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【旧版】灰の花嫁と火炎の神殿  作者: 牧田紗矢乃
ライザ編

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ⅩⅣ 気持ちを伝える

「そろそろいいんじゃない?」


 唐突に、ヴェンさんが告げた。ゆるやかに流れていた食後の団欒の時間が、不自然に止まる。

 わたしとギルバートさんは顔を見合わせたが、共に思い当たる節はなかった。


「ライザ、貴女よ。ここへ来てから、半年になるわ。いい加減『ヴェンさん』じゃなくて『ヴェン』と呼んでちょうだいな」


 笑みを一切消し去って訴えかけられ、ジクリと胸が痛んだ。けれど、「ヴェンさん」という呼び方が当たり前になりすぎて、それがこの人の名前のように思えていた。

 素直に事実を伝えると、ヴェンさんの表情が曇る。

 いつまで経っても「さん」付けのままで、これが癖だとわかっていても距離を感じてしまうのだとしきりに訴えられた。


「明らかにヴェンさんの方が年齢も上ですし、わたしはお世話になっている身です。それなのに呼び捨てにするなんて、失礼過ぎてわたしにはできません」


 粛々と述べて、頭を下げた。


「そんな。私はそんなつもりであなたと暮らしているわけじゃないわ。貴女は大切なお客様であり、大切な友人なの」

「……だな。オレもライザちゃんのこと友達だと思ってるよ」


 面と向かって言われてしまい、耳まで真っ赤になってしまった。


「だから、ついでにオレのこともギルって呼ぶように。これは命令だからな」


 ビシッと人差し指を突き付けられた。力がこもりすぎているせいか、ギルバードさんの指先からは冷気が感じられた。

 これにはヴェンさんも表情を曇らせる。


「命令なんて……さすがに言いすぎじゃないの?」

「言いすぎってこたぁないだろ。ライザちゃんの性格を考えたらこれくらい言わなきゃ直らなさそうだしさ」


 指を下ろすと、細かな氷の粒が輝きながら机に落ちた。それを目で追いながら、ギルバードさんの言い分はもっともだと思った。


「そうですね。わたし、お二人のことは『ヴェン』と『ギル』と呼ばせていただきます」


 友人だと言ってもらえただけで、十分に嬉しい。どこの誰かもわからないのに、ここまで優しくしてもらえるなんて。

 けれど、そう思えたのはその日までだった。




 ヴェンは仕事が忙しいのか、これまで以上に家を空けることが多くなった。それに伴ってか、話すこともぐっと減ってしまった。

 ギルは作品の制作に力を入れるということで、一日の半分以上ギャラリーにこもるようになった。集中したいからということで、わたしはギャラリーに入れてもらえない。


 一人で家にいると、時間が流れるのがとてつもなく遅く感じられた。帰ってくる時間もバラバラな上、二人とも疲れきっている。だから、話しかけにくい雰囲気になっていた。

 普段話ができないぶん、ヴェンに買ってもらった便箋に二人への気持ちを書き綴ってみようかと思った。けれど、わたしには文字がわからない。

 書きたいこともたくさんあって、頭の中では整理しきれなかった。結局、封を切ることすらできないまま封筒をしまいこんだ。




 暇を持て余していると、家を訪ねてきた人がいた。

 褐色の肌のその男性は、どこかで会ったことのあるような気がする。


「久しぶり。……名前、何だっけ?」


 大きな荷物をどかりとおろして、わたしの頭を撫でた。声を聞いて、その人が誰だか思い出した。


「ジェシカさん。わたし、ライザです」

「おっ、アタシのこと覚えててくれたんだ! 嬉しいねー。お土産あげちゃう」


 満面の笑みで、包装紙に包まれた小箱を手渡してくれた。


「海の向こうの国の焼き菓子だよ。こっちではなかなか手に入らないからねー。つい買いすぎちゃうんだ」


