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焦燥のゆくえ

 この街は、軍の駐屯地を抱える駐屯都市だ。


 背の高い塀の門には軍旗が掲げられ、サーベルを腰に下げた門番が立っていた。

 通りにも軍服姿の者は珍しくなく、他の街や村より、空気は少しだけ硬い。


 クロードは身元確認を済ませたあと、門番に一枚の身分証を見せた。


「すまん。これを届けに来た」


 門番はそれを受け取り、記された名前を見て顔をしかめた。

「……これを、どこで?」


「十日前、この街へ来る途中で死んでいるのを見つけた。一日待ったが、蘇生しなかった」

「そうか。遺体は?」

「埋めた」

「分かった。これは軍から教会へ死亡届を出したのち、家族の元へ送られる」

「そうか。頼む」


 クロードはもう一つ、ポケットからドッグタグを取り出した。

「これも、家族の元へ送ってもらえないか」


 門番はそれを見ると、わずかに目を伏せて首を振った。

「……すまんな。それは、家族じゃなく、別の相手に渡してやってくれ」

「あんた、知っているのか」

「新兵の頃の友人だった」


 門番は懐からマッチ箱を取り出して差し出した。


「この街で歌っている女だ。彼女に渡してやってほしい」

「……そうか」


 クロードはそれを受け取り、箱に書かれた店名に目を落とした。

「分かった」




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 クロードは街で安宿を取ると、その足でギルドへ向かった。


