267ー3シロガネ冴子と失墜
前話、前々話と繋がっています。
「お時間です。失礼します!!」
青旗が、扉を開けて入ってくる。
「うむ、ナイスタイミングだ…丁度、演説の原稿を作り終わった…」
「しかし…お嬢様がラード商人連合会の会長なんて、無用の長物だと言ってらしたんじゃないですか!唐突にどうされたんです?」
その気持ちはいまも変わらないわよ?
「会長なんぞに興味はないのは、変わらないわ…まぁ、利権が手に入る地位ってのは、現段階では魅力的だけど……私が手に出来る訳もないしね。私の目的は、役員の改選という公の場で、瑞木美孝の悪事を暴き、奴から力ずくで色々取り上げた時に、正当性があると主張出来るようにする。それだけよ!あとの事はどうでも良いわ!!」
「あぁ…そういう方向ですか…まぁ、ラードの数少ない利権を自由に出来る会長職を、あのジジイが手放すわけ無いですもんね…」
まぁ、元会長が磐石の地盤を固めてるからな…
その支持を受けている現会長に勝てるわけもない。
「そういうことよ…演説そのものが目的なの。だから気楽にしてて良いわよ。会長なんかになる訳無いから」
「はぁ…良かった。お嬢様が本当に会長なんかになったら、大変なんてもんじゃないですからね…」
あからさまに安堵する青旗を、微笑ましく思ってしまう。
確かに、護衛を兼ねた秘書なので、重責になることは間違いない。
あるわけの無い未来だ…
この時は本当にそう思っていた…
「では、次は最後の演説です!最近の急成長で、資産を100倍にしたと噂の新星が、なんと会長に立候補です!!現会長と食肉協会長を押し退けて選出されるのか!?では期待の新星!!シロガネ冴子さん!!」
司会者に名前を呼ばれたところで、喚声が上がった。
は?
その増えた資産はもう無いけどな…
つーか。
その安っぽい煽りを入れているお前は何者だよ!!
こっちには選出されるつもりはさらさらねえよ!!
さっさと茶番を終わらそう。
「私は戦うために、この場に立ちました!もちろん、現会長とではありません!!私が戦うのは…」
予定に反して、シロガネが一言話す毎に、会場には熱気をもった喚声が増えていく…
基本的には大商人のおっさんの黄色い声に混じって、大商人のじいさんの黄色い声と、一部の大商人の女性の声と、極一部の若い男の黄色い声が聞こえてくる…
戸惑いながらも、核心部分を話し始めた。
「そう私の敵は、本日、ラード王の演説で発表されたという英雄です!!偽物のね!!」
喚声が上がり、次の言葉が聞こえないほどの盛り上がりを見せる会場…
私、大したこと言ってないわよね?
何これ?
「おら!!お前ら黙れ!!シロガネちゃんの美声を遮るんじゃねぇよ!!息止めて聞きやがれ!息!」
だからお前が何者だよ!
会場に制止をかけるさっきの司会者に、心のなかで突っ込みを入れつつ、演説を続ける。
「今日この日が、3年に1度の役員改選の日であることは奇跡です!!皆様に被害が出る前に、この事実を伝える事が出来るのですから!!」
「うおーーっ!!奇跡!!」
と最前席で叫んだ兄ちゃんに続いて奇跡コールが巻き起こる!!
