目線、美紀
こんにちは。私は美紀ことミッキーです。みんなミッキーとばかり呼ぶので本名を知らない人が多いのだ。先生に中にも私の名前がミッキーだとばかり思っていてテストを返すとき「この美紀って誰だ?」と言われるまでだ。
さて、そんなどうでもいいことは置いておいて待ちに待った学園祭。私は優華率いるバンドのドラムを担当してる。元々、東高には軽音楽部があって私が優華を無理やり入れたのがきっかけ。優樹から優華がギターを趣味にしていると訊いたからだ。
目立つことの嫌いな優華が目立つ趣味をしていることに驚きだったし、独学だけでコードを覚えている割には当時の先輩よりうまくてすぐに入部は容認された。優華自身は嫌がっていたけど。
でも、ある日。優美が結婚すると知った時に数か月ぶりに優華がやって来たと思ったら、みんなの前で頭を下げて自分の作った歌詞と歌を学園祭で披露したと言ってきたのだ。驚きだった。あの優華がそんなことを言ってくるなんて私はここは夢の世界ではないかと疑った。その後に優美のためだと聞いて納得した。あの人の影響力は非常に強い。引っ込み思案な優華でも簡単に動かしてしまう。不思議な力が優美の周りにはあるのだ。
優華のギターの腕を知っている私たちはその要件を飲んだ。学園祭の曲の準備とかなんにもしてなかったのでちょうどよかった。
優華はギターもそうだけど、歌もうまかった。普段使っていない分が利子つきで返って来たのだろう。先輩たちも少しは嫉妬してたみたいだけど、大目に見た。そのがんばる姿を見ていたら自分たちの嫉妬がバカバカしく見えたからだ。
そして、本番の1週間前ほど今まで優華の背中を押し続けていた優美が空港のトラブルで学園祭までに日本に帰ってくることが事実上無理だと分かった時、今まで頑張っていた優華がどこかに消えた。優美からの自立を目標したこの発表も結局は優美の力がないとできない。私はまったくを持って意味がない気がした。
時間だけが過ぎていく。
当日、優華はとりあえず控室に現れた。私たち軽音部は少しでも優華の背中を押すために明るく出迎えた。ここ最近練習に参加していなかったことなんて誰も怒っていない。
とりあえず、リハーサルに参加する。歌うわけじゃない優華も誰も客のいないステージには立てた。でも、その足は絶えず震えていた。リハーサルは流れと手順を軽く覚えるだけで演奏するわけではない。優華もかろうじて最後までやりきることが出来た。リハーサルだというのに汗の量が半端ではなかった。
本番が近くなってくる。優華のことだからこの衣装を着るのも抵抗するだろうと呼んでステージ発表まで1時間ほど時間があったけど、衣装を着ることにした。もちろん、無理やり。髪も私たちがセットしてその姿はその場のメンバーが全員口を合わせてかわいいと言った。そしたら顔を真っ赤にして逃げ出した。捕まえることもできず、すぐに私の周りには人だかりができた。こういう格好をしている女の子は少ないので誰もが見世物だと見に来るのだ。優華を探すどころじゃなかった。携帯も控室におきっ放しで連絡もできない。せっかく来た衣装も脱ぐのも面倒だなと考えて混んでいた時、私は見覚えのある人物が何か叫んでいた。翔平君だ。女の子を求める旅をしていたらしい(予想)。
とりあえず、彼に優華を探すように頼んだ。その数10分後、優華が翔平君に連れられて戻ってきた。まさか本当に連れて来るとは驚きだった。しかもこんなに早く。
優華は翔平君の来ていたジャッケトで衣装を隠していた。震えていたから人に囲まれたんだね。
優華はみんなの前で謝る。翔平君はその優華を見送ると優樹たちを待たしていると言って控室を後にした。
で、本番直前であ。
「ちょっと・・・・・・ト、トイレ」
「逃げるな」
「う~」
やっぱり逃げようとしていた。こういう状況になると優華の行動はいたって単純になる。
こんな調子で本番大丈夫だろうか。正直、嫌な予感しかしない。優華がステージに立つだけ立ってそのまま動かなくなりそうなそんな予感がしてならない。翔平君では優華を押すには力不足のようだ。だけど、私のそれ以下。優華の背中を押すこともできない。動ことしない優華をただ引きずるように引っ張ることしかできない。それではダメだと分かっているつもりだ。
「軽音楽部の皆さんお願いします」
学園祭の実行委員が伝えてみんな立ち上がり準備を開始する。
「優華。緊張しないの」
「ミッキーちゃん。無理。吐きそう。トイレに・・・・・」
「今更遅い」
それがいいわけだってことも丸分かりだよ。
「円陣組もう!」
優華の手を引く。私の言葉にみんな反応してくれてそれぞれ肩を組む。優華もその流れには逆らえずエンジンの中に入る。というか私が入れた。
「ほら、言い出しっぺ。何か掛け声よろしく」
「え?あ・・・・・・え・・・・・その」
こんな円陣だけで緊張しなくても。
「えっと、た、楽しみましょう!」
『おー!』
いい声出るじゃない。少しこれで私も優華の力になれたかな。
そう思ったのはその時だけだった。
弾幕の降りたステージのほぼ中心。センターのポジション。私はドラムだから後衛で優華の姿を見る。リハーサル通りのことを優華はこなしている。でも、その足はまるで別の生き物のように言うこと訊かないのか安定しない。ステージの時間は予定よりも遅れている。実行委員はそんな状態の優華の気にすることもなく着々と発表が近づいていく。
司会の短い紹介が流れると垂れ幕が上がりステージ全体に明かりが灯る。
その先にいた人の数。その量は私の予想をはるかに超えていた。半分以上席が埋まっていたのだ。さすがの私も少し緊張してきた。そんな私が緊張しているということは優華はそれ以上に緊張している。
目の前の人の量にギターを握る手が強くなり足がガクガクと震えていて頭がまったく回っていない。会場からは衣装がかわいいとか聞こえる。その人の数が優華の動きを止める。翔平君の力だけではここに優華を立たせることが精一杯のようだ。それだけでもさすがだと思う。私は翔平君と比べて優華と過ごしている時間は長い。それでも優華の力になれない。それが悔しかった。
いつまでたっても始まらない何も始まらないことに会場全体がどよめきだした。
一応想定していたことだ。対策は練ってある。
ベース担当の先輩とアイコンタクトで合図を送る。
先輩もそれに気づいてため息をつきながら持ち場を動き優華の代わりにバンドの紹介をやってもらう手筈だ。その間に優華が蘇生しなかったらそれからどうしようか考えていない。ギターは優華しかいない。ボーカルも優華しかいない。どうしようかな・・・・・・。
だけどそれはすぐに考える必要もないこととなった。
「優華!」
その声は会場のはるか後方、入り口付近だ。聞いたことのある声だった。
私は思わず立ち上がってしまった。私が見た物。女の子のためならどんなことでもする大馬鹿者の翔平君。そしてその隣にいる人物を見て優華が動き出した。
「やっぱり敵わないな~」
私は小言でそう呟いて落ち着いて元の場所に座る。