 木戸を押し開けると、中は大勢の人で賑わっていた。


 壁の掲示板の前では、依頼書を見比べながら仕事を選ぶ者たちがいる。

 窓口では、獲物を持ち込んで換金している者がいた。

 別の列では、新たな依頼を申請する者が受付係と言葉を交わしている。


 冒険者だけではない。

商人、職人、技術者、学者━━さまざまな職の者たちがこの場所を行き交っていた。


 クロードも掲示板の前に立ち、いくつか貼られた紙に目を通していた。

そのうちの一枚に、ふと視線が止まる。


『この絵の瓶の捜索』


 そう書かれた紙には、瓶らしきものの絵が描かれていた。

だが、その形はどこか奇妙だった。


 背の高い三角屋根を載せた、塔のような形をしていた。

 その屋根と胴のあいだは妙にくびれていて、見たことのない輪郭をしている。


 香水瓶にも見えた。

 だが、簡単に描かれたその絵には、装飾らしいものは何ひとつない。


 クロードがしばらくその紙を眺めていると、ふいに横から肩へ手が置かれた。


「君、この依頼に興味があるのかい?」


 肩を叩いたのは、背中まである長い金髪の男だった。


 年の頃は、クロードと変わらないだろう。

痩せた身体には不釣り合いな、ぶかぶかの膝丈の衣をまとっている。


「ほら、面白い形をしているだろう?」


 まつ毛の長い切れ長の目が、近すぎる距離でクロードをのぞきこんだ。


「これはねぇ、隙間なく密閉されているんだ。ほら、ここが大きくくびれているだろう?」

 男は依頼書の輪郭線を、細く節のある指でゆっくりなぞる。

「ここで割るようにできているのさ。実に面白い」


 時折声を裏返らせながらも、その喋りは妙に流暢で早い。

 ねっとりと耳にまとわりつく声に、クロードはかすかな嫌悪を覚えた。


「詳しいな」


 クロードの言葉に、男はにたりと口元を歪めた。


「そう。そうさ。詳しいだろう?」

 嬉しそうに目を細める。

「これは僕が作ったんだからねぇ」


 クロードはわずかに眉をひそめた。

「……これは何なんだ?」


 その問いに、男の目がぎょろりと見開かれた。


「興味がある?」


 男は嬉しそうに口元を歪め、さらにクロードの間近まで顔を寄せてきた。

「そうかい、そうかい。興味があるのかい。フヒヒ……」


 依頼書の絵を指先で軽くつつき、にたりと笑う。

「これはねぇ……」


 男は両手を大きく広げた。


「ドッカーン」


 そのまま、くるりと一回転して胸に手を当てる。

 まるで舞台役者のような仕草だった。


「貴族の御屋敷くらい、簡単に━━そう、実に簡単に吹き飛ばせる薬、なのさ。ヒヒヒヒヒ……」


「危ないな」


 それは薬のことか、目の前の男のことか。


「お前は誰だ?」


「僕? 僕はねぇ、この駐屯都市で薬師をしている」

男はにたりと笑う。

「名は、仲良くなったら教えてあげよう」


 薬師と名乗ったその男は、依頼書をピッと取ると、クロードの胸に押しつけた。

そして、囁くような低い声で続ける。


「探すといい。そう、必死に、懸命に、探したまえ。……ただし、瓶を割ってはいけないよ。ヒヒヒヒヒ」


 薬師は、気味の悪い笑い声を残し衣を翻して雑踏へ消えていった。


 クロードは密かに息を吐き、こわばっていた肩の力を抜いた。


 手の中の依頼書に目を落とす。

 個人依頼にしては報酬がいい。

 それに、薬師の言葉も引っかかっていた。


 わずかに迷ったのち、クロードはその依頼書を持って受付カウンターへ向かった。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 翌朝、クロードは依頼の控えを頼りに、大通りに面した一軒の店を訪ねた。


