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出逢い


僕の体に触れないでください。


キスしたり、愛撫したり、もっと もっとゲスイ事をしないでください。


まっしろだった少年の汚れない心は 理不尽な大人によって ヨゴされた


壊れ始める心も体も差し出す事なんてありえないから


そうだろ?アユム


お前なんか 大嫌いだ。








1.出遭い


白い肌がキライだった。自分の腕を見れば、青い血管が枝分かれしていて、きもちわるくて…あんまり男らしくない自分もキライだった。身長はさほど高いわけでもないし、体も痩せている。顔だって無理やり女だっていえば通る。だから、あんな事件が起きたんだ。今の自分をたどれば、いつだって そこにたどり着く

 白 白 白の…


俺の家は母子家庭だ。会社を経営している女社長の母親と、医大生のアニキと、俺の三人で暮らしている。父親はいない。母いわく父親とは、俺が物心つくまえに別れたらしい。でも、傲慢で意地っ張り、おまけにキャリアウーマン、…女社長なんて女は俺もヤだね。そんな女は男のプライドをズタズタにするだろう…そりゃ別れて当然だ。ちなみに父親の事はよく知らない。母も教えてくれないし、アニキも覚えてないと言う。


うちのアニキは完璧な人間だった。まず頭はもちろん良い、運動神経良い、背が高い、女にもてる。同じ親から生まれたのにこうも違うのか。俺とアニキの似ているトコを探すとすれば、肌の白さくらい…

そんな二人と俺で志野屋家は構成されている。


「ちょっと明!いつまで洗面所使っているのよ!」

 鍵をかけた洗面所のドアの前で母がドンドンドンと戸を叩いた。


「はやく代わりなさい!私が会社に遅刻するでしょ!?」

「…うるせーな。」


 俺は洗面所で濡れた髪を拭いていた。戸の鍵をあけると、母がイラついた顔をしてこっちを見ている。いつも早く起きてくるくせに・・どうせ寝坊でもしたのだろう。

「空いたよ」

 俺は母にそう言って洗面所を出た。

「あら?あんた髪、黒く染めていたの?」

 俺の黒く濡れた髪を見て母が言った。


「髪が茶色いから染め直して来いって教師に言われた…地毛なんだけどさー」

「…あんた達は父親に似て、色素が薄いのね。」

 

そう、しれっとした態度で言って、洗面所へ入って行った母。

てゆうか、そう思うのなら学校で説明してくれよ…そう思ったけど、母さん忙しいから来られないってね?

 俺が思うに父親は外国人だと思う。生まれつき俺もアニキも肌は白いし、目と髪は茶色い…。アニキなんて背も高いし、見た目もろに外人だ。


「明~飯できたぞ。」


 そう言ったのはアニキだ。リビングにはアニキが作ったスクランブルエッグやらなんらが並べてある。完璧アニキは料理だって上手い。


「今日から二年だろ?」

「うん。アニキのトコの大学まだ休みなんだっけ?いいよな。」

「ねえ食パン貰える?」


 洗面所で用を済ませた母が、スーツに袖を通しながらやってきた。


「はい。」


 俺は母の口に食パンをやった。ぱくっと食パンを銜える母。その姿はまるで猫が魚を銜えているようで、とても上品には見えなかった。


「言ってくれれば朝飯作ったのに。」

アニキがミルクティーを上品にすすりながら言う。

「ゆっくり食べる暇もないから…じゃあ行ってくるわ。」


 そう言って、母は家を出た。


「お前も急がなくていいの?そろそろ学校行かないとヤバいだろ。」


アニキがそう言った。時計を見ると時刻は八時半になろうとしている。


「あー…ホントだ。もういいや、 遅刻しても。」


 そう言って俺はゆっくりと席を立った


「お前って血の気少ないよな。」

 アニキが笑った。


と、まあ母のおかげで裕福な暮らしをさせてもらっている。一般的に見れば自分は恵まれているのだろうけど、だけど…こんなんじゃないんだ。俺達 家族は、数年前の 事件を忘れたわけじゃない。

少なくとも俺はね?


