第3話「残業しない改善法、試してみます」
【前世の教訓】
翌朝。ギルド宿舎の小さな部屋で、亮太はベッドの上に腰を下ろすと、昨日の成果が数値に現れた。
【昨日の平均残業ゲージ】
全員:+25%
主人公:+20%(危険域手前)
数字がはっきりと物語っている。
昨日の会議改革は成功だった。士気は上がり、KPIも改善。だがその裏で、皆の残業時間が大幅に増えてしまっていた。
「……やっぱりな」
亮太の脳裏に、前世の夜がフラッシュバックする。未読メールは100件を超え、電話は鳴り止まない。
営業成績を上げれば案件が増える。案件が増えれば残業が増え、疲労でミスも増える——。
その連鎖の果てに、俺は深夜のオフィスで意識を失った。
「改善しても、残業が増えるなら意味がない」
小さく呟く。
今回こそは、前世でできなかったことをやる。
「今日は“残業ゼロ”で改善をやりきる」
朝食後、受付のミーナが声をかけてきた。
「亮太さん、倉庫整理をお願いできますか? ロッコさんが人手を欲しがってて」
受付のミーナに言われて倉庫へ向かうと、そこには筋肉質な中年男が立っていた。腕まくりしたシャツから覗く腕はロープのように太い。
「倉庫番のロッコだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
ロッコはじろりと亮太の腕を見る。
「……細いな。干し肉一本分ってとこか」
「単位が食べ物なんですか」
ロッコに案内され、ギルド裏の石造りの建物へ。 扉を開けた瞬間——鼻をつくカビ臭、油の焦げた匂い、そしてうっすら血のような鉄の匂い。
薄暗い中、棚は倒れかけ、麻袋や木箱が無造作に積み上げられ、床には錆びた剣や欠けた盾が転がっている。
「……これ、モンスターの巣じゃないですよね?」
「倉庫だ」
ロッコは真顔で答えた。
【ロッコ(倉庫番)】 士気:25/100 KPI:在庫把握率 10% 残業ゲージ 60%
10%というのは、在庫の9割が「どこにあるか・何なのか不明」という意味だ。
ロッコ曰く、ラベルなしの木箱や壊れた棚のせいで物資の場所がわからず、必要な品を探すだけで1時間以上かかるらしい。倉庫が止まればギルド全体の仕事が遅れる。
整理すると課題は三つ。
ラベルなしの箱多数
中身が不明、期限切れや使えない物が混ざっている
棚配置がランダム
取り出しに時間がかかり、作業効率が悪い
売れ残りと必要物資が混在
在庫回転率の低下、赤字要因
「今日の目標は在庫把握率を70%以上に上げて、残業ゼロで終えることです」
「ほう……計画的だな」
ロッコは腕を組んだ。
「まずは分類から始めましょう。棚ごとに用途を分けます。武器は赤、薬品は青、資材は黄」
亮太が説明すると、ロッコはうなる。
「そんな単純なことで……変わるのか?」
「変わります。色は誰でも瞬時に理解できる言葉ですから」
「ほう、そうなのか。じゃあ武器は血の色か……」
「縁起でもない例えやめてください」
「物は試しだな」
二人は棚の左右から同時に攻める。箱を開け、品を確認し、即座にラベルを貼る。
ロッコは片手で木箱を持ち上げ、腰で受け止めて棚に積み直す。
「これ、剣だな……赤!」
「こっちは薬草——青!」
在庫把握率:10% → 25%
残業ゲージ:+2%
「おお、数字が動くもんだな……」
ロッコが笑みをこぼす。
「この調子でいきますよ!」
次は期限切れ品の選別。
蓋を開けた瞬間、薬草が茶色く変色しているのがわかる。
「これ、もうダメだな」
「廃棄します。売れる物と捨てる物を分けて……」
「もったいねぇ。干せば茶色い紅茶として売れねぇか?」
「客の胃袋と評判が死にます」
「腰はやられないように気をつけろよ」
ロッコは木箱を抱える。
「これは……。干し肉三日分だな」
「だから何で肉基準なんですか」
「腹に落ちると一番わかりやすいだろ」
亮太は作業スペースの一角に不要品エリアと大きく書かれた布を広げた。赤や青のラベルが付いた木箱が次々とその上に置かれていく。
搬出用の通路も確保し、足の踏み場がなかった通路が一気に広がる。
数値が再び更新される。
在庫把握率:25% → 50%
残業ゲージ:+4%
「おお、半分まで来たか!」
「ここで一息。休憩を挟みます」
「まだ動けるぞ?」
「動けるうちに休む。それが残業を防ぐコツです」
午後は売れ残り武器の再利用。
壁際に並んだ剣や槍を手に取ると、刃こぼれや錆びが目立つ。
「これじゃ売れねえ」
ロッコが首を振る。
「じゃあ貸し出しましょう。冒険者に無料で貸して使ってもらえば、修繕の口実にもなります」
二人で武器をまとめて搬出し、棚のスペースを一気に空ける。
作業は順調だ。目の前に緑色の通知が浮かぶ。
在庫把握率:50% → 70%
(やったぞ!)
「おお、えらくスッキリしたな!」
ロッコが歓声を上げ、亮太も一瞬、達成感に頬を緩めた。
——だが、その瞬間だった。
武器棚の奥に隠れていた壁板がずれ、中から暗い通路が顔をのぞかせた。
「……何ですか、これ?」
「……ああ、忘れてた。第二倉庫だ」
ロッコが頭をかく。
「危険物置き場でな、整理するなら半日はかかる」
「そんな爆弾みたいな隠し倉庫やめてください」
通知が即座に赤く点滅する。
在庫把握率:70% → 40%
予想在庫把握率(作業後):100%
予想残業ゲージ:80%超(危険)
亮太は眉を寄せた。
「やれば在庫は完全に把握できますが……今日中に終わらせれば残業ゲージが一気に危険域です」
「どうする?」
ロッコが真剣な顔を向ける。
深呼吸して、亮太はゆっくり首を横に振った。
「今日はやめましょう。第二倉庫は明日やります」
「未完了でいいのか?」
「いいんです。続けられる改善こそ、意味があるんですから」
【ロッコ(倉庫番)】
士気:25 → 60 / 100(+35)
KPI:在庫把握率 10% → 40%(+30%)
残業ゲージ:60% → 55%(-5%)
作業を終えた後、ロッコに工程表を渡した。
「明日用の整理方法をまとめました。よかったらみてください」
手順書には、棚番号ごとの仕分け順序、ラベル色の意味、不要品の判定基準まで書き込んだ。
「……これさえあれば、俺一人でも回せるな」ロッコは笑い、手を差し出した。
「亮太、本当に助かったよ」
「改善は仕組みを残すこと。それが俺のやり方です」
翌日。ミーナが分厚い紙束を机に置く。
「これ、冒険者のクレーム一覧です」
UIには「クレーム処理率 15%」の赤数字が点滅していた。
「……また新しい課題か」
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