卑屈なコウモリ
物語風味、少し暗めです。リアルの部活で昔書いた作品です。当然のことながら一次創作。
まだ、動物たちが言葉を話せた頃のこと。
まだ、植物たちが笑い合っていた頃のこと。
まだ、人間たちが楽園に住んでいた頃のこと。
まだ、みんながお日様の下で暮らしていた頃のこと。
そんな、昔々の、お話です。
あるところに、動物たちの一家が住んでいました。
この頃はまだ、同じ種類の動物としか結婚できない決まりなんてありませんでしたから、どこでも色んな動物が、色んな家族を作っていました。
この一家も、例外ではありません。
お父さんはライオンでした。
お父さんは空を飛ぶことができませんでしたが、誰よりも速く地を駆け、誇り高い心と立派な鬣を持っていました。
お母さんはワシでした。
お母さんは地を駆けることができませんでしたが、誰よりも自由に空を飛び、正しい勇気と美しい羽を持っていました。
お父さんとお母さんは喧嘩をすることもありました。ふたりとも自分を信じていたので、譲ることはしませんでした。それでも、自分と同じくらい相手のことも信じていたので、やがてお互いを認め合って仲直りをすることが常でした。
二人の間には、三人の子どもがいました。
一番上はヒョウの男の子、二番目はフクロウの女の子、そして末の子はコウモリの男の子でした。
一番上の子は思慮深く、しなやかな体を持っていて、誰よりも素早く駆けることができました。また、群れることを好みませんでしたが、本当はとても優しい性格をしていました。
だから、みんなヒョウが大好きでした。
二番目の子は気ままな性格で、人を惹きつける力に長けていました。時に理解されず、誰かとぶつかることもありましたが、それでも絶対に自分が正しい、と信じられる心の強さがありました。それに頭がよく、自分が間違っていれば素直に謝ることのできる快活さも持っていました。
だから、みんなフクロウを信頼していました。
末っ子のコウモリが生まれた時は、みんなが大喜びでした。こんな動物は見たことがない、と。なにせ、獣と鳥、その両方であるかのような姿をしていたのですから。
お父さんが言いました。
「この子は俺の血を濃く継いでいるな。ほら、こんなに立派な牙が生えているんだから」
お母さんが言いました。
「この子は私の血を濃くついでいるわ。ほら、こんなに素晴らしい羽が生えているんだもの」
そうしてお父さんとお母さんの言い合いが始まります。
「俺だ」「いや、私よ」「いいや、俺だ」「私よ」
ふたりがこうなるのはいつものことでしたから、いつものように両親を置いておいて、お兄さんとお姉さんも生まれたばかりの弟の様子を見ることにしました。ふたりとも、やはり弟がどちらに似ているのか、気になっていたようです。
「ほう、確かに翼があるね。お前似かな」
「そうね。けれど、兄さんに似て牙があるわ」
「まあ、何にせよ」
「ええ。良い子そうで安心したわ」
ふふ、とふたりは微笑みあいます。
「トラが生まれたらどうしよう、と思ってたんだ。お兄さん風を吹かせられなさそうだから」
「私も、コンドルか何かだったらと思うと気が気でなかったわ。私より高い所を飛ぶ鳥じゃあ、お話が大変だもの」
どちらも、この小さな弟のことを気に入ったようでした。
そうしてふたりで弟をあやしていると、お父さんのよく通る声が聞こえてきます。
「おい、出産祝いをするぞ。母さんに無理はさせられんが、何、少しくらいはいいだろう」
もう、しかたないなあ。
そういって、みんなで笑いながら、お父さんの所へ集まりました。みんなみんな、仲のいい家族でした。
本当に、ほんとうに、しあわせそうな家族で。
まだ何もかもよくわかっていなかったけれど、たくさんのしあわせに包まれて、コウモリもまた笑っていました。
そのときはみんな、こんなしあわせが、ずっと続くと思っていました。
けれど、コウモリが大きくなっていくと、そうもいかなくなってきます。コウモリが、他の動物たちから仲間はずれにされ始めたのです。
ハヤブサが言いました。
「君の飛び方は美しくない。だから、君は空を飛ぶのにふさわしくないね」
クマが言いました。
「おまえの身体はみすぼらしい。貧弱なおまえは俺たちの仲間ではないな」
みんな、みんな、口々に言いました。
そんなとき、コウモリはいつも笑ってごまかしていました。まだコウモリは、自分がなぜそんなことを言われているのか分からなかったからです。コウモリは、自分が仲間外れにされていることに、それがどうしてなのかということに、全く気付いていなかったのでした。
コウモリは、まだ笑っていました。
ところが、あるとき、タカがこんなことを言います。
「おまえの兄は、姉は素晴らしい。なのに、なぜおまえはそんな様子なのだ」
コウモリは兄も姉も大好きでしたから、これを聞いてようやく考え始めます。
――自分と兄は何が違うんだろう?