…俺の住んでいるマンションから高校へは歩いて行ける。近代的な建物を過ぎれば町は田舎道へと変貌していく。そこに学校はある。十五分位で着くから、走ればギリギリ遅刻しないだろうけど、そんな気にもなれず、グダグダ歩く俺。新学期だから遅刻せずに、まじめに行ったほうがいいのだろうけど…。そういえば新学期だからクラス変えもあるんだよな?あいつらとは一緒のクラスにはなりたくないな…そう思ったそんな時だった。


「志野ォーーー!」

「………は」

うわ、現れやがった。

「おは。今日から二年だね。」

来たのは、幼馴染みのマコだ。

モデルなみの長身、色黒で一般的にギャルと言われる人種。ちなみにマコの方が、俺より少し

背が高い。だから背の低い俺にとっては、並んで一緒に歩きたくない。

「あっ!髪黒くしたんだねーかわいい。」

「さわんなっ」

「まださわってないー。」

マコとは小五から去年までずっと同じクラスだった。いっつも 俺にひっついてくる迷惑な

ヤツだ。

「あたしら今年も絶対同じクラスだよ!だってさ、小学生の頃から同じクラスだしー。運命じゃない?」

 マコはニコニコしながら、俺の後をついてくる。


「ねぇ?どうせなら学校さぼんない?あたし的に言わせれば、せっかくこんな所で運良く志野と会えたんだから。このまま抜け出そうよ!どうせ同じクラスなんだろうし。ね、ね?」


 俺は呆れた表情で彼女を見つめた。この女、亥みたいだ。つっぱしって、周り見えなくて、人の迷惑考えなくてさ。

 ねー行こうよ。と…ダダをこねはじめたマコがそう言うと、また新たに人が現れた。


「なあ~マコ。そんなチビやめて俺とどっか行かねぇ?」


 そう言ってマコの方にヘルメットがとんできた。見事にキャッチしたマコ。その先を見ると原付バイクに股がった金髪で短髪の男がいた。

「テツ…」

 そうテツ。こいつとも幼馴染み。ずっとマコにお熱で、常にマコと一緒にいる(つきまとわれてる)俺が気に入らないらしい。小さい頃からガキ大将みたいな感じで、中学へあがった時には悪いやつらとつるむようになっていた。

「はあ!?なんで 私があんたなんかと一緒に歩かなきゃいけないのよ!」

 マコはヘルメットをテツの方へ投げ返した。

「あんたは早く学校へ行って、お似合いな仲間達と仲良くいきがってなさいよ!」

「いや俺、春休み入ってから学校辞めたんだ。」

テツは下を向き、マコに申し訳なさそうに答えた。

「……あっそ。」

 どうでもいいような顔をしてテツを見るマコ。

「ええ!?興味なしかよ。」

 テツはがくっと肩をおろす。

「あたしは志野にしか興味ない…あれ?志野?」

 俺は言い合う二人を無視して歩き出していた。こんな茶番に付き合っていられない。早くしないとますます学校に遅刻してしまう。

「なぁマコ…あんなやつのどこがいいんだよ。」

テツがこそこそとマコに話をし始めた。

「あたしはあんたみたいな熱気がするやつより、志野みたいな爽やかな人が好き。」

 その言葉を聞いたテツがイラッとして、急に大声をあげた。

「はあ?あんなヤツやめて俺にしろよ!マコも知っているだろ?……あいつは男に───…」

 ─────ッバン

「…きゃ。」

 マコが小さく声をあげた。

俺は道を引き返し、勢いつけてテツを殴っていた。

「うっせぇんだよ声が…。」

 倒れたテツを見下し、俺はまた歩き出した。

去っていく俺を見るマコの顔が、なんとなく想像できる。みんな知っているあの事件の事。周りは大騒ぎするか、冷やかすかのどちら。ただ、取り残されたのは俺だけ…もう今日は学校行く気分になれなくなった。


新学期そうそう学校へ行かなかった俺は、昨日学校サボったと、笑いながらアニキに言ったらヤツは馬鹿だな…と呆れ顔で一言言うだけだった。なんとなく俺達には溝がある。アニキが優秀だから?…違う。勝手な溝を作ったのは俺で、俺は色んなやつに溝を作っている。もう知られないように…自分を知られないように…。みんな 俺の心のうち知らないのだろうな…?

 次の日…今日こそ学校へ行こうと、今日は早めに家を出た。これなら遅刻魔のマコともテツとも会わないだろう。ところがそうもいかなかった。

「よう。優男!」

マンションを出て出迎えてきたのはテツだ。

「昨日のお礼してやるぜ。」

 そう言ってテツは俺の腕を掴んだ。

「───!っ。触るんじゃねえ!」

 俺はテツの方へ拳を打ったが、白くて細い腕は、はねかえされる。


「…っごほ……。」

「弱えーくせに いきがるなよ。」

 俺はテツに一方的に殴られた。今思えばテツは筋肉質で、背も高い方で、そんなヤツに俺が敵うわけがなかった。気がすんだのかテツは俺に背をむけて、満足げに自分の原付バイクの方へ向かった。

