第11話「彷徨える夜の果てに」
「……いいじゃねぇか。行かせてやれよ」
振り返ると、黒外套を羽織ったダリオが腕を組んで立っていた。
「どうせ止まらねぇんだろ。なら俺がついてってやる。無様に死なれても困るからな」
「お、おいダリオまで……!」
ロッコが声を荒げる。だがダリオは鼻で笑った。
「安心しろ。俺がいれば即死は防げる。――あとはこいつがどこまでやれるかだ」
亮太は深く頭を下げる。
「……ありがとうございます!」
亮太は帳簿を広げ、真剣な面持ちでパメラへ視線を向けた。
「……あと三件達成すれば監査を乗り切れる。パメラさん、一夜で回れるルートを教えてください!」
ミーナは椅子を蹴るように立ち上がり、声を上ずらせる。
「な、なにを言ってるんですか!? 一夜で三件!? 常識で考えれば――!」
「やらなきゃ間に合わないんです! この状況で手を抜いたら……監査でギルドが潰れる!」
――かつて前世でもそうだった。「無理だ、不可能だ」と笑われたプロジェクト。だが、やらなきゃ会社ごと沈む。
罵声を浴びながらも必死に動き続けたあの日々が、いま再び胸に蘇る。
その瞳の奥に宿る覚悟を見て、パメラは目を伏せ、帳簿をめくり始めた。
「……選べるのは三つ。ルートは北から回るのが最も効率的ね」
彼女は冷静に指で順を追って示す。
1:川沿いの木人形の首を揃える
慰霊のために立てられた木像たち。だが毎夜、誰かが首を刎ね落としていく。
2:村の鐘を真夜中ぴったりに鳴らす
十年前に滅びたはずの村。廃墟の鐘が、今も“その日だけ”鳴ると言われている。
3:古城の晩餐会への出席
朽ち果て、盗賊の巣窟と化したはずの古城。だが今宵の宴への“招待状”が届いた。いったい誰が──。
「わかりました、必ず達成してきます!!」
仲間たちはただ心配そうに二人の背中を見送るしかなかった。
ギルドを出た後。
夜の街路に足音が響く。
ダリオは視線を逸らしながら、口の端を歪めた。
(チッ……ひよっこが調子に乗りやがって。所詮未熟者だ)
亮太のやり方で、自分の古いやり方は切り捨てられた。
立場も誇りも失った。
だからこそ――これは好機だ。
(のたれ死んでも構わねぇ。その時は俺だけ依頼を片づけて帰ればいい。そうすりゃ誰が真の“歴戦”か、一目瞭然だ……)
外套を翻すと、彼は無言で歩を進めた。
その背に、亮太は必死に歩調を合わせる。
川沿いの木人形
街を離れ、月明かりに照らされた川沿いへと辿り着く。
そこにはいくつもの木人形の首が刎ね落とされ、地面に転がっていた。まるで誰かが執拗に壊して回っているかのようだ。
「……気味が悪いな」
亮太が最後の首を拾い上げ、人形の胴に戻そうとしたときだった。
「――その首を揃えるな」
振り返ると、闇に溶け込むような老人が立っていた。
腰は曲がり、杖にすがっているが、目だけがぎらりと光を帯びている。
「……あんたが依頼主か?」
ダリオが声を低くする。
だが老人は、ゆっくりと首を横に振った。
「わしは止めに来ただけだ。これは“慰霊”などではない……“憎しみを絶やさぬための印”よ」
「敵を忘れるな。首を並べ、復讐を思い続けよ……。そう刻まれておる」
「……じゃあ、揃えるってことは……」
亮太が口を開く前に、老人は続けた。
「依頼主を探すな。報酬はそこに置いてある……帰れ。命が惜しければな」
そして一歩下がると、その影は地面に足跡を残さず、霧のように掻き消えた。
「ふん……ひよってんなぁ」とダリオが吐き捨てる。
廃村の鐘
十年前、盗賊に襲われ滅んだとされる村。家々は崩れ、井戸は枯れ、風が吹くたびに灰のような砂埃が舞う。
人の気配など一片も残っていない。いくら異世界といえども、惨状を目の当たりにするのは胸が痛む。
「ふん、この村の男どもは全部お前みたいなやつだったんだろうな。だから滅ぼされた」
ダリオは不機嫌そうに漏らす。
依頼票には「真夜中に鐘を鳴らせ」とだけ書かれていた。
亮太が錆びついた綱を握りしめ、力を込める。
ゴォン――
鈍く響いた鐘の音が、灰色の村に広がる。
だがそれだけでは終わらなかった。
村を探索すると、村長の家の机に、古びた羊皮紙が置かれていた。
【十年前の感謝状】
依頼を果たしてくれた者に、心より感謝を。報酬をここに残す
そう書かれていたが、机の上には何も残っていなかった。
「誰が、何のために……?」
その時、遠方から――また鐘の音が響いた。
今度は自分たちが鳴らしたものではない。
背筋を冷たい汗が伝う。
その時だった。
鐘の余韻が消えぬうちに、強烈な衝撃が後頭部を打った。視界が揺れ、膝が折れる。
「だ……リオ……さん……?」
「雑魚が……力もねぇやつが偉ぶりやがって……そのまま野たれ死んでな」
顔に唾を吐き捨てられ、意識が闇に落ちていった。
気がつくと夜明け。
頬に冷たい朝露が滴っている。
「……しまった……!」
飛び起き、青ざめた。腰にあったはずの報酬が……ない!!これがなければ、監査官に依頼達成の証明ができない。あの時のダリオの笑顔が脳裏に浮かぶ。あれは――最初から仕組まれていたのか。
「これじゃ……間に合わない……!」
体全身を悔しさがこみ上げ、涙が滲む。
だがまだ――終わりではない。
「三つ目が残ってる……。行かなきゃ……」
震える足を叱咤し、古城の方角へ歩き出した。
期限まで、あと7時間
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