第12話「KPIの真髄」
◆古城到着
夜明けの靄の中、森の奥に灰色の古城が姿を現した。
崩れ落ちた尖塔、煤けた外壁。だが窓の奥には橙の灯が揺れている。
亮太は深呼吸し、重々しい扉を押し開いた。
城内は湿った石の匂いが充満していた。足元に落ちていた黒外套を拾い上げると、泥にまみれ、袖口が裂けている。
「……ダリオのか」
その姿は見えないが、ここまで来ているのは確かだった。
「あいつから報酬を取り戻さないとな……」
その時、奥から金属がぶつかる音が響いた。反射的に駆け出すと、広間の手前で剣を振るう影があった。
「はぁっ!」
ダリオだ。数体のアンデッドを相手に、泥に汚れた剣を振り抜いていた。
骸骨の首が弾け飛び、腐肉の兵が崩れ落ちる。だが動きは荒く、息も荒い。
「チッ……数が多すぎる……!」
それでも幾体かを斬り伏せる姿に、亮太は思わず目を見張った。
不意に、奥の扉がひとりでに開く。燭台の光が漏れ、豪奢な宴席が姿を現す。 卓上には肉の塊や古びたワイン、腐敗しかけた果実。
客席には骸骨や亡霊が並び、虚ろな目でただ座している。
そして、その奥から現れたのは――晩餐の主。
仮面をつけ、細身の手に酒杯を持ちながら、不気味に笑った。
「ようやく、客人が揃ったようだ。……余興を見せてもらおう」
「ようやく出てきやがったな。ふざけやがって……うおぉぉぉぉぉ!!!」
ダリオは叫ぶや否や、主に斬りかかった。
だが――その一撃は、見えぬ力に掴まれたかのように宙で止まった。
「なっ……!?」
主催者は涼やかな仕草で歩み寄り、ダリオの首根っこを掴む。
次の瞬間、青白い光が彼の胸から吸い上げられた。
「ぐ、あ……!」
魂のような光球が、主の手のひらにふわふわと浮かぶ。
ダリオの体は力なく横に倒れ、剣が床に転がった。
「あぁ……そんな!!」
主催者は魂を弄びながら、ちらりと亮太に視線を向ける。
「お前もこやつの仲間か? ならば――余興を見せてみろ」
「……余興……?」
歌も舞も、剣もできない自分に、何をしろというのか。
視線を彷徨わせると、宴席に並ぶ亡者たちが目に入る。
骸骨、腐肉、怨念の影。誰も笑わず、ただ空洞の眼で見ているだけ。
その瞬間、女神の声が脳裏をよぎった。
――「あなたの武器は数字と管理能力でしょう? 会議と資料で戦ってきたあなたにぴったりです」
祈るように念じて目を見開く。
「……この宴のKPIを見せてくれ」
視界に淡い光のインターフェースが浮かび上がる。
【KPI更新】
主催者
余興投入回数:10
主催者満足度:10%
「……そういうことか」
亮太は一歩進み出て、主催者を見据えた。
「主催者様まず名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「……ほう。名を問うか。よかろう。私は――この城を統べる者、カリオンだ」
亮太は静かに頷いた。
「カリオン様。残念ながら余興ではこの宴は変わりません」
カリオンの仮面がわずかに傾く。
「……ほう。ならば続けてみろ。余興を否定するだけでは芸にならん。この宴をどう変えろというのだ?」
亮太は唾を飲み込み、言葉を選びながら口を開いた。
「まず――あなたがこの宴を開く目的について。
カリオン様、あなたが本当に見たいのは“余興そのもの”ではなく、宴が盛り上がり、観客が満足している姿ですよね?」
仮面の奥の瞳が細められる。
「次に――その目的に対しての現状。 今ここにいるのは、生前、人を笑わせるどころか、人殺しや強奪しかしてこなかった盗賊たちです。
彼らは宴をまるで楽しもうとしていない。つまり――観客がそもそも“楽しむ素地を持っていない”んです」
【ステータス】
亡者(盗賊達)
恐怖:98%
怒り:89%
狂気:96%
カリオンの指が酒杯を止めた。
「今まではここにやってくる冒険者どもを捕らえ、こうして“余興の道具”として使ってきたが……。では、私にどうしろと言う?」
亮太はさらに踏み込んだ。
「だから解決策は一つ。観客と出し物、両方を変える必要があります。盗賊や亡者ではなく、もっと善良で、宴を楽しめる素地を持つ者たちを招けばいい。その観客に合った出し物を整えれば、初めて“本当の宴”が成立するはずです」
カリオンは酒杯を置き、深く低い笑い声を漏らした。
「……見事だ! 宴を愚直に盛り上げようとするのではなく、観客の質そのものを見抜くその視点。実に優秀だ。名前は何というのだ?」
あまりの勢いに、亮太は思わずたじろぐ。
「え、あ、ありがとうございます……?亮太です」
カリオンは声を張り上げる。
「よし、亮太よ。 次ももちろん協力してくれるな?」
「えっ!? 次も、って……」
カリオンが愉快そうに身を乗り出す。
「よきものを集めてくるといったのはお前であろう? ならば当然、これからも手を貸すのだ!」
「あ……ああ、そうでしたね! もちろん協力します!」
(おいおい……あつめてくるなんて一言も言ってないぞ!)
亮太は慌てて笑顔を作った。背中に冷や汗が流れる。
卓上に淡く光る青白い水晶が現れる。脈打つように光が明滅し、冷たい気配を放っていた。
「こ、これは……」
「ふふ……これが欲しかったのだろう?」
カリオンが愉快そうに笑う。
「それと――もう一つだ」
「……ん、ぐ……?」
床に倒れていたダリオの身体が、呻き声とともに、がくりと肩を揺らして起き上がった。
血走った眼窩、口からは濁った吐息、筋肉は膨れ上がり、指先の爪は武器のように尖っている。もはや人間ではなくアンデッドだった。
カリオンは薄笑いを浮かべる。
「お前にこの配下を授けよう。この呪文を唱えれば、お前の命令に従うだろう」
亮太の手に古びた呪文書が押し付けられる。
ダリオは虚ろな目で亮太を見上げる。
「……クソ……こんな……屈辱……」
亮太は心の中で頭を抱えた。
(いやいやいやいや……部下に一番したくないよ……)
とはいえ、見捨てるわけにもいかない。
水晶を握りしめ、亮太は深呼吸した。
「……なんやかんやあったけど、とりあえずギルドに戻らなきゃ」
亮太は苦笑しつつも歩を進める。
期限まで、あと6時間
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