SS天河の告白
楽しんで頂ければ幸いです。
「さてと…まずは着替えだよな…流石にこの汚い服は色々とまずい」
瑞木から渡された全身鎧は確かに素晴らしくて、何処に行くにも問題ない…
「けど、流石に貴族様に求婚に行く際に、鎧だけで行くわけにもいかねえしな…」
もし、上手くいったら、お茶くらい誘われるだろう…
失敗したら泣きながら帰るだけだからどうでもいいけど…
鎧を脱いだら、小汚ない服でしたってのは頂けないよな!
どう考えてもさ…
「上手くいった時に、準備不足で嫌われたら、ただのバカだしなぁ」
俺はバカだって自覚はあるが、必要な準備を怠るつもりはない。
理解力って奴と記憶力って奴がなんか少なめなんだよなぁ…
ま、無いものを嘆いても仕方ないしな、手元にある手札で勝負するしかないのさ…
「って訳で…姉ちゃん。この店で、結婚の申し込みをしに行くのに、一番相応しい服を上下揃いで用意してくれよ。ついでに下着も3セットよろしく。更には普段着の服も1セット欲しいんだ」
ここは、この町でも指折りの服飾店だ…
センスなんて欠片も無いことはわかってるので、店員の姉ちゃんに服を選んでもらう。
「おっ…なかなかいいじゃん!ありがとな!」
全身鎧を着けてもゴワゴワしたり、動きを阻害しない、結構シンプルな白の服を上半身はチョイスされてた。
下半身も、紺色のスマートなズボンで悪くない。
下着も肌触りが違う!
全てを含めて、揃いで大金貨1枚とか、言われたが、それだけの価値があると思わされる着心地だ…
試着後は、普通の服に着替える…
うん、こっちは普通。
でも悪くない…
「こちらは、素材にこだわった一点物で、かの有名なワ…」「いや、作り手の名前はいいや。もし、また買う事があったら君を指名させて貰うよ。名前を聞いても良いかな?」
「光栄です。高田万里子と申します。お見知りおき下さいませ」
直ぐに忘れちまうからなぁ…
今日の日にちと、店の名前と高田さんの名前と買った物を書いて…
二重マルをつけた。
「高田万里子さん…と」
「あら、手帳ですか…随分と高級な品ですね…」
わかる?
「騎士の薄給で買うのは辛かったんだけど…これだけは手放せないんだ…」
「大事なものなんですか…」
そうだよ。
「俺の第2の脳さ、俺、記憶力が悪くてさ…無いと大事な事を忘れちまうんだよ!だから、ほら、高田さんの名前も書いたよ?」
「はい、ありがとうございます…また、次回は奥さまと一緒にお会い出来れば幸いです…」
高田さんは、艶やかな笑みを浮かべて歩み去った。
「さてと、次は情報だな…相手の住所はわかってても、相手の名前や嗜好を全く知らないからな…」
情報を求めて、情報屋が拠点にしているギルドの酒場に向かって歩き出した…
「あの伯爵家で、特徴に合致するのは、薔薇の姫様しかいないけど…あんた何考えてんだい?」
情報屋に聞いたら、開口一番でこう言われた。
「どういう意味だ?」
「だから、あの変わり者のお嬢様を調べてどうしようってのか知りたいね…」
こいつ…
「お前…情報屋だよな?普通、そんな話振るか?」
「あぁ、そうさ…普通はしないよ。聞かれた事を知ってる限りで、きっちり喋る、そうやって飯を食ってるんだからな…」
「そんなお前が、なんで俺の質問に質問で返すんだよ?」
「答えは簡単だ…俺もあそこのお嬢様に興味があるからだよ…」
「仕方ねえな…情報料はいくらだ?」
「金貨2枚だ…だが、さっきの質問に答えるなら1枚でいい」
「半額かよ…値下げはいらねぇよ。その代わり、アンタが、どう興味があるかも、情報として寄越してくれよ…」
「参ったね、どうも…前払いだぜ?理由もだ…」
「交渉成立だな…ギルドカードからの支払いで良いよな?」
「あぁ、金貨2枚確かに…で、理由は?」
「シンプルだぜ?結婚の申し込みだ!!」
「は?はははははっ。マジか?」
「もちろん!!」