「じゃあな!“メイちゃん”」

「…。」

 爆音を出しながら、バイクに乗ったヤツは消えていく。

「…………」

 ああ ださ…。手は擦り剥いているし…、制服は薄汚れた。かっこわりいな俺。

「こんなんだから………」

 …

俺は汚れた制服をはたいて、肩をおとして学校へ向かった。


浮かない表情で学校に着くと、俺は二年A組になった事判明した。職員室で、新しく担任になった教師がクラス名簿で俺の頭を叩く。

「まったく…新学期そうそう学校サボるなんて。いいか?二年生は進路決定の一番大事な時期なんだぞ。お前が三年生になってからやる気になって頑張っても、もう遅いんだから。」

 担任は 勝ち気で男勝りと有名な女教師。まさに うちの母親タイプ。俺、家でも学校でも、やすらげねぇじゃん…。

「あの先生…」

「どうしたの?」

「うちのクラスにマコ…。吉川万里子っていますか?」

 俺は小声で言った。絶対、今回は絶対……マコとは一緒のクラスにはなりたくない。

「…吉川はF組だった気が……。」

 ……やった!しかもクラスも離れている。

「…って。どうしてそんな事聞く?もしかしてお前……」

先生はさっきの態度とは打って変わって、ニヤリと口を歪ます。

「は…違いますから。」

俺はその事だけ聞いて安心したのか、珍しく上機嫌で職員室を後にした。



「ねぇ 君…。尿検査のやつ…持ってきた?」

クラスに入って自分の席を探そうとすると、髪の長い女子が話しかけてきた。

「あと君だけみたいなんだけど…えーと、志野屋君?」

彼女はクラス名簿の紙を見ながらそう言った。クラス名簿には○がたくさんついていて、俺

の名前のトコだけ空欄になっている。どうやら彼女は保健委員みたいで、尿検査の尿を集めているらしい。こんな面倒な事やらされているなんて…と気の毒そうに、その彼女をちらっと見た。なんだろ、彼女はちょっと見入ってしまうものがある。清楚で綺麗。だけど少女のような可愛らしさ。芸能人顔負けな…その顔。

「俺さあ、アレ来たみたいでムリだった。」

「アレって?」

 彼女は首をかしげた。

「………生理。」

 俺はちょっと彼女をからかってみた。自分でもよく分かんないけど、完璧な風貌をした彼女

に嫉妬したんだろうか?くだらない冗談を言った。多分、彼女どん引きだよな?なんか純粋そ

うだし、もしかしたらからかわれた事がショックで泣き出すんじゃないだろうか?だけどその

コは俺の予想を裏切って、ケラケラ笑だした。

「なにそれー!うけんだけど~!」

 笑いすぎて苦しそうに下をむく彼女。あまりにも大げさに笑い出すので、俺はあっけにとられた。その時彼女の長い髪が乱れて、耳が見えた。耳たぶにはピアスがあんなに狭い面積の中に五つもついていた。…なんだ。優等生って、訳じゃないのか。

「はあ…久しぶりにこんなに笑った!志野屋君、そういえば昨日居なかったんだよね。じゃあ、

おしっことってくるなんてムリだよね。あたし保健委員だから、保健の先生にはその事言っと

くから平気だよ!」

にっこり笑う彼女。その顔に、ちょっとドキッとして、思わず目をそらした。

「…ありがと。」

「志野屋はアレが来たみたいで…って言っとくから!」

「そっちかよっ!」

 彼女はまた声をあげて笑った。彼女のギャップにはびっくりさせられる。

「ふふふ。…?あれ?志野屋君、ココ、制服が汚れているよ?」

 …彼女が言った。その汚れは、さっきテツとやり合ったときについた砂ぼこりだ。自分で綺

麗にはたいたつもりが、完璧に落ちていなかった。彼女は親切に、俺の胸あたりについた汚れ

をはたこうとしたが、けど…

「…あ まじだ。ありがと。」

 俺は彼女の手を避けて、自分ではたいた──…。


「はい。先生は現代文担当の"錦戸"といいます」

授業が始まり、教室に入ってきたのはメタボな男教師。ニシキドと聞いて思い出したのは、

ドラマとかでよく見かける、あのアイドル。あいつと同じ名字じゃん…。その風貌で錦戸なんて、かわいそうなヤツだ。と、やつに気付かれないように口を押さえて笑う俺。

「今から出席とるから、名前が間違っていたら言ってくれ。」

 そう言って錦戸は、出席をとりはじめた。

「シノヤ…アキラ…??」

「あ はい。」

俺がそっけなく返事をする。

「ツバキ アユミ!」

「あ…先生 アユミじゃなくてアユムです……」

 その声の主は、さっきの保健委員のあのコだった。

「ツバキ アユム か…。なんだよ、お前。 その顔のわりには男みたいな名前しているなあ。」

 錦戸は笑いをとったかのようにそう言って、クラスの皆は錦戸に合わせるように、かすれた笑いが少しだけおきた。いや、あんただってその顔のわりに"錦戸"って…あんたの方が可哀想だよ。なんて俺が頭の中で突っ込みいれて、ツバキ アユムはただ錦戸に、愛想笑いするだけだった。



