第23話「お願いがあるんです」
採掘場の空気はまだ煤と焦げた匂いで重たく、救護に奔走する鉱員たちの声が反響していた。オルグレンは盾と槌を壁際に預けると、管理人へ声をかけた。
「被害はどうだった?」
管理人は苦々しい顔をし、肩を落とす。
「まったくひでぇもんだよ。負傷者は十人以上。意識のねぇやつもいる。……それでも皆、必死に運び終えて今は救護班があたってる。コナリ町へ追加の救護依頼も出したが、すぐに届くかどうか……」
オルグレンは静かに眉間を寄せた。
「そうか……」
彼はやがて足を向け、奥の休養室へと入っていく。そこにはベッドに横たえられたリーネの姿があった。白布に覆われた額には汗が滲み、胸はかすかに上下している。その横の椅子に座るユリスは、前かがみに腕を垂らし、まるで魂が抜け落ちたかのように項垂れていた。
「……その回復師、強く打ち付けたか何かで意識を失ってるんだったな」
オルグレンがぽつりと呟く。
ユリスは答えず、ただ床を見つめていた。
「……安静にしてろよ」
オルグレンが立ち去ろうとした時。
「……みなさんを……守れなかった」
小さく絞り出すような声に、オルグレンは振り向いた。
ユリスは剣を手に取り、震える刃を見つめている。
「俺が剣士になったのは……故郷を竜から救ってくれた冒険者に憧れたからです。でも実際は、村の有力者の護衛や、飢えた人間を捕まえる仕事ばかりだった……。俺は本当は、弱い人たちを守るために冒険者になったはずなのに」
声が震え、拳が強く握り込まれる。
「それなのに……守れなかった。亮太さんも、リーネさんも……!」
オルグレンはしばし黙し、重々しい視線をユリスへ落とした。
「……強くなりてぇなら、一度は負けを噛み締めるもんだ。剣を持つってのは、そういうことだ」
ユリスの目が揺れる。オルグレンはそれ以上何も言わず、部屋を後にした。
外気が吹き込む峡谷の入口。そこではアンデッド・ダリオが黙って谷を見上げていた。オルグレンは近づき、腕を組んで声をかける。
「……あんた、強かったな。いったい何者だ?」
ダリオは答えず、ただ無言のまま谷風に目を細める。
「……あの青年の用心棒なんだろう? 依頼主だったら、生死は確認しておいた方がいいんじゃねぇのか?」
その瞬間、ダリオはぎろりと振り向いた。不機嫌そうな顔に影を落とし、低く唸るように言う。
「……あいつノ子守、クソくらえ」
「そ、そうか……」
オルグレンはわずかに面食らったように口を閉ざす。だが次の瞬間、ダリオの体を青白い光が包んだ。無言のまま振り返り、坑道の入り口へと歩き出す。
「……それに、あいつは生きている」
「お、おい……!」
オルグレンは眉をひそめる。
「どういうことだ……」
落ち着きなく坑道入口を行き来しながらも、結局その場で待つことにした。
やがて、煤煙を掻き分けて姿を現したダリオの隣には、土と煤にまみれた亮太がいた。
「生きていたのか……」
オルグレンが呟く。
「大変でしたよ!」
亮太は息を荒げ、泥を払った。
「スモークファングと一緒に地下深くまで埋められてたんですからね!」
オルグレンは目を細め、少しだけ口角を上げる。
「……タフな奴だな」
(亮太……こいつは思ったより大物かもしれんな)
亮太はすぐに顔を上げ、真剣な目をした。
「それより……あの二人はどこにいますか?」
亮太が部屋に入ると、ベッドに横たわっていたリーネがちょうど目を覚ましていた。
「……あっ、亮太さん!」
声を聞き、隣で項垂れていたユリスも顔を上げる。
「無事逃げられたんだな。よかった」
亮太が安堵の笑みを浮かべる。
だがユリスは複雑な表情をして黙り込んでいた。
「えっ……どうかした?」
「……すみませんでした」
ユリスが小さく呟いた。
「え?」
「“あんたは戦っていない”なんて言って……すみませんでした。あの時、俺が《エアスラッシュ》を放とうとした時、亮太さんが警告してくれなかったら……竜の炎でとっくに死んでました。それに……最後まで残ったのは亮太さんじゃないですか。剣士として、俺は失格です」
亮太は頭をかき、苦笑いを浮かべる。
「いや、俺がどじ踏んだだけなんだけどな……」
視線を横に移す。
「リーネも……大丈夫か?」
リーネは上体を起こし、にこりと笑った。
「ええ、心配かけてごめんなさい。少し意識が飛んでただけみたい。でももう大丈夫よ」
「……よかった。本当に、よかった」
そこへオルグレンとダリオも部屋に合流する。
「全員、揃ったみたいだな」
狭い休養室は一層ぎゅうぎゅうになった。リーネは少しそわそわと肩をすくめる。
亮太は空気を見て、声をかける。
「とりあえず……別の部屋で今後のことを話しましょうか」
管理室の一室を借り、皆が腰を下ろす。オルグレンが口を開いた。
「それで……結局、採掘場の様子はどうだった?」
亮太は一拍置き、真剣な表情で答える。
「正直なところ、再開には時間がかかります。――スモークドレイクの火炎で坑道全体の空気が汚染されています。呼吸が難しく、無理に入れば窒息や気絶の危険が高い。それに……坑内の構造も変わっている。慎重に探査する必要があるんです」
オルグレンは頷いた。
「なるほどな。鉱員にも少なくない被害が出た。完全に復活するまでは、相当な時間がかかるだろう」
亮太は唇を噛み、決意を固める。
(今だ……ここで切り出さないと)
「そこで……オルグレンさんに、お願いがあります」
ここまで読んでくださりありがとうございます!
【更新スケジュール】
・平日は朝6:00更新
・休日は朝9:00更新
ブクマしていただくと、マイページからすぐ作品に戻れたり、更新通知を受け取ることができます!
もし「続きが気になる」「応援したい」と思っていただけたら、ブクマや★評価をしていただけると大変励みになります!




