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1シーンお題ったー「街に住む竜のお話」

RTされたらトランジスタは『君の小さな手が僕の頬に触れる。「どうしたの?悲しいの?」僕は君の手に触れた』というシーンの入った話をかいてください



 雨の降る街並みを、見下ろしている暗い目が二つ。それは、夜の街を高くから見守る碧の瞳。


 街で一番高い時計塔には、黒い竜が住んでいます。街の住人は皆それを知っていますし、時計塔の整備士は毎日竜と向き合いながら仕事をしています。この街では竜は退治すべき怪物ではなく、守り神みたいなものなのです。町長も黙認しているので、誰もが余り近づかないように気を付けつつ、竜と共に暮らしていました。その昔、竜がいたことで戦争を避けられたこともあったそうです。竜は街の人々から感謝されていました。しかし、出来るだけ人の行き来を見届けようとする竜を、怖がる人もいました。余りにも大きく、異質な存在であった竜は、それだけで人を怖がらせるのです。竜は、それも仕方ない事だと受け入れているようでもありました。

 時折街で騒ぎがあると、竜は直ぐ傍まで降りて来ては威圧的に炎をしゅうしゅうと吐いて、場が収まるまで見ていることがありました。襲ってきたりはしません、竜は何も言いません。けれども、争いごとや悲しいことは好きではないのでしょう。そういう事があった時、竜はいつも酷く怒った様子で街の空を旋回して、低く轟っと鳴いて、何度も何度も空を行ったり来たりするのでした。まるで、悲しいことを見過ごすのは我慢がならないのに、自分には何も出来ないのだと嘆くように。

 この街で竜と一番関わりがあるのは、時計塔の整備士です。いつもは彼が毎日塔に上り、大きな歯車や文字盤などの整備を行っています。彼は、黒い竜に、空をやすやすと飛んで見せる空の覇者に、畏敬と尊敬の念を感じていました。そして独り身の為か、竜のことを家族のように想っていました。竜も、気のない素振りを見せつつも、甘えたり、じゃれたりして、一人と一匹はとても良い友人に見えました。

 実際、彼が竜を酔わせてみようとして酒を沢山持ってこようとした時、あまりの重量に時計塔の上まで運びあげるのは不可能だったのですが、竜は察したように下まで降りて来てくれたのです。そのまま彼等は仲良く酒盛りをしました。その後、酔っ払ってしまった整備士が竜の背中に乗って空の上をはしゃぎながら駆け回った為、彼は街中の時計を無償で直さなければいけなくなってしまいましたが。


 しかし、今夜の竜は酷く不安そうでした。いつもこの時間は尖った塔の先端から街を見下ろしているのですが、雨に濡れながら街を見下ろすその瞳は細められていて、いつもの灯台の様な輝きはありません。街並みは街灯の煌めきで覆われていて、人の視力では小さく動く影の一つ一つが街を行く人達であると判別は付かないでしょう。しかし竜には見えているのでしょう。一層碧の目を細めると、ふわりと羽が舞うように飛び立ちました。

 人々は傘を差して、足早に道を急ぎます。北からの風が、濡れた体から体温を奪っていくので、皆早く温かい場所に帰りたいのです。竜は静かに、雨粒を斬るような鋭さで夜空を滑空して、目的の場所まで急ぎます。夜空に舞う竜の身体は黒く、曇った空に朧気な影を投げかけて、緑の線を引いていきました。傘をさしている人々は、上空の様子には気づきません。もし、窓から外を眺めていた少年がいたのなら、いつものように竜が誰かの終わりか始まりを見届けようとしているのだろうと、きっと分かったことでしょう。

 時計塔から飛び立って暫く。街で一番大きな道路、中央分離帯に立っている大きな標識の下に、竜は降り立ちました。現れた黒い街の獣に、人々は好奇と畏敬の眼差しを送ります。広い街なので、飛んでいる竜を頻繁に目にすることはあっても、近くでその姿をまじまじと見る機会は少ないからです。

 竜の視線の先では、ちょっとした渋滞が発生していました。どうやら事故のようです。へこんだ車体にひしゃげたバンパー、傍には前輪部分がぐしゃぐしゃになってしまった自転車が転がっていました。周りには沢山の人が集まっていて、運転手と思しき人が頭を抱えて路肩に座り込んで嘆きの声を上げていました。

 竜はさっと飛び上がって、車と自転車から少し離れた人だかりに向けて短い距離を飛びました。周りの人達は突然やって来た大きな竜に驚いて、場所を開けてくれました。竜がやって来た理由を、その場の大体の人が察していました。

 黒いアスファルトの上に広がる血だまりの中に、男の人が倒れていました。見たことのある作業服を身に着けた男の人は細く息をくり返しながら、朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止めている様です。傍らにやって来た竜に気付いたのでしょう。彼は口角を歪めて、体を無理矢理起こそうとしました。しかし、出来るはずが無いのです。何故なら彼の片腕と片足は有り得ない方向に曲がってしまっていて、頭からは止め度もなく出血してしまっているからです。光の関係で黒く見える血が、じわりじわりと広がり、ぽつりぽつりと降る雨粒と混ざっていきます。

「やぁ、来たんだね」

 そう言って、揺れる視界を払うように彼は笑いました。目を細めて、唸り声をあげる竜に、整備士は優しく笑いかけます。

「ダメなんだろう? 君が、わざわざ来たってことは」

 竜は何も言いません。何も出来ません。観念したように笑う整備士に、竜は何もしてやることが出来ないのです。

 整備士は痛みに顔を顰めながら、ゆっくりと手を伸ばしました。彼の小さな手が竜の頬に触れます。

「どうした? 悲しいのか?」

 竜は整備士の手に触れた頬を、彼が傷つかない様に配慮しながらも擦り寄せて、悲しそうに細く声をあげました。

「ごめん、君、独りになっちゃうもんな。…………忘れるんだ。忘れろ。……ごめんよ」

 謝罪する彼に、竜は何を思ったのでしょうか。整備士の体に顔を擦り寄せて、何度も声をあげていました。竜はおとぎ話にでてくるような不思議な力など、持っていなかったのです。目の前で終わり行く命に対して、竜はただ無力でした。牙や爪や翼など、無意味なのです。竜はただの竜でした。

 その内、誰かが呼んだ警察と救急車が着く頃には、整備士は動かなくなってしまっていました。そこではただ何者でも無い竜が、寂しく声をあげるだけでした。空に向かって細く吠えて、竜はいつものように、何かを吹っ切るように夜空に向かいます。

 竜は、整備士が運び込まれた病院の上空を、街の空を、時計塔の上を、飛びました。無力であることを噛み締めるように、悔しがるように、時折轟っと低く鳴いて。その声は、聞く者の、街の人々の心を震わせるには十分でした。

 竜はいつまでも飛び続けていました。雨はいつまでも降り続けていました。


 夜の街並みを、見下ろしている碧の瞳が二つ。竜はいつだって孤独で、今日も独りで街の人を見守っています。


書いていた皎月記と有名無実のデータが諸事情により消えてしまったので悲嘆にくれつつリハビリとして掌編。

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