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第5話「古株と若造」

翌朝。 湯気の立つカップを両手で包み込み、亮太はぼんやりと休憩室の壁を見ていた。

 ――昨日は受付業務の改善がうまくいった。クレーム処理は仕組み化され、残業がかなり減った。




 【KPI更新】 ミーナ:士気 42 → 55/残業ゲージ 72% → 65%

 ギルド受付全体:クレーム処理速度 +30%



 ミーナの笑顔が増え、士気は明らかに上がっている。数字で見えてしまうからこそ、その変化は疑いようがない。




そんな中、視界にずっと居座る赤字の指標があった――工房。

 槍や剣、盾や鎧といった冒険者の生命線が出入りする場所だが、破損品がそのまま棚に戻されるのが常態化している。昨日のクレームの半分は、この管理不備が原因だった。




「ここを放置すれば、依頼失敗や怪我に直結する……」

 面倒だが、やらねばならない。




ギルドマスターの執務室。


「工房の改善を提案したいんですが」 


亮太が切り出すと、バルドは目を細めた。

「お、そこに手ェつけるか。だが……あそこはダリオが牛耳ってる」

「ダリオ?」

「工房で20年以上はいるベテランで、このギルドで戦ってきた旧体制の象徴みたいなやつだな。あいつの許可なくルールを変えるのは骨が折れるぞ」


亮太は、内心で肩をすくめた。


 ――前世でも、こういう“部門の顔”は一筋縄じゃいかなかった。


「……直接話してみます」


 バルドは苦笑しつつ、「死ぬなよ」と一言。冗談なのか本気なのか、その目からは読み取れなかった。




 ダリオの工房。剣は鞘ごと積まれ、盾はひび割れたまま壁に立てかけられている。作業台で槍の穂先を研いでいる男が、こちらを一瞥もせずに低く言った。


「……若造が何の用だ」

 


 【警告】

 ダリオ:士気 50/100 改革受容度 15%(危険水域)




――これがダリオか。第一声から拒絶。嫌な予感しかしない。




工房の課題は3つあった。


1:破損品の混在

 欠けた槍の穂先や、ヒビの入った盾が新品同様の棚に無造作に戻される。




2:使用頻度の偏り


誰が、いつ、どの装備を借りたか記録せず、貸し出しも返却も口頭確認のみ。そのため返却された武器ばかりが酷使され、奥の棚の装備はほこりをかぶって眠っている。




3:修理基準の杜撰さ

ダリオが現場主義で今もベテランの冒険者としても活躍しているがゆえに、すべてが彼の高い基準になってしまっている。そのため気軽に工房に修理を依頼できない。




現状の酷さは数値に現れていた。


【KPI更新】


工房


破損品混在度→ 74% (危険水域)


在庫把握率(使用履歴管理)→ 40%


修理依頼率(修理基準の適正度)→ 13%




「貸出と返却の流れを整理して、破損品は修理に回したいんです。台帳も――」

「くだらねぇ。戦場に出りゃ装備は傷つく。直せねぇ奴は二流だ。手間ばっか増やす帳簿なんざ要らん」


 「じゃあ、聞きますけど……」


思わず、声が少し鋭くなる。

「その“二流”が装備のせいで死んだら、誰が責任を取るんですか」


研ぎ石の上で槍の刃が止まった。

 短い沈黙のあと、ダリオが鼻で笑う。




「……ああ、うるせぇな」 


槍を作業台に乱暴に置き、こちらを睨みつける。

「闘いもしねぇくせに口だけ達者か? 坊や。そんなに帳簿つけたいなら、家で日記でも書いてろ」




胸の奥がカッと熱くなる。


「俺は――」

「消えろ」

 低く、重い一言が、場の空気を凍らせた。――そのときだった。




ギィ、と扉が開く音。在庫札を抱えたロッコが顔を出した。

「おう、なんだこの空気。焼きすぎた肉みてぇに固ぇじゃねぇか」


ニヤリと笑ったロッコが、俺に目をやる。


「倉庫番のロッコだ。……って名乗るまでもねぇか。こないだの箱詰め、助かったぜ」

「ロッコさん!」

「ダリオ……こいつは俺の助けにもなったし、結構いいやつなんだよ。それに、このままじゃ俺も在庫の位置が分からんときがある。ここはひとつ、こいつの提案にのってやらないか?」