 美しい色ガラスのはめ込まれた扉を開けると、女が「いらっしゃいませ」と迎えた。


「この依頼を受けた者だ」

「これ、父さんがギルドに出した依頼……ちょっと待ってて下さい」


 そう言うと、店の奥の扉を開け、大きな声で「父さーん」と呼んだ。

 しばらくして、清潔感のある服の、背の低い中年の男が、クロードの前へ出てくる。


「これはこれは。私の依頼を受けて下さったのですね」

「ああ。クロードという」

「立ち話も何ですから、どうぞ奥の応接間へ」


 商人らしい柔らかな笑みを浮かべた男に案内され、クロードは奥の間へ通された。

 応接間は上品な調度品で整えられ、座り心地の良さそうなソファーの間には一枚板で作られたローテーブルが置かれていた。


 クロードは依頼書をその上に置き、商人の顔を見た。


「この探し物は、商品か何かか?」

「……いえ、それは商品ではありません」

「では、何だ?」

「それが……なんと言いますか、なくなってしまったのです」

「……」


 商人は言いよどみ、落ち着かない様子で手を組んだり開いたりした。


「でも、それが一体何なのか、私にも分からないのです」

「分からない?」

「十日前、屋根の修理中に落ちましてね。目が覚めてから、それが頭にこびりついて離れないのです」


 クロードは落ち着きを失った商人を、観察するように見つめた。


 そこへ娘が香りの良い紅茶を運んでくる。

「どうぞ」

「ありがとう」


 十日前━━。

 それは、崖下の河原で兵士の死体を見つけた頃と重なる。


 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、静かに目を落とした。


 娘が部屋を出ていってから、商人はクロードの持つドッグタグをじっと見つめていた。


 その視線に気づき、クロードはドッグタグを目の高さまで持ち上げる。

「こいつが気になるのか?」

「あの……それを少し見せてくれませんか?」

「ああ」


 クロードが手渡すと、商人は刻まれた名を親指で何度もなぞった。


「そいつ、知り合いか?」

「いえ、知りません。でも、覚えがあるような……」


 商人は眉を寄せ、何かを思い出そうとするように目を閉じた。


「……だめだ、分からない。でも、朝にはなくなっていた……」

「朝?」

「上からの指令で、薬師から預かって、軍の研究施設まで届けるはずだったのです」

「…………」


 その言葉に、クロードは先ほどの奇妙な男を思い出し、わずかに眉を上げた。


「でも、朝にはなくなっていた。探さなければ……」

 商人は虚ろな目でどこか遠くを見つめ、もう一度「探さなければ……」と呟いた。


 クロードが紅茶のカップを持ち上げると、受け皿が小さくカチリと鳴る。

その音に、商人ははっとしたようにクロードを見た。


「……あれ? どこまで話しましたっけ?」

「依頼は分かった。探してみよう」

「そうですか。助かります」

「ただ、探すのはこの街に滞在する間だけだ。見つからなかった場合は、それまでだ」

「いえ、それでも十分です。前金はそのままお納め下さい」


 商人はにこやかに答えた。




 話を終え、クロードが店を出ようとした時、商人の娘に呼び止められた。


「あの、すみません」


「なんだ?」

「あの、父のことで……お聞きしたいことが……」


 娘はちらちらと奥の間を気にしている。

 そのそぶりに、クロードはわずかに目を細めた。


「場所を変えよう」


 二人は店を出て、近くの公園へ向かった。

 木陰にあるベンチに座ると、娘もためらいがちにクロードの隣へ腰を下ろした。


「俺に何を聞きたい?」

「……父は……十日前、店の屋根の修理の途中で足を踏み外しました。打ちどころが悪く、亡くなってしまったんです。けれど、幸い教会で蘇生が叶って……戻ってきてくれました」


