ボーカル、優華
今日もしおれそうだった。俺の思考回路は常に女の子とばかりだ。授業中もほとんどの時間をどうすれば女の子とお近づきになれて仲良くなれるかを考えていた。だから、謹慎中の俺としてはもう死にそうだった。女の子のことを考えようとしても目の前には暑苦しい筋肉バカ先生。隣には俺が女の子と一緒にいるのをひたすら邪魔するジャッジメントの一味。ここでは俺の思考は女の子で埋めることはできない。
絞られるだけ絞られて学校が終わる。和成は待っているわけがない。謹慎中の生徒の授業が終わるのは普通よりも1時間遅い。あいつが待つわけがない。
あの一件以来優華も優樹も俺のことを校門の前で迎えに来ることはなくなった。やっぱりジャッジメントの目を俺に向けさせるための優樹の演技だったのだろう。優華もそれに付き合っていただけというわけだ。俺の純粋な男心が傷つく。
バスに乗って綾見家まで帰る。
ここでは特に伝えるようなことは起きなかった。
「ただいま」
「お兄ちゃん帰ってきたです」
俺の心を癒してくれる笑顔の持ち主優奈ちゃん。ゲームをしていなければもう俺には優奈ちゃんしかいない。
「お姉ちゃん!お兄ちゃんが帰ってきたです!」
報告するかのように二階に上がって行った。いつもなら俺の手を引いてゲームをさせようとするのだが今日は違うようだ。ただ俺としてそっちの方がいい。
リビングには珍しく誰もいなかった。いつもなら無防備なミッキーさんが俺を誘うようにソファーの上でくつろいでいるのだが今日はいない。靴はあったからいると思うのだが。
女性陣がいない間に制服から適当な部屋着に着替えてソファーに寝ころび疲れ切った体を休める。適当にチャンネルを変える。
すると優奈ちゃんが戻ってきた。俺の横に座ってテレビを見る。特に変わった光景ではない。なぜか優奈ちゃんは出会ったころから俺によくなついている。
「ミッキーさんは?」
「二階にいるです」
「そう。優樹も?」
頷いた。一体3人で何をやっているのか。
「何やってるか知ってる?」
「秘密です」
女の子の秘密の会議。男が関わっていいことなんてない。と思う。俺はとりあえず恐ろしく面白くないバラエティー番組をボーっと優奈ちゃんと共に見る。
しばらくするとバンとリビングの扉が勢いよく開いた。
そして、優華、優樹、ミッキーさんがじゃれ合いながら入って来た。正しくは優樹とミッキーさんが無理やり優華をリビングに入れようとしていた。それを優華が全力で拒否していた。
「優華諦めなさい!」とミッキーさん。
「い、嫌だ!」と駄々をこねる優華。
「今までの努力が無駄になるわよ!」と優樹。
何を話しているかさっぱりだが、女の子同士が体をぶつけ合う光景を俺は始めて見た。うん、いい光景だ。
「た、助けて。翔平君~」
助けを求めている!この俺に女の子が助けを求めている!行くしかないと!