「お前ら!!つまみ出すぞ!!」
という、司会者の言葉が突き刺さり、静かになった会場に、再度の声が紡がれる。
「ラードは自由の国です。特に、我々商人が築き上げてきた国です。偽物の英雄なんて要らないと思いませんか?何故なら!!彼はレベル6という低いレベルで、黒いゴブリンを倒したようです。何故そんなことが出来たのか…」
会場に緊張と共に静寂が訪れた…
「我が騎士団から、騎士団長や主要人物をかっ浚っていった極悪人だからなんです!!騎士団は我々商人が、ずっと養ってきた私兵とも言える組織です!!瑞木のそんな横暴を許して良いのでしょうか!?」
「「うおーーっ!!」」
会場の誰もが怒りに燃えている。
しかし、続きが聞きたいのか、騒ぎはすぐに修まった。
「そう!英雄に祭り上げられた瑞木という奴は、騎士団長に戦わせ手柄を掠め取って、成り上がった偽物の英雄なのです!!しかも、おそらくは半年の間の長きに渡り、リーフ騎士団長を監禁して、魔物の駆除を遅らせて、物価を吊り上げ、利益を貪った大犯罪者と呼ぶべき輩です!!」
「なんだと!!」「許せねぇ!」
口々に怒りで拳を握り締める面々。
しかし、実際に実力があったのに駆除を遅らせたのは、他でもないシロガネだったのだが…
「しかも、その半年の間に、リーフ騎士団長が味わった肉体的苦痛を思うと…私は夜も眠れません…さらに、下手をすると、最初の壊滅すら……いえ、これは憶測でしかありません。失礼しました!!」
「許さねぇ!!」「女の敵、瑞木!!」
ほとんどの聴衆の目に憎しみが宿っている…
「私は…彼が英雄だなどと認めるわけにはいきません!!従って、ここで彼への対抗を明言させて頂きます。そして、ラード商人連合会の会長になった方に、是非私のすることへのお力添えを頂きたいとお願いして、演説を終わりたいと思います。暖かい応援ありがとうございます!!」
シロガネが頭を下げると、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
そして、全く会長になる気の無かったシロガネ冴子は、最年少のラード商人連合会の会長に選出された。
「まぁ…勢いで会長に就任か…我ながら馬鹿馬鹿しい事になったものよね…」
「勘弁してくださいよ…重圧に押し潰されそうなんですけど?」
青旗は青い顔をしながら、周りを伺っている。
「さて…瑞木を潰すわよ!!今日はもう無理だから、明日の朝から、奴に間者を放ち誘拐するわ!」
「本気ですか?」
何いってんの…
「偽の英雄の悪事の証拠か、リーフ騎士団長や奴の仲間を操る方法を探るには、ここに招待するのが一番でしょう?」
「はぁ…誘拐して暗殺ですか…止めた方がいいですよ?アイツは只者じゃ無いですから…」
またまた、ご冗談を…
「黒影が、奴のレベルが3日前には、6だったって言ってたのよ?」
「マジっすか?先生が?なら…間違いないっすね…レベルなんて、普通は1日に1上がれば凄いんですから、今日は高くてもレベル9…明日でも10ですからね…俺とのレベル差は100以上…それなら負ける要素は無いはずですね」
心配性ね。
「狩りをしている瑞木を誘拐して、全てを奪い、殺します…その後は、リーフ騎士団長を正気に戻して、狩りを継続して貰えば丸儲けね…」
「では、明日の朝から俺以外の9人で、奴の捕縛に向かわせます!!一応、返り討ちを考えて、7組にわけて別行動をとらせます…」
青旗はレベルが低い分、事を慎重に進めるのよね…
「なら、私達が明日から瑞木を調べる事を、商人連合会に打診しておくと良いわ…」
「はい!そうすれば、色んな間者が入り乱れて、仕事がしやすくなる筈ですね…」
そうよ…
そのやり取りをした次の日に破滅はやってきたわ…
柔和な微笑みを湛えた破壊の化身としてね。
「お前は何者だ!!」
青旗が、私を庇うようにして前に出た。
「いやいや、自分達が誘拐しようとした人間の顔も、知らないんですか?」
柔和な顔に笑みを張り付けて、私の部下9人を天秤棒に担いでやってきた青年が告げた。
「まさか…瑞木美孝?あの騎士団長を騙くらかして、狩りの利益を貪っている大悪党?」
「その言葉には全く身に覚えはありませんが…僕が瑞木美孝ですよ…」
「さっき、門番が来訪を告げていたが…1人じゃなかったのか?」
青旗が震えた声で問いただす。
「もちろん!僕を誘拐して、得た利益を横取りするばかりか…ラードを仲良く救う会の子達にまで手出ししようという輩を、僕が野放しにするわけ無いでしょうが!!相応の責任を取って貰いましょう!!!」
笑いながら佇む瑞木から、何かが飛んできたような感触がした…
「ひぃ…」
青旗が涙と鼻水と涎など体液と呼べる全てを垂れ流しながら気絶する…
天秤棒に括られている9人も同じタイミングで、汚物にまみれて悲鳴をあげながら気絶している。
「何をやったの?」
「殺気を当てただけですよ…貴女も食らってみますか?」
お断りだわ…
一応女だし。
うんこもらしてひっくり返りたくない…
「止めとくわ。うちの間者を連れてきたんだから、交渉に来たんでしょ?話を聞くわ!」
「少し違いますね…警告に来たんですよ。うちに手を出すなら次はこいつらと同じ目にあわせた後で殺す!ってね」
あら、お優しいこと…
「貴方にそんなことは出来ないでしょ?英雄を騙る極悪人さん!!私はリーフ騎士団長みたいに、貴方の下でヒイヒイ泣いたりしないわよ?先生が優秀だったから私も強いのよ!!今アンタがやってる事くらい楽にこなしてあげるわ!!レベル10位で私を殺せるなんて思わないことね!!」
「はぁ…つまり、僕が弱いと言いたい訳ですか?会長さんの話の起点は、僕が弱いって事なんですね…しかし、仕方ない先生ですね。彼我の戦力差を感じ取る事が一番大事なんですよ?それがわからないと死にますからね…」
自分は弱くないとでも言いたげね…
「ハハハハハッ!!面白い冗談ね!!そんな脅しには屈しないわ!!」
「良いでしょう!証明しますよ!!この屋敷を数秒で跡形もなく潰してご覧に入れます!!」
バカか?
