第14話「監査決着」
倉庫からギルドの広間へ戻ってきたグレゴール監査官が冷淡な声で告げる。
「ふぅ、倉庫を爆発させることが、在庫管理の秘訣とは……。さすがはギルドマスター、非常に革新的でありますな!」
「はは……まぁ」
ギルドマスターのバルドはグレゴール監査官の嫌みったらしい物言いにたじたじだ。
「では今度こそ――依頼達成率を確認させてもらおう」
メンバーたちは顔を引きつらせる。もはや、延命措置はとれない。
監査官の視線が鋭く突き刺さる。
「どうした、何か不具合でも?」
そのとき――。「待ってください!」
重い扉が勢いよく開かれた。
埃まみれの亮太が、肩で息をしながら立っていた。
その後ろには、よろよろと入ってくるアンデッド・ダリオ。
「亮太!」
ギルドマスターのバルドが目を丸くする。
「おっせぇぞ! 危うくカリカリのウェルダンになるとこだった」
「亮太さん、信じていました!」
仲間たちが駆け寄り口々に声を上げた。
亮太は報酬と証明の束を差し出した。
「みなさん、お待たせしました。依頼は達成してきましたよ.....ハァ......これです...」
【KPI更新】
達成依頼件数:22/22 ↑
③依頼達成率:90%/90% ↑
「おおぉぉぉぉ!!!!!!」
「ありえねぇ……普通なら一件目で死んでるぞ!」
冒険者たちは声を張り上げて驚き興奮していた。
監査官グレゴールは、冷徹な目で亮太を頭の先から足元まで舐めるように見た。手にした証明書をちらりとめくりながら、口の端をわずかに歪める。
「命を賭して依頼をこなす姿勢は結構。だが――ギルドの評価は“悲壮な努力”で決まるものではない」
「……努力ではなく、結果を持ってきました」
報酬と証明の束を、改めて両手で突き出す。
グレゴールは鼻を鳴らし、椅子に腰を下ろす。
「よかろう。では――依頼達成率の審査を改めて始めよう」
グレゴールはパメラがまとめたリストを机に広げ、淡々と視線を走らせる。
「……ふむ。件数は揃っているな」
だが次の瞬間、顎に手を添え、じっと一点を見つめた。
「この依頼。内容は薬草の採取とその調合だが、依頼主は2人で血縁も関係もないはずだ。なぜ共同で依頼を? 経緯を説明してもらおうか」
パメラが静かに一歩前へ出る。
帳簿を指先でなぞりながら、淡々と口を開いた。
「依頼票は一枚、署名は二つ。形式上は共同依頼と判断しております」
言葉は簡潔で、まるでそれ以上の説明は不要だと言わんばかりだった。
青年は動けず、老婆は知識を持ちながら体が利かない──そんな事情があった、と彼女はさらりと付け加える。
まるで全てが最初から筋道立っていたかのように、無表情のまま帳簿を閉じる。その声音に疑念を差し挟む余地はなく、むしろ“そういうもの”なのだと納得させられる力があった。
(ここまで顔色一つ変えずに切り抜けるとは……胆力が桁違いだ)
しかしグレゴール監査官は鋭い視線を投げかける。
「……これは単なる“雑用の組み合わせ”に過ぎぬ。一連のクエストとしての定義にあたらん」
監査官は顎に手を添え、一歩前に出た。
「ギルドは便利屋ではないのだよ。受けるべきは“クエスト”であって、荷物運びや薬草採りなどの下等な依頼ではない。わかるかね?」
場が重苦しい沈黙に包まれる中、亮太が口を開いた。
「どうしてですか?」
ぎろりと亮太に向く。
「……なんだと?」
「これは立派な人助けじゃないですか? 薬草を集めて調合することだってそうです。困っている人を助けるために依頼はある。それを、下等な依頼だと切り捨てるんですか?」
監査官の目が細められる。
「王国に剣と杖を支給してもらっておいて、やることが“お使い”と“介護”か?」
亮太は一歩も引かずに言葉を続ける。
「……そのお使いと介護で依頼人を救えた。命を救えたことよりも大事な“クエストの定義”があるというのなら、ぜひ教えてください」
監査官と亮太の視線が、火花を散らすようにぶつかり合う。
「ふん……まぁよい」
グレゴール監査官は低く吐き捨てる。
「貴様。名前を亮太というそうだな。覚えておけ、ギルドに求められているのは剣と杖で果たす壮大な戦果だ」
そして冷ややかに言葉を続ける。
「……次は“労働環境”の項目を確認させてもらおう」
ミーナとバルドに案内されて、グレゴールは広場を後にした。
(壮大な戦果か……覚えておこう。王都から来たグレゴール監査官だけじゃなく、この世界ではクエストとは本来そういうイメージなのだろう…)
夕刻。長きにわたった監査の審査を終え、グレゴール監査官は帳簿を閉じると静かに言葉を発した。
「5指標のうち、3指標は達成している。よって、予算に関しては現状維持とする」
【KPI更新】
現状/目標
①財務:−34%/2% 以上
②在庫管理:82%/80% (達成!!)
③依頼達成率:90%/90%(達成!!)
④顧客満足度:78%/75% (達成!!)
⑤労働環境:10%/75%
予算据え置き条件:主要5指標のうち3つ以上が合格
安堵の色が広間に広がる。しかし監査官は鋭い眼差しを投げた。
「だが勘違いするな。五段階すべてを達成してこそ、本来のギルドとして当然のことだ。これを“成果”と思わず、さらに努めてもらいたい」
冷ややかに言い放つと、グレゴールは外套を翻し、ギルドを後にした。
重苦しい空気が扉の閉まる音とともに一変する。
「うおおおおおっ!!!」
ロッコが雄たけびを上げ、ラルフが「うるせーよ!」と突っ込む。
ミーナはパメラに抱きつき、涙声で「よかったぁ……」と叫ぶ。ギルドマスターのバルドは大股で亮太に歩み寄り、勢いよく肩を叩いた。
「本当にお前ってやつは最高だな!」
冒険者たちも次々に集まり、亮太を取り囲んで歓声を上げる。
「亮太ー!」
「やったぞー!」
バルドは亮太の腕を力強く振り上げ、勝利宣言のように叫んだ。
「やったぞぉぉぉ!!!」
熱狂の渦に飲み込まれる中、亮太は心のどこかで「本当に……間に合ったんだ」と実感した。
その夜、ギルドの広間には酒と笑い声が満ちた。
酔いつぶれた者、肩を組んで歌う者、テーブルに突っ伏して眠る者。
――ここからは、俺の記憶も曖昧だ。残業ゲージが真っ赤に点滅し、体は限界を超えていた。
それでも、杯を交わし、騒ぎに混じったはずだ。
「亮太さん……ほんとに……ありがっ……ひっく……」
確か、酔ったミーナが泣きながら俺の胸に鼻水をこすりつけてきたのを覚えている。
そこから先は、ほとんど覚えていない。
【KPI更新】
バルド 士気:62 → 84 ↑
ミーナ 士気:68 → 89 ↑
パメラ 士気:55 → 70 ↑
ラルフ 士気:51 → 62 ↑
ロッコ 士気:62 → 86 ↑
まぶしい朝日が差し込み、瞼を開ける。頭は痛み、口の中はからからだ。
「……うう……飲みすぎた……」
ぼんやりした頭で身を起こすと、聞き慣れない声がした。
「……おきたか」
片言の声に思わず振り返る。
窓の外、無表情のままこちらを凝視するアンデッド・ダリオの姿があった。
「……ああ、やっぱり離れられないのか……」
その場にへたり込み、亮太は額を押さえた。
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