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第4話「クレーム処理は戦場だ」

翌朝、亮太は宿舎を出て、まだ朝靄が薄く漂う石畳を踏みしめながらギルドへ向かった。

 昨日の倉庫改善の成果が、数値となって表示されている。


 在庫把握率は10%から40%に急上昇。ロッコの残業ゲージは60%から55%へと低下。倉庫全体の廃棄率も下がっている。

 小さくガッツポーズをしたが、次の瞬間、右上で赤く点滅する通知が目に入った。




【新規課題】クレーム処理率:15%(低水準)




眉をひそめる。

 数値の悪化はないが、改善もゼロ。しかも15%というのは、明らかに滞っている状態だ。


 ギルドへ向かうと、受付カウンターにいたミーナが分厚い羊皮紙の束を乱雑に置いた。


「これ、昨日からたまってるクレームです。……あんまり見たくないですけど」

 亮太は束を持ち上げ、ざっと目を通す。報酬遅延、依頼内容との齟齬、受付対応への不満、装備貸出の遅れ……重大なものから愚痴のようなものまで入り混じっている。


「これは……一律に処理してたら、時間がいくらあっても足りませんね」「そうなんですよ。でも順番を決める基準がないから、結局“上にある順”でやるしかなくて」

 そのやり方では、重大案件も軽微な案件も同列に扱われ、結果的に重要な火種が後回しになってしまう。




 亮太は羊皮紙と木炭を持ち出し、大きく三つの円を描く。

「クレームは、まず三つに分けます」


Sランク(最優先):命や信用に関わる重大案件。即日対応。


Aランク(重要):報酬遅延や依頼齟齬など、信頼を損なう案件。三日以内の対応。


Bランク(軽微):態度不満や小さな手違い。計画的に改善対象にする。


 


 分けた後、赤・黄・青の麻紐を用意し、それぞれのランクに対応する色で束ねる。

「色で括れば、誰が見てもすぐ優先順位がわかります」


 試しにミーナが昨日のクレームを分けてみる。赤は二件、黄は五件、青は十件。


「……これ、見やすいですね」

「急ぎの赤を先に処理すれば、致命傷は防げます」




 分類だけで終わらせず、亮太は対応手順も作った。

 カウンター奥の石壁に、大きな羊皮紙で四段階の対応手順を貼り出す。蝋燭の明かりが文字をくっきりと浮かび上がらせた。


クレーム受領時に内容を聞き取り、色分けする


赤はその場で担当者を呼び、処理を開始


黄は一次対応後、担当部署へ引き渡す


青は週末の改善会議でまとめて検討


 亮太は職員たちに紐を手渡し、実際に束ねる練習をさせる。パメラは赤紐を器用に結び、ラルフは青紐を落として慌てて拾った。

「この手順なら、誰が受付に立っても同じ動きができます」

 職員たちは頷き合い、壁の前で短く意見を交わした。




 午前中、カウンター裏では色分けされた羊皮紙が次々と動いていった。 黄紐の束を受け取ったラルフが、机の端で素早く羽ペンを走らせる。

「この依頼は報酬受け渡しの計算ミスですね。会計に回します」

 その横でパメラが帳簿をめくり、金額を修正して紙を揃える。

「修正完了。はい、次」


 一方、青紐の束を手にした新人職員は、小声で対応していた。


「“受付の笑顔が足りない”……これは週末の改善会議行きですね」

 ミーナがクスリと笑い、「笑顔練習、議題に追加しておくわ」と言いながら青紐の紙を受け取った。


 壁の手順表を見ながら動く職員たちの手は軽く、机上の羊皮紙の山がみるみる減っていく。


「……いいですね。全体が同じ動きで回っている」

 亮太はその様子を眺め、小さく頷いた。




 その時、ギルドの扉が大きく軋んで開き、重い靴音が石床を打った。 分厚い胸板と腕を持つ冒険者グレンが現れ、眉間に深い皺を寄せてカウンターに近づく。

「おい! 昨日の依頼の証明書、なんで違う魔物の名前が書いてあるんだ!」


 職員たちが一瞬で動きを止め、空気が張り詰める。 亮太は赤紐で括られた紙を引き抜き、声を落とした。

「Sランク案件です」


そう言って立ち上がろうとした時、横から小さく袖を引かれた。




「私がやります」


ミーナは静かに前に出て、グレンと視線を合わせた。

「昨日はお疲れさまでした。怪我もなく帰ってきてくださって、本当に良かったです」


唐突な労いの言葉に、グレンの怒気が一瞬揺らぐ。


「……ああ? いや……まぁ」

「証明書の不備はこちらの落ち度です。すぐに正しいものに差し替えます」


 彼女は羽ペンを取り、机上で素早く修正。正しい魔物名を記し、ギルド印を押す。


「これで依頼主にも問題なく報告できます」

グレンはしばらくそれを見つめ、ため息をついて証明書を受け取った。

「……次からは頼むぞ」

低くそう言い残し、扉を押し開けて出て行った。扉の音が再び響いた時、受付に張り詰めていた空気がふっと緩んだ。




「……あんな対応、教えてませんけど」


亮太が感心した声を出す。

「テンプレもいいですけど、人ってマニュアル通りじゃ動かないんですよ。少なくとも、冒険者は」

 ミーナは少し照れくさそうに笑う。




【ミーナ】


士気:65 → 75(+10)


クレーム即日処理率:15% → 40%(+25%)


残業ゲージ:62% → 61%(-1%)


【ギルド全体】


クレーム処理率:15% → 55%(+40%)




夕刻。カウンターに残ったクレーム束は、朝の半分以下になっていた。

 色分け制度と即日対応フローが機能し、特にSランク案件は即時解決された。


 亮太の視界には、いつものように数値が浮かぶ。




【受付業務KPI】


クレーム処理スピード:+25%


優先度誤処理率:15% → 0%


残業ゲージ(受付関係者):78% → 65%


【個別ステータス】


ミーナ 士気:40 → 55 残業ゲージ:78% → 65%


パメラ 士気:50 → 52 残業ゲージ:70% → 67%


ラルフ 士気:35 → 38 残業ゲージ:68% → 66%




亮太は心の中でガッツポーズを取る。

 「このペースなら、残業ゼロも夢じゃない」

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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