 娘は道行く人々を見つめ、いったん口を閉ざした。


「でも、それからなんです。あの変な形の瓶がない、ないって。毎朝家中を探し回るようになったんです」

「毎朝……?」

「ええ。まだ日が昇らない時間に」


 娘はうつむき、膝の上で手を握りしめた。


「あまりにも慌てた様子で……でも、一旦落ち着くと、以前と変わらない父に戻るんです」


 クロードは娘を一瞥してから、視線を通りへ向けた。


「あんた……蘇生者が、蘇生の後に、性格や行動が変わった、とか聞いたことはあるか?」

「いえ……いや、そういえばそんな噂を聞いたことがあります」


「魂は、本来、神代国かみよのくにに流れる魂の川へ還る。この国では、死ねば魂はそこへ戻る」

 娘は黙ってクロードの言葉に耳を傾けていた。

「神がその魂を帰す道を、神道という」

「ええ、教会の教えですね」

「しかし、魂を帰す時、他の魂が混じることがある」

「……えっ?」

「魂の川は流れているからな」


 そこでクロードは口を閉ざし、娘へ視線を向けた。

 膝の上で固く組まれた白い手が、かすかに震えている。


「まさか……父の魂は、他の誰かのものだと……?」

「いや、そうじゃない。ほとんどは本人の魂だろう」


 娘はおそるおそるクロードを見上げた。


「ただ、そこに別の魂が混じっている」

「……父は……蘇生してから、自分のことを『私』って言うようになったんです。以前は『儂』って言ってたのに……」


 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、そこに刻まれた名を静かに指でなぞった。


「父は……もう、元には戻らないのでしょうか」

「……ああ」


 娘は立ち上がり、クロードの前で深く頭を下げた。

「お願いです。父の探し物を見つけて下さい。父がそれで少しでも落ち着けるなら……」


 クロードはフラップキャップのつばを下げ、目元を隠した。

「可能な限り」


 それから娘と別れ、街の南側へ向かった。


 そのあたりは、裕福でも貧民でもない、普通の市井の人々が暮らす地域だった。

 向かい合った建物のあいだにはロープが渡され、洗濯物を干している家も多い。


 その街角に、少し大きめの建物があった。


「医院長はいるか」


 クロードは扉を開け、ベッドが並ぶ室内へ足を踏み入れた。


 奥の扉を開けると、消毒液の匂いが鼻をついた。

 診察台の向こうには古びた衝立があり、その向こうから「おう、クロードか」と声がした。


 衝立の向こうにいたのは、禿げた頭に白衣をまとい、腹だけは立派に突き出た小柄な老人だった。


「医院長、いたのか」

「久しぶりじゃな。この街にいつ来た?」

「昨日」

「そうか。元気にしとるようじゃの」


 医院長はそう言って、酒の入ったグラスを軽く傾けた。


「あんたも相変わらず酒びたりなんだな」


 クロードが椅子に座ると、医院長は勧めるようにグラスを差し出した。

 だが、クロードは小さく首を振って辞退する。


「あんた、こういった瓶を知らないか?」


 クロードは依頼書の絵を差し出した。

 医院長はそれを見て、「アンプルじゃな」と面白くなさそうに言った。


 脇の棚の鍵を開け、ひとつの小瓶を取り出してクロードに見せる。


「薬入れじゃ」

「薬……」

「こいつを作れるのは、この街に一人しかおらん」

「薬師……か?」

「知っとるのか」


 クロードはわずかに眉をひそめた。


「あいつは頭がイカれておる。ただし、腕はいい」

「あんたと一緒だな」

「ばかもん。ワシをあいつと一緒にするな」

 手に持ったグラスの酒をくいっとあおった。


 医院長はクロードの持つ依頼書に目を落としたまま言った。


「その依頼者、十日前に蘇生しとるぞ」

「ああ。それで、魂が少し混じっているみたいだ」

「……ふん」


 医院長は鼻を鳴らした。


「神の恵みか、神の呪いか。不憫じゃの」

「神の気まぐれだ」


 クロードがそう言うと、医院長は苦いものでも飲み下すように、またグラスを傾けた。


「アンプルに入っている薬は危ない物が多い」

「薬師は爆発すると言っていた」


 医院長は「ふん」と鼻を鳴らす。


「奴なら作りかねんな」

「あと……依頼者の魂に混じった者が言っていた。軍の研究施設に運んでいたと」


 そこで初めて、医院長の手が止まった。


「会話できたのか」

「こいつを見せてから、口調が変わった」


 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、医院長に見せた。


「俺が発見した死体は、まだ温かかった。それが十日前の早朝だ」

「死んだ頃も同じ、か。あり得ん話ではないな」


 クロードはドッグタグに刻まれた名前を、静かに指でなぞった。


「十中八九、この兵士で間違いないだろう」


「話せるくらいに魂が混じってるとすりゃ、依頼人の人格が変わっちまうぞ」

「ああ。目を閉じさせてやらなきゃならない」


 クロードはドッグタグをポケットに戻し、立ち上がった。


「行くのか」

「ああ」


 フラップキャップをまぶかにかぶったクロードを、医院長が「おい」と呼び止めた。


「お前のここ……神道痕はどうなっとる?」

 親指を立てて、自分の胸をトンとつつく。


 クロードはしばらく無言で医院長を睨んでいたが、「変わりない」とだけ言って、診察室を後にした。


 医院の扉を開けると、そこに一人の人物が立っていた。

 ギルドで声をかけてきた、あの男。

 薬師だった。


「お前……」

「おやおや、君は先ほどの、瓶の捜索人」


 薬師の言葉に、クロードはわずかに眉を上げた。


「クロードだ」

「クロードくん……ああ、君がクロードくんか。以前、医院長の話で聞き及んでいるよ」


 薬師が三日月のように唇をつり上げた。

 顔に張りついたその笑みは、見る者を不安にさせるような圧迫感を帯びている。


「あのアンプルには何が入っていた?」

「言っただろう? 危ない……そう、危ない薬だと」

「そんな物を、なぜ軍が?」

「泡沫の神。君も知ってるだろう?」


 薬師はそこで言葉を切った。


「生まれたばかりの神、幼き神、残酷な神━━泡沫の神。蘇生を持つ我々人間が、最も恐れる厄災さ」


 薬師はさっと距離を縮め、覗き込むようにクロードの灰色の目を見た。


「あの神には善悪も何もない。赤子が玩具で遊ぶように、人の魂を器へ戻す」


 さらに顔を寄せ、囁く。


「その器が、どんなに壊れていても……ね」


 クロードの頬を冷たい汗が流れた。

「不完全蘇生体……か」


「そう、そうだよ君。泡沫の神は、どれだけ壊れた器でも蘇生させる」

「…………」

「肉片、骨の一片であっても蘇生する。それを止められる方法はただ一つ。ヒヒヒ……蘇生する器を焼き払い、灰にしてしまうことだ。泡沫の神に与えないためにね」


 薬師は張りついた笑顔のまま、さっとクロードから離れ、丁寧に一礼した。


「あのアンプルには、空気に触れると広範囲を高温で焼き払う薬剤が封じられ、術式が組まれている」


 顔を上げると、わざとらしく眉を寄せる。


「見つけたまえ。……そう、必死に、懸命に。ただし、アンプルを割ってはいけないよ……フヒヒ」


 薬師はくるりと回り、足取り軽く雑踏のほうへ去っていった。


 それを見送って、クロードは住宅街の空を見上げた。

 陽はすでに真上に昇っていた。


 ふと腹を押さえる。

 そういえば、まだ何も食べていない。


 クロードは商店街のほうへ歩き出した。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 街の食堂に入ると、席のほとんどは軍服姿の男たちで埋まっていた。

