ⅩⅢ 市の土産
市場には、見たこともないものがたくさんあった。
わたしが知っているものの数倍はあろうかという大きな卵や、生花を使った花飾りなど色々なものに目を引かれる。そのたびに足を止めてしまうので、ヴェンさんたちと何度もはぐれそうになった。
「ギルったら、毎日家にいる癖にライザをどこにも連れて行ってあげなかったのね」
「は? 外へ出すなって言ったのはお前だろうが」
二人が小声で言い争っているのが耳に入ってきた。わたしは聞こえないふりをしながら窓越しに店の中を覗き込んだ。
洋服店と思われる店では、職人さんが服を作っている所だった。
指一本触れていないのに、糸の通った針がするすると布を縫い上げていく。職人さんはそれを見守りながら、布の位置を細かく調整したり別の色の糸が通った針にすげ替えたりしていた。
今着ている服も、こうして作られたのだろう。糸の先をハサミで切り落とし、完成したものを見分している様子から目を離すことが出来なかった。
「そんな高い服見てどうすんだよ」
後ろから小突かれて、振り返った。
「ここって高いんですか」
「当然だろ? ビッザ・ルーグなんて高級も高級、貴族お抱えの庶民とはご縁のない店だぞ」
「へぇ……」
そうは言われても、普通の服と変わり映えしないように見えた。
「こっちへいらっしゃい」
何がそんなに高級なのかと食い入るように見つめていると、ヴェンさんに呼ばれた。職人さんが仕上げに入る寸前で、後ろ髪を引かれる思いだった。
渋々振り向くと、ヴェンさんは雑貨を扱う店の前にいた。女の子なら誰でも心躍るような店構えだ。
「ライザにはこういうのがいいんじゃないかしら」
指さしているものは、髪留めだった。花や鳥の羽や蝶など、色も形もさまざま揃っている。
魔法が存在する国にしては、ごく普通の小物のように見えた。
そのことに、落胆の色が隠しきれなかった。ヴェンさんはそれに目ざとく気が付いて、どうしたのと小声で尋ねた。
「これ、何か魔法の小物なんですか?」
「え? 作る過程で多少なりとは魔法も使うでしょうけど……。ライザは魔具が欲しいの?」
「あ、いえ。魔法の国へ来たら、そういうものが売ってるのかなぁと思っただけです」
わたしの答えに、ヴェンさんの顔が曇った。
ケッ、と嘲笑を漏らしたギルバートさんが口を開いた。
「売ってることは売ってるさ。誰でも買える代物じゃねぇけどな」
「証明書とか、手続きが面倒なのよね。お店に入るだけでもうるさいから苦手だわ。だから、うちにもほとんど置いてないのよ」
思い返してみると、確かに見かけた覚えがない。
使うあてもないし、ただの興味だったのでこれ以上は詮索せずに雑貨店に入ることにした。
店の中には、外から見た時に飾られていた髪留め以外のものも数多くあった。その一角には若い女性も多くいて、実際に手に取ってみることが出来たのはわずかなものだけだった。
部屋着も何着か置かれていて、そこにも女性客がいる。どうやら、この店の客層は若い女性で占められているようだ。
居心地が悪いのか、ギルバートさんは早々に店の外へ出てしまっている。
「これは、ヴェンリア様じゃありませんか。お久しぶりですねェ」
鳥かごの中にいた黄緑色のインコが、流暢に語り掛けてきた。
ヴェンさんはそれに動じることもなく、至って普通の様子で談笑を始めてしまった。わたしは助けを求めてヴェンさんの袖を引いた。
「なんなんですか、この鳥……」
「ここの店長さんよ。この子はライザ、ちょっとの間だけ家で暮らしてるの」
鳥に向けて紹介されるというのは不思議な気分だった。
インコは止まり木の上をピョンピョンと飛び跳ねて、すぐ目の前までやってくる。右の羽を胸に当てて器用にお辞儀をすると、笛の根のような声で自己紹介をした。