「こいつは傑作だ!!よりにもよって、薔薇の姫様に求婚だと!?笑いが止まらねぇよ。ははははははっ…はーっはっはっはっは!」
「そろそろ黙れよ…俺も暇じゃねえんだ…さっさと準備して行かなきゃいけないんでな…早よ情報を寄越せよ…」
「すまねぇな兄弟。久し振りに、こんだけ笑ったぜ。だが、その準備は要らないと思うぜ…あの姫さんは…」「百合趣味だ…」
「知ってるのかよ…知ってて求婚だと!?本気かよ?」
「もちろんだ…じゃなきゃ訪問用の服まで買わねぇよ…」
「悪かったよ…薔薇の姫様の異名は、彼女のお見合い歴の最後を飾ったある事件が、原因だ…」
「良い意味じゃねえのかよ…」
「当時の男は震え上がったらしいぜ?」
「何が起きたのさ?」
「具体的に何が起きたのかは当事者2人しか知らない話さ…だが、起きた事象としてはこうだ…」
「ん」
「今は息子に家督を譲ったが…当時のスケベで有名だった伯爵と見合いが組まれてな…薔薇園の散策に2人だけで向かったんだと…」
「そこで事件が起きたのか」
「あぁ、素っ裸の伯爵が、身体中に薔薇を巻き付けられて悲鳴をあげ、駆けつけた兵に発見された…」
「それで、薔薇の姫様…」
「特に股間は酷いものだったらしく、尿道まで入り込んだトゲは取り出せないほど深く深く突き刺さっていたし、何重にも巻き付かれて見えないほどグルグルだったらしい…」
うわぁ…
股間がヒュンとなった。
「その伯爵は?」
「ああ…切り落とすしかなかったらしいよ?直ぐに家督は息子行きだってよ…気力がなくなったらしい。で、この継いだ息子の方は結構良い奴でな。評判良いぜ」
ノーッ!!
「胸が熱くなるな…背筋は凍りそうだが…」
「めでたく彼女は誰からも求婚されなくなった。そして、聞こえてきたのは、百合趣味に走ったって話だ。以来、トンと口の端にのぼらなくなってよ…久方ぶりに聞いてきたのが、兄弟…おめぇだったのよ…」
「まぁ」
「姫様には異母兄弟がいてよ…コイツが…」「悪いな…本当は、その辺りは重要な話だろうけど…結婚の申し込みに行く俺としては、話を誰に取り次いで貰うべきかと、姫様の名前と、周りに誰がいるか、好きな菓子や花が知りたいんだよ…」
「あ?今日プロポーズする気かよ?」
「そうだよ!俺はあの子を苦しませたくないんだから!!」
「意味がわからねぇが、お前さん、あの姫様に直接あったことがあるのかよ!?コイツはビックリだ」
「はぁ?」
「あの姫さんはな、月に1回だけ有名な娼館に遊びに行くのさ。恋人でメイドの亜理砂と2人だけでな…そして、それ以外に館を出ることがない!!」
「お前さんもそこで見たんだろ?丁度今日だしな…一目惚れか…姫さんも罪深いねぇ」
「まぁ…そんなとこだ…名前を言えよ…」
「あぁ、姫さんの名前はラウール楓加伯爵令嬢、歳は25歳で百合趣味だ。現在のというか、当初からメイドの小林亜理砂が恋人で、こっちは20歳。事件は5年前で、直ぐに恋人になってる」
名前はラウール楓加25歳恋人は小林亜理砂20歳と…
「恋敵か…あの娼婦の格好した娘が…」
「やはりな…取り次ぎは亜理砂が良いだろうな…というか、他に姫さんの味方はいないしな…花を贈るなら薔薇は絶対アウトだぜ…トラウマだとさ…」
「なら、百合とかかなぁ」
「おめぇ、本気かよ…無難な花を花屋に見繕って貰えば良いだろうが!!百合と薔薇は除外しとけよ!!」
薔薇と百合はアウト、と…
「おう、ありがとう」
「菓子はほれ、あそこの角の菓子屋が、資材が無い中で新作を発売して好評らしいぞ?シフォンケーキとか言ってフワフワらしい。ちょっと高いけど…悪くないんじゃないか?」
「シフォンケーキ、な…」
「あと、もし、亜理砂が不在なら、日を改めた方が良いぜ…さっきも言ったが、あそこの姫さんの味方は亜理砂だけだ、変な話になりかねないからな…」
「ふむ、まあそうするか…」
