第33話「交易商人の影」
「ゴルド氏、こちらです」
低い声と共に複数の足音が反響した。
ユリスが即座に剣を抜き、ヴァネッサに向けて構える。
「やっぱり! あなた、俺たちを騙してたんですね!」
「しぃー……!」
ヴァネッサは人差し指を口に当て、鋭い眼差しでユリスを制した。
「違うわよ。とにかく、物音を立てないこと」
亮太たちは壁際に身を寄せ、廃墟の入り口をそっと覗いた。陽の光が差し込む石畳に、二つの影が浮かび上がる。
一人は、豊かな体躯を誇る壮年の男。その相手は、深紅のマントを羽織った高貴な雰囲気の男だった。
「あれは......ゴルドと帝国の高官ね......」
ヴァネッサが呟く。
「帝国って今王国が敵対している相手じゃないですか!」
(あの2人、何かきな臭いな......様子を見てみよう)
「それで……輸送路は、確保できるのだな?」
高官の低い声が響く。
「ええ、例の峠道を押さえてあります。あとは……王国軍に“十分な不安”を植え付けるだけ」
ゴルドが高らかに笑っている。
(……輸送路? 峠? 王国軍に不安……?)
亮太の頭の中で疑問がぐるぐると回る。
もっと近づけば詳細が聞けるかもしれない――。
そう考え、無意識に一歩踏み出した瞬間。
ガタンッ!
足元の瓦礫を蹴ってしまった。
(しまった……!)
「誰だ!?」
高官の声が鋭く跳ねた。
ゴルドの怒号と共に、黒装束の部下たちが影から現れ、周囲を探り出した。ゴルドと高官は護衛に囲まれ、足早に廃墟を後にしていく。
「やばいやばい……!」
亮太の額に冷や汗が伝う。
「とにかく急いで脱出よ!」
ヴァネッサが声を小さくして叫ぶ。
(入ってきた入り口はもう塞がれた……! 他の出口を探さないと……。くそ、ダリオさんを連れてくれば……)
亮太は魔法書に念を送り、アンデッド・ダリオを呼び寄せる。
その時。
「私が……出口を探してきます」
リーネが一歩前に出た。
「おい、流石に危ないって!」
亮太が止めるが、リーネは笑って答えた。
「大丈夫。私、人に見つからないように動くの得意なんです」
「いいわね、回復師ちゃん。ファイト!」
ヴァネッサがにやりと笑い、背中を押す。リーネは一瞬こちらを振り返り、ニコリと微笑むと闇に消えた。
ユリスが不安げに問う。
「いいんですか?」
「リーネを信じよう。何かあれば俺たちがすぐに助ける」
廃墟の内部に部下たちの足音が反響する。だが一つ、また一つと足音が消えていく。最後の足跡が静まった時、こちらの部屋に黒装束をまとった影が入ってきた。
「……っ!」
亮太、ユリス、ヴァネッサに緊張が走る。ユリスは即座に剣を構えた。
だが黒衣を脱ぎ捨て、現れたのはリーネだった。
「出口、見つけましたよ」
けろっと笑っている。
「び、びっくりした! なんでそんな格好を!?」
亮太が思わず声を上げる。
「だって顔バレしたくないですもん」
廊下に出ると倒れ伏した部下たちが何人も積みあがっている。
(音もなく……これ全部リーネが? ……忍者の才能、マジであるかも……)
出口へ向かうその時。
背後から重い足音。腕に鋭爪のごとき刃を装着した、獣のように身軽な男が姿を現す。その立ち姿からは、只者ではない圧と冷徹さが漂っていた。
「逃がすと思うな……」
「こっちよ!」
ヴァネッサが叫び、廃墟の出口から先頭を切って飛び出す。仲間たちは後を追い、石畳の路地を一気に駆け抜けた。彼女はジグザグに曲がり角を選び、普通の追手なら視界から外れるような逃げ方をしている。
だが――。
背後から、何かが裂くような音が響いた。爪の男だ。壁面に鋭い爪を突き立て、石壁を削りながら軽々と駆け上がる。障害物を足場に変え、屋根を伝って迫ってくる。この人間離れした身のこなしで、距離は縮まっていった。
「どうやってまくんだ……!」
ユリスの声に焦りがにじむ。
そして爪の男が屋根から4人めがけて爪を振り下ろしてきたその時だった。
――ガキィィン!
火花と共に、その一撃は阻まれた。
「……!」
皆の目に飛び込んできたのは、大剣を構えるアンデッド・ダリオの姿。
「ダリオさん!」
亮太の声が弾む。
「なんとか間に合った……!」
爪の男はなお戦おうと構えていたが、人の気配が集まってきたのを察し、舌打ちして退いた。
「……ふぅ、逃げ切れたな」
ヴァネッサは大きく伸びをし、ダリオをじろりと眺めた。
「アンデッドまで連れてるなんて……本当に面白い人たちね」
「……ヴァネッサ」
真剣な表情で彼女に問いかける。
「さっき“あの二人”のことを、ゴルドと帝国の高官って言ってたよね。本当なのか?」
ヴァネッサはあっさりと頷いた。
「ええ、本当よ」
「だとしたら……あの廃墟は、密会の場だったってことだよな」
「十中八九ね」
彼女は肩をすくめ、にやにやと亮太を見やる。
「悪い相談でもしてたんでしょうけど。アクシデントが起きなければ、私たちももう少し耳にできたかもね?」
「……本当にすまなかった。ごめん。でも、ゴルドと組むのなら、この辺りははっきり知っておかないといけない」
「ふぅん。あんた、本気でゴルドと組むつもり?」
ヴァネッサはくすりと笑い、腰に手を当てる。
「やめときなさい。あいつは裏で“死の商人”って呼ばれてるんだから」
「……死の商人」
亮太は呟く。
「つまりね、相手が誰だろうと、なりふり構わず武器を売りつけるやつ。王国だろうが帝国だろうが関係なし。戦争を飯のタネにしてるのよ」
ヴァネッサの声色は軽いが、その目は冗談ではなかった。
(死の商人ゴルドか……真相を確かめないとな)
「さて――ひと段落したところで」
ヴァネッサが手を差し出した。
「今回の報酬をいただこうかしら」
「えぇっ!?」
ユリスが裏返った声を上げる。
「当然でしょ?」
悪びれもせず、ヴァネッサは笑みを浮かべる。そこへ亮太は金貨の詰まった袋を机にドンと置いた。
「え?」
さすがの彼女も目を見開く。
「これは今回のお礼です!!」
「そしてヴァネッサ、お願いだ!俺たちに協力してませんか?もし引き受けてくれるなら……今日と同じく、金貨一袋をまとめてお渡しします!」
ヴァネッサの口元が、いたずらっぽく持ち上がった――。
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