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第8話「笑顔の受付嬢と、叫ぶ倉庫係」

前日の作業で“クエストにならなかった依頼”に肉付けを施し、それらをルート上に束ねた。

 そうやって調整されたクエストは、そのまま冒険者に発注する。


 パメラが依頼書を掲示板に貼ると、通りかかった冒険者たちが足を止めた。


「……一日で、これ全部やるのか?」

「多くないか? こんな件数」

 ざわめきが広がるが、報酬欄を見た瞬間、空気が変わる。

「……え、これ全部終わらせたら、銀貨が三桁……?」

「移動経費も込みかよ!」

 半信半疑だった彼らも、報酬の額に引かれ、じわじわと名簿の欄を埋めていく。

 気づけば、こちらの予想以上の人員が揃っていた。




クエストの結果がわかるのは今日の夕刻。それまでは待つしかない。



残る指標――

 ②在庫管理:70%/80%

 ④顧客満足度:70%/75%

 ――の進捗を確認するため、担当しているミーナとロッコの様子を見に向かった。




ミーナはカウンター越しに村人へ依頼完了の報告を行い、笑顔で握手を交わしていた。

彼女のKPIは「顧客満足度の向上」。冒険者も依頼者も、ギルドの顧客だ。



重大度でS・A・Bランクに分け、赤・黄・青の紐で色分け。

赤は即日、黄は三日以内、青は週末会議で処理――誰でも同じ動きができる体制だ。




これにより、誰が受付に立っても同じ動きができる体制が整った。


今、その成果が数値として現れている。


【KPI更新】

顧客満足度:70% → 78%


激務の中でもミーナは笑顔を絶やさず、依頼者からの評価は確実に数字へ反映されていた。




――その時、受付の一人がカウンター越しに亮太へ声をかけた。

「それよりも……第二倉庫、ちょっとやばそうですよ。ロッコさんがまだ戻ってきてません」


亮太は眉をひそめ、羊皮紙を机に置いた。

「……案内してくれ」


そして再び、倉庫へ向かう足を速めた。






「ロッコさん!」

倉庫の前に立ち、声を張った。返事はない。


胸の奥がざわつき、もう一度声を強める。

「ロッコさーん! 大丈夫ですか!?」


――しん、と沈黙。


嫌な予感がした時、奥からようやく声が響いた。

「おい亮太! どうした、そんな慌てた声を出して」


姿を現したロッコは煤に汚れた顔で、ぶすっとした表情。

「中が真っ暗でな。松明を取りに戻りてぇのに、迷子になっちまった」


「心配させないでくださいよ……!」


ロッコは大きな手で肩を叩き、


「まあいいじゃねえか。ちょうどお前が来てくれて助かる。二人いりゃ、在庫整理も早ぇ。お前がいれば……肉料理に塩胡椒ってもんだな!」

「なんですかその例え……」




第二倉庫――そこは、薬品・火薬・魔道触媒など、危険物ばかりが収められた区域だった。

扱いを誤れば爆発や中毒を招くため、ギルドでも立ち入りは制限され、ロッコが唯一“在庫管理の責任者”として入ることを許されている。


(より備品の扱いには注意しないとな……)




第二倉庫の扉を開けると、ひんやりとした空気が顔を撫でた。そして鉄錆と油、それに薬品の鼻を刺す臭いが漂う。棚は壁際から天井までびっしりと並び、黒光りする瓶、封蝋のついた筒、革袋に収められた粉末――どれもが魔導実験用か、あるいは火薬の原料だった。




「……気をつけろよ。ここでドジったら、王都の監査どころかギルドごと吹き飛ぶぜ」

「そうですね……肝に銘じます」


二人は松明をかざしながら慎重に棚を見回し、帳簿の数字と突き合わせる作業を始めた。




だがその最中――


背中に、ぞわりと冷たい感触が走った。


「……え?」

振り向くよりも先に、背中に何かが絡みついていた。ぬるりと湿った感触、押し付けられる重量。


「ロッコさーんっ!!」

「な、なんだ!?」


松明の灯りに浮かび上がったのは、煤の匂いをまとった巨大な環状の影。

粘液に濡れた肉の節が、ぎちぎちと音を立てて収縮している。



「煤喰いワーム……!?」

ロッコの顔色が変わった。


「地下の煤と薬品を餌にして育つ、爆ぜる虫だ! 噛みつかれたら、火花ひとつで倉庫ごと吹き飛ぶぞ!」


「今そんな冷静な解説いらないんで、まずこれ剥がしてください!!」

「お、おう、待ってろ!」




ロッコは慌てて壁際の斧を掴み、勢いよく振りかぶった。

「くらえぇぇ!!」


「ちょ、待っ――」


ドガシャァァン!


ワームに届く前に、隣の棚が真っ二つ。瓶や粉末袋が飛び散り、床一面が危険物まみれになる。


「ちょっと! まず俺を切らないでくださいよ!」

「わ、わかってるって! 次は当てる!」




ブンッ! ガシャァン!

二撃目は亮太のすぐ横をかすめ、革袋が爆音を立てて弾け飛んだ。


「ぜんっぜん当たってないですから!!」

「細けぇこと言うな! 俺は力で勝負なんだよ!」


必死に背中をよじりながら、亮太は懇願した。

「いいから、まずは背中から剥がして!!」


――だが、棚が次々倒れ、在庫は雪崩のように崩れ落ちてゆく。

「在庫管理のKPIがぁぁぁ!!」


亮太の悲鳴が倉庫に響いた。




【KPI更新】

在庫把握率:70% → 62%




必死に身をよじりながら、背中に絡みついていた小型の煤喰いワームを何とか掴み取り、床に叩きつける。


「今だ、斧で!」

「おうっ!」


ロッコが大斧を振り下ろし――

ずばりと一撃でワームを叩き潰した。


「やったぁぁ! 一匹駆除できたぞ!!」

安堵の声を上げた瞬間、隣から不穏な声が飛んでくる。




「……おい、亮太うれしいのはわかるが、いい加減俺の手を放せ」

「え?掴んでないですよ…」




ロッコの手元を見ると、掴んでいたのは、

――ワームのぬるりとした体表だった。




「うわあああああああっっっっ!!!」






松明の炎に照らされ、倉庫の奥からずるずると這い寄る影。

大小さまざまな煤喰いワームが、棚の隙間から、床の割れ目から、ぞろぞろと這い出してきていた。


「ひ、ひいぃっ! 来る、来てる!!」


小型のワームが床を這い回り、瓶や木箱をひっくり返しながら這い出す。




「落ち着け亮太!」

ロッコが斧を振るうが――


ガシャァァンッ!!


「……あ」

「……」


粉々に砕けたのは、隣の在庫木箱だった。


瓶から薬液が床に広がり、鼻をつく刺激臭が立ち込める。


「だから在庫を壊すなって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁ!!!!」




――地獄の在庫整理は、ここからが本番だった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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