「邪魔しないで翔平!」
今度は優樹に止められた。
俺のとっての究極の選択だ。どちらの味方に付けばいいのか。かわいい度で行けば優華の方が勝る。でも、最近いろいろあって優樹との関係も回復させたい。でも、これで優華の関係が崩れたらさらにここでの生活が居心地の悪いものになる。いやでも優華かわいいしな~。
「優奈ちゃんならどっちの味方する?」
ほとんど自分で結論を出すことを放棄した。
「優華お姉ちゃん」
そうか。なら俺は優華に加勢しよう。
「ちなみに私は優樹の味方だよ」
とミッキーさん。あの人は完全に俺の判断に困るようなことをしてくる。完全に遊ばれている。これで多数決的には五分だ。俺がどちらに加勢するかによって変わる。どっちにする。
俺が悩むことによってリビングにはバラエティーから流れる作り笑いだけが聞こえる。みんな俺の方を見て固まっている。
「今だ。てい」
優樹がその隙を見逃さなかった。抵抗力を緩めていた優華をリビングに引っ張り出した。
「ありがとうね、翔平」
俺は何もしていない。せめて何かいいことをやってからそう言われたいものだ。特に女の子からには。
さて、ここで今現在の綾見家にいる俺以外の人物のおさらいをしておこう。
まずは末っ子の優奈ちゃん甘えん坊で人懐っこい性格で天使にしか見えない。だが、ひとりパソコンを作ったり、ランキングのあるゲームではほぼ上位にいる最強のゲーマー。三女の優樹。活発的な暴力的な女の子。人を騙すことに長けている嘘つき。でも、女の子としての要素がたくさん詰まった俺的には一番親しみやすいタイプの女の子だ。優華たちのいとこで居候のミッキーさん。金髪碧眼に巨乳というまさに見た目だで核に匹敵するほどの攻撃力の持ち主。ちょっと小悪魔的なところもある。で、次女の優華。根暗で大人しいイメージが強いがある条件が整うと何度も死地を乗り越えてきたみたいなヤクザの口調になる。普段は目立つことを嫌いそうなイメージがあるが今の優華の背中にはギターがある。
優華は俺と目が合うと目線を外す。
「翔平君。意外でしょ。優華はギターやってるのよ」
意外すぎる。前に趣味を聞こうとした時に言葉を濁してごまかしていたが俺の耳はごまかせない。何か趣味があるとは分かっていた。でも、ギターとは予想外だ。
「で、もうすぐ東高祭があるのよ。そこで優華がステージ発表をするのよ」
ミッキーさんが恥ずかしさで顔を真っ赤にする優華を尻目に次々と話していく。大丈夫だろうか?ダーク優華とか出てこないよね?
「つーか優華が?」
「うん」
「しかもボーカルよ」
「ボーカル!」
驚きの連続だ。人と話すこともまともにできないような優華にそんなことが出来るのか?とか言っている間に優華の顔がゆでダコみたいになっていくぞ。
「発表近いし、そろそろ人前でも弾けるようにならないといけないのよね。そこで翔平君がお客さん替わりにして演奏してみよう。だから逃げないの優華」
逃げようとする優華の首根っこを掴んでミッキーさんが捕獲。
「でも、いきなりはたぶんきついわよね」
優樹がゆっくりと近付いてくる。何をされるかなんとなくわかってしまう。今の優樹はスカートじゃない。蹴られても利点なんてない。今までは蹴られてもパンツ見れたけど。
「ちょっと待て!優樹!」
「大丈夫」
笑顔で言うところじゃない!
その後回し蹴りを食らった。でも、気絶しない。俺は頑丈になったということか?これなら気絶する方が楽なんだけどな。
起き上ろうとすると優樹に足で押さえつけられた。すると優華には聞こえない声で俺に告げる。
「悪い。気絶してるふりでいいから」
ふりをしていろ?どういうことだ?
「さぁ、翔平も寝たことだし練習するわよ」
「ここで?」
「当たり前じゃない。気絶してるけど、見かけだけでも練習になるでしょ」
「う・・・・・うん」
優樹は嘘がつくのがうまいな。
チューニング中なのだろうか音が聞こえる。というかギターを弾く姿も歌う姿も見たいんだけど優華のいる方に顔を向けていないので見られない。というかいつまで優樹は俺の頭を押さえつけているんだ?
「じゃあ、始める」
そう小さな声で優華が言うと禅僧らしきギターの弦をはじく音が鳴り響く。ジャンルはロックだろうか?俺は音楽のセンスがない。女の子にもてるたえにバンドでもやろうかと考えたがセンスも資金もなかったので諦めた。でも、あの優華がギターを弾いていると思えない。俺の女の子の妄想には長けているのだがそれでも妄想することが出来ない。一目でいいから見たい!そういう欲求が俺の底力を見せる。顔を気合で優華の方に向けようとする。優樹がそれを阻止しようとする。優華の知らないところで激しい争いが繰り広げられていた。
その時優華が歌い始めた。いつもの控えめな声ではない。俺の聞いたことのない。透き通るいい声だった。そうすると自然と優樹の押さえつける力が弱まり俺は優華の方を見る。
そこには俺の知らない世界があった。確かに優華はギターを弾いていた。特にスポットライトのようなものはない。でも、優華だけに明かりが点されていてひとり輝いていた。あの根暗で大人しい優華はどこにもいなかった。例えるなら俺が今まで見てきた優華は花のつぼみ。そのつぼみが今俺の目の前で咲いている。
その優華の姿に皆見惚れていた。
その姿も素晴らしいものだが、気になったのはその歌の歌詞だった。