錦戸の授業は自己紹介と小話で終わり、その後も何度か授業を受けて、いつの間にか時間は流れ、あっというまに放課後になった。

「なあ志野屋も行くだろ?」

「は…?どこに……」

 俺が帰ろうとすると、高い、しゃがれた声の男子生徒に話しかけられた。俺はこの特徴ある声に聞き覚えがあった。たしか休み時間中にちょくちょく話かけてきた、あいつだ。

「ああ!昨日お前居なかったからなー。実は昨日、このクラスで歓迎会しようって事になって、駅の方のサイゼに行くんだ。」

 そう言ったのは、俺の前の席 山下。手がはやくて有名。俗に言うチャラ男。 ちなみに彼女募集中。

「まあ歓迎会なんてのは表の顔で、ホントは合コンー。」

 山下は、こそっと耳打ちしてきた。彼の長くて思いっきりワックスでたてた髪が、俺の耳をつつく。

「五対五でやるから!志野っちも彼女いないみたいじゃん?頼むよ 来てよ~。志野っちが来たらさぁ、絶対女子メンバーももっと集まると思うから!」

「いや…俺は…ちょっと。」

 俺はちょっと山下のノリについていけなかった。人懐っこく軽そうな彼は、俺とは正反対の性格。絶対俺とは波長が合わなさそうだ。しかし彼はひどく俺に懐いてくる。

「あ それとも何 合コン嫌いなわけ?何、何?ひょっとして男が好きとかー!?」

────…。

「…んなわけねぇだろ……いいよ。俺も行くよ?」

 俺はしぶしぶ承知した。

「まじで!?やった!」

山下はくるくる回って喜んだ。ホント、ノリが軽いな…

「で。他 誰来んの?」

と、山下に聞く。

「男メンバーは今んとこ俺と志野っちだけだよ。」

 …は ?それじゃあ五対五の合コンになんねぇだろうが。それともまだ誰か誘うのか?

「てかもう男は二人だけでよくね?五人も揃えたらそんだけ 競争率あがるじゃん。」

「お前…」

 なんか、ちっちぇやつだなあ…。合コンのルールなんてよく知らないけど、それって掟破りじゃないのか?

「…ああ!志野っち、椿どこ行ったか知んない?つか多分、保健委員の仕事で保健室に居ると思うから呼んできて。」

「え…?椿?」

 椿…さっきの綺麗なコだ。山下と知り合いなのか?

「うん。歓迎会仕組んだの、俺と椿だから。」

 …へぇ。知り合いだったのか。

「椿と仲良いの?」

俺はなんとなくそう聞いた。別に椿に気があるとかそういう気持ちではなくて…そう、ただ

なんとなく気になったから。

「椿は一年の時 同じクラスだったからサ。え?何、志野っち、椿狙い…!?」

「いや…そんなんじゃ」

 すると山下は、俺の話を聞かずににまぁーと笑い 尖ったヤイバを見せ、

「なんだよ!早く言えよー。じゃあ二人うまくいくよう仕向けとくから。そうと決まれば!ほらっ言ってこい!」

 そう言って、俺の"背中"を押した。

「…………!」

 山下が押した背中に神経が集中し、冷たく 感じる。ああ、びっくりした…。気が付くと、冷や汗みたいなものが背筋から流れる。一瞬、フラッシュバックしかけた。手先のようなものが俺の体を脳裏でえぐる…。こんな事、なんだってない。そう自己暗示をかけ、椿を探しにいっていく。



