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緑のバンダナと五月晴れ


三題話、「バンダナ」「体育祭」「ホース」






 炎天下野晒し灼熱地獄、風嵐吹き荒ぶ荒廃砂地。

 空飛ぶ鳥すら耐え兼ね墜ちて、水を求めて手を差し出す。生命はその99%をH2Oに支配されており、斯様な気候の中長く居ると頭か可笑しく成るらしい。其れ等事実を考慮した上ですら、人は大いなる地球の作り出す気紛れ且つ恐ろしく正確な天候に抗わねば為らない。其れこそが、正しく人類最初にして最大の課題であり、未だ完全な解答の見付からぬ上から目線の宿題である。

 自前の矮小な意識が少ない抵抗を見せて、せめて彼の天上居座る暴君の目を逃れようと逃避を企てた。が、真上から直下に見下す視線から逃れ得る筈も無く、一時退避出来る様な場所も見当たらない。次いで、無駄な事と嘲笑うかの様な砂嵐が視界を塞ぎ、苛まれた身体が最早此れ迄と覚悟を決めかけた。


「………………………………死ねる」

 あー、本日は晴天なり。五月終わりの某日は、昨日までの一進一退的天候が快晴に進路を向け、真夏のような烈日が空に照る絶世の快晴と相成った。

 悪いことに、今日は喚声響き体力をレッドゾーンに追い込むだけの簡単なお仕事であるところの体育祭である。昨日はほどよく風の冷たい過ごしやすい気候だったというのに、何を張り切っているのやら、滅多に無いほどの晴天には雲一つ無く、昼過ぎの今現在には逃げ場がない。

 僕は雑多に響く喚声と怒声との隙間を潜り抜けてふらふらと歩く。心のと言うか物理的な意味でのオアシスを求めて歩き出してから、かれこれ20分程だろうか。いい加減に喉の渇きも最高潮だ。次に僕が出る予定の借り物競争まどはまだ時間があるけど、それまでに僕の体力が残されているかは、正直微妙なところだ。

 そろそろ水分補給をした方がいいだろうな。じりじりと遠赤外線ちっくに焼かれていく感覚に顔をしかめながら、彷徨うもそろそろ止めようと呟いて、諦めると何度か頷き、それから漸く足を止めた。

 するとまるで見計らったかのように、肩をポンと軽く叩かれた。

「よう、さっきから何ふらふらしてんだ?」

 振り返ると見えたのは、見慣れた意地の悪い笑顔。僕の少ない友達の一人だ。にやにやと、悪どい笑みを浮かべながら僕の脇腹を指先でつついてくる。

 僕と同じく活動的な、所謂体操着というのに身を包んだ彼女は楽しげに笑って、僕が仕返しに頭を叩こうと伸ばした手を避ける。肩で切り揃えられた髪が小さく跳ねて、それを追うように首に巻いた自組の色である緑色のバンダナが風に揺れた。他の女子とは違い、飾り気の無い質素な雰囲気の中にバンダナは不思議と目を引く。それが彼女一流のお洒落なのだと知っているので、またセンスの良いバンダナだと感心してみたりしてみた。

 男そのものの口調が恐ろしく様になる彼女は、今日も目を好奇心と興味に輝かせて子供のように笑いながら僕の靴の先を踏む。体重が軽すぎて全く痛くはないのだけど、痛い振りをして足の下から靴を引っこ抜いた。

「日陰なら無いぜ? あったとしても、とうに誰かが占拠済みさ、残念だったな」

 どうやら思考は読まれていたらしい。いや、この炎天下で考えることは誰しも一緒なのだろう。残念なことにこの学校の校庭では日陰か出来にくく、生徒達が日陰を求めて彷徨うのは当然なのだ。

「……………………よし、ちょっと来い」

 彼女は僕の体操着の端を摘まむと、先導して歩き出した。当然ながら僕が行かないなんて選択肢は存在しないので、彼女の後ろをついて歩く。任意同行にはどうも見えないのか、それとも前を歩く彼女が余程だったのか、道中見かけた僕の友人その2が酷く慌てた様子で黙祷した。どういう意味だろう。

 連行され着いたのは校舎裏の水飲み場。よく陸上部やサッカー部なんかが利用している場所だ。見慣れないホースが蛇口に刺さっている他には人影も無く、地面に誰かが置き忘れたらしい水筒が転がっているだけだ。彼女は僕の服から手を離して、何やら蛇口を弄っている。水でも飲みにきたのだろうか。

 そう、僕はここで疑問に思うべきだった。悪戯好きで意地の悪いこの友人が、何の目的も無しに僕をこんな所には連れては来ないということに。しかしこの時暑さにやられていた僕はそこに思い至れず、ただぼんやりと空を馬鹿みたいに見上げていた。実際馬鹿に見えたろう。

「うぉりゃ!」

 掛け声と共に衝撃。

「え、うわっ!」

 ぼうっとしていたので反応が遅れ、結局僕はその冷たい何かを全身に浴びる羽目になった。

 冷たい、液体は体温に混じって直ぐに温くなる。遅れて水をかけられたと気付く。状況を認識してからジト目を友人に向けると、案の定彼女は先から透明な液体を迸らせるホースを片手に、によによと今にも笑いだしそうな顔で僕を見ていた。