「そんなこと…先生にも出来ないのよ?アンタなんかに出来るわけ無いじゃない!!」
「簡単です」
平然と笑ってやがる!!
「バカも休み休…」「か・ん・た・ん・です」
コイツ!!
「わかったわ…やって見せなさい!!魔法で見えなくしたとか、ふざけた事をしたら捻り潰すわよ?」
「もちろん僕の腕力のみでやりますよ。そうそう、後で揉めても嫌ですから、契約書を作りましょう!」
そう言うと、白い紙に何か書き出した…
「契約書?」
「はい、2通作りましたから、それぞれで保管しましょうね?はいこれ。僕の分のサインは済んでます…」
綺麗な字で、シロガネ冴子邸の解体についての契約書が一瞬で作られた…
今更、サインしないわけにもいかないから、したけどさ…
不備もなかったから…
でも、コイツ、ホントにやっちゃうのかな?
「書いたわよ!!」
「結構です!確かに契約成立ですね…じゃあいきますよ?」
そう言われた瞬間に、屋敷の中に居た使用人やその他の生き物は、全て庭の芝生の上で座っていた。
ついでに、着替えなどの洋服類と寝具は、各々の分が用意されていた…
「え?」
「危ないから皆さん動かないで下さいよ?」
上から声が聞こえた…
次の瞬間、気圧がグッと変化した。
バガァーーン!!
巨大な音と共に、屋敷の中央部がひしゃげて、潰れて無くなった…
その後も、屋敷の上に瑞木が現れ、デカイ音が響く度に屋敷が潰れて消えていく。
全ての屋敷が消えた後は、屋敷があったであろう場所にデカイ穴が埋まった跡のような不思議な形が残っている。
「ハハハッ」
乾いた笑いが口から漏れる…
「とりあえず、屋敷だったものは地下30メートルに埋まりました…」
本物だったか…
こんな化け物に喧嘩を売ったのか…
私は…
「わかった…もう掘り出して構わんのだろう?2度と君達に手出しをしない事を誓おう。悪かった…私の勘違いだ…」
「わかって頂ければ結構です…ただし、次回は容赦しませんから…お気を付けて!」
わかったよ。
「勿論だ…邪魔だから帰れ…」
その後、瑞木が手伝いを申し出たが、断られて去っていった…
シロガネ冴子は、意識を沈ませて考え込む。
「あぁ…そうか…私の間違いは、黒影の助言を聞かなかったことか…あの時に助言通りにしていれば、ラードを救った英雄に成れたんだな……黒影…すまない…」
シロガネが呟いた言葉は、気絶から回復した青旗だけに聞こえ、一瞬微笑もうとした青旗は自分の姿を確認して落ち込んでいた。
その後も、シロガネ冴子と仲間たちは、深夜まで、瓦礫を掘り返す事になる…
事情を聞きに来た商人連合会の間者に邪魔されながら。
そして、次の日に貴金属が埋まっている本宅の、冴子の部屋を堀あてて、諦めることにした…
他に有益なものを掘り出せると思えなかったからだ。
なお、会長職に関しては、瑞木についての件で信用をほぼ失ったが、辞職は迫られなかった。
アイドル的な何かとして、半数ほどから人気を獲得したらしい…
つまり、自己の奴隷化は半数しか解けなかった。
楽しんで頂ければ幸いです。