「……」




「ダリオさん……お願いです。一日だけ試させてください。悪ければ元に戻します」 


亮太は口調を柔らげて提案したが、内心は「頼むから引き下がってくれ」と祈っていた。

 ダリオは舌打ちし、「俺がミスを見つけたら即廃止だ」とだけ返した。




 午前、新方式が始まった。

 ロッコが革タグを切り、貸出品に取り付けていく。タグには返却日と状態が記録され、破損品は修理票と共に棚から外される。ミーナは昨日の経験を生かし、徐々に手際が良くなっていった。


 亮太は、二人が自分の提案を形にしてくれる光景に少し胸を温めながらも、「これで午後まで何も起きなければいいが……」と落ち着かなかった。


 ダリオは腕を組み、黙って見ている。無言の圧力が背中に刺さる。


 しかし、その不機嫌な態度とは裏腹に、道具を受け取った冒険者たちは口々に言った。


「お、昨日より早ぇじゃねぇか」

「これ、状態が書いてあるの助かるな。安心して使える」




 ――良かった。少なくとも使う側には、ちゃんと届いている。


 午前中の数値も、わずかに動き始めていた。




【KPI更新】


破損品混在度:74% → 66%


在庫把握率:40% → 48%

修理依頼率:13% → 19%




 このまま午後まで持ちこたえれば……そう思った矢先、昼過ぎに事件は起きた。

 ダリオが午前の依頼から戻り、槍を返却台に置いた。穂先は欠け、柄にはひび。


「修理に回します」

 亮太が依頼票を書き始めた途端、怒声が飛んだ。


「待て! それ修理に回したら午後の依頼に行けねぇだろ!」

「この状態で戦えば折れます」

「折れたら現場で直す! お前の帳簿遊びで、俺の稼ぎが飛んだ!」

 亮太の胸に冷たい汗が流れる。


――やばい、この空気……




 そこへパメラが駆け込み、無言で帳簿を机に置いた。

「ダリオ、その槍、修理に回した場合と現場で折れた場合の費用差……分かってる?」


 ページを開くと、淡々と数字を指でなぞる。


「修理工房持ち込みなら250。現場で折れて柄から作り直しなら700。

 さらに午後の依頼中に折れたら、代替武器の手配で追加100。合計1050」


 ダリオが眉をひそめる。


「……数字だけで物事は測れねぇ」


「どっちが損かは、数字が答えを出してるわ」

 パメラの声音は平板だが、言葉は鋭い。





 亮太は、前世でプレゼンに数字を載せた瞬間のあの“空気の変わり方”を思い出し、わずかに口元を緩めた。


 そして――「ダリオ」 


低く響くバルドの声が場を制した。

「亮太の案で残業は半分、依頼成功率は上がった。午後の分の報酬は補填する。……引け」


 ダリオは舌打ちし、槍を置いて背を向けた。




夕刻




【KPI更新】

破損品混在度:74% → 60%

在庫把握率:40% → 52%

修理依頼率:13% → 24%




在庫把握率は40%から52%へ上昇し、依頼率も約2倍に。

途中いくつかのアクシデントはあったが、作業は概ね順調に終わった。




ダリオは何も言わず、槍を肩に担いで扉の向こうへと歩き去った。

その足取りは重く、扉が閉まる瞬間、鋭い視線だけがこちらを射抜く。


――なんか怖いな……まさか報復とかされないよな。




「助かりました。パメラさん。それにしても……あのダリオさんに、あんなにはっきり物を言えるなんて、すごいよ」


「これも仕事のうち」 


パメラは視線を帳簿に落とし、ページを指先で軽く整える。


「あなたが数字を動かせたから、ああいう言い方ができただけよ」

短くそう告げると、くるりと背を向ける。

「また、期待しているわ」


 淡々とした足音が工房を離れていく。油と鉄の匂いの中に、紙とインクの香りだけが残った。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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