――自分と姉はどこが同じなんだろう?
あるいはそれは、コウモリには考えてはならないことだったのかもしれません。考えない方がしあわせだったのかもしれません。けれどコウモリは気づいてしまったのです。
自分は兄や姉と全く違うということに。
自分には兄や姉と比べて、優れたところがまったくないということに。
自分は何もできないから、周りから相手にされていなかったのだということに。
コウモリは悲しくなって、みんなが寝静まった時間、月だけがいる真っ暗な中で一人飛ぶようになりました。
見渡す限りが黒い世界で、コウモリは泣きながら飛びました。泣きながら鳴きました。何の役に立たない自分を呪って。そんな自分を生み出した神様を恨んで。そして、自分に優しくしてくれないすべてのものを憎んで。
しばらくして、コウモリが泣き疲れた頃、お父さんとお母さんがやってきました。ふたりは自分たちの息子をどこまでも信じていました。ふたりは口を揃えました。
「おまえは本当は出来る子なんだ」
「おまえは頑張りが足りないんだ」
お母さんは言いました。おまえは努力が足りないんだ。真剣さが足りないんだ。おまえは本当に頑張ったことがないんだ、と。
お父さんが言いました。おまえは悔しくないのか。おまえは情けないと思わないのか。おまえを馬鹿にしている奴らを見返してやりたくないのか、と。
ふたりは言いました。
「兄や姉を見ろ。おまえにもできるはずだ」
コウモリは言いました。
「ぼくはぼくだ。兄さんや姉さんじゃない。ふたりと比べられたくないんだ」
ふたりは憤りました。
「比べられたくないのなら、比べられなくなるくらいに努力をしなさい」
コウモリは怒られたのが悲しくて鳴きました。わかってくれないことが悔しくて啼きました。自分を信じる目が恐ろしくて泣きました。ふたりが真っ直ぐに子どもを信じる心は、コウモリにとって重荷にしかならなかったのです。
コウモリは、ますます逃げ回るようになりました。
やがて、そんな弟を不憫に思ったのか、お兄さんが並んで走ることがありました。
お兄さんが言います。
「おまえはとてもすごいやつだ。おまえはきっと認められるよ。だってほら、俺は飛べないけれど、おまえは空が飛べるじゃあないか」
「けれど、僕は姉さんや母さんのように上手に飛べるわけじゃない。ただ飛べるだけの、だめなやつだ」
コウモリがそう言い返すと、お兄さんは悲しい顔をして、黙ってしまいました。お兄さんの優しさは、コウモリには届きませんでした。
その次の日には、お姉さんが一緒に飛んでくれました。
お姉さんは言います。
「おまえはとてもすごいやつだ。おまえはきっと認められるよ。だってほら、私には牙や爪はないけれど、おまえにはそれがあるじゃないか」
「けれど、僕は兄さんや父さんのように強いわけじゃない。羽虫くらいしか倒せない、だめなやつだ」
コウモリがそう言い返すと、お姉さんはため息をついて、黙ってしまいました。お姉さんの誇りは、コウモリには届きませんでした。
それからも、お兄さんとお姉さんのどちらかはいつも付いていてくれました。時にはふたりとも付いていてくれることもありました。
けれど、ふたりの気持ちがコウモリに通じることはありませんでした。それどころか、醜いコウモリは兄や姉を妬むようになっていきました。もちろん、逆恨みです。
――ふたりとも、とても優秀なのだから、劣等生の気持ちが分かるわけがない。
――きっと、神様はふたり兄妹を作るつもりだったんだ。なのに兄さんと姉さんがちょっと忘れものをして、その残り滓で僕なんかが生まれてきてしまったんだ。
そうやってコウモリは拗ねるようになりました。
それでもやさしいお兄さんは、コウモリが自分よりやさしいと信じていました。
それでも誇り高いお姉さんは、コウモリが自分より素晴らしい力を持っていると信じていました。
けれどコウモリは醜くて、まったくの能無しでした。
