第1話「異世界転生、配属先は“倒産寸前ギルド”でした」
【過労死】
パソコンの画面がガタガタ揺れて見える。
残り三分で提出のプレゼン資料は、まだ未完成だ。
桜庭亮太は、深夜のオフィスで机に張り付いたまま、冷えきった缶コーヒーを一口。
「……これ出したら、やっと帰れる」
壁時計の針は午前三時を指していた。明日は九時から別の会議。
それを思い出すより早く、視界がふっと暗くなる。
椅子から崩れ落ちる感覚。
遠ざかる意識の中、亮太はかすかに笑った。
「……次の人生は……残業ゼロで……」
【異世界到着】
目を開けると、そこは真っ白な空間。
目の前に、背中に羽の生えた女性が立っていた。銀髪ポニテに眼鏡をかけた美人――だがクマの濃さが尋常じゃない。
「おめでとうございます、桜庭亮太さん。あなたは過労死しました」
「もっとマイルドな言い方はないんですか」
「異世界に転生していただきます。その際、スキルを一つ授けます」
彼女が差し出した羊皮紙にはこう書かれていた。
> マネジメント視覚化スキル
> 対象の士気・能力・業務KPIを数値化して可視化できる。さらに“残業ゲージ”も表示可能。
「……剣とか魔法じゃないんですか?」
「あなたの武器は数字と管理能力でしょう? 会議と資料で戦ってきたあなたにぴったりです」
「いや、俺もう戦わないって決めたんですけど」
「“残業ゲージ”は、働きすぎを防ぐための指標です。本人だけでなく、同僚や部下のも見られます。0%は余裕、100%は過労死です」
「へぇ……」
【残業ゲージ(桜庭亮太)】 0%
「ほら、今は0%。でも——」
【残業ゲージ(桜庭亮太)】 0% → 5%
「説明だけで増えた!? これ、息してるだけで仕事扱いじゃないですか!」
「そういう人ほど、よく働くものです」
【辺境都市リューベック】
転生後の亮太は十八歳の青年として田舎の街に降り立った。
配属先は「冒険者ギルド ペガサス支部」。
古びた木製の扉を開けた瞬間、埃と酒の匂いが鼻をつく。
カウンターの受付嬢は居眠りし、掲示板の依頼書は半年以上更新されていない。
そこへ筋肉質な冒険者が怒鳴り込んだ。
「報酬が二週間も未払いだって、どういうことだ!」
視界に自動で数字が浮かび上がる。
【ミーナ(受付)】 士気:12/100 KPI:依頼受注率 10% 残業ゲージ 55%
【バルド(マスター)】 士気:40/100 KPI:黒字化率 15% 残業ゲージ 65%
【支部全体】 離職率 90% 依頼失敗率 40% 平均残業ゲージ 78%
「……地獄じゃん。これ、俺の休暇先じゃないだろ」
【初改善バトル】
昼下がり、一人の農家が魔物駆除の依頼を持ち込む。
受付のミーナは面倒くさそうに、机に肘をついた。
「駄目です、そんな安い報酬じゃ」
「いや、それ普通に売上案件じゃん!」亮太は割って入った。
依頼内容を細かくヒアリングし、近隣農家にも声をかけて合同依頼化。
さらに討伐後の農産物輸送契約も追加し、報酬は二倍になった。
ピコン――視界のUIが更新される。
【ミーナKPI:依頼受注率】 10% → 25%(+15%)
【主人公残業ゲージ】 5% → 30%(+25%)
「……なんで俺の残業ゲージまでこんな増えてんの!?」
「だって、契約書作成と農家との調整で日が暮れましたし」
「俺はスローライフしたいだけなのに……!」
視界いっぱいに、真っ赤な士気ゲージで染まったギルド全体図が広がる。
その光景に、胸の奥がずきりと痛んだ。
「……こりゃ、放っとけねえな」
――改革魂に、火が付く音がした。
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