第26話「金髪の商人―ヴァネッサ」
朝。宿の一室に簡易の机を寄せ、円になって腰を下ろす。湯気の立つスープの匂いと、廊下の向こうから聞こえる宿のざわめきが混ざっていた。
「じゃ、始めようか」
亮太が手元のメモを開く。
「コナリ町で受ける予定の遠征クエストは二本柱です。ひとつは王国軍補給隊への武器納入。北方の採掘場から鉱石を採り、工房で加工して軍に渡すはずでしたが……スモークドレイクのせいで採掘は止まったまま。早く武器を整えて退治を進めたいところですね」
3人は深くうなずく。
「もうひとつはコナリ商人組合の物資をリューベックへ護送。帰り荷で利益を確保できる大口案件です。――いずれも、交渉と手配を担える人材が欠かせません」
ユリスが頷き、リーネがメモをとる。オルグレンは顎に手を当て、黙って聞いていた。
「現状、俺たちは剣士・回復師・鍛冶師・そして……アンデッド」
視線を動かすと、部屋の隅でダリオが無表情に立っている。
「足りないのは商人。王国軍補給課や商会を相手に交渉できて、護送の判断も任せられるような人だ」
「それで、今日の動きなんだけど……」
「ちょっと待て」
オルグレンが低い声で遮る。腕を組み、目を細めた。
「提案がある」
「オルグレンさん?」
「工房の交渉は、俺に任せてくれないか。昔からの知り合いがこの町で工房をやっていてな。何人かに掛け合えば、王国向けの仕事を請けてくれるかもしれん」
「本当ですか!」
「任せろ」
オルグレンは短く言い切り、槌を軽く叩いた。
「じゃあ残りの俺たちは商人探しだ。まずは町で情報を集めていこう」
「了解です」
ユリスが頷く。
「よし、決まりだ。各自、動こう!」
その時、リーネが小さく手を挙げる。
「あの……ダリオさんはどうします?」
「ダリオさんには宿で待機してもらいます。……昨日の散策でわかったけど、短い距離なら俺から離れても大丈夫そうだ。ただ、今日は商人探しだし、交渉の場に一緒だとどうしてもやりづらいかな」
「…………」
アンデッド・ダリオは無言でうなずいた。
――昼。
コナリ町の大通りは石畳の大通りに商人と荷車がひしめき、呼び込みの声や秤の音が飛び交い、香辛料の匂いが風に混ざっていた。
(よし、“餅は餅屋”だ。商人を探すなら、まずは同業者に聞く!)
意気込んで次々に店を覗き込んだ――が。
「兄さん! その服似合ってるな! 今なら二割引だぞ!」
「え、いや俺は……」
「あんた、これも持っていきな! 今が買い時だよ!」
「旅人さん! あんたいいカモだ! あ、いや、お得意さんだ!」
どこへ行っても、逆に売りつけられるばかり。
気づけば小袋やパン、やたらと高い布切れを抱えてしまっていた。
(……やばい、大赤字だ… 情報収集のはずが買い物巡りになってる!)
肩を落としかけたとき、ようやく一つの名前を耳にする。
「おまえさん、この町でゴルドを知らねぇとは驚いたぜ」
声をかけた相手の男が、目を丸くしている。
「ゴルドはな。王都や辺境で商いしてきた百戦錬磨だ。商人組合でも顔が利くし、交渉事なら右に出る者はいねぇ」
早速、別の店でもゴルドのことを聞いてみる。
「あぁ……あの人は金にシビアだ。利益が出なけりゃ手を貸さない。山賊や魔獣の危険なんざ、数字の裏にしか見えてねぇって話だ」
(なるほど……経験も信用もあるけど、利益優先。相棒にするなら、それをどう扱うかだな)
昼下がりの市場は、陽に熱された石畳の上で喧騒に包まれていた。とりわけ一角の屋台は大人気で、山盛りの蜂蜜菓子を求める人々でごった返していた。金色の飴を絡めた揚げ菓子が陽光にきらめき、甘い香りが風に漂う。子どもから大人まで群がり、肘と肩がぶつかり合い、店主は悲鳴を上げながらも小銭をかき集め、客の怒号に押し潰されかけていた。
「俺が先だ!」
「釣りが違うだろうが!」
「順番守れ!」
混乱は膨れ上がり、列も金の計算も完全に崩壊していた。
その時、人混みを割って一人の女が前に出た。
陽光を跳ね返す金の髪、小麦色の肌。腰につけている小袋が小気味よく鳴る。
「はいはい、落ち着きなさい! 商人ヴァネッサが仕切るわ!」
その女性――ヴァネッサは明るく声を張り、腰の袋から木札を取り出した。手際よく配りながら、群衆に宣言する。
「整理番号よ! 番号順に呼ぶから、騒がず待って!」
さらに手を叩き、屋台の台に小さな布を広げる。
「代金はここにまとめて。私が数えて仕分けるわ。釣り銭も私が渡すから安心して」
客たちは一瞬面食らったが、番号札を握ると妙な安心感が生まれたのか、次々と代金を預けていく。店主は渡すだけに専念でき、列は驚くほど滑らかに流れ始めた。
ヴァネッサは預かった金を素早く数え、釣りを分け、木札と照らし合わせて客へ渡す。その手際は鮮やかで、滞りがない。
ただし――仕切りの最後に彼女は当然のように、受け取った代金の端数を小袋に落とし込んだ。
「お、おい!勝手に金とってんじゃねぇ!」
それに気づいた屋台の店主が指摘する。
「あら、これは手数料よ!もらって当然でしょ?」
にっこりと笑ってそう言い放つ彼女に、文句を言う者はいなかった。むしろ混乱が収まり、誰もが得をした気分になっていたからだ。
「商売ってのは課題を解決すること。覚えておくといいわ。それじゃ毎度あり~」
金髪の商人――ヴァネッサはにっこり笑い、人混みに消えていった。
(……妙に印象に残る人だったな)
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