 長テーブルの奥に一席だけ空きがあり、クロードはそこへ座る。


 給仕の男が水の入ったコップをコトンと置き、「いらっしゃい」と声をかけてきた。

 クロードは店のおすすめを頼み、水を飲んだ。


 ほどなく、周囲の話し声が耳に入ってくる。


「東の泡沫の神は消えたらしい」

「そいつは良かった」


 安堵するような声だったが、長くは続かない。


「で、次はどこだ」

「分からん。泡沫の神は、いつどこで湧くか読めんからな」

「個体の神と違って、土地も選ばんしな」


 誰かがパンをちぎりながら、小さく舌打ちした。


「ありゃ神じゃねぇ。厄災だよ。厄災」

「前線の不完全体を焼き払ったら、しばらく休暇だな」


 兵士たちは皿の上の料理をつつきながら、そんな話を当たり前のように交わしていた。


 クロードはパン粥をスプーンですくい、無言で口に入れた。




 神は数え切れないほどいる。

 多くの神は人間に無関心で、誕生や蘇生に関わる神はそう多くない。

 そして成熟した神は、生きることが不可能なほど損壊した器に魂を戻すことはない。


 しかし、生まれて間もない神は違う。

 幼いがゆえに、あたりかまわず魂を器へ戻してしまう。

 それが肉片であっても、骨の一片であっても、そこに命は灯る。


 蘇生したものは、もはや原形を留めない。

痛みと苦しみにのたうち回り、やがて群れ、波となって生者を襲う。


 そして、生まれたての神の多くは、人間界に災いだけを残し、泡のように弾けて消えていく。


 それを人々は厄災と呼んだ。


 不完全に蘇生された者たちは神に問う。

『なぜ……』


 痛みや苦しみに肉をよじらせ、生者に問う。

『なぜ……』


 やがてそれは人の形も心も失い、哀しみの波となって生者へ押し寄せる。


 それを食い止め、死者の世界へ送るために、兵士たちは焼き払う。


 かつての仲間も、友人も、家族も。




 食事を終えると、クロードは再びギルドへ向かった。


 あの兵士が死んでいた辺りに、何か手がかりがあるはずだった。


 掲示板に貼られた依頼書を一通り見て回る。

 山中に関するものがいくつかあった。

 薬草や鉱物の採集、獣の討伐━━その中に、盗賊討伐の依頼も混じっている。


 大きな街に近い街道には、追い剥ぎや盗賊が出ることがある。

 野宿している旅人や、荷を運ぶ者を狙う輩も少なくない。


 軍の荷を運んでいたあの兵士も、こいつらに襲われたのではないか。

 奪われた荷を取り戻そうとして探し回り、その末に崖から足を踏み外した━━そんな筋書きが、クロードの中で静かに形を結んだ。


 一枚の依頼書がクロードの目にとまった。


『盗賊のアジトの特定』


 それは、個人や店から持ち込まれた依頼書とは書式が違っていた。

ギルド自身が出した依頼だ。


 それだけ、この街の周辺で盗賊被害が続いているのだろう。


「……これなら、やれそうだな」


 クロードはその依頼書を取り、受付へ向かった。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 街で数日分の野宿の支度を整えると、クロードは一旦安宿を引き払った。