「最後に俺が興味を持った理由だが…久方ぶりに口の端に登った薔薇の姫様を調べる奴がどんな奴か気になっただけだ…悪い奴じゃなくてホッとしてるぜ?」
「ふむ…ラウール伯爵家ゆかりの者ってとこか…ご苦労さん…兄貴の方か?」
「…いつ気付いた?」
情報屋が臨戦態勢に移行する。
「止めとけよ…殺したくない…別に情報は嘘じゃねえんだろ?ただし、俺が変にあの姫さんを利用しようとすれば…首を飛ばすってとこか…」
「まぁな、アンタにゃ何もしねえよ…普通に薔薇の姫様を嫁に貰ってくれりゃ…万々歳だしな…元騎士団の天河さんよ…」
「仲が悪い…だっけ?」
「殺したい程じゃないさ。サッサと嫁に行けばな…」
「確約は出来ん。というか分の悪い賭けだ…」
「知ってるさ…淡い期待だ…」
「ならいい…行ってくる」
「幸運を祈るぜ…」
と無駄に、ハードな展開を噛ませつつ、宿で正装して、鎧を着こんで花を買い、菓子を持って、ラウール伯爵の屋敷に到着した。
「うわぁ…帰りたいな…圧倒されるぜ」
門番に亜理砂を呼んで貰おうと声をかけ、名前を伝えて、兜を渡して、見覚えがあるはずですと、伝えて貰った。
すると、3分ほどで老執事という風貌の爺さんが現れた。
「楓加お嬢様がお会いになるそうです。こちらへ参られよ…」
ん…。
「失礼を承知で訪ねますが、亜理砂さんはご在宅ですか?」
「…失礼極まる発言だな!!亜理砂は不在で私が、代わりをつとめている。そちらは土産だろう。早く寄越せ。必要最低限の仕事はしてやるから、用事が済んだら、早く帰れよ!本来お前などに会えるような方ではないのだからな!!」
うわぁ…
「はぁ…長居をするつもりは無いですよ」
「結構。ここでお待ちください。お嬢様失礼致します」
「入りなさい」
「はっ!承知しました。呼ぶまではこちらで少々お待ちを…」
1分位だろうか…
流れる時が、不安定極まりない…
クラクラしてきた事を自覚したころ、扉が開いた。
「くれぐれも…粗相を働くなよ…こちらへどうぞ!!」
前半は小声で、後半は主人に聞こえるように話してから去っていった…
あれ?
ボディーガード兼ねてるんじゃないの?
「その様なところでは、顔も見えませんよ?」
あぁ、扉の前に棒立ちしてた…
「失礼しました。お邪魔致します…」
「綺麗な花束をありがとう。こちらへ生けさせて頂いたわ」
おぉ、爺さん、仕事速いな…
「お目汚しを…恐縮です…」
「さて、今日ここに来た理由をお尋ねしても良いかしら?この兜を持ってきたと言うことは…」
「えぇ…ラウール楓加さん、貴女に一目惚れしました。結婚して下さい!!」
「脅しなんかに、屈しな…は!?結婚?脅迫じゃなくて?」
当たり前でしょう?
「はい…貴女を抱いて、この娘と添い遂げたいなって思ったんですよ…是非結婚して下さい!!」
「えっ!?えぇーっ?わた、私は…女の子が好きなんです。だから、ダメです」
「知っていますから我が儘は言いません。そのままで良いです。私とも愛し合っては頂けませんか?」
「それは、亜理砂との関係を容認すると?嬉…いや、無理です。結婚なんて考えられません!!」
「どうしても?」
「どうしても!!」
「そうですか…残念です…」
「えぇ、残念でしたわね…」
「失礼してお暇致します…」
「えっ?あっ!!へっ!?お待ちになって」
「何でしょう…」
「ホントは…ホントはね…貴方の事を…」
「ん?」
「いえ!兜…そうよ、兜をお忘れだわ!!はいっ!!」
「ありがとうございます…失礼しました」
退出した後は、苦笑いの執事の爺さんに門まで送られた…
「まぁ…縁がなかったな小僧…しかし、貴様見る目だけは一流だ!!頑張れよ」
「えぇ…はぁ…宴で食って飲んで泣こう…」
足取り重く、料理屋榊への道をたどった…
「バカバカーっ!!私の大バカーっ!!」
という声が、屋敷の中で響いていたとかいないとか…
なお、予定では次話の一部に話が続きます。