表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/40

第15話「評価制度改革」

ギルドの広間に向かうと冒険者たちが口々に声をかけてきた。


「お、亮太だ」


「よっ!救世主さん」


冒険者たちの視線が、広間に入ってきた亮太に一斉に集まる。声をかけられるたびに、亮太は頬を掻きながら曖昧に笑った。


「はは……俺、そんなに注目される人間じゃないんだけどな」


その肩を、がっしりとした手が叩いた。

ギルドマスター・バルドだ。顔を真っ赤にして笑い声を響かせる。


「はっはっは! 亮太、お前もうギルドの顔になっちまったな!」


「顔、って……俺がですか……」

「みんな、昨日のお前を見たんだ。もう立派な看板冒険者よ」


そう言って、バルドは一歩だけ声を潜める。

その目は真剣だった。

「……すまなかったな。昨日はお前に一番無理をさせちまった。宴の途中でぶっ倒れたろう」


(そうか……やっぱり途中で倒れていたのか)

目の前に赤く点滅する残業ゲージが表示される。




――【残業ゲージ:94%】危険域




(……結構、まだ昨日の影響が残ってるな)


バルドは大きな手を握りしめて続けた。

「約束だ。俺はお前を信頼してる。だが無理はしてほしくねぇとも思っている。わかってくれるか?」


亮太は頷いた。

「……はい。わかりました」


「よし、それでいいんだ」

バルドは大きく頷き、口角を上げる。


「――それでな。またお前に頼みたいことがあるんだ」


亮太はすぐに頷いた。

「もちろん。俺でよければ」


バルドは腕を組み、深く息を吐いた。


「今のギルドはどんどん良くなってきてる。お前のおかげでな。

だけど――今、残ってくれてる冒険者とは別に、もともと多くの奴らが辞めてしまっているんだ」


亮太は言葉を失う。バルドは続ける。


「監査で“労働環境”が足を引っ張ったのは見ただろう。あれはただの数値じゃねぇ。俺たちの抱えてる現実だ。

だから……どうすれば冒険者たちが安心して残れる環境になるのか。

それを、お前に考えてほしいんだ」



「……労働環境の改善、ですか」


亮太が小さく呟いた瞬間、視界に淡い光が走る。




――【KPI表示:労働環境 10%/75%】




赤く染まったゲージが突きつけるのは、厳しい現実だった。


(これだ……俺が一番、改善したいと思っていた指標……!)




亮太は深呼吸し、真っ直ぐにバルドを見た。

「……わかりました。必ず、改善策を考えます」



ギルドの片隅。

雑多な書類と帳簿を前に、亮太は腕を組んでいた。


「……労働環境、か」


王都の監査で最も突きつけられた課題。

数字は【10%】。ほぼ壊滅的だ。


現場で働く冒険者にとっては死活問題だ。低すぎる報酬、命懸けの依頼と不安定な待遇、努力が正しく評価されない焦燥――。これらを放置してきたからこそ、多くの冒険者が去っていったのだろう。


まず整理が必要だ。



労働環境を構成する要素は大きく三つに分けられる。


報酬と待遇:依頼の成果と報酬のバランス、生活費の安定


評価制度:冒険者が正しく評価される仕組み、昇格や地位への道筋


安全と余裕:休養や教育の制度、過剰な残業や危険任務の軽減




「……やっぱり評価制度が肝心だな」努力が数値に表れ、仲間に可視化される。

それがあれば冒険者は「認められている」と実感できるだろう。


(うん……これ、会社員時代に聞いた「働き方改革」とほぼ同じじゃないか。むしろブラック企業そのまま……)


額を押さえながら苦笑した。



ただ――誰を対象にするか。既存のメンバーに適用するのか、それとも新しく加入する者から始めるのか。いきなり全員を対象にすれば混乱が生じる。だが、新人だけでは「優遇されている」と古参が不満を募らせる。

「……ここはやっぱり小規模テストだな。少数の志願者を募って、試験運用するしかない」


考えを巡らせていると、背後で音がした。


――むしゃ、むしゃ。


振り返ると、アンデッドと化したダリオが、皿に盛っていた朝食を勝手に無表情のままかき込んでいる。


「それ俺の分……」


全く、気にしていない。アンデッドになっても、特に食べるものは変わらないようだ。深呼吸をひとつ。亮太は改めて正面を見据えた。


「……よし。まずは“評価制度”を整えよう。そこから全部始まるはずだ」




 王都から戻ってきた監査官グレゴールは、机に山と積まれた書類を仕分け、報告書を提出すると、ひと息つく間もなく次の案件に手を伸ばした。

インク壺のふたを開けかけたそのとき、控えめなノックの音が執務室に響く。


「グレゴール様っ! ただいま戻りました!」


明るい声とともに飛び込んできたのは、部下のマリーナだった。



栗色の髪を後ろでざっくりとまとめ、制服のボタンは一つ外れ、長靴にはまだ泥がついている。彼女は封筒を掲げたまま、椅子に腰かける暇もなく言葉をまくしたてた。


「聞いてくださいよぉ、もう大変だったんですから! 南部の街道がぬかるんでて、馬車が三回も立ち往生して!しかも宿屋は満室で、仕方なく倉庫の片隅で寝る羽目になりまして……」


彼女は肩をぐるぐる回しながら、疲れと怒りとが入り混じった表情を見せる。



「要件はなんだ……マリーナ」


グレゴールの低い声が室内に落ちると、マリーナはぴたりと動きを止め、にやりと笑った。先ほどまでの愚痴っぽい口調が消え、目が冷たく光る。


「――要件ですか?この前あなたが行かれてた、ペガサス支部の監査。あれ、あまりにも“あまあま”すぎやしませんかぁ?」


口調こそ軽やかだが、言葉の端々には棘が潜んでいる。

「依頼達成率は三割が水増し、倉庫の在庫表は虚偽だらけ。監査官さまの目は節穴ってことですか? それとも……わざと見逃したんですか?」



グレゴールは黙って視線を落とし、机に置かれた羽根ペンをくるくると回した。


「獲物はな、マリーナ。――おびき寄せ、声を張らせてから刈り取るのが一番確実なんだ」



マリーナは肩をすくめ、ふっと息を吐いた。

「……さすがですねぇ。やっぱり食えない人だ」

ここまで読んでくださりありがとうございます!

もし続きが気になったら、ブックマークしていただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