第16話「理想と現実」
ギルドの広場に到着。すると、受付カウンターの前で数人の冒険者が声を荒げているのが目に入った。
「それにしたって依頼料少なすぎだろ! 村の魔物を倒したってのに、どうしてこんなに安いんだよ!」
ミーナは慌てたように書類を抱え、必死に頭を下げている。
「ご、ごめんなさい! 依頼料は依頼主の提示額でして……私たちでは増やせなくて……」
(またクレーム対応か……)
亮太は足を止め、少し距離を取って様子を見守った。
やがて、ミーナがいつものように丁寧に言葉を尽くしてなだめると、冒険者たちはぶつぶつ言いながらも、なんとか帰っていった。
「ふぅ……」
大きく息を吐いたミーナが顔を上げたとき、視線が亮太に気づいてぱっと表情を明るくした。
「あっ……亮太さん!」
しかしすぐに彼女は少しばつの悪そうな顔で近寄ってくる。
「この前の宴……その、酔っぱらってご迷惑を……あんまり記憶ないんですけど、私、何かやらかしてませんでした?」
亮太は頬をかきながら曖昧に笑った。
「いやいや、大丈夫。特に何も」
(……というか、俺も途中から記憶ないし)
「そ、そっかぁ……よかったぁ」
ミーナは胸を撫で下ろす。
「それにしても大変だったね。さっきのクレームでしょう?」
「いえいえ……冒険者の方々も必死なんです。命をかけて働いてるのに、報酬が少ないのは納得いかないでしょうし……」
(そうだよな……そういえば、冒険者って実際どういう仕組みで働いているんだろう?)
彼は改めて口を開いた。
「ミーナ、ちょっと聞きたいんだけど。冒険者って、今どういう仕組みで働いてるんだ?」
ミーナは姿勢を正し、簡潔に説明を始める。
「基本的にはランク制です。冒険者は登録時に最下位のFランクから始まって、依頼をこなすごとに評価点が溜まっていきます。一定の点数に達すると昇格試験を受けられるんです」
亮太はカウンターに身を乗り出した。
「その……クエストの“評価されるポイント”って、どうやって決まってるんだ?」
ミーナは少し言いづらそうに目を逸らしながら答えた。
「……正直に言うと、私もよくわかっていなくて……パメラが決めているんです。彼女は数字や会計に強いから」
「パメラが?」
そのとき、奥からパメラが現れ、淡々と答えた。
「えぇ、誰もやらないから私が決めてる。現状は依頼料の高い案件ほどポイントがつく」
(……それってまずくないか?)
「つまり……金持ちの依頼人ほど、評価ポイントが高くなるってことじゃないか?」
パメラは肩をすくめた。
「一概にそうじゃない。ただ……実際、そういう傾向になりつつあるのは否めない」
(やっぱりか……。これじゃ、実力とか努力とかじゃなくて“金のある依頼人に好かれるかどうか”で評価が決まってしまう)
亮太は息を吐き、真正面から尋ねる。
「これって、評価基準を変えることはできないんですか?」
「無理」パメラは即答した。
「今の財務状況だと評価基準を変えれば、収入が減ってギルドは即破産」
亮太は顎に手を当て、苦笑した。
(なるほど……評価基準ってどういう働きを価値あるものと見なすかってことか。会社で言えば“理念”みたいだな。だけど今のギルドはお金に縛られすぎて理念が形骸化してる……完全にブラック企業じゃないか)
パメラは少しだけ声を落とす。
「方法は……ないわけでもない。せめてギルドが黒字化すれば、評価の仕組みを公平にできる選択肢をとれる」
亮太は深く頷いた。
(つまり……まずはギルドの財務状況を安定させる必要がある。そこからだな)
【KPI更新】
現状/目標
①財務:−34%/0% 以上
ギルドの片隅。机の上には依頼票と地図が広げられ、亮太は眉間に皺を寄せていた。
(……みんな必死に頑張ってるのに、数字は一向に良くならない。報酬も環境もこのままじゃ誰も残ってくれない……仕組みを変える方法を見つけないと)
そんな独り言のような思考を、静かな声が遮った。
「悩んでいるみたいね」
顔を上げると、そこにはパメラが立っていた。
彼女は無造作に机の地図へ手を伸ばし、並んだ依頼票を指先で一筆書きのように結んでいく。
「私はてっきり、あなたがもう気づいていると思ったのだけど……依頼は“つなげて考える”ものよ」
その瞬間、亮太の頭にひらめきが走った。
「そうか! ギルドの財務を立て直すには、まず依頼の効率化か!」
(監査のときに実践したやり方。近くの依頼をまとめて回れば、1つずつ片づけるよりも時間も労力も少なく済む。)
「最適なルートを組めば、収入は安定するし無駄な残業や過労も減らせるはず……ってことですよね?」
「ふふ…そう。遠征クエストってところね」
亮太の脳裏には、もう新しい仕組みが形を取り始めていた。――これがギルドを支える新しい体系になるはず。
そのためには――。
「……まず、初期メンバーをそろえなきゃならないな」
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