背負った革のリュックは、いつもより重い。


 街を出る前に、もう一度医院へ向かう。


 医院長は入口の脇に椅子を出し、酒を飲んでいた。


「もう街を出るのか」

「いや、盗賊のアジトを探しに行く」


 医院長は「ふん……」と、少し思案するような顔をした。

「ちょっと待ってろ」


 そう言って建物の中へ入り、しばらくして戻ってくる。


「これを持って行け」

「……これは?」


 掌に収まる大きさのプレートには術式が刻まれ、青い石がはめ込まれていた。


「守りの術式具じゃ」

「軍不出の術具じゃないのか?」

「そこはホレ、人脈っちゅうもんじゃ」


 医院長がニヤリと笑う。


「あの薬師が作ったモンが絡んでるなら、そいつを持っといて損はなかろう」

「……礼を言う」

「ふん。誰かの前で、お前が神道痕で蘇生したら面倒じゃからな」


 クロードはフラップキャップをまぶかにし、小さく頷いた。


 街の門で手続きを済ませると、クロードは元来た山へ向かった。


 あの兵士を埋めた辺りまでは遠い。

 ある程度整備された山道とはいえ、クロードの足でも片道一週間はかかる。

乗合の幌馬車を使えば、三日ほどで着ける距離だ。


 クロードと同じ馬車に乗り合わせたのは、他に三人だった。

 子どもを二人連れた母親と、人のよさそうな笑みを浮かべた男が一人。


 ゴトゴトと音を立てて進む馬車に揺られているうちに、退屈した子どもがぐずりはじめた。


「まだ先は長いんだから、少し寝てなさい」

 母親が周囲に気を遣いながら子どもをたしなめる。


 その言葉に、同乗していた男がにこやかに答えた。

「いいですよ。子どもは退屈に弱いですからな」


 クロードも「そうだな」と言って、母親を安心させた。


「じゃあ、おじさんが面白いお話をしてあげよう」


 男は自分の荷から綺麗な表紙の本を取り出し、子どもに見せながら読み聞かせを始めた。


 クロードはそれを聞きながら、休むために目を閉じた。


 それから幾度か夜営を挟みながら、幌馬車は山道を進んだ。


 そろそろ、あの兵士を埋めた辺りまで来ている。

 クロードは御者の男に声をかけ、次の休憩場所で降ろしてくれと伝えた。


 幌馬車を降り、クロードはあの河原の辺りまで歩いた。

 山道を少し外れるだけで、そこは崖になっている。

 所々に低木が生えていて、気を抜けば足を踏み外しそうだった。


 夜明け前の暗い時間にアンプルを探していたのなら、なおさら危険だったはずだ。

 高さがあるぶん川の音は遠く、崖の縁は思うよりずっと近い。

 兵士も、気づいた時には遅かったのかもしれない。


 川沿いを歩いていく先に、土がわずかに盛り上がった場所があった。

 あの兵士を埋めた場所だ。


 クロードはフラップキャップを取り、胸に当てたまましばらく黙祷した。




 その時、遠くで悲鳴のような声が上がった。




 クロードは急いで河原から岩場をよじ登り、山道へ戻る。

 声のした方角は、幌馬車が進んでいった先だった。


 クロードは山道を走った。


 息を切らしながら駆けた先で、クロードの目に飛び込んできたのは、倒れた御者と母親だった。


 御者は喉を掻き切られ、すでに絶命している。

 母親は浅く、途切れがちな呼吸を繰り返していた。


「おい!!」

「……あの子……たち……が……」


 母親は、いなくなった子どもたちを追うように手を伸ばす。

だが、その指先は空を掴んだまま、力なく落ちた。


 クロードはその手の先へ視線を向けた。


 山道の脇に細い獣道がある。

 そこには靴跡と、何かを引きずったような跡が続いていた。


 クロードはリュックの中からナイフを取り出し、獣道へと入った。


 しばらく進むと、子どもの泣き声がかすかに聞こえてくる。

 音を立てぬよう身をかがめて進むと、少し開けた場所の奥に洞窟が見えた。


「うるせぇ!! ガキども!!」


 怒鳴り声の主は、幌馬車で同乗していたあの男だった。

 男が地面に転がった大きな麻袋を蹴ると、中から悲鳴が上がる。


 クロードはしばらく身を潜めたまま、洞窟の様子を窺った。


「ったく、ガキはうるさくてたまらん。黙らせとけ。ただし傷はつけるなよ」


 洞窟の中から出てきた男が、子どもを攫った男にそう指示した。


「へいへい」


 攫った男はポケットから小瓶を取り出すと、麻袋に数滴、液体を垂らした。

 しばらく続いていた子どもの泣き声が、次第に弱くなり、やがて消える。