保健室の扉をあけると、椿の姿はなかった。というか誰もいない。

「いねぇじゃん…」

保健室の中へ入り、うろうろと歩き回る。やっぱりいないんだ。そう思って、なんとなく近

づいたベッドの白いカーテンを開けると、椿が倒れるように眠っていた。

「───うお!」

 俺はびっくりして声をあげた。けど椿はそれにも気がつかずスースーと眠っている。

…どうすりゃ いいんだ?俺は彼女の方のちらっと見た。…ホント、綺麗な顔しているよな…。

まるで作りモノみたい。髪の毛一つ一つから、指先まで。綺麗…。………って、

「あれ…なんだ?」

椿の手から大量の薬が落ちている。

「…え……薬…?」

 なんでこんな大量に薬がある?もしかして これ…ヤバい薬じゃ…。俺が そう思って後退りすると、椿が 目を覚ました。

「…あれ?志野屋くん?」

「…………!」

「ん…何してんの?」

椿は、寝起きがいいのかパチリとデカイ目を開いた。

「いや…山下にお前連れて来いって言われて…と言うか あんたこそ何してんだ……」

 俺はそう散らばる薬を指差し、小声で言った。

「ああこれ…ふふ…なんか志野屋君は勘違いしているかもだけど、そんなんじゃないから。」

「は…?」

「あたし、薬飲まないとダメな身体なんだ…寝てたのは昨日 徹夜して疲れていただけ…」

 そう言って、散らばる薬を飲み干した…。椿はヤクチュウで 薬でラリって寝ていた訳ではないらしい。やばい薬じゃないとわかって安心した。しかし、コイツ…こんなに大量の薬飲んでないといけない身体なのか…その事を知ると、なんだか彼女がとてもか弱そうに見えた。

「…そうだったんだ。」

 俺は、なんだか申し訳そうに言った。

「何悲しい顔してんの?」

 椿はニコっと笑ってみせたが、俺はつられて笑わない。

「辛いよな…何らかのリスク背負って生きるのって───…」

 俺は彼女から視線をそらして、遠くの方を見る。いつも脳裏にやきついていたのは、見渡す限り白  白  白 の世界…

生ぬるい体温、触れあった 肌…─────…


「…どうしたの?志野屋君。」

もうろうとする意識の中、椿の声が聞こえた。はっと我に帰る自分。

「汗…凄いよ?」

椿がそう言った。手で自分の顔を触ると、水分が吹き出している。

「あ ごめん。時々こうなるんだ俺。顔洗ってくる…」

そう言って、俺は保健室を出た。今思えば、保健室なんて来ちゃいけなかったんだ。俺は 。



トイレで顔を洗って出てくると、椿が二つ缶ジュース持って手をふっていた。

「汗かいて喉乾いているでしょ?はい。」

そう言って俺にスポーツドリンクを渡す。

「ありがとう。あ金…後で払う。」

「いいよ、いいよ。貸し一つって事で。」

 そう言って彼女は笑った。ぶらぶら歩いて、中庭の日陰のあるベンチに二人で腰かける。

「ふぅ…」

 椿は 缶ジュースを一口飲んでから、なぜか俺の方を向いた。ジイーと見つめて、その目力に耐えきれなかった俺は、誤魔化すように周りの風景を見渡す。

「志野屋君って綺麗な顔しているよねー…」

「…っはぁ?」

椿のいきなりの発言に、俺は飲んでいた缶ジュースを吹き出しそうになった。

「肌白いしー顔小さいし…まつ毛長いし、羨ましいなぁ。」

椿…そんな整った顔してまだ物足りないって?嫌みにしか聞こえないぞ?

