが間違いだったのよ。帰るわ家へ。さよなら」
「帰る家があると良いわねぇ」
クスクス笑いが聞こえる。
「なによ!!ふん!!」
身一つで、そのまま飛び出した鈴華は、道具屋の前まで来て愕然とした。
「ずいぶん安く買えたよね。しかも、倉庫には食糧が満載なんて、このご時世すごく助かるよ」
「ええ。あの分なら二人で二年は楽に食べていけるし、破格の買い物よね」
「ここの夫婦の娘さんの生活資金になるんだよね。僕らのように幸せになってくれるといいね」
「そうね。でも私ほどの幸せ者になるのは難しいと思うわ。だって貴方はこの世に一人しかいないんだもの」
甘い甘ーい。新婚ラブラブの二人の声が聞こえてきた。
絶望の言葉である。
道具屋夫婦の妹は、わかり易いクズだった。
外面と口調だけは良いが、心の中は正に真っ黒だった。
運命のあの日、一番近い親戚のアイツに相談したのが間違いの始まりだった。
「エリカ叔母さん、大変なの直ぐ来て」
「あら鈴華ちゃん慌ててどうしたの?」
「父さんと母さんが死んじゃったよ」
「何ですって?直ぐ案内して」
こうして、話に入り込んだアイツは、城にも私を自分が引き取ると告げた。
同時に店に残っていた…父さんと母さんが遺してくれた食糧を持って、アイツの家に移動し暮らし始める事になった。
最初はアイツが最低なクズだと知らなかったから、普通に過ごしていた。
独身で働き者の服飾の店長がアイツの外面だ。
裏側に回れば、服飾の店を隠れ蓑に売春を違法に斡旋する元締めだ。
アイツ自身が相手をすることもあるらしい。
正規店にすれば、まだマシなのにと思ったが、ラード王国の場合は福祉厚生がしっかりしていないと、経営者が死刑になったりするので、金ばっかりかかって旨味がないらしい。
お陰で三日で小間使い扱いに落ち着いてしまった。
たまにロリコンの変態を相手にしろとか言われるが、断固拒否。
まだ11になったばかりでそんな商売はしたくない。
恋愛に夢もある。
お陰で日に日にいじめはエスカレート、こんな子供にすることか?って事まで始まった。
もう限界を感じて覚悟を決めて飛び出してきたらこの有り様である。
「あのクズに人間としての情を欠片でも期待した私が悪かったのよね。きっと」
親権を獲得したエリカがしたことは、まず道具屋の売り払いの手配だった。
鈴華に優しい言葉をかけるよりも早く、いの一番に手配が終わった。
そして、三日後には商談が成立。
スピード売買だったらしい。
商談成立の前日に食糧の納品が完了するが、鍵が空いていたため、勝手に納入され、契約後にエリカの元に連絡が来た為、泣いて悔しがったと言う。
その日は鈴華が顔と腹に一撃ずつ蹴りをくらって泣いた日でもあった。
「やってくれたわ。お金も食糧も行くあてもないわ」
全くの手詰まりだった。
「どうしよう…」
「恵美ねーちゃんに相談してみようか」
算数教室のお姉さんだ。
面倒見の良い素敵な人だった。
「胸も大きくて母さんみたいなんだよね」
涙が滲んだ。
「いけない。ぼーっとしてたら時間だけが過ぎちゃう」
お腹が減って目眩を覚えながら歩き出す。
「いつもの道だから間違えようがないよね」
と言いつつ料理屋榊を通り過ぎる。
この辺りの筈なのにな…
頭が混乱してるのかな。
いつもの料理屋榊の看板が見当たらないな。
でも…
バー&イン榊なんて見たことない看板がでてる。
通っていた道からは、いつも料理屋榊の看板が、目印だった。
手作り感満載のあの看板を間違えることなんて考えられない。
もう一度回ってみよう。
路地を一周して戻ってくる。
やはり違う看板しかない。
店の人に聞いてみよう。
「ごめんください」
見覚えのあるドアを開けた。
「はーい。バー&イン榊にようこそ。どうした嬢ちゃん。うちに何か用かい」
筋肉質の朗らかなお兄さんだった。
どことなく恵美姉ちゃんに似てる。
「いえ。間違えました。失礼します」
ドキドキする。
見たことない人だった。
「やっぱ違うのかー。恵美姉ちゃんに会いたかったな」
インフレからこっち余裕がなくて勉強会もご無沙汰だ。
その独り言を聞き付けて綱芳が出てきた。
「恵美のお客さんかい?」
間に合わなかった。
「あれ?看板がいつもの向きと逆だ。直さなきゃ」
看板を百八十度回転させる。
「これでよし」
いつもどおりになった。
そこには料理屋榊の看板が見えていた。
こうして、恵美と鈴華が話をする事はなかった。
鈴華は大通りを肉屋の香月の所へ歩いていたし、恵美は会合で不在だったのだ。
肉屋に着くと香月を鈴華は探した。
「すみません。香月さんいますか?」
店番のやつれた優しげなおかみさんに聞く。
「うちの香月かい?残念ながら留守だよ。例の騎士団壊滅の直前に、旦那と仕入れに行っててね。まだ帰ってこないのさ」
「じゃあもう、五ヶ月も帰ってきてないのか。心配ですね」
「大丈夫よ。うちの旦那は強いから」
急に横合いから腕を捕まれた。
知らないおばさんだ。
誘拐?
