思わぬ遭遇、和成
蹴られると思っていた。そのくらいのことをされる覚悟はあった。
キスをしに来たのは優樹からだった。俺が女の子との口づけを望んで無意識に言ってしまったことではない。それだけは言えることだ。俺の目的はあくまで女の子といっしょに過ごして楽しくいたいということにある。その流れでキスをすることは興奮する。バッチ来いなのだが、こんな風に無理やりやるキスは何となく嫌だった。
優樹のほのかに暖かい唇の柔らかい感触。頬からは優樹熱を感じ、髪からはほのかトリートメントのほのかな香り。今まで以上に優樹が女の子らしく見えた。彼女は自分で言っているよりも女の子だ。俺もどこかで暴力行使の凶暴女としてしか見ていなかった部分もある。そんな風にひとりの女の子を見ている俺はまだ女難期を抜けれない。
それでも貴重なキスの瞬間。そのほんの数秒は人生で最も長く感じた数秒だった。
「カップル一組入りま~す」
女店員の威勢の良い声が店内中に響き渡った。
俺たちは大人しく店に入り、店員に言われるがままに席に案内された。結局蹴りは飛んでこなかった。
優樹はずっと下を向いたままこっちを見なかった。耳は真っ赤になっていた。恥ずかしさを必死に隠しているようだった。
席に座るとすぐにお冷を持った店員がやってきて注文を取りに来た。
「ケーキバイキング」
優樹が注文すると俺も同じものを注文した。バイキング用の皿が来たのにもかかわらず優樹はずっと下を向いたままだった。声を掛けるべきか否か迷った。こういう時にどんな言葉を掛ければいいのか俺には分からない。経験値が足りない。どんな言葉を掛ければ子いう女の子とまた会話できるのか俺には全く分からない。
とりあえず、あそこまでしてこの店に入ったんだ。
「おい。ケーキ取りに行こうな」
俺にはこれを言うのが精いっぱいだった。すると優樹がゆっくりと顔をあげてくれた。その目元は少しむくんでいた。
「はじ・・・・・・だったのよ」
「・・・・・・・・・・・・」
聞き返してはいけない。女の子に対する経験値の低い俺でも分かった。これは聞き返しては不味いと思った。
「ファ」
「・・・・・・・・ファ?」
「ファーストキスだったのよ!」
店内中にその声は響いた。だが、誰もがお互いの恋人同士の会話に夢中で誰も気にしていなかった。そんな堂々と発言されても困るのは俺だ。そうか。ファーストキスだったのか。後で絶対に蹴り殺されるな。その時は素直に蹴られに行こう。そして、心の中でごっつぁんです。
「やけ食いよ」
皿をもって立ち上がる。
ケーキを?せっかくだからもっと楽しく食べようぜとは言っても訊かない気がする。今の優樹はどうも気持ちの整理が出来ていないようだ。でも、向こうからキスをしてきたのだ。向こうからここに来ようと誘われて連れてこられたのだ。でも、本当にここにケーキを食べに来るのが目的だったのだろうか?小さな疑問が俺の中に残る。
しばらくして優樹が戻ってきた。その皿にはケーキが山積みになっている。
「食べきれるのか?」
「食べるのよ」
本当にやけ食いをするようだ。
「あんたも食べなさい。あんたもいろいろ失ったでしょ」
何を?逆に俺は手に入れた。キスという人生で最も最高の瞬間を。
でも、そんなこと言ってみろ。100%殺される。
なんで優樹がキスまでしに行ったのか後で落ち着いたときにでも聞くとしよう。
俺も席を立ってケーキを取りに向かう。俺がケーキを優樹みたいにバカ食いできるほど甘党でもない。こういうケーキはたまにひとつ食べるからおいしいのだ。
だから、とりあえず無難にショートケーキとモンブランをとる。
「後、ひとつくらいでいいか」
すると俺と同じくどのケーキにするか模索している人とぶつかった。
「すみません」
「気にするな」