「あたし思うんだけど志野屋君ってハーフ?」

彼女の言った言葉に、そんな事、俺だって知りたい…と思ったが

「え…どうだろ?分かんないけど、多分外国の血は入っているかも。」

なんて、曖昧な事を言った。

「へぇーいいな。アユム ハーフとかホント憧れる…あぁ!また だ。」

「え?」

椿は急に声をあげた。

「また自分の事"アユム"って言っちゃった。直そうと思っているのに。」

椿はそう言って、ヒステリックに首を降る。また耳からたくさんのピアスがキラリと光った。

「いい名前じゃんか。アユム…って」

「良くない!男みたい!さっきだって、あの先生言ってたじゃん。」

そう言って彼女は、さっきのメタボリック教師の事を話しだした。どうやら錦戸のさっきの“名前が男みたい”発言は彼女なりに傷ついたらしい。

「いや。あの教師、あんな顔して"錦戸"なんてそっちのほうが可哀想だよ。」

俺がそうフォローすると、椿は今朝のように ケラケラ笑った。

「志野屋君の下の名前、アキラだっけ?"明るい"って書いてアキラ!」

アキラ…?ああー そういえばと、今朝の授業での出来事を思い出す。

「いや 実はさぁ俺、名前 メイって言うんだ。」

「メイ…?」

「そ。"明るい"って書いてメイ。」

そう言うと椿は何かを考えるようにしてちょっと 間をおく

「あれ?でも志野屋君さっき授業で……」

「…なんかもうメイって呼ばれるくらいならアキラの方が良かったから。」

俺は今朝の授業で錦戸が出席をとっている時、名前に間違いがあれば言えと言ったが"シノヤ アキラ"と言われても間違いを言わなかった。

「メイって名前好きじゃないんだ。女みたいだろ?俺…なんか顔も男らしくないから小学生ん時よく女子に間違われて…だから」

俺がそう“名前コンプレックス”を話すと椿はまた笑った。

「ふふ。あたし達 名前交換したいよね!」


意外に話が弾む俺達。多分時間なんか忘れてもっともっと喋り続けられるだろうけど…肝心な事を忘れていた。

「あ!忘れていた!ねぇ!あたし達、山下の事忘れているよ!」

そういえば山下の事を忘れていた…椿を呼びに行くよう頼まれておいて、本人の事は忘れているなんて。二人は顔を見合せて笑う。

「今日は彼女のいない可哀想な山下のために、アユムが開いた合コンなのに~ああ!またアユムって言ってしまったぁ…。」

 彼女はまた首をふる。

「いいじゃんもう"アユム"で。」

俺はそう言って、山下の待つ教室の方へ向かって歩き出した。

「だよね!"メイ"君。」

椿の高い声が包みこむように聞こえた。後ろを振り返ると、彼女は爽やかな笑顔で、こ

ちらを見つめている。俺も笑顔を返して、また歩き出した。その時、俺は気が付かなかったけど、彼女は俺が前へ向き直した時笑顔を消していた。

「"シノヤ メイ"…」



「はい!じゃあ自己紹介といきましょうか!」

 テンションマックスの山下が声をあげた。駅前のサイゼには珍しくほとんど人はおらず、ほぼ俺らの貸し切り状態だった。だけどやっぱ迷惑だよな?山下なんか ただでさえウルサイやつなのにその上 テンションあげられたらホント耳障り……

「…じゃあ 関根から行こうか!」

いつの間にか司会役を進んでやっている山下。

「あ、関根 智也でーす!バスケ部でーす。」

山下は もう男は呼ばないとさっき宣言していたけど、俺らが居ない間にバスケ部のやつを

三人誘っていた。しかもみんなイケメン…これ…自分のために開いた合コンなのに山下に勝ち目はないんじゃ…ホント 奴はただの進行役で終わりそうだ…。

「……椿 歩です。」

「…。」

 上の空でいると、アユムの自己紹介の番になっていた。彼女は、さっきはついていなかった唇にピアスをつけている。ふっくらした下唇の端についたピアスが、妙な色を出していて、みんなアユムに注目していたのがわかった。

「最近 二年近く付き合っていた彼と別れて、物凄い引きずってまーす。」

…そう言って、彼女の短い自己紹介は終わった。へぇ、前居たんだ、彼が。そりぁアユムは可愛い方だし、いない方がおかしいだろう。でもアユムに関係なく、今時の高校生で恋人が居ないのも珍しいよな。俺ぐらいかな…恋愛にさっぱり興味ない奴なんて…。


「口のピアスってさ、キスしにくいって言うよね?」

 関根がアユムに言った。もう皆 勝手に食べたり 飲んだりしていて、近くにいる 相手と個別に話をし出している。

「んんー。どうだったっけ?」

「あははは。」

楽しそうに話をするアユムと関根。そんな話題で盛り上がれるなんて、関根もアユムも恋愛上級者なのだろう。

「ねぇ。志野屋君ってどこに住んでいるの?」

 俺が一人でドリンクバーのオレンジジュースを飲んでいると、隣に来た女子が、俺にむけて言った。

「…T町…。」

「へえ、じゃあこの辺なんだーいいなー近くて。私、電車通学だからいちいち電車乗らないと学校行けないんだよー。」

 そんな感じで、彼女はまた 長々と自分の事をお喋りする。

「…で アキラ君は……」

「──アキラじゃないよ!」

そう 話をさえぎったのはアユムだった。

「"アキラ"じゃなくて"メイ"君!だよねー?」

「え あ うん…」

アユムは関根との話を中断し、俺の方を向く。

「ねー!香織ー。チェンジだ!」

「…ええ?」

アユムはそう言って席を立ち、俺の隣に居た香織と席を変わるよう言っている。香織はしぶしぶアユムに席を譲った。そのとき 関根がなんとなくがっかりした表情をしたのを、俺は見逃さなかった。どうやら関根はアユムにターゲットを絞っていたらしい。