身代金は無理だけどな…
「ちょっと、お嬢ちゃん止めてやりなよ。また、思い出して泣き叫ぶとこなんか見たくないよ」
「どういう意味ですか?」
「あんた。道具屋のとこの…鈴華ちゃんかい。最近見なかったけど、元気だったかい?」
「いやぁあんまり…両親も…亡くなりましたし」
「あっ!!ゴメンよ。まだ一ヶ月なのに、どうかしてるよね。でも最近そんな話ばかりさ。本当にごめんなさい」
いや、気にしないけど疲れてんのかな
「いえ気にしてないです」
「肉屋の真理が言ったことは嘘なのさ。と言っても真理が信じたい事を言ってるだけだから、嘘ってのとは少し違うけどね」
「まさか」
「旦那も香月も死んだからね。知らないみたいだから言うよ。肉の値段が上がったろ。実力の無い冒険者が金が無くなってね。強盗に入ったのさ」
「その時人質になったのが」
「香月さ。腕に自信のある旦那だったからね。香月を助けたまでは良かったけど、後ろから賊の仲間に刺され、香月も一緒に貫かれたのさ」
「ひっ!!」
「あの時の真理は見てられなかったよ。死んじまうかと思ったけどね。旦那達の亡骸が、城に運ばれてからはあの通りさ。店を守るんだって頑張ってるんだ。思い出すと泣きながら店を閉めて次の日は元通り」
「夢の中にいるのね」
「そんな感じさ、放っといてやんな。強盗は城の奴等に八つ裂きにされてさらされてるけど…まぁ…ね」
「ありがと、おばさん」
鈴華は肉屋に入り込んだ。
手伝いをしながら住み込みをお願いしたら、真理は二つ返事で承諾したのだ。
そして、真理と二人で細々と店を続け、日々の糧を手に入れていた。
慣れない二人では、将来の展望を考えるだけの余裕はなかった。
「香月…」
時々こう呼ばれる。
「なぁに?」
「ゴメンよ鈴華ちゃん」
抱き締められた。
「どうしたの?」
「私はもう疲れちまった。そろそろ、旦那達のとこに行くよ」
「えっ?」
「原価がどんどん高くなっててね。赤字がすごいとこまできてるんだ。慣れないことするとダメだねぇ」
「じゃあ明日の仕入れは?」
「もう買えないのさ。旦那がいないから、かけも使えないしね。積んだよ」
「うん」
「あぁ旦那達に会いたいねぇ。頼んでいいかい?」
「城に届け出をすれば良いのね」
「そうさ、済まないねえ」
涙が溢れた。
「人なんて雇う余裕無いのに、ありがとう」
涙と鼻水で顔が歪んだ。
「いいや、香月の代わりにしちまって悪かったね。楽しかったよ。売れ残った肉は食べとくれ」
「私こそ母さんを思い出せた。ありがとう」
「サヨナラだ」
肉切り包丁を首にあてる。
旦那愛用の品だ。
「サヨナラ」
肉の残りをかき集めリュックに入れて城へ向かう。
「なんでこうなったのよ…」
城への知らせをした後、大通りに座り込んだ。
肉は二日で無くなり、食べるものは尽きた。
気力もとっくに尽き果てた。
死のう。
もう生きていたいと思う事さえ億劫だった。
ナイフなどで能動的には死ねず、日に日に体は弱り、餓死が近付く。
頭の中は一つの言葉で埋め尽くされた。
「ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯ご飯…」
遂に乾ききり、鈴華の…
開かれた目は力を失う。
増えた餓死者のために城に雇われた回収人が、乱雑に鈴華だったものを荷台に放り投げ、鈴華の頭が取れて荷台を転がりまわった。
荷馬車は転がる鈴華の頭を気にする事無く走り去った。
宿屋の価格を調べに来た瑞木とセーフは、その姿を食い入るように見ていた。
セーフは激昂して叫びだし、瑞木がなだめる。
セーフは泣き始めた。
瑞木の心には消えない傷が刻まれた!!