 ジェシカさんの言葉は嘘ではないようで、パンパンの鞄にはわたしがもらったのと同じような包みが何十も詰め込まれていた。


「ヴェンとギルバードは?」

「お二人とも家にいないことが多いんです。ヴェンはお仕事、ギルは作品作りで忙しいみたいで……」

「へぇー。あのギルバードが忙しくなるくらいギャラリーにこもってるって? こりゃしばらく出かけない方がいいかもねぇ」


 うんうんと一人で納得しているジェシカさんに、内心首をかしげた。


「アイツが真面目に制作を始めるなんて天変地異の前触れか何かでしょ?」


 真顔で問いかけられて、思わず笑ってしまった。


「ギルが聞いたら怒りますよ」

「ん? アイツが怒っても怖くないし。むしろ返り討ちにしてやるよ」


 力こぶを軽く叩いて、自信満々の表情を見せる。ギルも彫刻などで鍛えられているけれど、ジェシカさんには敵わなさそうだ。


「ところで……、ジェシカさんはどんな魔法を使われるんですか?」

「アタシかい? アタシはヴェンやギルバードみたいに派手な魔法は使えないよ。その代わり、怪我を治したり気持ちを伝えたりってのはそこそこ上手いけどね」

「気持ちを伝える……?」


 そうそう、とうなずく。


「たとえばこういうふうにさ」


 ジェシカさんが言うと、胸の奥が暖かくなってきた。


「あなたに会えて嬉しいです」


 しぐさ付きで、告げられた。


「わたしも、同じ気持ちです」

「ははっ、それはアタシの気持ちが移ったからじゃないかい?」


 そう言われるとそうなのかもしれないけれど、とても幸せな気持ちになれた。


「……でも、わたしの気持ちを同じように伝えることはできませんよね」

「おおよその感情なら読み取れるよ。

 国を出たら、言葉が通じないこともしょっちゅうだからね。アタシみたいに気持ちを伝えることができる魔法使いは重宝されるんだよ」


 ジェシカさんの話を聞いて、わたしたちが違和感なく会話で来ていることに驚いた。


「わたし、世界に言葉は一つしかないと思ってました」

「でも、こっちの文字は読めないだろう?」

「……はい。わたしの育ったところでは読み書きのできる女は少ないので、当然だと思ってましたが……」


 学校は男の人かお金持ちの家の娘だけが行くところだと認識していたけれど、ジェシカさんはそうではなかいらしい。


「そっか……。ヴェンが言うにはね、花嫁ってのは発音が極めて近い世界から招かれているらしいんだよ」


 今まで文字が読めた花嫁がいなかったから文字は別なんだと思ってたけどね、と付け足して苦笑する。

 そうこうするうちにヴェンとギルが帰って来て、久しぶりに賑やかな食卓となった。




 食後、ジェシカさんと入れ替わりでヴェンが大きな鞄を持ち出した。


「ライザ、貴女も準備を」

「そっかぁ……。もっと早く帰ってくるべきだったね」


 ヴェンの言葉に戸惑っていると、後悔するようにジェシカさんが漏らした。


「ねぇヴェン」


 わたしに背を向けて荷物をまとめているヴェンに、不安を覚えて声をかけた。ヴェンは少し頭を動かしただけで、返事はしてくれない。


「あっという間だったな」


 ギルがぽつりと零す。窒息しそうな閉塞感から解放されるのは一安心だけれど、この後はどうしたらいいのだろう。

 ヴェンが花嫁の世話をしてくれるのは一年だけで、次の花嫁のシーナが来ればわたしは用なしになるらしい。


「いいわね、貴女は支度をしなくて済むんだもの」


 棘のある言葉が突き刺さり、胸が苦しくなった。


「どうしたんです? わたし、何か悪いことをしましたか?」

「いいえ」

「じゃあなんで……。少し前までは楽しくやってたじゃないですか」

「そうね。でも、楽しいだけじゃ駄目なのよ」


 ヴェンの言葉に、重い沈黙が訪れた。

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