「さあメイ君、アユムに何でも質問していいよ。」

 そう勝ち気に言うアユム。…なんだこいつ、自分からこっち来たくせに、俺に話す事は無しか?アユムは注文したクリームソーダの上に乗ったアイスを食べている。俺は、なんとなく、彼女の口のピアスが邪魔そうに感じた。

「…はっきり言っていい?」

「………ん?」

「その くちピ、似合ってないよ」

 はっきり断言した俺。アユムはそれを聞いて、ちょっと表情を曇らせた。

「なんか、そんな整った顔面しているのに、顔に穴開けるとかもったいない。耳ならまだしも…」

「ねえ!それ!元彼にも言われた!」

アユムは俺の言葉をさえぎって、口を挟んできた。そして目を大きく開ける。

「え?」

 俺はちょっと困った顔をした。

「元彼が『アユムは可愛い顔しているのに口にピアスなんか開けてもったいない』って…なんで同じ事言うのー?」

いや知らないから…。アユムは眉間にシワをよせ机をバンバン叩く。

「どんな人なの?元彼って?」

 会話に困った俺は、適当に彼女に質問した。

「元彼はねぇ…医者。」

「 え?」

「アユムの主治医だったの。」

俺は彼女の言葉を聞いて、医者と患者の恋を想像してみた。それは禁断の恋であり、エロチ

ックな雰囲気が漂っていて、まだ高校生の俺にとっては刺激がお強い…。

「なんか少女漫画みたいだな。その関係はエロいな?…」

「そう。エロい人だったの」

「………………。」

俺は彼女の話に、リアクションもしづらくなってきた。

「あ でもね、凄い人なんだよ。大きい病院の委員長の一人息子で、その人もそこで働いているんだけど、若いのに成功して偉い立場の人でねー…」

いや、親の病院で一緒に働いていて偉い立場任されているって、それ 完全に 親の七光りじゃないか?俺はそう思ったけど、黙っといた。というより、元彼の事を話すアユムが、話に隙を見せなかったから。

「…ホント…なんで別れちゃったんだろ。」

さんざん喋ったアユムは最後にそう言って、せつなげな表情を見せる。



みんな結局合コンらしい事は何一つせず、適当なグダグダ話を続けるだけだった。もう大分時間も絶ち、これ以上話す事もなくなったので俺達は帰る事にする。

「バーイバイ!」

駅の改札口へ向かっていく皆、俺はこの辺の人間だから皆を見送るが…

「あれ?メイ君…駅行かないの?」

アユムだけはあの団体から離れ、駅の改札へ行こうとしない。

「俺…この辺に住んでいるから。」

「じゃあ アユムと一緒だ!」

 …げ。まじかよ。…アユムはさっき終始元彼の話ばかりしていた。元彼は頭が良くて、優しくて、夢があって、女の子に気を使えて…だけど、ちょっとほっとけない所もあって…(この話は三十分以上された)そんな話を延々とされ、やっと終わったのに…このまま 帰り道が同じで、また元彼の話されるんじゃないかと思ったら嫌気がする。

「俺 T町に住んでいるんだ。」

「ホントに?ちょっと離れているけど、アユムの住んでいる所と近いよ!途中まで一緒に帰ろ。」

 はい!アユムの元彼話、延長!俺達は再び歩きだした。BGMは俺の耳から通り抜けては消えるアユムの声。人は見た目だけじゃ分からないものだよな。最初 彼女をみたとき、うわ…すげぇ可愛いコ……って思って、珍しく人間嫌いな俺を夢中にさせた。だけどその数時間後にはこのザマで…。単純だよな、こんなちっぽけな事で自分の気持ちを冷ます事ができるんだ。

「でもね…看護婦さんとかにも優しいから、アユムはヤキモチやいて……」

「……………。」

「メイ君?」

「 え?」

「聞いてる?アユムの話。」

俺は彼女の話を聞かず、下を向いて地面のコンクリートのマスの線を踏まずに行く事だけに集中していた。

「聞いてなかったでしょ~。」

アユムは話を聞いていなかった事には怒らず、そうやってまた あははと笑う。

「いやあ?聞いてたよ?」

「嘘だ!地面のコンクリートの線を踏まない事しか考えてないじゃん!」

 ……げ。バレてんじゃん!?

