1シーンお題ったー「怪物の見る空」
RTされたらトランジスタは『少年は満面の笑みを浮かべて彼女に告げる。「君になら食べられてもいいよ」』というシーンの入った話をかいてください
1
歯の間で何かが砕けた。それは何か、凄く硬い物だったけど、噛み砕いたことを非常に惜しく感じた。きっと、見逃してはいけない大切なものだったのだろうが、私にはそれの詳細が分からない。口の中にあるものを吐き出してまで確かめようという気は起こらなかったからだ。仕方なくそれを飲み下す。
2
首を巡らせて辺りを見回すと、そこに広がっていたのは惨状だった。傍には胴の無い首が転がり、自らに突き刺さる棒をただ恨めし気に睨んでいる。燻る煙は脂の焼ける異臭を孕み、酷くさっぱりとした地平線が遠くに見える。飛び上がって見ればきっと果てなく連なる死体の山が確認出来るだろう。
3
彼らの焼かれる狼煙を頼りに食糧を得ようと飛んで来た自分もまた浅ましい。が、近年食べる物の減ってきたこの地域では、彼らの死肉ですら啄ばまないと私が死ねる。良い気分ではないが仕様が無いのだ。私は遠くに行かなくてはならないから。いつか私といてくれた彼のことを、探しに、その為に。
4
食糧難の理由は簡単。今この場に倒れている彼ら、人間の所為だ。彼らは単体では非常にか弱いが、群れを形成し、全てを狩り尽くす。挙句には私たちを化物と呼んで、弱い個体を狙って襲いかかってくる。私が気付いたころにはそうなっていたと聞かされて、非常に悲しかった。
5
死体漁りなど私の趣味ではない。けれども私は戦場を歩く。出来れば食べても気の咎めなさそうな、そんな死体がいい。そんなものあるわけ無いのだが。見渡すばかりに死体。中にはまだ息のある者もいて、私の姿を認めると微かに悲鳴を上げて身を捩る。食われると思っているのだろう、仕方あるまい。
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少しでも安心させてやろうと、眼すら向けずにその場を去る。その内息絶えるか、それとも同族に見付かって殺されるか。思うが私は彼を助けてやることは出来ない、する気も無い。それを考えるだけ無駄だろう。
「ねえ」
その時小さな声がした。視線をやると、そこには小さく蹲る少年がいた。
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「ねえ、君、何してるの」
少年はそう問う。小奇麗な身だしなみと腹の傷の深さから、彼が旅人であることを悟った。どうやら不用意に戦場跡に立ち寄って、不貞の輩に襲われたらしい。ここには死肉を漁る私達や小動物の他に人間の追い剥ぎもいるのだ。
「何って、見れば分かるだろう?」
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唸る。少年の腹は鋭い刃物で裂かれたのか赤黒い液体を吐き出しつつ、中からどす黒い肉塊を吐き出していた。近くで燻る炎を返して、それがてらてらと光る。
「死体を漁ってるんだよ。食べ物が無いんだ」
「でもさっきからそこをぐるぐるしてるよね」
「それは……」
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「なんで食べないの?」
聞かれてつい開きかけた口を噤む。食べても気が咎めない死体を探していた等と、少年に言うわけにはいかないと感じたのだ。恥じたのだ。口にすることを憚ったし、そもそも私はそんな浅ましい事等していないと、そう思いたかった。
「……別に、お前には関係ないだろ」
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返した言葉は冷たい。人間の少年はどこと無く不思議そうな眼で私を見ている。真直ぐな視線が私には痛い。怪我をして、動けなくて、そのまま死ぬだろうに、彼は静かに私を見つめる。見た目の年齢に比べて、酷く大人びていると感じるのは何故だろうか。私は思わず目を逸らした。
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いつまでこんな事してるんだ。心の中で呟いて、私は踵を返す。いや、返そうとした。
「ねえ」
少年がまた声をかけてくる。どことなく無視できない響きがあって、私はゆっくりと後ろを振り返った。面倒に思いながらも、心のどこかでは次に彼が何と言うか、予想しながら。
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少年は満面の笑みを浮かべて私に告げる。
「君になら食べられてもいいよ」
少年は笑って言う。
「君にだったら、僕は食べられても後悔しないよ」
少年は、笑っている。
「……頭、おかしいんじゃないか、お前」
私はそう言うことしか出来なかった。
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「いやだってさ、僕、死ぬじゃん」
「そうだな」
「そしたら間違いなく追い剥ぎに会うし、動物とかに食べられる。だったら、どうせなら君に食べて貰いたいなぁって思ったんだ」
「……そうか」
少年は静かに笑う。理論的な答えだとは思えなかったが、私は言葉の意味を悟って息を吐いた。
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「ねえ」
「……いや、分かったよ」
「うん、ありがとう」
「お前、怖くないのか?」
「君が? それとも死ぬのが?」
「両方」
「うん、死ぬのは怖いね」
「……そうか」
「ところでさ」
「うん?」
「君、僕の事覚えてる?」
「……は?」
「ねえ、ブローチ、どうしたの?」
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戦場の炎は次第に勢いを失っていく。私はぼんやりと、それを眺めていた。焼けてさっぱりとした戦場ははその内に緑溢れる野原になるだろう。自然の治癒力は素晴しく、どんなに人間が傷付けても長い時間さえかければ回復するようだった。私はその力を信じている、人間達も信じている。
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手元には噛み砕いた筈の見覚えのあるブローチと、足元には彼の荷物が纏まってある。腹は満たされたが行く当ての無くなった私は、ただ呆っと立ち尽くすことしか出来ない。理解出来ない、したくない、何も考えたくない。
私は一体誰なのだろう。
焼け焦げた戦場跡に、雨が降り出した。
大分前に書いた奴だけどもあげておこう。ついった小説は140字の制限があるけども、何個かに分ければ意外とかけるものだと気づいた作品。