「いい夢見ろよ。この次目を覚ましたら、地獄が待ってるからな」


 猫なで声でそう囁くと、男はぺっと唾を吐いた。


「アニキ、そろそろ商品も揃ったことだし、運び出すか」


 洞窟の奥から出てきた別の男が、にやにやしながら言った。


「そうだな。人間の在庫は、とっとと売りさばかねぇとな」

「こいつも早めに流さねえと、軍に嗅ぎつけられちまうしな」


 そう言って、男は木枠に嵌め込まれたアンプルを持ち出してきた。


 クロードは藪に身を潜めたまま、三人の盗賊の動向を探った。


 他に人の気配はない。


 盗賊は三人。子どもは洞窟の中。アンプルもある。

 一人で飛び込むには、あまりに分が悪い。


「おいお前、そのガキどもと乗ってきた馬車は?」

「まだそこら辺にいるんじゃないですかね」

「丁度いい。そいつで運ぶ。確保しとけ」

「へいへい」


 二人の盗賊は洞窟の中へ引っ込み、子どもを攫った男だけが獣道の方へ歩いてきた。


 クロードは木の陰に身を寄せ、息を潜めた。


 男は何も気づかぬまま通り過ぎ、山道へ向かっていった。


 その背を追い、道が開けた瞬間を狙う。

ナイフの柄で後頭部を強く打ちつけると、男は振り向く間もなく昏倒した。


 倒れた男のポケットから、子どもを眠らせた薬を取り出し、アジトへ戻った。


 クロードはハイネックの襟で口元を隠し、瓶の蓋を外して洞窟の入口へ投げた。


 瓶が割れる音に気づき、男が警戒しながら出てくる。

 だが、入口に飛び散った薬を吸い込んだ途端、そのまま白目を剥いて崩れ落ちた。


「誰だ!?」

 頭目の男が大型のナイフを手に、洞窟から出てきた。

 眠り薬を吸ったはずなのに、足取りはまだしっかりしている。


 クロードは木の陰に身を潜めた。


「軍の犬か!? 出て来い!!」

 そう怒鳴ると、男は麻袋を持ち上げ、ナイフの切っ先を向けた。


 どっ、と鈍い音がして、男がふと下を見る。

腹には、クロードのナイフが深々と突き刺さっていた。


 手から、子どもの入った麻袋が落ちる。

 その瞬間、クロードは藪から駆け出し、男へ体当たりした。

 倒れこんだ勢いのまま、腹からナイフを引き抜く。


 真っ赤な血が噴水のように噴き出した。

「……ぐっ」


 男はもんどり打って倒れ、それでもクロードを睨みながら、近くの石や木切れを手当たり次第に投げた。


 その手が、あのアンプルを掴んだ。


 クロードは目を見開き、入口近くの麻袋へ駆け寄った。

 子どもたちを庇うように、その上へ身を伏せる。


 カシャン。


 音がした。


 永遠とも感じる一瞬の後。


 轟音が鼓膜を叩きつけ、灼けつく熱が辺りを呑み込んだ。

 次の瞬間、一帯が炎に包まれる。


 立ち上った巨大な火柱は、遠くの駐屯都市からも見えた。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




「君、君ぃ。起きたまえよ、君」


 耳の奥で痛みと一緒に、不快な声が響いていた。

「こんな事で死んでたら、人生面白くないぞ、君」


 どれほど気を失っていたのか。

 クロードは重い瞼をこじ開けた。


 目の前にあったのは、あの薬師のはりついた笑顔だった。


「よしよし。気がついたかい?」


 周囲を見回す。

 自分が倒れていた場所を中心に、そこだけがかろうじて残り、他は一面焼け野原になっていた。


「俺……は……」


 身を起こすと、下敷きになっていた麻袋がごそりと動いた。

 子どもは生きている。


「面白い見物ができそうだと思ってね。君の後を追ってきたんだ」


 クロードは露骨に顔をしかめた。


「医院長に感謝したまえ。守りの術式具のおかげで、命拾いをしたんだからね」


 辺りには数人の兵士がいて、現場の検分をしていた。

 子どもたちも兵士の手で保護されていく。


「しかし……あれは失敗作だったな。守りの術式具で防げるとは。まだ改良の余地がある」


 薬師は「フヒヒ……」と高く笑った。


「温度は良さそうだね。綺麗に灰になっている」

 そう言って、足元に転がる人型の炭を踏んだ。

炭化したそれは、ぱきりと軽い音を立てて簡単に崩れる。


「ちょっと、現場壊さないで下さいよ」

兵士が呆れたように注意した。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 クロードと子どもたちは、軍の馬車で駐屯都市まで戻った。