相手は男だった。俺と同じ制服姿の男だった。こいつも彼女に無理やり連れてこられたのだろう。本物かどうかさておいてぶち殺したいな。彼女持ちの男なんてみんな蒸発して滅びればいいんだ。
「それで和成はなんでここにいるんだ?」
「て!翔平!なんでここに!」
すごく慌てている。
そういえば、今日は帰りがいっしょじゃなかった。HRが終わると逃げるように帰って行ったのを見ている。たまにあったことなので気にしてはいなかった。まさか、こんなところに来るために俺を振り切っていたということか。それに今は店員によってキスをしないと店内に入ることが出来ない。つまり、俺みたいなものを覗けばカップルしかいない状況になってきているはずだ。つまり、こいつはジャッジメントの上層部の人間でありながら彼女がいるということになる。
「現行犯で裁いてやろうか?」
「翔平。それはお互い様だろ」
「俺は優樹とカップルと偽ってここにいるだけだ」
かなり捨て身の作戦だった。でも、これはこいつに言うべきことなのだろうか?こいつの口は綿あめ並みに軽い奴だ。ここに入るために親戚の女の子とキスしたなんて問答無用で殺される。ジャッジメントが壊滅中でよかった。
「それでお前はなんでここにいるんだ?」
「お、俺も姉貴が行きたいって言うからカップルを装って」
「お前一人っ子だろ」
「ち、違う!近所に住んでる年上の女の人だ!」
「そういうのを彼女って言うんだよ」
「ミスった。本当は母さんと来てる」
だんだん苦しくなっていたぞ。確かに和成の母は美人だ。40を超えているようにはパッと見では分からない。でも、いくらなんでも苦しいだろ。
「正直に言え。そうすれば、ここでのことはお互いにチャラにしよう」
「さりげなく自分も助かろうとしてるだろ」
それの何が悪い?
「とにかく、俺は母さんと来ている。問題はお前の方にあるんじゃないか?」
まぁ、ジャッジメントの奴らから見れば優樹とここにいるというのはデートにしか見えない。和成の言っていることが本当なら状況は俺の方が不利だ。
「和成しゃん?」
和成を呼ぶ声がした。
声の主は和成のすぐ背後にいた。和成は全身からなぜか汗が噴き出ている。顔色が悪い。それがなぜなのか考えるまでもない。
身長は小学生並みだが身長とは反比例した大人びたお嬢様のような雰囲気のあるかわいい女の子が和成の後ろにいた。優樹と同じ制服を着ているところを見ると北中学校の生徒だ。
「和成。どんな死に方がいいか選ばせてやるよ」
「なんで死刑確定なんだよ!」
だって、俺の知る限り和成には姉も妹もいない。親戚も俺と同じように年の近い女の人はいなかったはずだ。そう考えると彼女だろ。
「和成しゃん。お友達でしゅか?」
しゃべり方が特徴的だ。そして、ロリコンっぽい。
「初めまして。私は和成しゃんの彼女の有紀でしゅ」
「現行犯逮捕だ。和成」
「何でだよ!」
言う必要もないだろ。
それにしてもこいつはジャッジメントに加担しておきながら彼女を持っていたとは許しがたい。ぜひ、明日はジャッジメントの残党と共に和成を殺そう。きっと、みんな率先して参加してくれることだろう。
「何してるのよ?」
優樹がケーキのおかわりにやってきた。というかあの量のケーキをもう食べたのか?
女の子の甘いものに対する胃袋はブラックホールのようだ。
「優樹しゃん?」
「有紀じゃない」
どうやら知り合いのようだ。
「友達か?」
「う・・・・・うん」
そういえば、男の友達ばかりだとか言ってなかったか?まぁ、いいか。
「翔平」
「なんだよ?」
「このことは内密に頼むぞ」
「やだ」
「なら俺も翔平が優樹さんとカップル限定の」
「お前も内密にしろよ。さもないと校内放送でばらすからな」
「わ、分かった。お互いに命は大切にしよう」
まったくその通りだ。この店に長居することはあまり俺からしてもよろしくない。いつカップルの男の方をぶち殺しに行くか分からない。押さえるが大変だ。