「わたくし、店主のローディンと申します。以後お見知りおきを」
雑貨屋の店主には似つかわしくない挨拶に、会釈を返すのがやっとだった。
「何かお気に召すものがありましたらプレゼント……とまでは申し上げられませんが、半値にまけましょう」
他のお客さんには聞こえないように、そっと耳打ちされる。思わぬ提案にヴェンさんの顔を盗み見た。
「せっかくのご厚意だもの、好きな物を選びなさい」
そう促してもらって、改めて店内を見て回ることにした。
お店にはお洒落な帽子や、カラフルなカップもあって目移りしてしまった。どれも惹かれるが、やや決め手に欠ける。
逡巡を繰り返していると、ヴェンさんに肩を叩かれた。
「ライザ。ギルが待っているし、そろそろ決められないかしら?」
ガラス張りのドア越しに、暇を持て余したギルバートさんが向かいの店の外壁にもたれているのが見えた。わざわざあちらへ移ったのは、日陰に入るためのようだ。
店の壁に掛けられた時計の針は、店に入った時と比べると長針が半周以上進んでいる。これまでの間に浮かんだいくつかの候補の中から選ぶ方が良さそうだ。
「んー、どっちも捨てがたいな……」
わたしが髪留めと便箋を見比べていると、両方ともヴェンさんに取り上げられてしまった。
「迷うくらいなら両方買えばいいのよ」
つかつかと会計に歩を進めつつ、呆れたように小さく笑った。
レジカウンターには、白く長い髭をたくわえた恰幅の良いおじいさんが待ち構えていた。平時でもしわはあるのだろうが、とろけそうな笑顔がしわを更に深くしている。けれど、ピンと伸びた背筋のおかげで、「おじいさん」というよりは「おじさん」といった方が正しいような印象だった。
「お決まりですかな?」
おじいさんの声を聞いて驚いた。わたしの反応を楽しむように、おじいさんは胸に手を当ててお辞儀をした。
「改めまして、店主のローディンです。以後お見知りおきを」
「そんなに驚くことはないわよ。ただの鳥使いのおじさんだから」
ヴェンさんがさり気なく呟くと、ローディンさんは大きなおなかを揺らしながら笑った。
「いやぁ、相変わらずヴェンリア様は口が悪い」
「そんなことないじゃないの。ライザに変なことを吹き込んだら怒るわよ」
口では憤慨しているふうなことを言っているが、ヴェンさんは楽しそうだった。対するローディンさんも笑顔で、さながら祖父と孫娘のように見える。
会計が済むと、ローディンさんは商品の入った包みに淡い緑の羽を一本添えてくれた。わたしの故郷であれば、羽ではなくリボンをかけるところだ。些細な違いながら、面白くてつい見入ってしまった。
「この羽、とても綺麗ですね。でも、どうして羽を付けるんですか?」
包みを受け取りがてら、尋ねてみた。おじいさんは嫌な顔一つせず、教えてくれた。
「これはね、うちの店員の羽なんですよ」
そう言いながら視線を向けた先には、鳥かごがあった。中には頭が青く、尾の方へいくに従って緑っぽい色に変わっていく鳥がいた。
「あれは一晩で三つの山を越えると言われている鳥でね、その鳥の羽を持っていると手に入れたその場所にまた戻ってこられるという迷信があるんです」
つまり、またこの店に来てくださいということですよ。とお茶目っぽく笑った。
「はい。また来ます!」
ローディンさんの粋なはからいで、一気にこのお店が好きになった。大切に紙包みを抱えて店を出ると、不機嫌そうなギルバートさんと目が合った。
「これだから女の買い物は嫌いなんだ」
待ちくたびれた不満が、悪態となって溢れる。立て続けに不満を並べようと口を開いたところで、ヴェンさんが鋭い視線で制止を入れた。
「さ、帰りましょ?」
「……おぅ」




