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Ⅳ 魔法のある国

 羊たちは、わたしが近づいていくとのろのろと場所を変えはじめた。彼らにとって当たり前の習性であるから、わたしもさして気にせずに適当な木の下に腰を下ろした。


 草むらに場違いな白いドレスの花が咲く。

 草の汁でドレスが汚れてしまわないように気を付けながら、ひとつため息をついた。


 ――これは夢かうつつか。どうにも見当がつかないな。もし本当に神様の世界に来てしまったのだとしたら、わたしはどうしたらいいんだろう。ヴェンリアさんも話しにくそうにしていたし、「その時」が来るまで待つしかないか……。


 花の香りが鼻腔をくすぐり、目を細めた。

 気づけば、羊たちがすぐ近くまで草を食べに戻ってきていた。


 手の届く距離にいた羊の背に触れる。弾力のある毛の中に軽く手が沈み込んだとき、驚いた羊が駆け出した。

 失敗したなぁと思いながら羊を見送ると、入れ違いにヴェンリアさんが隣へやってきた。


「あの子たちったら、どうにも人になつかないのよね」


 苦笑交じりに遠ざかる羊を眺める。


「まあ、そういう生き物ですから」

「前に来た子も言ってたわ。でも、ライザが来てくれてよかった」

「えっ?」

「貴女がいれば羊の世話を教えてくれるでしょう? 私にはどうも勝手がわからなくて」


 草原で悠々自適に過ごす羊の群れを、二人で見つめる。


「ヴェンリ……ヴェン、さんは神様でしょう? 働くことなんてないんじゃ……」


 いくら本人の希望であっても、呼び捨てにすることはどうにもはばかられた。

 わたしの妥協点に気付いたヴェンさんは、鈴を転がすような声で笑った。


「いいえ、最初に言ったわよね。私は神ではないの。ごく普通の庶民よ」

「魔法が使えるのに?」

「魔法……。そうね、貴女たちからすれば普通ではないことだものね」


 ヴェンさんはぽつりと零して、小さくうなずいた。


「それはつまり……」

「ええ。こちらの世界では魔法が使えるのが当たり前なのよ」


 なんてことない風に答えながら、草むらに向けて指を振る。その動作だけで、ただの草に可憐な花が咲いた。

 もう一度指を動かすと、今度はその花が萎れて三つの小さな実をつける。オレンジ色に色づいた実の一つを、無造作にもぎ取って口へ運んだ。

 残り二つも摘み取ると、役目を終えた草は茶色く枯れてしまった。


「食べる? 体に害はないわよ」


 ヴェンさんに差し出されたオレンジ色の実を、恐る恐る口へ運んだ。

 酸味の後に仄かな甘さとさわやかな風味が広がる、新鮮な感覚の果物だった。


「……ん、こういうの、初めて食べました」

「初めての人には刺激が強いかしら」


 言いながら軽く手を握りこむと、小さな火の粉があふれた。

 手を開くと、先ほどよりも赤みを増した実が湯気を立てながら現れた。


「焼いたほうが甘みが増すの。こっちの方が食べやすいと思うわ」


 進められるがままに口に運ぶと、確かにさっきよりも甘くて食べやすくなっていた。


「おいしい」


 自然に顔がほころぶ。


「それはよかったわ。私たちが使うのは、こうして自然を利用した魔法なの。何もないところから何かを生み出したりってことはできないわ」


 広げた手のひらを草むらへ向けると、一面に花畑が広がり、辺りがオレンジに染まる。蔓草を適当な長さで焼き切ると、するすると籠を編み上げてしまった。

 籠いっぱいに実を摘み取ると、残りの実は枯れた茎と一緒に種を弾けさせて消えた。


「でも、火を出したのは?」

「ああ……、それは少し事情が違うの。家ごとに得意な分野の魔法ってのがあるのよ。私の生家は、火の魔法に特化しているの」


 とは言っても、とヴェンさんは付け足す。


「私は家の中では力が弱い方なの。だから、せいぜいこの手の上に乗るサイズが限界なのよ」


 掌の上で小さな業火を弄ぶ姿は、神と呼ぶにふさわしいものであるのに変わりはない。これで弱いというのだから、ヴェンさんのご家族はどんな方々なのだろう。

 このお城にいるであろう、まだ見ぬ方々のことを想像しただけで、わたしは体の芯が震えるのを感じた。


「さ、そろそろ中に入りましょう。その恰好じゃ動きづらいし、着替えた方がいいわね」


 ヴェンさんがすっと立ち上がり、城に向きを変える。わたしもそれに続いた。

 城を仰ぎ見て、言葉を失った。


 陽光に照らされた城壁は白く輝き、見る者を圧倒する。白亜の壁に、赤い屋根とカーテンがアクセントを加えていた。


「お……おぉ……」


 声にならない感嘆をもらすと、ヴェンさんが振り向いた。

 そして。


「――ようこそ、我が城へ」


 彼女は、神々しく微笑んだ。

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