 軍への報告が終わるまでのあいだ、薬師は面白い見世物でも眺めるように、ずっとクロードの側にいた。


 ようやく解放され、街へ出る。

 すでに街では、遠くに立ち上った火柱のことが噂になっていた。


「……どこまでついて来る気だ?」

「君はどこへ行くのだい?」

「依頼人の所へ行く」


 アンプルは見つけた。

 だが、取り戻すことはできなかった。

 しかも軍からは、箝口令が敷かれている。


「君にこれをあげよう」


 薬師はクロードの前でくるりと回り、懐から木枠に嵌め込まれたアンプルを取り出した。

 洞窟の男が持っていたあのアンプルと同じ物だつた。


「……これは?」

「捜索を頑張った君への、ご褒美だ」

「…………」

「安心したまえ。中身はただの粉だ。無害な瓶さ」

 そう言って、薬師はそれをクロードの胸に押しつけた。


「持って行くといい。そして、それを探していた魂を眠らせてやるといい」


 アンプルを見つめたまま、クロードは小さく息を吐いた。


「……そうだな」




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 商店街の店に着くと、店先を掃いていた娘が気づき、慌てて父を呼びに店の奥へ引っ込んだ。


 応接間で、クロードは商人の男にアンプルを渡した。


「これです……!! ああ、良かった。見つかったんですね」

「ああ」


 クロードはポケットからドッグタグを取り出し、商人の目の高さにぶら下げた。


 すると、商人の視線がゆっくりと曖昧に宙をさまよう。


「このタグの持ち主だな?」

「……はい」

「俺がこれを持っている意味は分かるか?」

「……はい。私は死んだんですね」

「……そうだ」


 商人の目が伏せられる。


「瓶を見つけてくれて……ありがとうございます」

「眠れそうか」

「……はい」


 その返事を最後に、ふっと商人の目の焦点が合った。

 商人は少し戸惑ったように瞬きをし「……儂は……?」と呟いた。


 それから憑きものが落ちたような、すっきりした顔になって言った。

「クロードさん、残りの依頼金と、依頼書へのサイン、お渡ししますね」


「……ああ」


 クロードはポケットにしまったドッグタグを、指で静かになでた。


 その後、ギルドから呼び出しがあった。

軍から報告が入ったらしい。

 盗賊のアジトを見つけたことと、一味を殲滅したことへの報奨金が渡された。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 日が暮れ、夜の帳が街に降りてくる。


 商店街の店が戸を閉め、道行く人の姿もまばらになった。


 クロードは宿に荷物を置き、夜風に頬を撫でられながら道を歩いた。


 この時間に開いているのは、飲み屋が多い。

 ランプの明かりがこぼれる店の看板を見上げる。


「ここか」


 木戸を押し開けると、カランとドアベルが鳴った。


「いらっしゃい」


 店内を見回し、クロードはカウンターの男に尋ねた。


「この店に歌姫はいるか?」

「ああ、今ちょっと幕間だが、彼女に何か用か?」

「届け物がある。会えるか?」


 クロードがポケットからドッグタグを取り出すと、男は目を見開き、カーテンの向こうへ声をかけた。


「だれ? 私に届け物って」


 カーテンの向こうから、赤茶の巻き毛を揺らした美しい女が現れた。


 クロードは握った拳を彼女に差し出した。

 女は伺うようにクロードを見上げ、手のひらを上にして両手を差し出す。


「これを、あんたに」


 ドッグタグの鎖が、チャリ、と乾いた音を立てて、女の小さな手のひらに落ちた。




 ひとつ、ふたつ、透き通った涙がその上に落ちた。




「彼は」

「神の御許に」


「……そう」


 女はいくつもの涙を落としながら、「ありがとう……おかえり」と呟き、カーテンの向こうへ消えていった。


「……邪魔したな」


 クロードはカウンターの男にそう告げると、店を出た。


 夜の街は、静かに眠りへ落ちていった。


━ 終 ━



━ 終 ━


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