「いやいや違うって!アユムはそんなに恋愛に真剣で羨ましい…みたいな事思っていただけ。」

 気がついたら とっさにそんな事を口が勝手に喋っていた。それを聞いてアユムは不思議そうな顔をする。

「メイ君には、ないの?そーゆう事…」

彼女は立ち止まった。何故か、一瞬にして急に空気が変わった事に俺は気がついた。

「…ないかな?俺 あんまり人に対して恋愛感情とかわかない…」

「 どうして?」

アユムは表情に色を見せない。そんな彼女を不思議に感じながらも俺は言葉を返した。

「なんだろ?多分 自分が嫌なんだと思う。」

「…自分がいや?」

「そ 。人を好きになると少なくとも自分と向き合わなくちゃいけなくなるだろ?俺はそれが出来ないんだ。」

「なんで?自分に自信がないって事?」

「そんなトコかな?俺は自分が嫌いだから…自分嫌いな奴が人を好きになれる訳ない──…」

冷めた顔をしてそう言った俺。

"そんな事誰だってあるよ"

"気にしすぎじゃない?"

 そんな、ありきたりな返事を彼女は返すのだろう。別にさっきの言葉に返事なんか求めてない。というか構わないで欲しい。もうはっきり言ってしまうと、俺は人と深く関わる事を望んではいない。知られたくない。何もかも。全てを辿ってみれば、振り返ってみれば、そこにはいつだって同じ所にたどり着く。

白  白  白の…。

「──それって昔の事がトラウマになっていたりする?」

「………え?」

 そう言葉を放った彼女は、いきなり俺の制服の首元のネクタイを引っ張って、自分の顔に近づけてきた。唇があと少しで触れ合いそうで…。

 俺は驚き、憎らしそうな顔をして彼女から離れた。

「はは。試してみたかっただけだよ。本当に口のピアスでキスがしにくいかって…」

 そう言って笑う彼女。だけどあの時見せた爽やかな笑顔とはほど遠かった。

「そんな恐い顔しないで?…ね?」

そう言ったけど、俺の表情は変わらなかったし、体の震えは止まらなかった。体は冷えてい

く。冷や汗だ…さっき山下に触れられた時よりおかしくなっている。

「やっぱり、人に触られるの避けていたんだね………」

「…………!?」

下に落ちていく汗を見送りながら、徐々に彼女を見た。

「最初はね。あたしがメイ君の制服の汚れをはたこうとした時、君が避けたのは、ただ単に女の子が苦手なのかな?って思ったんだ。」

「………」

「だけど君はさっきのファミレスの時も、隣の席の関根君とも距離をあけて座っていた。まるでバリア貼っているみたいに、触れ合わないように…」

淡々と喋り続ける彼女。もう何もかも、見透かしているような顔をして言ってくる。見透

すなよ…。こんな俺を…知られたくないんだ…

生ぬるい 肌  キライ…

触れ合った カラダ

侵食されてく…

侵食されてく……

『志野屋がうちのクラスで一番綺麗だったから────…』

─────!

「────ガは…」

 俺は気が付くと、しゃがみこんで吐いていた。息を乱して、目の焦点も合わない。…

「…だっ大丈夫!?」

 彼女は急に我に返ったようにしてハンカチを渡した。

「…………」

 気分を落ち着かせようと、ゆっくり呼吸をする事に専念した俺。アユムからもらったハンカチで口を拭く。

「……ごめんなさい。こんな風にしてしまって。」

 ?

…"ごめんなさいこんな風にしてしまって"?それは俺にキスをしようとしたこと?言葉で俺を追い詰めたこと?そうとは思わなかった…。彼女は全て知っているような気が…俺の踏み入れてはならない場所を…

「シノヤ メイ…」

 アユムはそうポツリと呟く。

「忘れちゃいけなかったんだ。その名前を。」

「…………?」

「だから ずっと覚えといた。いや…違う。ホントは忘れたかっただけど、忘れられなかった。」

「…なんの話?」

錯乱した意識の中で一言そう言うと、彼女はしゃがみこんでいる俺に目線を合わせてきた。

「あたし達…出逢っちゃいけなかったんだ…。」

 え………?

「…だけど二人は出逢ってしまった───。」

…何が言いたい。このオンナ…俺は眉を潜めて彼女を見る。

「あたしの名前は"アサノ アユム"」

「───!?」

 俺はしゃがみこんだまま後退りした。もうこれ以上の事は聞きたくない。聞いてはいけない…聞いたら 自分はおかしくなる。もっと おかしくなる…頭の中ではすでに赤信号が点滅していた…


「あたし…メイ君に殺されたかった。」



…なぁアユム

お前は口癖のように言っていたよな

"殺してくれ"って

そして俺もバカだったからこう 言ったね

ズタズタに傷つけてやるよ

…ってね。

あやまちを許せるほど

あやまちを受け入れるほど

俺達は大人になれなかったね?


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