転校してきた美少女
私が教室に行ってみると、いつもよりも教室が騒がしかった。
なんだ? 今日はいつにもまして騒がしいな。
「ねぇ、聞いた? 今日、転校生が来るんだってー」
「えー。嘘ー。どんな子だろう?」
私の席の近くで数人の女子が話していたのが聞こえてきた。
転校生? こんな時期に? 今は6月の半ば。こんな時期に転校生が来るのは珍しい。
それに、転校生が来るということは、私の仕事が増えるということ。私は学級委員をしているので、いろいろな仕事を頼まれる。特に、このクラスの担任は、面倒なことは全て私に私に押し付ける。ということは、当然転校生のことも私がやらなくてはならない。面倒くさいなぁー。
キーンコーンカーンコーン
「おーい。みんな席に着け」
チャイムの音と同時に、担任が入ってきた。
みんな席には着いたが、転校生が来ることをほとんどの人間が知っているため、みんな落ち着かない様子だ。
「あー。今日は転校生を紹介する。入ってこい」
待ってましたとでも言うように、みんな一斉にドアのほうに目を向けた。
ガラガラガラ
先生がそう言った後、扉が開き、一人の女の子が入ってきた。
その瞬間、周りの子と話しているせいか、クラスの子、とくに男子がざわざわと騒ぎ始めた。まぁ、確かに男子は、騒がずにはいられないだろう。
なぜなら、彼女は女子にしては少し背が高く、足も長くスラっとしている。彼女が動くたび、腰ぐらいまである黒くて美しい髪が揺れる。見かけはこの学校一と言っていいほどの美少女。
「はじめまして。桜宮皐月です。これからよろしくお願いします」
そう言って彼女は深々とお辞儀をした。
「じゃぁ桜宮は……藤原の隣の席に座ってくれ。わからないことは、藤原に聞くといい。うちの学級委員長だからな」
学校案内だけでなく、授業中も転校生の世話をしろというのか。
「藤原です。わからないことがあったらなんでも聞いてね」
そう言って私は、また偽りの自分を演じる。
「うん。よろしくね。愛ちゃん」
えっ! 愛ちゃん? 私、自分の名字しか名乗ってないよね? なのに、なんで? それに、この学校に私のことを名前で呼ぶ人間なんて、いるはずないのに……。
彼女に聞こうと思ったが、まだ先生が話しているため話せない。休み時間にでも聞こう。
と、思ったが、この状況では、彼女に近づくことすらできない。チャイムが鳴った瞬間、彼女の周りはクラスのほとんどの子でいっぱいだ。
はぁー。いつのまにか昼休み。屋上でご飯でも食べて来よう。
「藤原さん!」
後ろから声が聞こえたため、私は後ろに振り返る。
「桜宮さん、どうしたの?」
声の主は桜宮さんだった。
一体どうしたんだろう?
「あの、一緒にお弁当食べませんか? 私、転校してきたばかりで、話せるの藤原さんぐらいなので……」
まぁ確かに、この短時間で友達を作るなんて無理だろうし、私も彼女に用があるし、いっか。
「うん。いいよ」
そう言って私はまた偽りの笑顔を作る。
私はもう、心から笑うということを忘れてしまっていた。いや、できなくなってしまったのかもしれない。
「じゃぁ、中庭にでも行こうか。そのあと学校の中を案内するね」
「うん。ありがとう」
こんな風に誰かとお弁当を食べるなんて、久しぶりだな。
「桜宮さん。朝、私にお礼を言うとき、“愛ちゃん”って言ったよね? どうして私の名前、知ってるの?」
私は彼女に名前を教えた覚えなんかない。
「やっぱり、覚えてないか」
覚えていない? 何を?
「3年ぶりに再会したんだけど、やっぱり、覚えてないかな?」
「3年……ぶり?」
嘘でしょ? あの頃の私を知ってる?
「うん。私、3年前の秋に、転校しちゃったから、覚えてないかな?」
「ごめんなさい」
転校した? ということは、あの事は知らないのか? あれが起きたのは冬だし。なら、消す必要はないな。
「いいよ。いいよ。気にしないで。それより、時間やばくない?」
「あっ! やばい!」
そう言って、私たちは教室に向かって走り出した。
だが、私は思いもしなかった。彼女が転校したにも関わらず、あのことを知っているなんて……。