それだけが、お兄さんとお姉さんの間違いでした。
コウモリに付き合っているうちに、お兄さんとお姉さんは暗闇の生活に慣れてきました。ふたりとも、お日様が大好きでしたが、それよりもかわいい弟の方がもっと大好きだったので、弟に合わせることを選びました。
けれど、コウモリはそれも嫌でした。
お兄さんもお姉さんもとても優れているのに、自分なんかのために夜に生活させてしまっている。
能無しならまだしも、大好きなお兄さんやお姉さんの邪魔をしている自分が本当に大嫌いになりました。そして、コウモリなんかのために自分たちを無駄遣いしているお兄さんやお姉さんのことを――これもまったくの逆恨みですが――もう少し妬むようになりました。
やがてコウモリは、暗く狭い洞窟の中へ閉じこもるようになりました。これなら自分を嫌うハヤブサやクマも、自分なんかに感けるお兄さんやお姉さんも入って来られません。
コウモリは自分が何も出来ないことを知っていますから、何もしないでいようと思ったのです。
誰のためにもならないなら、せめて、誰の迷惑にもならないようになろう。それが、コウモリに出来るたった一つのことでした。
しかし、コウモリは気づいていました。生まれたときに、いや、もっと前にそうしなければならなかったのです。
だって、お父さんやお母さんにひどく心配させてしまいましたし、お兄さんやお姉さんが夜に生活するようにしてしまったことは、もう手遅れなのですから。過去に起こったことは、神様以外には変えられないのですから。
けれど、何も出来ないコウモリには、それを償うことはできません。
だから、暗い、昏い闇の中で、コウモリは泣き続けました。謝り続けました。そうすることしかできませんでした。
そんな自分が情けなくて、自分なんか死んだ方がいいのだと、コウモリはそう思っていました。
しかし、やっぱりコウモリは死ぬ事もできません。そして、自分だけが洞窟にこもっている寂しさに耐えることもできません。
だから、コウモリは迫害されることを望みました。誰かが自分を殺してくれることを望みました。それが唯一、コウモリが他の者たちとかかわりあう方法でした。
コウモリは歌います。たった一人で、真っ暗闇の中で。
「僕を憎め。僕を恨め。
そうすることによって、みんなが何かをできるなら。
僕を憎むことで、恨むことで、誰かが前に進めるなら。
僕には何も出来ないから。何もあげられないから。
だから、そうして僕を使ってほしい。
それが、僕が世界に係わっても許される、たった一つの方法だから」
その醜悪な歌声は、世界中に響き渡りました。
そして、だから、コウモリの望みの通りに、みんながコウモリを憎むようになりました。
みんなは何か問題があっても、それをコウモリのせいにするようになりました。みんなは本当に本当の喧嘩をせずに済ますようになりました。
そうすることで、みんな、表面上仲良くなりました。
けれど、どうでしょうか?
本当に、全部をコウモリのせいにしてしまうことはよいことだったのでしょうか。
いいえ、それは間違いでした。
本当に、喧嘩をしてでも話し合わなければならないことを、みんなはコウモリのせいにしてごまかしてしまうようになりました。
そして、コウモリを仲間はずれにすることで、「違う種類の動物」があることを知ってしまいました。何故なら、コウモリを見分けるには、コウモリ以外の動物を知らなければならないからです。
仲間はずれにしなければならない、コウモリという動物がいたせいで、同じ動物と違う動物がいることにみんなが気付いてしまったのです。
それは、同じ種類の動物か、近い種類の動物とでないと結婚できない、という決まりの始まりでした。
コウモリは、やはり世界と係わってはならなかったのです。
けれど、コウモリはそれに気づきませんでした。
気づけませんでした。
今日もコウモリは、キィ、と泣いて、洞窟の中に閉じこもっています。
おわり。