「………………………………君ね」

「ぷ、っはは、ははは! ざまぁって感じだ、びっしょ濡れ! はははっ!」

 …………うわむかつく。

「な、何だよ、涼しくはなっただろが」

 まぁ、確かに涼しくはなった。水自体はもう温いけど、先ほどまでのぼんやりとしていた意識も大分冴えた。日陰が避難先に選べない以上、水浴びという選択も悪くは無いだろう。熱中症も防げるし水も飲める。

 だけど、それとこれとは話が違う。僕は吹けない口笛を吹いて他所を向いてる彼女に、敢えて低い声で言った。

「嫌がらせって考えていいのかな、これは? 僕まだ競技あるんだけど、賭けで負けたくないからそれの妨害?」

「天気良いし、直ぐ乾くって、多分。賭けのことはお前が頑張れば心配むよーむよー」

「…………乾かなかったら」

「オレぁ知らんよ」

 きしし、と笑ってみせる悪友に溜め息一つ。水に濡れて肌に張り付いた体操着を見下ろして、もう一つ溜め息。

 温くまとわりつく体操着は気持ち悪い。彼女の首元で、緑色のバンダナが揺れていた。


 少なくない人数の皆さんに驚いたり引かれたり心配されている内に、僕の次の競技の時間になった。服は乾かなかった。しかも友人に更に水を浴びせられた。風に舞い上がった砂が濡れた体操着を茶色く染めてしまった。もうどうにでもなれ。

 さて、借り物競争と言えば、ルールは簡単だ。走って、指定の物を探して、ゴールテープを切る、それだけだ。

 一人だけ汚い濡れ鼠で待つこと暫し、僕の番は割りと直ぐに回ってきた。スタートラインに立つと皆の困惑の視線が痛かった。ただの気のせいであって欲しい。

「位置に着いて―――」

 係の人の声に足を軽く引く。今でこそ帰宅部の僕だが、ちょっと前までは陸上部所属だったのだ。嘗められてたまるか。

「用意―――」

 重心を下に。前を睨んで、心の中でとりあえず友人に対して勝ち誇ってみた。僕はやれば出来る子だ、きっとそうだ。

 それからぐっと体を、下に押し付けるようにして力を溜めて、

「――――――ドンッ!」

 飛び出した。

 スタートは中々好調。一気に加速して、前に出る。

 地面に置いてある封筒を、祈りながら取り上げる。ここで悪いのを引いてしまえば敗けは確定だ。出来れば軽く持ちやすいもので持ち主も足が速いといい。

 そう思いながら広げた紙には、大きくはっきりと、

『バンダナ(緑)』

「……………………うわぁ」

 柄にも無く呻いてしまった。何故って、これは誰かが仕組んだ罠としか思えないほどタイムリー。さっきの一件のせいで彼女に声をかけるのは論外だ。だけど緑のバンダナなんて他にあるのだろうか。

 考えを巡らしながらも、とりあえず探しに行こうと僕が応援席の方に目を向けると、

 先ほど僕をびしょ濡れにした友人は、全身びしょ濡れで薄く茶色く染まった体操着で、僕の方を見ていた。

 目が合った、

 手を振られた、

 振り返しておいた。

「…………………………………………うわぁ」

 理解不能とはまさにこの事か。どうして彼女までびしょ濡れなのだろう、暑かったのか。

 流石にお約束の体操着透け透けとかは無いわけだけど、それでも髪から水を滴らせて風に颯爽と立つ姿はカッコいい。周りの人は引いているが。バンダナも、水に濡れたせいで首にへばりついていた。当の彼女は、いつものように愉快そうに笑っている。

 やめときゃいいのに、僕は気付けば彼女の前まで来ていた。少し意外な顔を見せる彼女に、手の紙を掲げて見せて、無言で手を突き出す。

 彼女は、腕を組んで値踏みするような不満そうな顔で僕を見上げる。賭けのことを気にしているのか、僕はそれよりびしょ濡れ二人が向かい合っていることの方が気になる。なんだこの状況。

「ゴールまで。お願い」

 にやりと口の端を吊り上げて、彼女はなってないぞ、と笑った。僕の何を待っているのか、分からないでもなかったけど、でも僕はただ繰り返した。

「一緒に走ってくれよ」

「…………いいぜ。足、合わせろよ」

 不機嫌そうに呟いて、顔は嬉しそうに笑ったまま、彼女は僕の手を取ってくれた。



 ゴールした後、先生に呼び出されて仲良く怒られた。

 しかも二着だから賭けも負けた。何でだ。

 でも、…………何となく彼女の態度が変わったと感じるのは、まあ僕の気のせいだろう。





体育祭の前日に日誌が回ってきたからやっつけで書いたら実話かと疑われた覚えのある話。当日緑のバンダナをしていったが誰も反応してくれなかった。当たり前である。


結構いつもどおり雰囲気の短編、二人で回すのが一番書きやすくて好きだ。



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