第13話「残業ゲージ、危険域」
監査まで、あと5時間
正午の開始が迫っている――。ついに3つの依頼をやり遂げた。徹夜の身体は悲鳴を上げていたが、亮太は走り続けた。
「ここで倒れるわけにはいかない」
胸に抱えたのは、ダリオから取り返した報酬と水晶。
依頼を果たした証であり、これを持ち帰ってこそクエストは終わる。
パメラに教えてもらっていた帰りのルート通りに進むと、街道脇に馬車が止まっていた。 すぐさま御者に駆け寄る。
「すみません! ギルドまでお願いします!」
だが御者はぎょっと目を見開き、震える指で後方を差した。
「お、おい……あんたの後ろ……アンデッドがついてきてるぞ!」
振り返ると、ふらふらと歩くアンデッド・ダリオ。亮太はキョトンとした後、慌てて両手を振った。
「違うんです! これは同行者じゃなくて……置いていきますから!」
亮太はダリオを必死にその場で待機させる。
御者が鞭を鳴らし、馬車は街道を走り出した。
胸をなで下ろす亮太その刹那。
「ドゴンッ!!」
轟音とともに車体が大きく跳ね上がった。
まるで岩にぶつかったかのような衝撃に、亮太は座席から投げ出されそうになる。
「な、なんだっ!?」
御者の叫び。
視界の端に、何かが弾丸のように迫ってくる。
――ダリオだった。
さっきまでふらふら歩いていたはずのアンデッドが、いまや常識外れの速度で突進してきている。
その胸元で、亮太の抱える呪文書が青白く光を放っていた。
「おいおいおいおい!? まさかこれ、俺に引き寄せられて……!」
次の瞬間、ド派手な破壊音。荷台の板が爆ぜ、木片が飛び散る。その破壊口から、ダリオの上半身が突き出ていた。
腐敗した顔面が至近距離に迫り、濁った眼窩がまっすぐに亮太を見据える。
「ひぃぃぃぃっ!? ちょ、近い近い近い近い!!」
一方のギルド本部では、正午の監査開始に備えてメンバーが慌ただしく動いていた。帳簿を抱えたパメラは冷や汗をかきながら数字を再確認。
ロッコは倉庫から物資を運び出し、整理に奔走。
ラルフは書類の束に埋もれ、机に突っ伏した。
「毎度のことながら忙しくて死にそうだ……ていうか本当に亮太は戻ってくるのか?」
ラルフが呻くように呟くと、ミーナは強く首を振った。
「信じて待ちましょう。あの人なら、必ず……!」
「アンデッドなんざ連れてこられちゃたまらん! 二度と乗せねぇ!」
しかしその頃、亮太は怒り狂った御者に無理やり馬車を降ろされ、途方に暮れていた。
「……どうしよう……」
太陽はすでに天頂に差しかかっている。
「絶対に、間に合わせないといけないのに……!」
亮太は、ダリオの腕を必死に引っ張るが
「……うぅあぁ……」
と呻き声を漏らすばかりだった。
監査まで、あと0時間
正午――
そしてついにその時は訪れる。
重厚な扉が開き、灰色の外套をまとった監査官グレゴールが入室する。
「では諸君、定刻通り監査を始めるとしよう」
【KPI更新】
現状/目標
①財務:−34%/2% 以上
②在庫管理:82%/80% (達成!!)
③依頼達成率:78%/90%
④顧客満足度:78%/75% (達成!!)
⑤労働環境:10%/75%
予算据え置き条件:主要5指標のうち3つ以上が合格
無表情のまま帳簿を手に取り、淡々とページをめくる。
「まずは財務だ」
冷や汗がにじむ一同。監査官は無言で数字を追い、眉ひとつ動かさず帳簿を閉じた。
「――不達成だ」
場の空気が一気に凍りつく。
「次は、依頼達成率を確認させてもらおう」
その一言に、ミーナたちはドキリとする。
必死に場をつなごうとしたのはバルドだった。
「ま、待ってください! 指標で言えば在庫管理もございます!」
大仰な動作で胸を張り、監査官を誘導する。
「我がギルドは最近、非常に優秀な人材を得まして……完璧な在庫管理が可能となったのです! ぜひご覧ください!」
グレゴール監査官の瞳が細められる。しばしの沈黙の後――。
「……よかろう。倉庫を確認する」
仲間たちは一斉に胸をなで下ろす。だが緊張は解けない。
ラルフが机を掴み、呻いた。
「おい……まずいぞ。依頼をこなした証拠を提出しなきゃ……!」
「はぁっ……はぁっ……ぜぇ……っ!」
亮太は足をもつれさせながら街道を駆けていた。
徹夜明けの身体はすでに限界に近い。
十歳若返ったところで――いや、結局は亮太の肉体だ。体力はごまかせない。
その瞬間、視界の端にピコン、と赤い光。
目の前に半透明のウィンドウが開いた。
――【アラート:残業ゲージ 90%(危険域)】
「ちょっ……マジかよ!? こんな時にまで残業ゲージか!」
女神の言葉を思い出す。
「“残業ゲージ”は、働きすぎを防ぐための指標です。本人だけでなく、同僚や部下のも見られます。0%は余裕、100%は過労死です」
ゲージはみるみる赤に染まり、警告音が耳鳴りのように響く。
足を止めたら、完全にアウト――しかしここで足を止めてもアウト。
亮太は苦悶の表情を浮かべながらも、胸の水晶を抱き締めた。
「……だが、負けてたまるか!」
歯を食いしばり、再び脚に力を込める。
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